War of Gastrea/Black Out 作:ワンちゃん二世
次回は幕間だと言ったな。あれは嘘d(ry
はい、申し訳ありません。もう一話通常回を挟むことになりました。
固い路面を滑るように舞う砂。
人工の爆風に葉を震わせる雑草。
そして、この場の全てを支配するジェットエンジンの音。
エディは今、滑走路脇の格納庫にて目視で機体のチェックを行っていた。もちろん専属のメカニックは存在する。が、自分が乗る機体を自身で確認するという行為は技術的にも精神的にも重要なことだった。
そしてついに明日、ブラックアウト隊は出動である。
この2週間という期間をエディは非常に有意義な時間にできたと感じていた。
戦闘機を操縦できる身体を改めて作ったという意味でももちろんだが、この期間で得られたものが多すぎた。
新たなパートナーに始まり、戦術、そして技術。
ここに運び込まれる前と今とでは比べ物にならないほど自分は多方面でパワーアップしていることだろう。
結局、隊のフォーメーションはエディが1番機、ケイシーが2番機ということで落ち着いた。実戦経験の豊富なエディを先頭に立たせた方が戦いやすいというケイシーの判断だった。
そう、実戦。
よく考えてみればケイシーは実戦経験を積んでいない。いくらトップガン元主席で凄腕とはいえ実戦経験の無い兵士を特殊部隊に加えたりは普通しないだろう。
つまり、そこまで人員が不足しているのだ。
そこまで追い詰められているのだ。アメリカは。
凄腕の
ただ、ケイシーは『新兵』という単語が醸し出すはずの『不安』をこちらに全く抱かせない。それほどよく飛び回る。
しかし、だ。
当たり前だが実戦は訓練とはまるで違う。訓練通りに事が進むはずがない上に想定外の事も荒波のように何度も押し寄せる。いくら期待度の高い新兵であってもそれに上手く対応できそうかと言えばベテランのパイロットは皆首を横に振るだろう。
正直、エディは不安で仕方がなかった。
エディはこれまで幾人もの仲間を失った。
スカル隊の面々から始まり、スチール隊。そしてウルフパックやオウルなどのオグデンで出会ったパイロット達。
皆、勇敢で活気に溢れた人達だった。食堂で馬鹿騒ぎをしながら酒をガブ飲みしてた光景を昨日のことのように思い出すことができる。サンフランシスコで通過儀礼と称して隊長とアームレスリングをした時の彼の凹凸の激しい手の感触も、まだ残っている。
そんな彼らは、もういない。
スカル隊は自分以外全滅。スチール隊はアイダホの大地に散り、オグデンのメンバーも半数がガストレアの餌食となった。
この凄惨たる結果。全て自分が所属していた隊の末路である。まるで自分が死を振り撒いているかのよう。
このままではこのブラックアウト隊も、正確にはケイシーも死んでしまうのではないか。目の前で炎に飲まれてしまうのではないか。そう思えて仕方がなかった。
「何辛気臭い
マイナスに振り切ったような思考に目の前が覆い尽くされていると、機体の背面でミサイルポッドの整備をしていた専属のベテラン整備士──ゴードンに声を掛けられた。どうやら遠目でも分かるほど悩みが顔に出ていたらしい。
「いえ……ただ、やっぱり不安で」
「不安?フン、不安か。まあそれが普通だ。本番目前の癖にあれだけ元気よく飛び回れる
そう言ってゴードンが機体背面から這い出て正面のベンチに座るよう手で促した。
◇
「──俺と関わった人間はどうやら死ぬみたいなんです」
「なぁに言ってんだおめぇ」
ゴードンは既に皺が刻まれている眉間にさらに皺を追加した。
オズワルド研究所の昼下がり。こうして始まったのは退役間近の老整備士と先行き長い新人操縦士の束の間のコーヒータイムだった。ゴードンは自前のカップでブラックを、エディは自動販売機で買った微糖をそれぞれ手に持っている。
「サンフランシスコでは俺以外全員死んでしまったし、アイダホのジョーンズ基地でも俺を置いて隊の全員が逝ってしまった。『新人だから』という理由で俺だけ生かされた……」
エディはうつむきながら語る。ゴードンはそれを遮らず時々カップに口をつけながら静かにそれに耳を傾けていた。まるで何かを思い出すかのように。
「これ以上誰かを
目をほんのり赤く腫れさせながらゴードンに訴える。それに応じてゴードンもゆっくりと口を開いた。
「おめぇな、それは──」
しかし、湯気を吹かしながら開いた口から出てきたのはエディ期待したような答えではなかった。
「諦めるしかねぇ」
「へ?」
エディの頭をその一単語が貫いた。
「そんな、え?」
「あのなおめぇさん、今は相手が人間じゃないとはいえ戦争中だこの国は。戦争ってのは互いの力のぶつかり合いだ。そりゃぶつかった分削れちまうところもある。その削れちまったところにいちいち感想を述べてたら何もできねぇぞ?」
ゴードンの人を人だと思わない極論主義的な発言にエディは開いた口が塞がらない。だが、その次の言葉で口は閉ざされることとなる。
「結局、割りきって生きてくしかねぇんだ。その削れちまった奴らのためにもな。喪う怖さも「世界はそういうもんだ」って無理矢理受け入れるしかねぇ。だってしょうがねぇんだ。どう足掻いたって死ぬ時は死ぬんだ。俺も湾岸戦争とアフガンでみんな喪った。愉快で痛快で何十年べっとりでも飽きそうにない奴らだったのになぁ……」
今や現役の兵士を援助する側の彼も当たり前だが以前は兵士だった。エディと比較しても兵士としての経歴も経験も違う。そんな彼が今のエディと同じ心境に至っていないはずがなかった。
「みんな、みぃんな砂に埋もれてピクリとも動かねぇんだ。気づいたらな。そんでいつの間にか俺は白い十字架の前に花持って立ってんだ。どうやって戦場から帰ったのか記憶にねぇ」
「…………」
エディはゴードンの話を聞きながらも彼の黒い瞳から目を離さなかった。いや、離すことができなかった。
「諦めるって……、やはり一生引きずったまま生きていくしかないのですか。この生き方を受け入れるしか……、それが兵士の運命ですか?」
「ちげぇ。
そう言ってエディの脚を黒ずんだ指先をつついた。
「使命……ですか」
「ああそうとも。いいか、喪うことを怖れるのは当たり前だ。誰だって通る道だからな。俺だってそうだ。問題はそこから前に進めるかどうか。──新兵。俺の真似だけはするなよ」
最後にそう言い残しエディの背中をポンッと叩いた後、カップのコーヒーを飲み干して立ち上がるゴードン。そしてそのまま整備に戻ることなく格納庫奥の扉に消えていった。
その時エディは見てしまった。彼の服の隙間から見える、首から何重にも下げられたドッグタグらしき物を。
同時に理解してしまった。彼の最後の言葉の意味を。
◇ ◇
明くる日。
風もなくこれ以上ないほど雲の晴れたオズワルド研究所。
この日の研究所は今までにないほど活気に溢れていた。
滑走路脇ではスタッフが忙しなく行き交い、誘導員もほとんど配置につきつつある。
そして、そこに鎮座するのは二機の漆黒のホーネット。
機首付近では整備士が機首に備え付けられた蓋を開け、ハンドルを差し込んで黒い銃弾を装填している。
そんな中エディはあろうことか自身が搭乗する機体の左翼付近に畑の案山子のように突っ立っていた。
着ているのは機体と同じく黒い耐Gスーツ。両手で抱えているのは黒いフライトヘルメット。出で立ちだけは今すぐにでも空を飛べそうだ。
しかし、未だにエディは尻込みしていた。
もう後戻りは出来ないところまで来ていることはエディも散々自覚している。が、このヘルメットを被った瞬間、本当の意味で逃げることが許されなくなる。故にこれまで幾度となく経験してきた『ヘルメットを被る』という至極簡単なミッションを前に腕が全く動かない。
すぐ真横に駐めてある2番機。その機首付近にいるケイシーを見てみると、ちょうど父親であるトレーシーと涙ながら熱い抱擁を交わしているところだった。
それほど辛いなら主任特権みたいなものを使って娘を意地でも飛ばせなきゃいいのに、と何の需要も生まない考えが頭を
抱擁もほどほどにトレーシーと別れたケイシーは、目を擦りながらこちらに向かって歩み寄る。
「……どうしたの?なんか浮かない顔してるけど」
険しい顔面のエディの顔を覗き込むケイシー。エディはどうにも感情が顔に出やすいタイプの人間らしい。
「いや……なんでもない」
頭を軽く左右に振って気を紛らわす。
訓練の最中、流石に彼女と敬語無しで会話できるほどには打ち解けることができた。……できたはず。
「いよいよだね」
「……ああ」
赤く充血した瞳を輝かせながら呟くケイシー。
「……また、ここに戻ってこられるよね?」
その消えかけの蝋燭のような呟きを聞き、エディは思わず目を見開いた。今までの葛藤が全て吹っ飛ぶほどの衝撃が彼の胸中を撃ち抜いた。
──何が『もう逃げられない』だ。何で俺はこんな寸前まで自分のことしか考えていないんだ。
このままでは本当に何もかも喪ってしまうというのに。
思い出せ。何の為の2週間だ。何の為のこの脚だ。
何の為に
ゴードンさんは言っていた。全部背負って飛べと。それが使命だと。そう言われただろう。
なら全部背負えよ。研究所の皆の命もケイシーの命も俺の命も。アメリカの命を。
全部背負って帰ってこよう。母なる大地へ。
いい加減ヒヨるな。覚悟を決めろ。俺。
エディはヘルメットを頭突きで叩き割るかのように勢いよく装着した。
「え? ちょ、エディ?」
エディの突然の奇行にケイシーは彼は遂に気が触れてしまったのかと思った。が、エディの貫くような眼光を見て考えを改めた。
違う、彼は覚悟を決めたのだと。
「あぁ、絶対生きて帰る。お前も生きて連れ帰る。
同時に
覚悟を決めたエディはまるで別人のように勇ましく宣言する。
──もう戻るとか喪うとか考えるな。飛ぶことだけを考えろ。
「だからケイシー、意地でも付いてきてくれ。君が付いてくる限り俺は絶対君を死なせない。──なぁ、グーを出せ」
「え、グー?」
「あぁ、いいから出せ」
ケイシーは突然の命令に困惑しながらも右手を握り込んでエディの前に突き出す。
そしてエディはそれに応えるように自身の右手の握り拳をドンッと衝突させた。
それは覚悟と決意と使命の全てを乗せた拳だった。
「これは俺達流──俺が前に所属していたスカル隊流の誓いの証だ。『絶対やってやる』って意味のな。だから、俺達もやってやろうぜ。必ず」
エディの誓いにケイシーも金髪を乱しながら大きく頷き、誓う。
「もちろん、奴らに目にものを見せてやる。それで戻ってくる。必ず、
彼らが地上で会話したのはここまでだった。
しかし、それで十分だった。
◇
エディはホーネットのコックピットに乗り込むと、機首に立つ誘導員の指示に従い左から順に数個のボタンを素早く押していき目の前のHUDやレーダーなどの画面を起動させる。
次に手を添えるのはエンジンのレバー。しっかり感触を確かめるように握り、徐々に前へ前へと押していく。同時にコックピット内は甲高い独特の大音量に満たされる。
そして右に位置するボタンを押し込み
その後各機能や翼などの動作確認を入念に行い発進準備完了。誘導員及び管制塔の指示を待つ。
《こちら管制塔、コールサイン『パビス』。エディ、君のコールサインは『ブラックアウト1』だ。復唱せよ》
聞こえてきたのはトレーシーの声。先ほど行ったブリーフィング通り彼が全体の管制を勤めるようだ。
「ブラックアウト1、了解」
《よし。ブラックアウト2の準備もたった今完了した。ブラックアウト隊、誘導員に従い順次滑走路へ侵入せよ》
「了解、パビス」
《ブラックアウト2、了解》
無線機からケイシーの声。いよいよ準備は整った。
正面の誘導員が敬礼をして腕を大きく動かし滑走路へ誘導を始める。それに応じこちらも敬礼を返し機体をゆっくりと動かす。
滑走路へ続くレーンに差し掛かる時、ちらりと後方を見る。そして問題なくもう一機の黒いホーネットも同じように後ろに付いてきているのを視認する。
二機は一定の速度を保ったままレーンを進んでいき遂にエディから順に滑走路に侵入する。
その姿はまるで番の鳥のよう。
オズワルド研究所が誇る国内最大級の滑走路。終着点がボヤけて見えないほど長く、奥のほうでは陽炎が揺らめいでいる。
その入り口に並列に佇む二羽の
その名が生まれてからおよそ1週間。ようやく飛び立とうとしている。
U.S. AIR FORCE OSWALD LABORATORY SQ
BLACK OUT 1
(EDDIE)
U.S. AIR FORCE OSWALD LABORATORY SQ
BLACK OUT 2
(CASEY)
《こちらパビス。ブラックアウト隊、離陸を許可する。
来た。俺達を大空に放つ号令。
ケイシーとアイコンタクトを取り、同時にヘルメットのバイザーを下げる。
さぁ、準備は整った。
「了解パビス。ブラックアウト1──」
息を吸い、地上までの俺と別れを告げ、叫んだ。
「──発進!」
《ブラックアウト2、発進!》
二羽の黒鳥は空気を切り裂くような唸り声を上げて同時に青い空へと飛び立っていった。
次回こそ幕間です。
4月の下旬に紅銀紅葉さんがブラブレ短編杯2を開くようです。詳しくはこちらをどうぞ。↓
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=254286&uid=198071