War of Gastrea/Black Out   作:ワンちゃん二世

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 遅くなりました。申し訳ありません。

 さらに言うと今回戦闘描写無いです。


オズワルド研究所 605号室

 

 

 

 

 

 

 

 

 咄嗟の行動だった。

 

 身体が勝手に動いたと言っても良いかもしれない。

 

 ともかく、無意識の行動だった。

 

 操縦桿を傾ければ、自分がどうなるか分かってたはずなのに。

 

 ほぼ100%生きては帰れないと察することができたのに。

 

 身体が。本能が。逃げることを許さなかった。

 

 だが、死ぬことも許さなかったのだと思う。

 

 機体が翼を失い、回転しながら落ちていく中で俺は反射的に両足の間にあるレバーを力一杯引いた。

 

 キャノピーが飛んでいき、俺は操縦席ごと空中に投げ出された。

 

 操縦席が身体から離れ、自分の身体も重力に従って落下を始めたとき俺はパラシュートを開いた。

 

 頭上で問題なく開いたのを確認し、ホッと息を吐いたの束の間。このまま地上に降りても、下は怪物に埋め尽くされている可能性が高いことに気づいた。

 

 こうしてゆったり風に揺られているうちはまだ生きていれるが、地上に着いたら漏れなく怪物の餌食となるだろう。

 

 正しく死へのカウントダウンだった。

 

 

 

 基地のあるであろう方角から、眩く光る何かが白い線を空中に引きながら迫って来ているのが見えた。

 

 戦闘中に飛来してきた巡航ミサイルとは大きさが異なる。巡航ミサイルよりも一回り大きい。

 

 

 

 嫌な予感がする。とてつもなくマズい状況に陥っている予感がする。

 

 俺は慌ててパラシュートの左右にある紐を引っ張りどうにかパラシュートを操縦して一刻も早くここから離れようとするが気流のせいなのかまるで移動している気配がしない。

 

 ──ヤバい、ヤバい、ヤバい。

 

 あれは基地の狙い通りこの空域で爆発するだろう。そうなれば今度こそ俺は爆発に巻き込まれて死ぬだろう。

 

 一旦冷静になったことがいけなかったのか、今まで一切感じなかった死への恐怖が芽生え始めているのを感じた。

 

 ──死にたくない死にたくない死にたくない!

 

 俺の心の叫びと反比例するように俺とミサイルの距離は狭まっていく。

 

 そして。

 

 

 ミサイルは当初の予定通り、真っ黒の煙を大量に撒き散らしながら爆ぜた。

 

 俺の真横で。

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 テキサス州オズワルド研究所。

 

 カリフォルニア州にある某テーマパークの約半分もの敷地を有する特大の研究所。

 ここは主に軍事的な研究を行っている研究所で、新兵器の開発や新戦術の考案などが期待されている施設である。そのため他の研究所とは違い、敷地内に航空機用のハンガーやおよそ3,500mの滑走路が設置してあるのが特徴である。

 

 そんなオズワルド研究所の事務室の一つ。

 

 そこでこの研究所の職員であるトレーシー・カールトン教授はコーヒーを飲みながら雑誌を見ていた。雑誌と言っても戦争が始まる前に刊行されたものだが。

 

 この雑誌は好きだ。私の趣味であるカメラについてユーモアを混ぜながら丁寧に解説してくれるのでおよそ10年は読んでいる。ただ、もう新刊が期待できそうにないのが玉に瑕だが。

 

 

 

 先々週、ある一人の男の手術を行った。男は軍人で作戦を遂行中に瀕死の重症を負ったのだという。自分も男の状態を見たがほとんどの医者が現代医学ではほぼ蘇生不可能と診断するくらいの重症具合だった。

 

 そう、蘇生不可能。実際彼はほとんど死んでいた。

 

 片足は根本から千切れ、背骨も砕け、腹には太い木の枝が刺さっている始末。なぜ心臓と瞳孔が動いているのかがまるで分からなかった。

 

 だが、運び込まれた以上見殺しにはできない。どうにかして助けなければならない。

 

 しかし、現代医学では治療不可能。この矛盾。どうしたものか。

 

 

 

 その答えは割りと単純だった。

 

 現代医学で無理なら、新しいものを使えばいい。新しい方法を試せばいい。最近研究が進められているバラニウムという黒い金属。それを使った義肢の試作品が確かオズワルド研究所にあったはずだ。オズワルド研究所はバラニウム研究の最先端と言っていい施設。そこを頼れば可能性はある。そして私はオズワルド研究所所属でもある。決まりだ。

 

 そこからは早かった。彼をオズワルド研究所に運び、プランを構築次第すぐに手術を開始した。

 

 手術時間は12時間を越えた。アメリカ中の様々な方法を試して、失敗して、試して、失敗してを繰り返した。アメリカ医学の技術と誇りを懸けた手術だった。その間、彼は黙って耐えてくれた。私達が手術を成功させるのをまるで今か今かと待つかのようだった。

 

 

 

 かくして手術は成功した。失った足は合成バラニウムを使用した義足を使用し、木の枝が刺さって潰れていた内臓は同じくバラニウム製の内臓に置き換えることで決着がついた。

 

 彼はアメリカの医学を、いや人類の医学を発展させる土台となった。

 

 

 

 いや、正直に言おう。彼はモルモットのようなものでもあった。破棄寸前だった『機械化兵士計画』なんてモノを無理矢理引っ張り出して、バラニウム製の義肢は強力なのか、バラニウムの代替内臓は正常に機能するのか、など途中から救命よりも体のいい実験手術となってしまっていた。施術をする過程で手術の本来の目的から逸れていってしまっていたのだ。本当なら義足もバラニウム製にする必要は無い。内臓も背骨も同様に。しかし、新しい素材であるバラニウムを使用することでバラニウムがどれほど有能か、どんな用途で使えるかを証明することができた。

 

 結果的に手術は成功したが、私達は彼からマッドサイエンティストと罵られても仕方の無いことを行った。だが、手術に携わった皆、「未来の医学のため」とその事実から一旦目を背けていた。

 

 術後の彼の身体は大幅な変化を遂げていた。()()は真っ黒に染まり、腰からお腹にかけて黒い代替内臓が皮膚を透けて見えており、背骨も蛇腹になったバラニウムが透けて見えている。

 

 この醜態は私達の罪であり、同時に人類の希望だ。

 

 

 

 手術に参加した数多くの医者達の多くが手術が成功したのを見届けて自分の持ち場へと帰っていった。手術に参加した医者でこの研究所に残っているのはもはや私しかいない。まあそれも当然か。彼の身体が変貌を遂げたきっかけは私がこの研究所に運ぶと提案したからだ。なら、彼の今後を見届ける義務も私にあるはずだ。

 

 

 

「親父ぃ~。アタシのカップラーメンどこ~?」

 

 突如、事務室に快活だがどこか気の抜けた声が届いた。声に少しビックリしてコーヒーを溢しそうになるがなんとか堪える。

 

 扉を開けて入ってきたのは、白衣を着た背の高い女性だった。

 

 ケイシー・カールトン。私の自慢の娘だ。

 

「棚の隣だけど……お前食い過ぎじゃない?」

 

「いいじゃん別に。その分運動してるし」

 

 彼女はそうボヤきながら棚の脇を漁り始める。

 

「いやそういう問題じゃなくてな──」

 

 

 

 

 

『うおぉぉぉぉぉぉおお!!??』

 

 

 

 

 

 私が言いきる前に、誰かの絶叫が部屋の外から聞こえてきた。そして10秒後、部屋に響く甲高いブザー音。

 

 それは病室の呼び出しブザーだった。パソコンのモニターに一つの部屋番号が映し出される。

 

 605号室。例の患者の部屋だ。しかし、今は昏睡状態の彼以外部屋にはいないはず。つまり────

 

「──目覚めたッ!彼が目覚めたんだ!」

 

「えっ!?」

 

 ケイシーが目を見開き聞き返す。そして手に持ったカップラーメンを放り投げてそのまま部屋から出ていってしまった。行き先は言うまでもないだろう。

 

 しまった。先を越された。

 

「ちょっ!待ってケイシー!先に主治医が────あぁったく!」

 

 私もそれに続きロッカーから白衣を引っ張りながら扉に小走りで向かった。

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 目をゆっくりと開くと、そこは狭い狭い空間──というわけではなく、白に埋め尽くされた部屋だった。

 

 口に付けられた酸素マスク。脇の点滴。そしてベットを隠す白いカーテン。ここは病室だろうか。

 

「……ぅ……」

 

 声も少しだが出る。手も指先だけなら動く。

 

 つまり、俺は生きている。俺の身体は本当に死ぬのを許してくれないようだ。

 

 ミサイルの爆発に完全に飲み込まれたはずだがどうやって生き残ったのだろうか。もし飲み込まれた段階では死んでいないとしても────。

 

 

 

 ……ダメだ。考えがまとまらない。何か考えようとすると途中で思考が止まる。

 

 俺は無駄な思考をやめ、まずは自分の身体がどうなっているか確認することにした。

 

 最初は手から。どれくらい寝てたかは知らないが、それなりの時間はグッスリだったようで腕にうまく力が入らない。

 

 やっとの思いで手を顔の前に持ってくる。試しに手のひらを開閉してみるが少々傷が残るぐらいで特に問題はない。

 

 続いて足。先ほどから思っていたがどうも足に違和感がある。言葉にしがたい、経験したことのない違和感。

 

 とにもかくにもまずは動かしてみない限りは進まない。

 

 なので俺は右足を上げ────

 

 

 

 その時、足に被さっていた布団が上に吹っ飛んだ。

 

 そして布団を吹っ飛ばして出てきたのは────天井に足の裏を向けて真っ直ぐ上に突き出された足。

 

 

 

 それも真っ黒の。

 

 

 

 真っ黒の。

 

 

 

 真っ黒。……真っ黒?

 

 なんで?え、なにこれ。なになになになにこれ

 

 え?真っ黒、え?なんで真っ黒?なんで脳の命令無視して布団吹っ飛ばした?

 

 えちょっとまってまってまてまてまて

 

 え?え?ぅぅぅえ?

 

 え??、うぉぉ え?うぉ、う、うぉ、うぅ─────

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉおお!!!???」

 

 

 

 絶叫した。そしてしばらく固まった。

 

 そりゃそうだ。

 

 確かに無傷であることは正直期待していなかった。だが、これは誰が予測できただろうか。

 

 目覚めたら、足が真っ黒になっていただなんて。

 

 予測外過ぎて脳が理解するのを拒んでいる。情報が衝撃的すぎて混乱する。

 

 少なくとも寝起きに見ていいものじゃなかった。

 

 とりあえず天井に向けて反り立つ足を無理やりベットに押さえつけ、壁に設置してあるナースコールらしきものを押す。

 

 ナースコールを押せば流石に職員が来るだろう。そうして来た職員にこの状況を説明してもらおう。自分一人ではおそらく理解しきれない。

 

 しばらくして廊下からドタバタと荒い足音が二人分聞こえてくる。

 

 そして病室のドアが勢い良く開かれた。

 

 ドアを開けたのは看護婦……ではなかった。女性であることは同じだが服装が少し違う。

 

 ジーパンを履き、上は青いタンクトップに白衣を羽織るという独特なファッションだった。

 

 背も高く、大きな瞳の彼女。何より目立つのは綺麗に切り揃えられた金髪のショートカットだった。

 

 女性はズカズカとベットの傍まで歩みより、そのまま俺の顔を両手で鷲掴みした。

 

 お互いの顔の距離が一気に近くなり体温が上がっていくのを感じる。この女性は遠慮や恥じらいがかなり欠如しているようだ。

 

「……あの……ちょっと……」

 

「……うん。ちゃんと息してる」

 

「へ?」

 

「いや、なんでもない」

 

 女性は手を顔から離し、腰に当てる。その動作から拭いきれない若さが滲み出ていた。歳は案外同じくらいかもしれない。

 

「ケイシー……速い……ちょっと……」

 

 新たな男性の声がドアから聞こえてくる。声の主は膝に手をつき肩で息をしている。相当ダッシュしてきたようで完全に息が切れていた。

 

 男性はくたびれた灰色のスーツに白衣のいかにも医者という服装で、髪は女性と同じく金髪でクシャクシャの天然パーマ。歳は顔の皺の様子から大体50~60歳くらいだろうか。

 

「親父、遅い」

 

「オッサンの、体力、ナメないで、もらえる?」

 

 ふぅ、と息をつき男性はベットへ歩いて来る。そして俺の目の前に手を差し出した。

 

「初めまして、私はトレーシー・カールトン。一応ここで医者兼研究員みたいなことをしているよ」

 

「どうも……エディ・ピアース准尉です」

 

 差し出された手を握り返しこちらも名前と階級を告げる。

 

「で、後ろのが娘のケイシーだ」

 

「よろしく」

 

 ケイシーが壁にもたれかかりながらこちらに向けて指先で軽い敬礼をする。

 

「あ……ああ、どうも」

 

 トレーシーは壁まで飛ばされた布団と俺の黒い足を交互に見た。

 

「……じゃあ、まずその足を調整をしようか」

 

「はいお願いします」

 

 即答だった。

 

 

 

 

 

 数分後、足の細かい調整や体調などの質疑応答を終えて一段落したところで早速切り出した。

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「足なんですが……」

 

「あぁ……。んーとね、何から話せばいいか……」

 

 

 

「ねぇ、エディ……だっけ?」

 

 先ほどから黙っていたケイシーが急に口を挟む。

 

「はい。そうですが」

 

「ここに運び込まれた時のこと記憶にある?」

 

「全くないです」

 

「そう……。じゃあ契約書のことも記憶に無いと」

 

「契約書?」

 

「これ」

 

 ほい、と机の上にあった書類をバインダーごと投げ渡される。それを上から流し読みすると、ただのカルテではなくどうやら俺の手術に関するものが書いてあるようだった。

 

「『機械化兵士計画』?」

 

 その言葉に応じたのはトレーシーだった。

 

「あぁ、そうだ。まだ仮の状態だからほぼ非公式だけどね。君はその計画の第一被験者に選ばれたんだ」

 

 もちろん初耳だ。

 

「私のもとに運び込まれた直後の君は本当に酷い状態だった……。左足は見当たらないわ腹には太い木の枝が突き刺さってるわでなぜまだ心臓が動いているか不思議だったよ」

 

「そうだったんですね。──え?左足?」

 

 おかしい。俺の足は今両足が義足の状態である。だが、今の話だと俺は怪我で片足しか失っていない。

 

「あー、そうだ。ここからがこの計画のミソなんだ。君は戦闘機のパイロットだから"ブラックアウト現象"は知ってるよね?」

 

「はい。何度か経験しています」

 

「ではそのメカニズムも知っているね?」

 

「大まかには」

 

「なら詳細な説明は省くけど"ブラックアウト"は脳に送られる血液の量が減って結果的に脳の酸素不足で起こるわけだ。だから血液が下半身に集まらないように切除させてもらった」

 

「……は?」

 

「君は覚えていないだろうけど手術をする直前、君は若干意識があったんだ。だから私はこれ幸いと君に問いかけた。「君はまだ空を飛びたいか」とね。意識のある本人の承諾なしに手術をするのは流石に不味いと思ったし」

 

「……なんて俺は答えたんですか?」

 

「『飛ばせてくれ』と。ほぼ即答だった。そう言われてしまえばこちらもそれに応えるしかないからできる限りのことをした。これがその結果だ」

 

「俺の残ったもう片方の足をブッタ切るのがその結果?」

 

「君はそのお陰でブラックアウトしない究極の身体となったんだ。ついでに少しの内臓と背骨も人工物に替えたからGにも肉体的に強くなった。君はエースを約束されたんだ。これ以上のことはないだろう?もうあとは飛んでヤツらを叩き落とすだけさ」

 

「…………」

 

 エースを約束されたってなんだ。確かに俺は空を飛びたいと言ったかもしれない。けど戦い続けたいと言っているわけではない。もちろん復讐心はある。怪物を見かけたらすぐにでも20mmの弾丸で穴だらけにしてやりたい。ただ、強制的に怪物を殺し続けたいかと言われたらそれは否である。

 

 最も、この身体になってしまった時点でもう拒否権は無さそうなのだが。

 

「もちろん申し訳ないことをしたと思っている。マッドサイエンティストだと罵っても構わない。だけどね、それが許されるほど時間が残ってないのも事実だ」

 

 ということはつまり、人類滅亡へのカウントダウンはもうとっくに始まっている。俺がここで寝ている間にも。おそらくもう1ヶ月ほどぐうたら寝ていたらこの研究所もヤツらの巣窟だろう。

 

 本来ならば俺はゆっくりと療養をして、ゆっくり確実にリハビリをして、完璧な状態で退院しなければならない立場である。しかし、状況がそれを許さない。

 

 今俺に求められるのは、素早く回復し、素早くリハビリに励み、それでいて空を飛べる身体を短時間で作ること。

 

 

 

 

 もう受け入れるしかなさそうだ。そうしなければ人類は全員死ぬ。

 

 目を閉じ、気分を切り替えるために一度大きく息を吸い込み、深く吐く。

 

 次に目を開いた時には患者の目ではなく、兵士の目をしていた。

 

「……今アメリカはどうなってるんですか。俺はどれくらい呑気にここで寝てたんですか?」

 

 トールマンがニヤッと口角を上げる。

 

「大体2週間とちょっと。今アメリカは東海岸ほうまでかなり押されている。ガストレア共に蹂躙し尽くされるのも時間の問題だろうね」

 

「ガストレア?」

 

「ああ。君は知らなかったね。ヤツらの名称だよ。先週くらいに正式に発表されたんだ。面倒だからこれからはヤツらのことは私はガストレアって呼ぶよ」

 

 それで、とトールマンは一言置きこちらの目を見つめる。

 

「もちろん、アメリカが滅ぶという最悪の状況は君が戦わなければの話だがね。どうする?やってくれる?」

 

 

 

 答えはもう決まっている。

 

 

 

「分かりました。俺、もう一度飛びます。ただし──」

 

「ただし?」

 

「3週間下さい。その間に全力で療養とリハビリをして飛べる身体に戻します」

 

「……いいだろう。こちらも全力でサポートしよう。身の回りの世話はケイシーにやって貰おうか。それでいいよね?」

 

「うん、いいよ」

 

 彼は振り返り後ろの娘に是非を問う。ケイシーは頷き親指を立てる。

 

 そしてもう一度こちらを見つめ、言葉を連ねた。

 

 

 

 

「君はこれまで十分国の為に尽くしてきたと思う。それを承知の上で聞く。────今度は人類に尽くしてみないか?」

 

 

 

 

 

「もちろんです。人類の為なら何度だって甦ってみせます。これからも」

 

 

 

 

 

 

 英雄(ACES)が正式稼働するまで、あと──3週間。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 片桐民間警備会社のボスである片桐玉樹は、カップ麺やポテトチップスのゴミが散乱するボロい事務所内で、机に足を投げ出しながら三角椅子に座っていた。

 

 もちろんただ座っているわけではない。彼は新聞を読んでいた。

 

 ちなみに現在の時刻は午後4時にもうすぐ差し掛かろうかというところ。通常の職業に就く人々ならまだ仕事の真っ最中である。だが、事実、彼は事務所で新聞を読みふけっている。彼が民間警備会社という通常の職業とは言えないものを経営しているとしても少々異常である。いくら民警でも依頼が来るのでほとんどの民警が仕事の真っ只中のはずなのだ。

 

 では、なぜ玉樹はだらだらと新聞を読むことができているのか。

 

 答えは簡単。依頼が来ないのである。

 

 というよりも民警は自分で依頼を引っ張ってくることも多いので"依頼が来ない"よりも"依頼を持ってこない"と言ったほうが実は正しかったりするのだが。

 

 長い間依頼が無く、暇で暇でしょうがないので挙げ句の果てには「欠伸を噛み殺すことなく、大きな口を開けて、豪快にしながら流し読む新聞のなんと平和なことだろう」というよく分からない考えまで浮かんで来る始末。

 

 

 

 そうしてついに、彼の金髪の頭が船を漕ぎ始めた頃。事務所の扉が『元気100%』と熱烈に主張する声と共に豪快に開かれた。

 

「兄貴ぃ! ただいまぁー!」

 

「フゴッ!?」

 

 微睡みに落ちかけていた頭が一気に覚醒する。そしてようやく自分が新聞に涎で大きなシミを作っていることに気づく。

 

「うわっ、最悪。新聞に涎かけないでよ!」

 

 部屋に入ってきた彼女、妹の弓月は兄である玉樹から新聞をもぎ取り「まったくもう」とプリプリ怒りながら折り畳む。

 

「なんだよ…… 今いいとこだったのに……」

 

「何が『いいとこ』よ! まさか涎で新聞に文字書いてたとか言うんじゃないでしょうね!!」

 

「そんなわけねェよ、マイスウィート」

 

 玉樹はそのまま上に向かって背伸びをする。背中や腰からコキコキッと気持ちのいい音が鳴る。

 

「んで、学校どうだった?」

 

「別に。普通よ」

 

「えぇ……もっとこう……なんかねぇのか?」

 

「しょうがないじゃない。ホントに普通だったんだから」

 

 弓月は学生であり、イニシエーター(呪われた子ども達)ながら普通に小学校に通っている。一般人は民警の仕事と学業を両立できるのかと疑問に思うだろうが滅多に依頼が来ない彼らにとってその疑問は存在しないに等しい。

 

 弓月はふと眼下の新聞に目を向ける。そこには一枚の写真と『A.G.A.Fにイニシエーター導入』と書かれた記事があった。写真には30代に届くかどうかといった男性と自分と同世代ほどの少女が向き合って敬礼をしている。

 

 A.G.A.F? 聞いたことあるような…… ないような……。

 

「兄貴、ちょっと」

 

「あぁ?」

 

「A.G.A.Fってなんだっけ?」

 

「ああ、A.G.A.F(エイガフ)か。アイツらはガストレア専門の航空部隊だ。『アンチ・ガストレア・エア・フォース』つってな、ガストレアの襲撃にのみ出撃するどこの国にも属さない特別な部隊らしいが、オレっちから言わせて貰えばアイツらは民間軍事会社(PMC)の延長系みたいなモンだ」

 

「へぇー」

 

「アイツらはどこの国にも属さない代わりにどこの国にも存在している。東京エリアにも駐留してるって話だ。噂じゃ所属するときに『お前は国を捨てられるか』って質問されるらしいぜ。アイツら、国同士の戦争には介入できないからこその質問だろうが、正直イカれてるな」

 

「イカれてる? なんで?」

 

「だって考えてみろ。生まれた国が不当な攻撃されてるときにA.G.A.Fに所属してるってだけで指を咥えて見てることしか許されねぇんだぜ? オレっちならまだいいが、普通のヤツなら耐えられねぇだろうな」

 

「確かに……」

 

 玉樹は突然何かを思い出したように「あ、そういえば」と呟き足を机から降ろした。

 

「なぁマイスウィート。実はな? この前、お前が寝てる間に東京エリアのA.G.A.Fの基地にこっそり潜入したことがあるんだがこの話聞きてぇか?」

 

「いや、いい」

 

「なんでだよッ?」

 

 身振りで大袈裟に不満を訴える玉樹。しかし、正直話の展開が予想できている弓月にとってその様子は滑稽でしかなかった。

 

「どうせ敷地内に入る前か入った直後に何もできずに摘まみ出されたんでしょ? 分かってるよそんなこと」

 

「ヴッ……」

 

 男、片桐玉樹。図星である。

 

「で、でも何もできなかったわけじゃねぇぜ! 写真を一枚撮ってきた」

 

「写真?」

 

「ほら」と玉樹が一枚の写真を手渡してくる。しかし、残念ながら全体的にノイズが激しく何が写っているかよく見えない。

 

「兄貴……これ粗すぎてよくわかんない」

 

「ナぁぁ!? もっとよく見ろ弓月。うす~くシルエットが見えるだろ?」

 

「えぇー?」

 

 写真を顔に目一杯近づけてもう一度よく見てみる。ここでようやく兄貴の言ううす~いシルエットを理解することができた。

 

「何これ。飛行機? 宇宙船?」

 

「そう、それだ! それがアイツらの主力戦闘機、『F/A-45』だ。いやぁー撮影するのに苦労したぜ」

 

 少々角のついた印象ではあるがそれでいて流線形を維持したボディ、後部の備わった板のような翼。そして……ボディの下部に存在する4()()()()()()

 

 ん? タイヤ?

 

「あ」

 

「ん?どした弓月」

 

「これ飛行機じゃない。車よ。スポーツカーじゃないの?」

 

「は、はぁ!? そんなわけあるかッ!」

 

 玉樹は妹から写真をひったくり改めてよく観察する。

 

 玉樹の目に映ったもの。それはやはり4つのタイヤだった。

 

 彼の手から写真が滑り落ち、本人は膝から崩れ落ちる。

 

「ホォォリィィシィッッッット……!! オレっちの…… オレっちの苦労は一体何のために……」

 

「その……兄貴、ど……ドンマイ」

 

 

 

 弓月が膝を付いて項垂れる玉樹の肩に手を置いた、まさにその時のことだった。

 

 

 

 始まりはゴーーーッという低い、低い轟音だった。

 

「あん? 何だこの音」

 

 玉樹もそれに気づいたようで静かに立ち上がり、窓を開ける。

 

 轟音は徐々に激しさを増し、近づいてくる。

 

 そこら一帯に響くその音は、東京エリアの住人を動かすのに十分だったようで、周りの住宅から続々と住人が窓から頭を覗かせ始める。

 

 弓月がどんどん大きくなる轟音に堪らず耳を塞いだ時に()()()エリアの空を横切った。

 

 真っ黒のボディを持った飛行機。先端が尖り、後部は尻すぼみ。翼はブーメランを彷彿とさせる独特なシルエット。旅客機ではない。それよりウンと小さい。

 

 戦闘機。しかし東京エリアが保有しているはずの支援戦闘機とは形が大きく異なる。

 

 

 

 戦闘機が突如、後部から白いスモークを吐き出し始め、東京エリアの空に白い線を描き始める。

 

 それを合図に始まったのは、1機のA.G.A.F機による突然のエアショーだった。

 

 

 

 

 1機の戦闘機はスモークを吐き続けながら、まずは大回りに宙返りしてみせる。空に白いサークルが出来上がる。

 

 戦闘機は宙返りをした後、一度モノリス付近まで飛んでいき、旋回をしてまた戻ってくる。

 

 しかし、先ほど速度が明らかに違う。戦闘機の前部に白い盾のような膜が出現し、そのままこちらへ突っ込んでくる。猛スピードで飛行する戦闘機はまるで黒い弾丸のよう。

 

 玉樹達のすぐ真上を通りすぎた瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの爆発的な轟音が鳴り響く。

 

「うわっ! ビックリした……」

 

 弓月が思わず小さく悲鳴をあげるが、戦闘機はお構い無しに飛行を続ける。

 

 次に戦闘機は旋回の後、まるで螺旋を描くような機動を取り始める。この機動は玉樹も見覚えがあった。

 

 バレルロール。樽の胴をなぞるように螺旋を描くことから名付けられた機動。

 

「すげぇな……」

 

 同じ大きさの螺旋を描く美しい機動に傍らの玉樹も思わず感嘆の声を漏らす。

 

 その後も戦闘機は数々の機動を行った。

 

 インメルマンターン、スプリットS、ナイフエッジ、そしてコブラ。

 

 大空を縦横無尽に飛び回るその姿は、檻から解き放たれた鳥のよう。何の束縛にも縛られず、自由に空を(かけ)ていた。

 

 まるで、『この空はオレのものだ』とでも言うように。

 

 この唐突なショーの目的は分からない。ただ玉樹は、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と感じた。なぜなら、東京エリア全体に見せたいのならば同じ場所を往復するのは非常に効率が悪いからだ。

 

 誰に見せようとしているのかは分からない。ただ、そんな些細な疑問など吹き飛んでしまうような演舞だった。

 

 数分後、戦闘機は満足したのか自らが来た空へと消えていった。

 

 後に残されたのは空を切り裂いた白いスモークのみ。

 

 東京エリアが抱えている邪念や憂鬱な空気も一緒に吹き飛ばしたようでもあった。

 

 

 

「凄かったね兄貴……」

 

「……あぁ」

 

「兄貴、写真撮った?」

 

「いや。でもそんなのもういらねぇんじゃねぇか?」

 

「……そうだね」

 

 

 

 

 兄妹の声は周囲から鳴り始める重機の音と混ざり合い、溶けていった。

 

 

 

 

 

 1機の戦闘機が産み出した白昼夢は、こうして突然始まり、突然終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 F/A-45C/D 汎用戦闘攻撃機

 スウェーデンのJAS39グリペンをベースに数々の改修・改良・改造を施したA.G.A.Fの主力戦闘機。Cが単座型、Dが複座型。グリペン特有のカナード翼はそのままに、しかし大きなデルタ主翼は取っ払われ、代わりにかつて米軍で開発されていたX-29のV字前進翼を採用。エンジンノズルにはX-31と同等の推力偏向パネルが3枚取り付けられ、これらの改造により機動性が大幅に上昇。さらに機体も若干大型化され、それに伴い燃料タンクの容積向上にも成功。短距離離着陸や低速域の運動性などのグリペン譲りの性能をそのままに、航続距離の改善や全体的な機動性の向上などを実現した。しかし、ステルス性能は完全に度外視されることとなった。
 基本武装は20mバルカン砲が2門、左右のエアインテークの下部にそれぞれ取り付けられている。その他ミサイルや爆弾、増槽に加え、機体下部中央のパイロンに追加でガンポッドも装備できるようになった。










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