色々と至らぬところがあると思いますがご容赦ください。
感想を頂けると死ぬほど喜びます。
私の名前はマリオ。なに、ただのしがない配管工さ。
近所の子供達からは尊敬の意を込めてマリモと呼ばれている。
ん ?
それは尊敬されているのではなくて、馬鹿にされているのではないかって ?
そんな筈がないだろう。それは私のイングリッシュの発音が良すぎる故に、子供達が勘違いしてしまっているだけだ。
いや、勘違いをしているのは君たちのほうだった。ほら、みたまえ彼らの素晴らしい発音を。マリオの正しい発音はマリモ。これはテストに出るからちゃんと覚えておくように。
さて、少し余談を挟んでしまったが、尊敬されているのは紛れもない事実だ。現に彼らは、今も私に泥団子を分け与えてくれている。
なに、子供の遊びに付き合うのは出来る大人なら当然の行為さ。
ん ?
何故、泥だらけなのなのか知りたいって?
子供達の遊びは君たちが思っている以上にハードなのさ。だから泥だらけなのさ。他意はない。決してない。
ほら、みたまえ、彼らの真剣に遊ぶ姿を。
「しねぇぇぇくそマリモ!」
「今日のスコアは40点か……まずまずだな」
「俺は顔面に当てたから20点な」
「けっ!糞ニートの分際でスかしてんじゃねぇぞ。一生土管に挟まってろ、くず」
うん、とっても真剣だね。ただ、ちょっとばかしお茶目が過ぎるようだ。
なに、子供のいけないことをきちんと叱ってあげるのも、出来る大人なら当然の行為さ。
「うるせぇぇぇ、糞ガキどもぉ!てめぇらあんま配管工舐めんじゃねぇぞ!これ以上なめてっと永遠に土管の中で星をみることになるぞ。ピーチ姫の姿も拝見できないような底辺のゴミクズ共が !俺の姿を拝められるだけでもありがたいと思え!バーカバーカ !」
うん、完璧だね。目上の人にはそれ相応の態度で接しなければならないことをきちんと説明できている。私が教師になった暁には、この世から非行がなくなるんじゃないだろうか。
はぁ、出来る大人って辛い。
「うわぁ、なにこいつ必死になってんの。だっせぇ」
「土管で星を見てるのはお前だろw。いつまでたってもそんなんだから、社会で最底辺のゴミなんだよ。自覚しろよゴミ」
やはり、言うことを聞かない子供達には体罰が少なからず必要だと思うんだ。
だから、ね ?
「つべこべ言わずかかってこいや糞ガキ共ぉぉぉ !」
これから起こることは口外したら、駄目だよ。
「たかがマリモが粋がってんじゃねぇぞ。ぺっ !」
ふぅ、やっと躾が終わった。
え ?なに ?何でそんなにぼこぼこなのかって ?
いやはや、ちょっとばかし彼らが元気過ぎてね。休日は運動をしない紳士なおじさんには少しきつかったようだ。やはり、歳はとりたくないもんだねぇ。
「ピーチ姫に言いつけてやる」
声が震えているのは気のせいだよ。なぜなら紳士でダンディーなおじさんは泣いたりしないから。本当だよ。
「あぁ !?」
「ひぃ !」
老人を労ることすら出来ない最近の若者はやはり駄目だ。困ったらすぐ暴力を振るうのもよろしくない。
お灸を加えたいのはやまやまだが、いかんせん私は忙しい。今日はこのくらいで勘弁してあげよう。
なに、子供の過ちを許すのは、出来る大人なら当然の行為さ。
「今日はこのくらいで勘弁してやるよ。次歯向かったら承知しないからな。行こうぜ皆」
「えー、まだマリモと遊びたいー」
「どうせまた明日もやるんだしもういいだろ。それにこんなゴミと遊んでたら俺たちまで白い目で見られるぞ」
「それもそうだね。じゃあ行こっか」
どうやら彼らも帰ったようだ。やはり、子供達と遊ぶのはどうしても疲れる。
さぁ、私も帰るとするか。
いつだって、配管工はクールに去るのさ。
少し歩くと弟のルイージを見かけた。彼の周りには多くの子供たちがいて、皆一様に楽しそうだ。
相変わらず人気者じゃないか。いや勿論、私の人気には到底敵いはしないがね。はぁ、カリスマって辛い。
しかし、それも仕方のないことだろう。確かにルイージは私に似て、カリスマ性がある。だが、悲しきかな。兄より優れた弟などこの世に存在しない。
ほら、見たまえ。彼らが私を崇める姿を。私は遂に神となってしまったのかもしれない。カリスマもいきすぎると、こういった宗教的なものになるから気を付けたほうがいいな。
「キャー!マリオが来たわよぉ!」
「ルイージさん!」
少し崇め方がツンデレ過ぎる気もするが愛されていることに変わりはないね。
まぁ、真面目な話をするに、弟が相変わらずで本当によかった。
私たちの関係ってのはさながら泣いた赤鬼のようなものだ。
まぁ、私は青鬼ほどたいそれたことをできていないんだがね。
寧ろぐふ。寧ろ迷惑ぐふ。寧ろ迷惑かけていぐふ。
…………………………
「うがぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私は本能の赴くままに暴れまわった。
そして、後にこの出来事は泥マリモの逆襲と呼ばれることになるが、それはまた別の話。
暫く歩いて、ピーチ姫のお城までやって来た。
なに、夕飯をご馳走になろうと思ってね。
これは決して乞食などではない。だって、私のために、こんなにも豪華な食事を用意してくれているのだから。
ん ?
周りでキノコが騒いでるって ?
ハハハ。冗談は鼻だけにしてくれよ。キノコが騒ぐなんてありえる筈がないだろう。
もし、そんなキノコがいるとしたら、毎回姫を拐われて、なおかつ学習もしない、さぞかし無能なキノピオなんだろうね。
「マリオさん !いい加減にしてください !」
おっと、相当疲れているようだ。キノコのオブジェに話しかけられる幻覚を見てしまった。これはもう、ピーチ姫のところにいって癒してもらうしかない。そうするしかない。そうすべき。私は追いかけてくるキノコの幻覚から全速力で逃げた。
「マリオさん」
女神のように優しい声を私にかけるピーチ姫。
あぁ、マイスイートハニー。あなたはどうしてそんなに可愛いの?
「か、可愛いだなんて、そんな」
照れながらそう言うピーチ姫。
おっと、可愛すぎて思わず声にでてしまっていたようだ。
成長しましたな。ピーチ姫。
しみじみそう思う。
だが、彼女のことを見ているとあの頃のことを思い出す。いまよりずっと幸せだったあの頃の記憶を。だからこそ、それは嬉しくて、苦しい。
あぁ、ピーチ姫。あなただけが私の救いです。
彼女が生まれたときのことは今でも覚えている。今と変わらずしがない配管工だった私だが、それなりに彼女の両親、つまりこの国の王族達には気に入られていた。
それに今と違い、それなりに国民にも好かれていた。おっと少し間違えた。もちろん今も好かれている。ただ、彼らの愛情表現がツンデレ過ぎるだけなのだ。
おふざけはこの辺にして話に戻ろう。
生まれたばかりの彼女は形容できないほどに可愛く、愛らしかった。
生命の誕生。それは神々しく私のような者が触れていいものではないとすら思えた。
ただ、嬉しかった。親友と、愛していた女性の間に生まれた新しい命が。
思わず二人以上に泣いてしまったのは恥ずかしい思い出だ。
そして時がすぎるのはとても早かった。
私はとにかく彼女のことを可愛がった。土管に入りたいといえばすぐに入らせてあげたし土管に埋まれと言われればすぐに埋まった。
いや、流石に埋まっちゃ駄目だろ。
そして彼女はあっという間に成長し、母親に負けず劣らずの素敵な女性になる……はずだった……。
あの日の出来事さえなければ……
あの日のことは今でも鮮明に覚えている。
彼女が、そして親友が、呪いをかけられた、最愛の女性の命日は。
一瞬の油断であった。私が以前倒した、最悪の魔女。奴が復讐にくることを予測していなかった私の。
奴は瞬く間に城内に侵入し、手始めにある女性を殺した。そう、私の最愛の女性。ピーチ姫の母親を。
そしてやつは彼女を救いにきた、親友でありピーチ姫の父であるクッパと、彼らが、そして私が愛して止まないピーチ姫に呪いをかけた。
呪いをかけられたクッパは豹変し恐ろしい怪物に姿を変えてしまった。
そしてあろうことか最愛の娘を拉致する親バカにされてしまった。
おい、シリアスでふざけんな。
そしてなによりピーチ姫にかけられた呪いである。
解呪されるまで、成長せず、そのまま死んで行くという最悪の呪い。
駆けつけた時にはもう、遅かった。
無残に荒らされた城内。凄惨なまでの光景。そして最愛の女性の死体。
私は叫んだ。この理不尽を。私は嘆いた。己の未熟を。だが、かえってくるのは虚しいまでの静けさだけ。
ただ、気絶している彼女の隣にあった、とある書き込みだけが私の救いであった。
私は今日、ピーチ姫を襲う。
そして彼女の身柄をクッパへ引き渡す。
私は今日、死にに行く。
なに、たいしたことではない。嫌われものが汚名を背負って死ぬだけだ。今の私の心持ちは、かの英雄メロスのようにネガティブではない。
それは私の人生だった。故に死ぬのだ。怖くなどない。
ただ、心残りはある。
一つは弟。だが、奴ももう一人の出来る大人だ。私の心配など、杞憂に終わるだろう。
もう一つはやはり……
もうじき夜だ。
私は計画に穴がないかだけを確認して仮眠をとった。
葉のつかない木は冬を感じさせた。ただ、二つだけ着いた枯れ葉は風に激しくさらされていた。片方は舞うようにゆっくりと落ちていったが、もう片方は未だに激しく揺れていた。
計画に穴があった。それは私だ。
起きると周りは朝だった。清々しいほどに。あ、あれぇ、おっかしいなぁ。
や、やらかしたぁぁぁぁぁぁ。
私の叫び声が国中に谺した。
きょ、今日こそはやるぞぉ。
昨日はやらかしたが今日は大丈夫。ふ、フラグじゃーないぞ。本当だぞ。
なに、出来る大人の物語にアクシデントはつきものさ。
暫く呆けているとあっという間に夜が来た。
彼女の部屋に忍び込む。そして私は彼女の口を塞いだ。
「んんー !んんー !」
「黙れ」
極めて冷淡な声でそう告げる。すると彼女は涙目になりながらも、私の言うことを聞いた。
彼女の首に手刀をいれる。ここまでは計画通り。
あとはクッパのところに彼女を持っていくだけだ。
警報が鳴り響き国民達が私を捕まえようと躍起になっている。
私はそれを背景に夜の町へと消えた。
そこは城下町とは違いひっそり閑としていたが、見えない活気があるような、そんな気がした。
あんたらのことは嫌いじゃなかったよ。
ただ、いつだって配管工はクールに去るのさ。
「よくきたなぁ !マァリィオォ!」
醜い姿で、おぞましい声でそう言う親友に私は苦笑する。だが、其れも今日で終わりだ。
ただ、少しだけ文句を言っておこう。
「お前んとこのおにぎり野郎が俺に体当たりしてくるんだけど、あれほんとやめてくれない ?」
「お、おぉう。考えておく」
よし、それなら安心だ。あとはピーチをクッパに引き渡すだけ。彼女をいれていたボストンバックを開けると、案の定彼女は泣いていた。
「ど、どうして ?マリオさん。いつもの冗談なんですよね」
そう、尋ねてくるピーチ姫にクッパはこう言った。
「フハハハハハハ。ピーチ、お前は騙されていたんだよ。そこの配管工は貴様を売ったんだ。貴様など、もともと愛されてなどいなかったのだ !」
「嘘……ですよね ?そんなことあるわけ―――」
「嘘ではないわ !現に今、貴様は我輩の前にいるではないか!」
今にも泣き出してしまいそうな目で私を見つめるピーチ姫。
私はそれを何も答えるでもなく、ただただ彼女を冷淡な目で見据えた。
そんな私を見て、彼女はようやく絶望した。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁ !」
直視できない現実から逃げるように叫ぶピーチ姫。
私はそれに止めをさした。
「嘘などではない」
「嘘だ」
「お前が私に見ていたのはただの幻想だ」
「嘘だ」
否定する声は小さくなっていく。
いま、目の前で起こっている耐え難い出来事が現実であることを嫌でも理解するからだ。理解してしまうからだ。
充分な間を置き私は告げた。
「私ははじめからお前など愛していなかった」
「嘘だぁ!」
そして彼女は気絶した。
「ふはははははは、我輩も十分非道であるが、貴様はそれ以上だな。マリオ、貴様はまさしく外道だ」
「何とでもいうがいい」
それは紛れもない事実なのだから。
なに、事実を受け止めるのは、出来る大人として当然の行為さ。
「さぁ、覚悟は出来ているだろうな」
あぁ、できてるとも。
「貴様を殺し、我輩はこの地獄から解放されるのだ」
あとは、頼んだ。我が親友よ。
「憎き魔女よ !」
グサリ。クッパの剣のように鋭利な爪が私の胴体を貫いた。
痛みはない。ただ、胸が苦しい。
我が最愛のピーチ姫よ。あなたのこれからに幸あらんことを。
目が覚めると、懐かしい父の顔があった。
父は目を覚ました私を見ると、泣きながら私を強く抱き締めた。その温もりには懐かしい父の優しさがあった。そして、あの人の悲哀が満ちていた。そんな気がした。
私は父に連れられ無事に帰ることができた。私の無事を知った国民の皆さんは、それぞれが口々にマリオさんの悪事を語った。
姫様、あなたは裏切られたのです。
なんと悲運なことか。
そして、マリオのなんと悪徳なことか。あやつに良心などありませぬ。あろうことか姫様の信頼を裏切ったのですから。
あやつはあなたを何度も助けたが、あれは全てあやつの自作自演。あなたは騙されていたのです。姫様の心中を察すると我々はもう、胸が苦しくてたまりません。
おいたわしや姫様。おいたわしや。
どこか的外れな同情に、私もまた的外れな嫌悪を抱いた。
どうやら私は彼に裏切られたようだ。
もう、すべてがどうでもいい。そんな風に自暴自棄になるほど私の精神は疲れきっていた。
ただ眠りたかった。
この現実から目を背けたかった。
あれから少しだけ時がたち、彼は最低最悪の反逆者として国民に忌み嫌われた。
私はこれまで彼が行ってきた悪事を国民の皆さんに聞いた。ものの例えとかではなく、本当の意味で嫌になるほど。
曰く、彼は私たちに呪いをかけた魔女だと。
曰く、彼はピーチ姫を騙し続けた最悪の男だと。
彼らが言う彼は、私が見てきたマリオさんとは似もつかない程の悪人だった。
そんなことを、何度も聞かされた私はいつの間にか彼に抱いていた好意を嫌悪に変えていった。
今の私の心のなかにあの頃の優しく微笑むマリオさんの姿はない。ただ、私をひどく冷たい目で見据えるあの彼だけが、私の中にいる。
皮肉なものだ。何度も姫を救い、国を救った英雄が、今ではもう、嫌われものの反逆者といわれているのだから。
そのせいか、彼のお墓は毎日荒らされる。
その度に、彼の唯一の家族であり弟であるルイージさんが、手入れをする。嫌な顔ひとつせずに。
私は不思議に思った。ルイージさんだってこんなことをするのは嫌に決まっている。辛いに決まっている。
だから、私はルイージさんにそこはかとなく尋ねたことがある。
どうして、あなたは……悲しくないのですか ?
と
するとルイージさんは困ったように笑いこう言った。
「私が兄さんの弟であり、たった一人の家族だからですよ。姫様にもいつか分かるときがくるはずです。その時はどうか兄さんに……」
そこまで言って彼は話すのをやめた。
意味が分からなかった。マリオさんと違い皆から好かれている、ルイージさんがどうしてそんなことを言うのかが。
「ルイージさーん」
子供たちの声がする。僕はそれに応えるように立ち上がり、彼らに手を振る。
今日も僕は兄さんの墓の前に立つ。そこにはグズだのゴミだの謂れのない誹謗中傷がスプレーで書かれている。
兄さんにも困ったものだ。真実を告げぬままに逝ってしまうなんて。
今はただただ寂しいよ。兄さん。あなたがいなくなってから僕は一人になってしまったよ。ピーチ姫だってそうだ。いや、彼女はもっと辛いだろう。だって彼女は真実を知らないのだから。本当はいますぐ伝えるべきなのだろう。
だけど、あなたはそれを望んでいない。
兄さん……。
僕は兄さんの形見である帽子をなげた。
それは太陽にむかって飛んでいき、しだいに見えなくなった。
あれから随分と時がたった。
明日、私は結婚する。
お相手は他国の王子様。所謂、政略結婚というやつだ。だけど、その人はすごく素敵な方で私はいつの間にか彼のことが好きになっていた。
一通り明日の準備を済ませ、明日のことを改めて考える。
結婚……かぁ。
しみじみとそう感じる。だけど、何か実感が湧かない。たぶん、彼と結婚すればこれまでにないほどの幸福を得ることができる。そう、確信している……はずなのに。やっぱり何かが足りない。
いや、このままではどれだけ考えても八方塞がりだ。夜風にでもあたって頭をリフレッシュしよう。
そう、思い至った私は冬の夜道へとくりだした。
冬の夜風は案の定冷たかった。だけどその風のおかげで頭のなかがさっきより幾分かクリアになった気がする。
夜道を歩くのも思いのほか悪くないな。
そう思った私は暫くのあいだこうして歩くことにした。
そろそろ時間もいいくらいになってきた。明日のことも考えて、今日は早く寝ないといけない。
帰る途中で私はこんな真夜中にあっては不自然なはずの人影をみた。
目を凝らしてよく見ると人影の正体はルイージさんだった。
こんなところで何をしているんだろう。
そんな疑問は一瞬で解消される。
ここはあの人のお墓か……
どうやら彼はお墓にむかってなにやら話しかけているようだ。
不謹慎だと思ったが私は耳を澄ましてそれを盗み聞きした。
「ようやく、この時が来たよ、兄さん。本当に長かった。ピーチ姫が明日、結婚するんだ。だからやっと、やっと彼女に真実を打ち明けられる」
真実って?疑問を抱く私をよそに、尚も彼はつづける。
「願わくば兄さん。あなたに彼女の晴れ姿を見せてあげたかった」
そうやって、討ち死にした武士のように無念といった感じに呟く。
だけど、私には彼の言っていることが不可解だった。
私の晴れ姿をあの人に見せたい?それに真実って?
分からないことだらけだ。あの人は私のことなど愛していなかったはずだ。それなのに何故?
忘れたくても忘れられない、私にとって忌々しい過去。
『私は初めからお前など愛していなかった』
とても冷たく胸に突き刺さる、つららのようなあの目。電子音のように無機質な声。
淡々と事実を、そして現実を突きつける彼。
そのすべてが私にとってトラウマだった。心に深く食い込んだ杭と言えば分かりやすいかもしれない。
決してその痛みを忘れることができず、無理に杭を抜こうとすれば、それは心を軋ませる。
唐突に私はこの場から逃げたくなった。
辛いことを思い出してしまったからなのかもしれない。
そして、思わず後退りをしてしまった。それと同時に何かが割れる音がする。どうやら私は小枝を踏んでしまったようだ。
その音にルイージさんが気づかないわけもなく、彼は姿の見えない私に問い質す。
「誰だ!?」
私は観念したように彼の前に姿を現した。
「あぁ、ピーチ姫でしたか」
彼は安心したようにそう言う。
「ルイージさん。ここで一体何を?」
「いえ、大したことはしていません。それよりもちょうどよかった。今、私はあなたに会いにいこうとしていた」
「何故ですか?」
「それは私についてきてくれれば分かります。なに、心配はご無用です。結婚前夜の花嫁を連れ去るなんて無粋な真似はしませんよ。何せ私は紳士ですから」
そう言うと彼は歩き出した。私は彼についていかなければならない気がした。何の根拠もないけど、そういう予感がした。
だから、彼の言うとおり私は彼についていくことにした。
人々がその営みを終え、もうすっかりと静かになったはずのそこは何故かは分からないがざわめいているように感じた。
しばらく歩くと彼の家に着いた。
彼はおもむろに扉を開き、どうぞとだけ言い、私を家に上がらせた。
家のなかは不思議なような奇妙なような、だけど漠然と懐かしい匂いがした。
椅子に座ると包みこむような安堵を感じ、すこし微睡んだ。
「今夜は長い夜になりそうです。温かい紅茶をもってきたので、どうか落ち着きながら聞いてください」
「なにか私が落ち着かなくなる話をするつもりなのですか?」
「それは直に分かることです」
そう言うと、彼は私の向かいの席に腰かけた。
「さて、何から話しましょうか」
彼は困ったように笑った。
その笑みは困惑以外のたくさんの感情がある含みのある笑みだったように思える。
ただ、部屋のなかに吹き込む風がカーテンを揺らし、光輝く月が時折その姿を覗かせていた。
私はその美しく、あまりに神秘的な光景に魅せられた。それはもうつい見入ってしまうほどに。
それは彼も同じようで芸術品を吟味するようにうっとりとした顔でその光景を眺めていた。
突然、私は心のなかに寂しさが込み上がってくるのを感じた。それは夜風にさらされて優しく消えた炎のように温かく、冷たかった。そして何故かその淡い温もりの中にあの人がいるような気がした。
ふと、隣を見やるとルイージさんが驚いた顔をして私を見ていた。
それと同時に私は自分の頬が一筋だけ渇いていることに気付いた。
自分から頬を触れ、確かめた。
どうやら私は知らぬ間に涙を流していたようだ。
それが何故なのか分からなくて、でも不思議と涙は止めどなく溢れて。
すると、しばらく驚いた顔をしていたルイージさんが悲しそうに、それでいて辛そうに顔を伏せこう言った。
「やはり、貴女は兄のことを憎んでいらっしゃるのですか?」
その質問は私の心を震わせた。
核心を突いた問いと言うべきなのかもしれない。
私はそれに答えることが出来ず、ただ黙るしかなかった。
憎んでいないと言えばそれは絶対に嘘になる。だけど私はこの感情に確信を得ることが出来なかった。憎しみも勿論そこにある。でもそれだけじゃない。怒りも悲しみもやるせなさもすべてそこにあった。
何より私はあの人に恐怖していた。トラウマを呼び覚ますきっかけであるあの人に。
そして唐突に、私はこう考えた。
何故、この人は私をここに招き入れたのだろう。こんな話をするためにわざわざ私を連れ出したのか。
そう思うと彼に対しての怒りがふつふつと沸き上がってきた。
そして私は彼の問いに答えぬまま、半ば強引にこう問いた。
「何故、貴方は私をここに連れてきたのですか?こんな不毛な話をするだけなのなら私は帰らせていただきます」
至極真っ当な意見だった。ただ、それに対する彼の返答もまた至極真っ当なものであった。
「貴方はそうやって逃げるのですね。あの人から、兄から、そしてトラウマから」
言い返す言葉が見当たらなかった。
逃げ。
そう、私は逃げていたのだ。今のいままで見たくない現実から。
「あなたに、何が分かるって、言うんですか」
何か言い返さなければならない気がした。悪戯をした子供が苦し紛れの嘘を反射的につくように。
ただ、やはりそれに対する真っ当な答えが見つからず、八つ当たりのような答えになってしまっていた。
それに嗚咽が混じり、上手く喋ることすらままならなかった。
彼は依然として厳しい目付きのままだった。しかし私の返答を聞くと優しく微笑んだ。
「少し、昔話をしましょうか」
どこからともなく、彼は語りだした。
その姿は慈母のように優しく、荒んだ私の心を落ち着かせた。
そして彼はろうそくを灯すように優しく語り始めました。
「あるところに二匹の鬼が棲んでいる国がありました……」
二匹は住み慣れない土地で貧しい生活を強いられていましたが、懸命に生きていました。
しかし二匹の鬼は幼少の頃、国民に酷く嫌われていました。
それもそのはずです。
ある哲学者がいうように人間は理解に及ばないものを排斥します。勿論、国民たちにとって鬼は理解の範疇を越える恐ろしいものであったのは確かですので糾弾しないはずはありません。
それでも二匹は、とくに兄である赤鬼は滅げずに努力し続けました。だけれども、弟の青鬼は優しすぎました。弱すぎました。
毎日のように涙を流す弟の姿は痛ましくありました。
もしやすると、赤鬼の努力はそんな弟を安心させるためだったのかもしれません。
こんな姿でも、どれだけ醜くても、分かり合えない訳はないんだ。赤鬼は弟の青鬼が眠りにつくころ、それはもう毎日のように涙を押し殺しながらそんな言葉を吐き出すのです。
眠りについているといっても、そんな兄の姿に弟が気づかない訳がありませんでした。
兄の痛ましくも健気で懸命な姿を近くで見続けた青鬼は以前とはまるで変わり、逞しくなりました。それから毎日のように流れていた雨はもう流れることはありませんでした。
そして、ある日赤鬼は恋に落ちました。桃の花が綺麗な日でした。
それもお相手は高嶺も低く見えるくらいに高い。もやはエベレスト位に高い秘境でないと咲いていないんじゃないかってほど美しい花でした。
といっても彼が惹かれた理由はその美しさではありませんでした。
赤鬼は彼女の在り方に惹かれたのです。
己の能力を過信せず、どんなものにも分け隔てることなく接し、ただ純粋に真っ直ぐに生きる。
それは紛いもののない純粋な恋慕でありました。ただ自分をぶつけるだけの浅慮な恋心ではなく、きっとそれは誰かをそっと思うような優しいものだったのでしょう。それを本気の愛ではないからだと言われればそれまでです。しかし少なくとも私はそれを一つの美しい愛の在り方だと思いますし、そんな心ない否定を酷く無粋だと思います。
また、それは一言に恋で片付けきれない感情だったように思えます。
きっと同時に心のそこから彼女のように生きたいと願う憧憬でもあったのでしょう。
だから彼は彼女の幸せを一番に思っていました。そして案の定、彼はその恋を諦めることになります。
皮肉……なことでしょうか、彼女は彼の親友と結ばれることになりました。
彼の親友は紳士でダンディーないい男でした。おそらくですが、鬼の兄弟に対し偏見を持たず親しく接していたのは彼だけだったでしょう。
そんな親友の姿に赤鬼は感謝していました。
同時に彼のような男でありたいと思いました。ありふれた形でいうと格好良いと思ったのです。誰よりも、どんな男前よりも親友のことが。
その生涯で女性に対する憧れはきっと彼女だけにしか抱かなかったのでしょう。そして同じように男性に対する憧れも親友にしか抱きませんでした。
赤鬼は親友のことを信頼していました。だからこそ親友が彼女を幸せにしてくれると本気で思いました。
もちろん、ただ黙って見ているだけではありません。赤鬼は彼らに対する助力を惜しみませんでした。
二人の大切な時間、例えば結婚記念日であったりとか、そういう時間のときはどれだけ己が忙中にあっても親友の仕事を肩代わりし、彼らの幸福な時間を作りました。その際にはもちろん親友と赤鬼の譲らない押し問答が生じましたが、それを語るのは野暮というものでしょう。
このように赤鬼は彼らの幸せな姿をみることはあまりありませんでした。
だけどそのような機会は少なかっただけで、無かったというわけではありません。
その回数はたったの二回です。だけれど、そのたったの二回は彼にとってなにものにも変えがたい、かけがえのない時間でした。
とくに彼らの間に新たな生命が誕生した瞬間を赤鬼は青鬼に嬉しそうによく語ったそうです。
「私の人生はこの愛しき命のためにある」
ひとしきり語り終えたあと、彼は涙とともにそんな覚悟を吐露するのです。
季節はちょうど夏に入ろうかというとき。
ヤブデマリの花が逞しく咲いていた。
涙はきっと悲しむためだけに流すものではないのです。惜別、歓喜、そして覚悟。
赤鬼の涙の意味を、その真意を推し量ることが青鬼には出来ませんでした。
ただ、漠然と自分はもう守られることはないのだと理解した。
「赤鬼の人生はきっとまだ続いたのでしょう。だけど、この昔話はこれで終わりなのです」
どこか途方のない遠くを眺めるように彼はそう言った。それはまるで答えを知っているかのような顔だった。
「赤鬼は……彼はどうなったのでしょうか?」
ルイージは静かに、けれどはっきりと答えた。
「幸せだったのか定かではありません。だけど、きっと彼の覚悟は生涯変わらなかったのだと思います」
「さて、本題に入りましょう」
そう言うと彼は優しい顔つきから一転して、険しい表情を浮かべた。
「その前に、最後に確認させていただきます」
「覚悟はできましたか? 真実を知り、トラウマと立ち向かう覚悟が」
優しい時間はもう物語とともに終わってしまった。
次はどれだけ辛くとも立ち向かわなければならない。
うちひしがれてしまうかもしれない。挫けてしまうかもしれない。
だけども、今ならきっと大丈夫だってそんな気がした。
だって、私は知りたいから。赤鬼のその後もあの人のことも。
だから……
「……はい。もう大丈夫です。続けてください」
彼は安心したように優しく微笑んだ。
「これはあの人の遺品です」
彼はおもむろに立ち上がり、遺書とおぼしきものと日記のようなものをもってきた。
「これがいまあなたが知ろうとしているものの全てです」
そして彼はなにを言うでもなく、私にそれらを渡した。ただ強い意思のこもった目で私を見つめて。
渡された日記はひどく年季が入っていて、少し黄ばんでいた。
だけど、大事に保管されていたのだろう。紙の劣化以外は全く気になる欠陥がなかった。
私はページを一枚めくった。ゆっくりとゆっくりと、時代をなぞるようにして。
6月6日
今日から日記を書こうと思う。内容?そんなのもちろん、紳士でダンディーで英雄な私の叙事伝と愛しきピーチ姫の成長についてに決まっているだろう。
あー、はじめからふざけてしまったがすべて冗談だ。
ふざけて直後に真面目になるのはどうかと思うが、この日記には決して嘘を吐かないと誓っていることを記そう。
いやはや、なにぶん私はダンディーな紳士ゆえ、吐かれるその言葉は常に優しい嘘でまみれて……ませんね、ごめんなさい。
けれど、こうでもしないと私は自分しかみることがないであろうこの日記にすら嘘を吐いてしまいそうなのだ。
なんというか、あの人らしい文で凄く懐かしいと思った。まるで今ここであの人がいつもみたいにおどけてみせてそうで。それが不思議で少し辛かった。
だけど、この程度なはずがないんだ。
日記は次のページに移った。
5月5日
うおおおおおおおおお!今日はおめでたい日だ!お前ら赤飯を炊け!いますぐにだ!
ようやくだ。ようやく
ピーチ姫がハイハイするようになったのだ!
私も日記など書いている場合ではない。お祝いのために奔走しなければ。
なにをプレゼントしようか。彼女の成長が楽しみで仕方ない。
10月10日
【悲報】ピーチ姫の成長が愛しすぎて生きるのが辛い。
彼女はもう4歳にまでなり、いまでは所々歩きまわり、拙くも可愛らしい口調で話をするようになった。今日は彼女からたくさんの話を聞いた。キノピオが相も変わらず間抜けで面白いことやクッパとともに外へ散歩しに行ったことなど。とにかくたくさんだ。
なかでもクッパと散歩に出たことを嬉しそうに語っていた。
だから彼女を花畑に連れ出した。いや、ジェラシーを抱いたとかそんなんじゃないぞ。クッパに軽く殺意が沸いただけでなにもない。他意はない。
花畑につくと彼女はとても嬉しそうにはしゃぎまわっていた。
連れてきてよかった。最近は悪いことばかりで沈んでいた私だが、彼女の笑顔をみて肩の荷が軽くなった。ピーチ姫に免じてクッパも許してやろうと思う。
追伸
ピーチ姫、さすがに土管に入れと言うのは酷すぎるのではないでしょうか?
私は読み進めた。乱暴に読み進めた。
懐かしさとともに寂しさが込み上げてきたから。
3月30日
日記を書きはじめて、もう7年となったが未だにこのスタイルには馴れない。
ただひとつ、すこし馴染んだことがあるならばそれは正直になれるようになったことだろう。
そんな生々しい私の日記事情はどうでもよく。
本題は明日のことについてだ。
記念すべきピーチ姫の誕生日が明後日までに迫ってきているのだ。
だというのに私、マリオは彼女へのプレゼントを用意できていないのだ。
いや、まて。その斧をしまえ。そう焦らなくても良い。だから暴徒となるまえに落ち着いて私の弁明を聞いてくれ。
勿論、既にプレゼントがなにかは決めているのだ。
毎年、ピーチ姫へのプレゼントは一年前に用意しているというのに……このマリオ一生の不覚。
今年、彼女にあげるのは彼女が大好きな桃の花だ。
彼女にとって、そして私にとっても色々と思い出深い花なのだ。きっと喜んでくれるだろう。
思い出した。
この日、私がたくさんのものを失ったことを。
3月31日
私は
無能だ。
親友とともに戦えなかった。
あの人を死なせてしまった。
彼女を守ることができなかった。
何が英雄だ。たった一人愛した女性も守れず。
何が親友だ。心を許しあえた唯一無二の友を見捨てて。
……なんたる道化か。
あのときの覚悟はすべて嘘であったのか。なにが「幸せを守る」だ。なにが「命を尽くす」だ。なにも守れていないじゃないか。
生きる意味も……なにもかも全てを失って……私は一体、なんなのだ?
4月1日
覚悟は決まった。
私はこの世を去ろうと思う。
いや、勘違いをしてくれるなよ。なにも無意味に死のうというわけではない。
これが唯一、私が覚悟を果たせる方法なのだ。
私は、全てに嫌われて、蔑まれて、恨まれて、惨めに死ななければならない。
それが、私に残された唯一の救済。彼女の隣に添えられた、魔女のささやかな良心。あいつは私の不幸を、絶望を望んでいる。逆にそれさえあれば、他はどうでもいいらしかった。だから、私はこの世を、最悪の形で去る。
今ならなにも怖くないと思う。死ぬことも。未練は何一つない。
いや、ただ一つだけ、心残りがあるとするならば、彼女の晴れ姿をこの目に焼き付けたかった。
ピーチ姫、あなたは私を恨むでしょう。それは私にとってとても怖いものなのです。
私は臆病です。我が儘です。
なにも果たせなかったというのに、あなたの幸せを祈ろうとしているのです。あなたに忘れられたくないと駄々をこねているのです。
ピーチ姫、あなたのこれからに幸あらんことを。
日記はここで終わった。私は静かに日記を閉じた。すこしでも激しく動けば、きっとこの感情は爆発してしまうだろうから。だから静かに、ろうそくの火を消すようにゆっくりと閉じた。
「ピーチ姫」
不意にルイージさんが私を呼んだ。
「あなたに、まだ渡していないものがあります」
そう言って、彼は年季のはいった色紙を取りだした。
そこには控えめな字で、大きく、濃淡に、こう書かれていた
結婚おめでとうございます
あなたの幸せを、こころより嬉しく思います
もう、言葉はなかった。
愛していると言われたかった。
いや、彼は愛しているとすら書くことができなかった。
念願が叶ったというのに。だれよりも私を愛し、誰よりも私の幸せを望んでくれたというのに。
私は泣いた。
全てを後悔するように、誰かに謝るようにして、泣いた。
その日、私は覚悟を知った。覚悟とは愛するものの幸せのために自分を殺し続けることなのだと、知った。
長い夜は終わった。朝日が昇り、昨日を明日が照らす。
虹が架かった。雨など降っておらず、虹など架かるはずかないのに、まるで空を跨ぐようにして虹は架かった。
虹はどこまでも続く。きっとあの人……マリオさんにだって会えるって、そんな気がした。
私の名前はデイジー。ちょっとお茶目なお子さまよ。
今日は凄く素敵な日なの。
なんてたって、素敵なお姫様に出会えたのだから!
今日、私は大好きなお花がほしくて危険な崖の近くにいたの。それでね、漸く取れたと思ったら崖から落ちそうになったの。
すると、誰かが私を助けてくれたの。それがさっき言っていた、素敵なお姫様。
私は彼女に名前を尋ねたんだ。あっ、もちろんお礼も言ったわよ。助けてもらったらお礼を言うのは、レディーとして当然の嗜みだからね。
名前を尋ねられた彼女はね、なにかを思い出すようにこう言ったの。
「私の名前はピーチ。なに、ただのしがない土管姫よ」
もう、ヤブデマリの花はそこに咲いていなかった。
けれど、そこには新しい門出を祝うように、デイジーの花が、元気に咲いていました。
どんな所にもそこにしか咲かない花がある。
そして、彼らを象徴する土管には絶えず綺麗な花が咲き続けたそうな。
終わり
ヤブデマリ……『年輪を美しく重ねる』 『覚悟』 『決死の覚悟』 『今日の幸福』 『隠された美』 『私を見捨てないで』
デイジー……『希望』『平和』『無邪気』