War of Gastrea/Black Out   作:ワンちゃん二世

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 大変お待たせしました。

 申し訳ありません。

 次回もおそらくこのくらいの期間を空けての更新になりそうなので、先に謝罪致します。

 本当に申し訳ありません。




オズワルド研究所 格納庫

 

 

 

 

 

 

 

 あれからざっと1週間。

 

 義足や代替内臓も大分身体に馴染み、歩行も杖を使えば可能な段階まで回復した頃。

 

 

 

 A.M. 10:00

 

 

 

 エディはトレーシーの研究室に来ていた。

 

「君はこれを見たことがあるかな?」

 

 部屋に来たエディを椅子に座るよう促した後、そう言ってトレーシーは隅に設置してある大型の白い機械から手のひらサイズの黒い岩石を取り出して見せた。

 

「えっと……黒曜石?」

 

「ハズレ。これはね、バラニウムというんだ」

 

「バラニウム?」

 

 聞きなれない言葉に思わずオウム返しをしてしまう。

 

「そう。最近発見された新しい金属さ。まあ研究自体はもう結構進んでてすでに実用段階まで来てるけどね」

 

「え?早ッ……え?新しい金属なんでしょう?」

 

「そんなに驚くことかな?新しいと言っても化学史で捉えたらの話さ。実際はもう何年も前に見つかってたんだ」

 

「あぁーなるほど」

 

 何か変なところに敏感になってしまっている気がする。連日の訓練やリハビリのせいだろうか。いや、自分で「やります」と言ったのだ。それのせいにするのはやめよう。

 

「まあいいや。で、なんでこれを見せたのかというとね。この金属には特殊も特殊、他の金属には見られない特異な性質があるんだ。それを知って貰いたくてね」

 

「特異な性質?……他の金属より黒い……とか?」

 

「ハハハハッ、まさかね。まあこればっかりは実際に見て貰ったほうが早いか」

 

 トレーシーは机のデスクトップを起動し、ひとつの映像をファイルから取り出して再生ボタンをクリックする。

 

 そうして動き出した映像にエディは目を見開いた。

 

 

 

 白い立方体の部屋に、忌々しい赤い目を持った怪物がまるで動物園の猛獣のように収容されている。

 

 見たことがある羽の付いたヤツとは違い、六本足の蟻のような見た目ではあるが。

 

「これ……は……ガス…ガス()()ア?」

 

「ガス()()ア」

 

「あ、あぁ。でも……捕獲なんてできるのか……」

 

 思わず敬語を忘れてしまうほどの衝撃にエディはただただ呟くことしかできない。

 

「もちろんこれ一匹捕まえるのに何人もの研究員が犠牲になってしまったがね……。でも可能だった」

 

 しばらくして、白い空間の一角が扉のように内側に開き、そこから白衣を着た研究員2人とアサルトライフルを携えた兵士4人が入ってくる。研究員は台座を押して運んでおり、その上にはそれぞれ1枚ずつSFで見たような黒いモノリスのような板を立てて乗せている。

 

「さぁ、ここからが見物だ」

 

 研究員はガストレアに臆することなく台座をガストレアの傍まで押し進める。兵士も銃口をガストレアに向けながらそれに続く。

 

 すると突然、蟻のガストレアは研究員が運んでいる黒い板から遠ざかるように後退りし始めた。腰(?)が完全に引けてしまっており、誰がどう見ても怯えているようにしか見えないだろう。

 

 ガストレアはそのまま後退りを続け、四つ角の隅まで追い詰められる。もう逃げ場は無い。2枚のモノリスはガストレアを完全に包囲し、ひとつの小さな部屋を作るように囲う。

 

 ガストレアは足を曲げ、身体を丸め、小さく震え始める。エディが戦場で見たはずの獰猛で狂った姿はそこには影も形も無かった。

 

「これってまさか……」

 

「あぁ」

 

 続いて兵士が黒い板の隙間からライフルの銃身をねじ込み間髪入れず発砲。弾はガストレアの硬いはずの身体をいとも簡単に貫き、銃創から紫の気色悪い体液が吹き出す。

 

 そのままガストレアはピクリとも動かなくなった。

 

 映像はそこで途切れた。

 

「先生、このバラニウムってやつはもしかして……」

 

 エディは思わずトレーシーの持っている黒い岩石を見つめる。

 

 今見た映像が示すもの。それはエディの予想が正しければ、この岩石はこの戦争の潮目を変える、いや今後の世界の行く末を左右する超重要物質であるということ。

 

「ああ、君の想像通りだ。このバラニウムにはね、ガストレアを弱らせる、ガストレアの身体の再生を阻害する性質があるんだ」

 

「そんなバカな……」

 

「あぁ、確かに馬鹿げてる。こんなピンポイントな性質がある物質なんて地球上どこを探してもこれしか見つからないだろうね。でも、バラニウムがガストレアに有効だとわかった以上、使わない手はない。そうだろう?」

 

「えぇ。これならヤツらを根絶やしにすることだって可能でしょうね」

 

「そのとおり。そして、このバラニウムを使って作られたのがこれ」

 

 トレーシーはデスクの引き出しを開け、何か黒い金属製の細長い棒のようなものを取り出す。先端が尖っているそれはエディにとってとても馴染み深いものだった。

 

「これは……20mm?」

 

「そう。戦闘機用の弾丸、20mmバラニウム弾。近々アメリカ全土、そして世界へ順次配給される予定だ」

 

「いつの間にそこまで……」

 

「極秘だったからね。君達が知らなかったのも当然さ。むしろ知られてたら困る」

 

「え、なぜですか?新しい金属の研究なんて日常的に行われていることでしょう?」

 

「いやそうなんだけども、バラニウムに関して言えばガストレアがいなければただの黒い塊でしかないでしょ?そんなものに無駄に費用を投じて研究してるなんて世間にバレたら大バッシング間違いないからね」

 

「あぁーー、なるほど」

 

 府に落ちたようにエディは思わず息を吐く。

 

 そりゃその通りだ。バラニウムはガストレアが存在して初めて意味を成すもの。ガストレアがいなければただの岩石、言わばゴミ。そのゴミに何百万もの金を注ぎ込んでいると一般市民に知られたらそれはもうお察しの通りである。

 

 ふと窓に目を向けると実験機用の赤と白の塗装が施されたF-16が滑走路を飛び立つのが見える。

 

 戦闘機の轟音が隅々まで響きわたる今日の研究所は、青い青い大空と爛々と照りつける太陽の下でいつものように生きていた。

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

 P.M. 13:00

 

 

 

 エディは杖を鳴らしながらトレーシーに連れられて格納庫に繋がる通路を歩いていた。

 

 先ほど映像を見た後にトレーシーは「せっかくだしいいものを見せてあげる」と言ってエディを半ば強引に椅子から立たせて今ここにいる。

 

「先生、いいものって?」

 

「もうすぐわかるから急かしちゃダメ」

 

 数分、果てしなく長い一直線の通路を進んで辿り着いたのは、両開きのドでかい無機質な鉄扉。

 

 端から見たらただの扉にしか見えないだろう。実際、ただの扉なのだからそれは当然だ。

 

 しかし、エディにはこの扉は別のものに見えていた。

 

 

 門。それもとてつもなく分厚い。

 

 この扉を越えたらもう戻って来れないような、引き返すことを許されないような、そんな予感が彼の中にあった。

 

 少なくとも、エディにとってはただの扉ではなくひとつの境界の役割を果たしていたことは確かだった。

 

「さぁ、開けるよ」

 

 そんな軟弱者の心中をトレーシーは察しているはずもなく、彼は止まることなく扉に手を掛ける。

 

 

 金属が凹むような音と共に重たい門は開かれる。

 

 意を決してエディは向こう側に一歩、足を踏み出す。もう後戻りはできない。

 

 

 境界の向こう、そこには1台の真っ黒な戦闘機が鎮座していた。

 

 二枚の斜めに取り付けられた特徴的な垂直尾翼。平行四辺形型のエアインテーク。

 

 今まで3機の戦闘機に乗ってきた俺にとって、最も馴染み深いと言える戦闘機。

 

「これは……ホーネット?」

 

「そう。でもただのホーネットじゃない」

 

 確かに、よく見ると通常のホーネットとは異なる点がある。

 

 エンジンはF-22を彷彿とさせる推力偏向ノズルがついており、コックピットの両サイドには後部の尾翼にかけて少し盛り上がりがある。中東のF-16によく見られる追加燃料タンクであるコンフォーマルタンクが装備されているようだ。

 

 そして、機体下部。そこには丸みを帯びた長方形の箱のようなものが懸架されている。大きさは大体従来の追加燃料タンクである増槽と同じくらい。これはなんだろうか。

 

 以前の面影を色濃く残し、それでいて新しくなったホーネット。

 

「F/A-18Xハイパーホーネット。これが君が操縦するこの機体の名前さ」

 

「ハイパー……ホーネット」

 

「そう。主な変更点としては、コンフォーマルタンクの追加や推力偏向エンジンの搭載。それから機体の裏側に吊るされてるそれ」

 

 トレーシーはエディがちょうど気にしていた機体下部に懸架されている謎の箱を指差す。

 

「これはガンポッドならぬステルスミサイルポッドさ。発射時には箱の下側が開いてミサイルを発射する。アムラームミサイルが4発入るように設計されてたかな」

 

 トレーシーの解説は止まることなくまだ続く。

 

「ホントは新型戦闘機は二案提案されてたんだけどね。見ての通り片方は無事ボツ。今は別の格納庫に眠ってる。……これが我々の技術の結晶を最後の一欠片まで削りとった結果さ。どうだい?」

 

「……スゴい。凄いです」

 

 これが、俺の新しい機体。人類の希望の塊。

 

 これがあればヤツらとも戦える。これがあればアイツを──

 

 心中に様々な思いを巡らせ始めたそのときだった。

 

 

 

「あ、親父」

 

 

 

「うん?」

 

「ん?」

 

 突然聞こえてきた女性の声に二人は目を向ける。

 

 声の発生源には、金髪の彼女がいつものように涼しい顔をして立っていた。しかし、服装が普段の白衣とは違う。なんと、首から足先まで深緑の分厚い耐Gスーツに覆われている。これはどういうことだろうか。

 

「あ、ケイシー。ちょうどよかった。今、彼に新しい機体の紹介をしていたところでね」

 

「ああ、そう。ねぇ、私はどれに乗ればいいの?」

 

 ───乗る?え?乗る?

 

「え?ケイシー……さん。戦闘機に乗るんですか??」

 

「えぇ、そうよ。親父から聞いてない?あと敬語じゃなくていいって前に言ったよね?」

 

「あぁ……うん。先生からは何も聞いてない」

 

 ケイシーはトレーシーに抗議の視線を向ける。

 

「あぁ、うんごめんケイシー。忘れてた」

 

「親父……」

 

 ゴホンッとトレーシーはひとつ咳払いをして気を取り直す。

 

「エディ君。単刀直入に聞くけどトップガンは君も馴染み深いよね?」

 

「? えぇ、はい。そこ出身ですし……」

 

 トップガン。正式名称アメリカ海軍戦闘機兵器学校。

 

 未来の戦闘機パイロットを育てるために作られた海軍の戦闘機パイロット養成アカデミーである。

 

 ちなみに俺はサンフランシスコ海戦のおよそ2ヶ月前にここを主席で卒業している。

 

「ケイシーはね。実はトップガン卒業生なんだ。しかも主席。君の一期前かな」

 

「えぇ!?」

 

 トレーシーが我がことのように鼻を鳴らす。

 

「いやぁ、当時は話題になったんだよ?聞いたことないかな。『空舞う女王』なんて呼ばれてたんだけど」

 

「ちょっと親父……そこまで言わなくても」

 

 聞いたことあるような無いような……、と俺は首を傾げる。しかし、もうトップガン時代の細かいことなど卒業直後の出来事のせいで思い出せない。

 

「で、なんでトップガン卒のケイシーがここにいるかと言うと、私がトップガンに声をかけたんだ。『実験機のパイロットがほしい』ってね。そうして結局私の身内で実力もあるケイシーがここに配属されたってわけ」

 

「なるほど……」

 

「もっと言えば、君は新しい部隊でケイシーと組んで貰う予定だ」

 

「は!?」

 

 唐突な発表に思わずすっとんきょうな声を出してしまう。

 

「いやいや!え?!俺が、ケイシーと?」

 

「うん。そもそもここに戦闘機のパイロットなんて君とケイシーしかいないしね。拒否権はないよ」

 

「えぇ……」

 

 戸惑いを隠せないエディ。それを見てトレーシーは「うーん」と唸りながら娘のほうを見た。

 

「ケイシー、ちゃんと彼と会話してる?」

 

「一応話しかけてはいるんだけど……正直業務的な会話しかしてないかも」

 

「ちょっと!もっとコミュニケーション取ってよ。なんの為に彼の世話係頼んだと思ってるのさ!この一週間何やってたの?!」

 

「なんの為って……あのねぇ、会って数時間の人と会話弾ませろって言ったって無理があるわよ!それに向こうも全然話しかけてこないし!」

 

「それくらいどうにかできるでしょ!トップガンで何やってたの?」

 

「周り野郎ばっかで誰も話しかけて来なかったわチクショー!」

 

「ちょ、ちょっと喧嘩は……」

 

 父娘間の雲行きが怪しくなったのでとりあえず止めに入ってみる。しかし──

 

 

 

「「黙ってて!」」

 

 

 

 ………あえなく撃沈。

 

 

 この先いろいろ大丈夫だろうか、と今後に不安を感じざるを得ないエディだった。

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 また五日ほど過ぎた。

 

 最新科学というものは全く凄いもので、エディはもう松葉杖を卒業し自足歩行ができるまで回復していた。

 

 そして今、エディがどこにいるかというと──

 

 

《エディ、気分はどう?》

 

「……えぇ、最高ですよ」

 

 ノイズが若干混じった無線にエディは酸素マスクの中で声をくぐもらせながら応える。

 

 狭いコックピットまで聞こえてくる主張の激しいエンジンの轟音。

 

 キャノピー越しに見える雲ひとつ無い美しい青空。

 

 そう、ここはオズワルド研究所2000m上空。

 

 エディは今、研究所所属の機体であるT-38練習機で飛行訓練を行っていた。

 

 T-38はアメリカとスウェーデンの企業が共同で開発した機体で、大きさはF-16と同じ程度。今回エディが搭乗している機体には新型ホーネット同様、真っ黒の塗装に背中に一直線に青いラインが入った迷彩が施されていた。

 

 そして、エディの機体のすぐ右脇には同じ迷彩のもう一機。

 

《ケイシー、そっちの気分は?いい?》

 

《そうね。経過良好ってとこかしら》

 

 無線から聞こえてくるのは透き通った黄色の声。トップガン卒で現在オズワルド研究所所属の女性パイロット、ケイシー・トールマンだ。

 

《なら良し。それじゃ最初は編隊飛行から。では──始めッ》

 

 トレーシーの無線越しの合図でエディとケイシーの2機はお互い近すぎず遠すぎない距離まで接近し、ケイシーが先頭でその左斜め後ろにエディという陣形を作る。

 

 オズワルド研究所に戦えるパイロットが2人しかいない以上、その2人で連携を取らないという選択肢は存在しない。よって今2人は2機の連携を駆使した戦術の構築とお互いの信頼を築くためにこうして2機で飛んでいる。

 

 青空に浮かぶ黒い2つの影は陣形を乱すことなくオズワルド研究所上空を一刀両断する。

 

 ほどなくしてトレーシーから次なる指示が入った。

 

《次はループだ。編隊を崩さないように気をつけて》

 

《了解》

 

「了解」

 

 エディたちはそう応えた後、すぐに急上昇を開始する。

 

 エディの身体は重力にバカ正直に従ってコックピットに押さえつけられる。

 

 ベルトが肩に食い込み、耐Gスーツが身体を圧迫するこの感覚。本当に久しぶりだ。

 

 悦に少し浸っているとトレーシーから咎めるような無線が入った。

 

《エディ、編隊を乱しちゃダメだ!ケイシーが君の旋回に追随できてない!》

 

 ハッと周りを見渡す。するとケイシーの機体が遥か後方に見えた。

 

「す、すいません!」

 

 エディとケイシーでは "機械化兵士" と "生身の人間" というように身体に大きく違いがある。よって耐えられるGにも違いが生じる。エディはそこを意識していなかったために旋回半径がケイシーとずれてしまい、結果エディの機体がケイシーの機体を追い越してしまった。

 

《いや親父、問題ない!アタシがアイツに付いていけばいい!》

 

《いやいやケイシー!エディとケイシーじゃ耐えられるGが格段に違う!彼がお前に合わせるしかないんだ!》

 

《でもそれじゃアタシが足引っ張っちゃうじゃない!》

 

《これは仕方のないことだ!聞き分けてくれ!》

 

《……分かった》

 

《……よし。エディ、編隊を組み直してくれ。ループのやり直しだ》

 

「りょ、了解」

 

 無線の先で繰り広げられた波乱にエディは萎縮するしかなかった。

 

 そもそもこの会話もエディがもっと周りに気を配れば起こらなかったはずなのだ。思い返せば今までの戦いでもエディはスタンドプレーが目立っていた。

 

 身体はもう変わった。次は心を変えるべきなのだ。

 

 

 

 ──それなのに、情けない。

 

 

 

 その日の飛行訓練は編隊を乱さずに飛行する訓練に終始した。

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 訓練が終わり、研究所の一室。

 

 エディは自動販売機で買った缶コーヒーを片手に雑誌を読み更けっていた。

 

 今日はもう訓練は無い。後は筋トレや足のリハビリなどの身体作りを行うのみである。

 

 『オススメのバイク10選!』

 

 雑誌の一番上にはそんなことがデカデカと書かれている。

 

 今は縁遠くなってしまったとは言え、エディの好みが変わるわけではない。エディは昔からバイクが好きでトップガン時代もアカデミーにバイクで通っていたほどだった。

 

 彼がバイクを好きになったのは父の影響だ。彼の父は飛行機乗りで、またバイクが大の好みだった。飛行場までバイクで通う父の背中を見て彼は育ったのだ。

 

 エディは雑誌を見ながら自身の過去を思い返す。部隊の本格稼働まで時間が迫る中でもこうして趣味の時間が存在するのは彼にとって非常にありがたいことだった。

 

「あ、こんなところにいた」

 

 しかし、その貴重な時間も今日はもう終わりのようだ。

 

 ケイシーだ。今はいつものように白衣を羽織って、ドアにもたれ掛かっている彼女。

 

 正直、エディは彼女が苦手だった。

 

 エディは元来、人前では寡黙で冷静を演じ、一人の時や親しい友人の前では少々粗っぽくなるという二面性を持った性格をしていた。

 

 だが、ケイシーの前ではどういうわけかその性格が空回りしてしまう。ケイシーに自分の裏側の粗っぽい性格を見られているような、そんな気がしてならないのだ。

 

 そのためケイシーの前ではどうも萎縮してしまい、会話を切り出すこともできず事務的な伝達に終わってしまっているという状態だった。

 

「いい加減ちょっと話そうよ」

 

 しかし、そんなエディの心の内を知らない──もしかすると知ってて無視しているのかもしれないが──彼女はお構い無しにエディの隣の席に座る。

 

「バイク好きなの?」

 

「えぇ、まあ」

 

「ふーん」

 

「……」

 

「……」

 

 なんともぎこちなく、気まずい。一言で言ってしまえば、ひどい。

 

「……そういえば前から聞きたかったことがあるんだけど」

 

「……?なんでしょう?」

 

 ケイシーは事前に手に持っていた缶コーヒーのプルタブを開ける。

 

「瀕死のアンタがここに運ばれて来たとき、アンタは『まだ飛びたい?』っていう問いにYESって応えたそうじゃない。なんで?」

 

「なんでってそりゃあ、まだ飛びたいと思ったからです」

 

「だからなんで?あの時点で既に空はガストレアに蹂躙されたも同然だった。もう人間の飛べる空じゃなくなってた。それはアンタにも分かるでしょ?」

 

 ──あぁ、そういうことか。

 

 確かに、とエディは合点がいった。

 

 彼女の指摘通り、空はもうガストレアの国と化している。アメリカの約半分もの土地も同様だ。同族のいない、目につくもの全てが自分に向けて牙を向けてくるような場所になぜ行きたがるのか疑問に思うのも分かる。

 

「──見てしまったんです。空の美しさってヤツを」

 

「空の美しさ?」

 

「そうです。子供の頃、父の操縦するセスナに乗ったことがありましてね。その日は白い雲が空を覆ってました。父は飛行機乗りでしたから自前のセスナを持っていました。今思えばそれは普通じゃなかったんでしょうね。……地上から離れたセスナはぐんぐん高度を上げてそのまま雲海に突っ込んでいきました。そして雲海を突き抜けていった先に見えたのは───」

 

 エディは背もたれに沈み込み、天井を仰ぐ。その眼差しは無機質な天井を貫通しているかのようだった。

 

「……どこまでも続くあの蒼い蒼い世界でした。あの絶景はもう一生忘れないでしょう」

 

 ケイシーはエディの昔話をコーヒーを時折飲みながら静かに聞いていた。

 

「その時思ったんです。この世界にいつまでもいられたらって。今だけで終わりは嫌だって。あの日ほど空飛ぶ鷲が羨ましいと思ったことはありません」

 

 エディは目を細めて少し恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「……ふぅーん」

 

 一通り昔話をして帰ってきた反応はそれのみ。

 

 ──やはりこの人は苦手だ。自分の感情を声に出さなすぎる。

 

 エディがそんなことを思っている最中、ケイシーは缶コーヒーを逆さにして中身を飲み干す。そして見本のようなフォームで華麗にゴミ箱へシュート。

 

 エディはケイシーが苦手だ。主に性格面で。だが、だからといって対話を放棄するという選択をしてはいけない。何事も前に進まねば状況は変わらないのである。

 

 なので、彼も今回は思いきって口を開いた。

 

「……そちらは?」

 

「え?アタシ?」

 

「そうですよ。俺だけ昔話をするのは不公平でしょう。ケイシーはどうして戦闘機に乗ろうと思ったんですか?」

 

「そうだなぁ……アタシは──」

 

 

 突如、部屋の扉が開かれる。突然の出来事に当然ケイシーの言葉も止まってしまう。

 

 扉を開けたのはトレーシーだった。

 

「あぁ、いたいた。いや唐突にごめんね。どうしても伝えたいことがあってね」

 

「伝えたいことですか?」

 

 トレーシーは小走りで来たのか若干息が荒い。ヨタヨタと空いている席まで歩いていき、「ふぅーー」と脱力しながら座り込んだ。

 

「そう。君達の部隊名とエンブレムが決まった。ついさっき」

 

「へぇ、決まったんだ。──ていうかいつの間に決めてたの?こっちにそんな話は来てなかったけど?」

 

「そりゃ、1秒でも長く君達には訓練に勤しんで欲しかったからね。余計な考え事は省きたかったんだ」

 

「それで……どんなものに決まったんです?」

 

「よし、じゃあ発表しよう。君達の隊の名前は

 

 

 

──『ブラックアウト隊』だ」

 

 

 

「『ブラックアウト隊』……」

 

 エディは心臓が熱く(たぎ)るのを感じた。

 

 ケイシーはニヤリと笑い「へぇ」と小さく溢した。

 

「何か由来みたいのはあるの?」

 

 ケイシーの質問にトレーシーは「よくぞ聞いてくれた」とでも言わんばかりに大きく首を縦に振る。

 

「もちろんあるよ。……今はさ、世界は陸も海も空もあのガストレアの真っ赤な目に染まってる。言わば "レッドアウト" 状態さ。君達にはそれをバラニウムを使って真っ黒に塗り潰して欲しい。ガストレア共を『ブラックアウト』させて欲しいんだ」

 

 トレーシーは今の人類の悲願を代弁していた。ガストレアに全て奪われ、蹂躙され、略奪の限りを尽くされた人類の悲願。それはガストレアを一掃する事。全てを奪った(ケダモノ)を根絶やしにすること。

 

 このブラックアウトの名前にはその願いが込められている。そして、人類の希望を背負っている。

 

 

 ──それを察して心が滾らない人類がどこにいるだろうか。

 

 エディの顔も獰猛な笑みに変化していた。

 

 

 

 ──へぇ、コイツこういう顔もするんだ。

 

 ケイシーはエディの顔を覗いて意外に思った。エディは彼女のことを感情を声に出さないという評価をしていたが、それはお互い様でもあったのだ。

 

 

「そしてエンブレムは……これ」

 

 トレーシーが肩に下げていた鞄から1枚の印刷紙を取り出す。

 

 そしてエディ達の目の前に印刷紙に描かれている黒いエンブレムを掲げた。

 

「これは……」

 

「ほぉ」

 

 描かれていたのは──黒い白鳥。すなわち、ブラックスワン。

 

 黒鳥が蒼い湖に羽を閉じて浮かんでいる。そしてその鎌首は漆黒の翼にもたれ掛かり、蒼い眼光は真っ直ぐこちらを睨んでいる。

 

「黒鳥……ですか」

 

「そう。君達は『ブラックスワン理論』を知っているかな?」

 

「確か……従来の常識に囚われて果ての無い予測を立てると予想外のことが起こったときに対応出来ずに甚大な被害を被るだろう、ていうヤツだっけ?」

 

「ケイシー、当たり。……そうだ。今、ガストレアは勢いに乗っている。もう人類には反撃する力は無いと思っているだろう。まあ奴らに知的思考が出来るかは分からないけど。だから……君達には彼らの予想外(ブラックスワン)にもなって貰いたいんだ」

 

 つまるところ、この『ブラックアウト隊』には二つの意味が込められている、ということだろうか。

 

 ガストレアを一掃して欲しいという願いと、その象徴。

 

「以前まではガストレアが我々のブラックスワンだったことは認めざるを得ない。実際多大な被害を被ってるしね。でも、もうヤツらは十分暴れまわったと思わない?世代交代の時期だと思わない?」

 

 目の前の2人は小刻みに頷く。

 

 

「えぇ、思います。ヤツらはやり過ぎた。もう我慢できない」

 

「右に同じ。もうヤツらの時代は終わった。次はアタシ達の番」

 

 その言葉に今度はトレーシーが口角をつり上げる番だった。

 

 

 

「その通り。次のブラックスワンは君達だ。ヤツらにこの世に生まれてきたことを後悔させてやるんだ」

 

 

 

 トレーシーの宣言は、言葉そのものは静かなものだったが、眠れる黒鳥二羽を奮い立たせるには十分だった。

 

 

 

 

 

 この会話の数日後、遂に彼らの反撃は開始される。

 

 

 

 

 




 次回は幕間になりそうです。

 しやぶ様。誤字報告感謝します。
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