隕石……隕石といえば宇宙です。隕石は宇宙から降って来る物でしょう。
ロマが降らせたあの攻撃は、隕石と呼ぶことが一番正しいように思えました。だから狩人さんは気付いたのです。ビルゲンワースが会いたがったという宇宙人とは、まさにロマのような物のことなのではないかと。ロマもそう、瞳の苗床もそう、巨大なムカデのような気味の悪い生物もそう、頭の中から理性を吸い取る化け物もそう……宇宙人とは、あれらの生物のことだったのではないでしょうか。
どれもこれも、今までの人間の理解を超えた生物であったことに間違いはありません。しかしそれも、あれらが未知の宇宙人だったからだと思えば、ある意味では納得できます。
だから狩人さんは思ったのでした。
「なんであんな奴らに会いたがったんだ……」
それは寝言でした。そして自分が寝言を言ったことに気が付いて、狩人さんが眠りから覚めます。ロマとの激戦後、赤い月を見上げながら気を失って今に至るのです。
「あれ……?」
目が覚めた狩人さんは真っ先におかしなことに気が付きました。目の前に、人形さんがいないのです。かわりに開け放たれた扉と、その先にある街らしき景色や、赤とも青ともつかない色の空が見えました。
「(死んだんじゃなかったのか……?)」
ロマとの戦いでダメージを受けすぎた狩人さんは、自分のことをそのまま死んでしまったのかと思っていました。だから気を失い、一度狩人の夢に戻って、そこから再出発するつもりでした。
しかしどうやらここは狩人の夢ではありません。人形さんもいない、ゲールマンさんのいる家もない、そしてそもそも暗すぎる。左右を見回すと、どこかで見たような素材の壁に囲まれていました。
……そして狩人さんは、目の前で開かれている扉の前に、ゆらりと、太い綱のような物が何本かぶら下がっていることを発見します。
上から垂れた綱のような物。それは枯れた大木のような微妙な黒色をしていて、本能的にあまり良い印象を受ける物ではありませんでした。
その綱のような物は、ゆらりゆらりと揺れ動いています。けれどそれが風のせいではないことが、狩人さんにはすぐに分かりました。そしてそれが「綱」ではないことにも気が付きます。
その綱のようなものは、生き物のように動いていました。いや、本当に生きているのです。それは綱ではなく、おそらく何かの触手でした。とても太い触手です。
「…………」
枯れ木色の太い触手の持ち主は、目線を少し上に向ければすぐに見えることでしょう。きっとそれは天井か壁に張り付いていて、今も狩人さんを見下ろしているのです。
……狩人さんは、上を向くことが出来ませんでした。気付いてしまったからです。ここがどこなのか、自分が今いる場所が何なのか、ようやく理解したから、上を向くことが出来ませんでした。
大聖堂から脇道へそれた先にある、使われていないはずの古教会。狩人さんが謎の力に握りつぶされたあの場所に、なぜか今戻ってきていたのです。あの時は開かなかった扉が、今は目の前で開放されています。
どうしてここへ来てしまったのか、それは分かりません。けれど自分を見下ろしている「何か」が、狩人さんを握りつぶしたあの力の正体であることは確実でしょう。……死ぬことそのものよりも、あの壮絶な死に方に対する恐怖心が、まだ狩人さんの中には十分すぎるほど残っているのでした。
「……う、おおおおおお!」
意を決して、しかし絶対に上を見ることはなく、狩人さんは駆け出しました。扉の向こうへ行くのです。どうせその先にだってロクでもない困難が待っているのでしょうけれど、教会の中でびびっているよりはずいぶんマシなように思えました。
扉の先にあった街は、ヤーナム市街と同じように石タイルの敷かれた文明的な場所でした。しばらくの間森にいた狩人さんはそれに安心感を覚えます。
けれども、安心出来る物といえば、逆に言うとそれが全てなのでした。
「なんだこれは……」
空を見上げると、常識的な大きさの月が、しかしあり得ないほど赤く光っています。何かとんでもなく不吉なことを知らせるように、ぼんやりとした光で全てを赤く照らしているのです。そして本当なら黒く暗いはずの夜空は、その赤い光に照らされて、紺色に近い深い青に染まっていました。
「ん……?」
何か音がしました。
狩人さんが変わり果てた空に見とれていると、チリンチリン……と、どこかから鈴の音が聞こえてきたのです。
「ウオオオ……」
「グウオオ……」
突然地面から、体中が真っ赤に染まった人間たちが出現しました。それは地面からの謎の光と共に現れたもので、その現実離れした現象に、狩人さんは漠然と「召喚」という印象を受けました。
しかしまぁ、どんな不可思議なことが起こったとしても、何も今さら、現実離れということはないでしょう。
人間たちは手に持った武器で狩人さんに襲いかかってきます。はたしてそれは心が獣となった元人間なのか、それとも全く別の何かなのか、あまりにも突然のことで狩人さんには分かりません。
けれど狩人さんは速攻でそれらを狩りました。現れた人々はヤーナム市民と同じような装備、動きの人たちであり、狩人さんが今さら苦戦するような敵でもありませんでした。
力尽きた人たちは、その真っ赤な体をはじけさせて、跡形もなく消えてしまいます。死体すら残らないとなると、やっぱり今までの心が獣になった人間とは様子が違うと考えられるでしょう。
……やがて、再び鈴の音が鳴りました。チリンチリン、チリンチリン……。すると鈴の音に反応するように、またしても体の赤い人たちが地面からの光と共に出現し始めました。狩人さんは確信します。
どこかでこいつらを召喚している敵がいる! そいつを倒さない限り、この赤い兵隊たちは無限に現れてくるだろう。
そうと分かれば猛ダッシュで本体を探します。道なりに街を行くと、すぐに長く幅の広い下り階段に出ました。それを駆け下り鈴の音を鳴らしている敵を見つけるべく、狩人さんは突き進んでいきます。
が、しかしその階段に一歩踏み出した瞬間、下の方にいた何人もの凶器を持った人間たちが、一斉にこちらを振り返りました。二人や三人では済まないすごい数です。それは心が獣になってしまった、この街の住人であるように思えました。
しかし狩人さんにとってそれらは取るに足らない物です。……それどころか彼の目には、それよりもさらに恐ろしい物が映っていたのでした。
「ひぃ……」
階段を下った先にある背の高い建物。その建物の外壁に、巨大な化け物が張り付いています。今まで見た物の中でもずば抜けた大きさです。
いつもの不思議な感覚で、狩人さんにはすぐにその化け物の名前が分かりました。アメンドーズ……それは全身枯れ木色の、名前通りアメンボのような形の生物でした。十中八九、それもまた宇宙人なのでしょう。
アメンドーズには左右に三本ずつ計六本の、虫のように角張った長い腕が生えていて、人間と同じように先端には五本の指があるその腕でしがみつくようにして壁面に張り付いています。腕とは別に足もあるようで、それだけの数の物が付いている胴体はしかし細長く、それが不安を誘うのです。
頭は落花生の殻のように網目が走った楕円形で、口らしき部分からは何本かの太い触手が生えています。……形、質感、色、大きさ、全てにおいて気味が悪いですが、おまけに全身に産毛のような物まで生えていることがキモさを倍加させていました。
「うぉおおおあぁあああああ!!」
狩人さんはほとんどやけくそになって階段を駆け下りました。立ち尽くしてびびり散らしていたところで、正気を失った街の住人から結局集団リンチにされることは分かりきっているからです。そしてここを進む以外に選択肢がないことを直感で理解しているからです。
銃弾が飛び交い刃が振り乱れる中を、狩人さんは駆け抜けます。邪魔な敵は切って、撃って、突き飛ばして、階段を突破するための最低限の敵以外は今は無視します。
襲いかかってくる住人たちの中には何人か、真っ赤な体の者たちが混ざっていました。いくら戦っても彼らは鈴の音で再召喚され、いつまで経っても戦いが狩人さんの有利に傾くことはないでしょう。だからまともに戦うことはしない。そして何より、アメンドーズから一刻も早く離れたい。
階段を下って、その先の暗い建物の中に入ると、目当ての敵は確かにそこにいました。目隠しフードを被って鈴を持っている敵です。それを狩らなければこの街での戦いは終わりません。
「おらあぁ!」
刃を振り下ろすと、華奢な体のその敵は呆気なく倒れました。どうやらそれは女性だったようです。
「…………」
不思議な感覚でした。ユリエのように武器を手に取りこちらに切りかかってくる相手とは違い、本人は鈴を鳴らすだけという……弱々しい女性をその手で切った。殺した。……初めての不思議な感覚です。
狩人さんにはもはや、罪悪感のような物はほとんどありませんでした。そうしなければ自分がやられていた、だから切ったのです。……けれど記憶喪失の彼だって確かに昔は、女性への暴力を人並みに、そして心の底から嫌う男だった。今でもそのことまで忘れてしまったわけではありません。
忘れていない……はずですが、しかし罪悪感は湧いてこないのです。パニック状態になっていたからでしょうか? そのわりには上手く戦って階段を切り抜け、そして今となっては、すでに落ち着きをいくらか取り戻しています。
「……はぁ」
こんな風にして、いつか自分も獣になるのだろうか。そう思うとため息が出ました。獣病の原因を狩って、最強の狩人になれば人形さんに認めてもらえると今まで信じてきましたが、はたして本当にそうなのでしょうか……? ……誰も狩人さんの狩りを褒めてくれはしないのです。今までに一度も。
「さっさと終わらせよう」
戦いに慣れきった狩人さんは、残った敵を簡単に倒し終えました。赤い体の敵だけは、どうやら鈴の女の死亡と同時に消え去ったようです。
住人との戦いが終わった直後、建物に張り付いているアメンドーズがその不気味な長い手を狩人さんに伸ばしてきました。狩人さんは全身に鳥肌を立てながら必死に逃げます。アメンドーズの手のひらからは、星空に浮かぶ星々のような、不思議な闇と光が放たれていましたが、深くは考えないことにしました。見るだけでもキツイのに、宇宙人について深く考えると頭がおかしくなりそうです。
やっぱりあの時、あの古教会にいたのはアメンドーズだったのでしょう。元々は姿の見えなかったそれが、なぜか今は見えるようになっている。……そうなった理由はおそらく、ロマなのだろうと、狩人さんは分かっていました。奴の隠していた秘密とは、例えばアメンドーズであり、例えばこの街そのものであったわけです。
「そりゃ誰でも秘密にするよな、あんな物……」
こんな化け物が街の建物にへばりついていて、それをどうすることも出来ないのなら、せめて気色の悪い姿だけでも見えないようにしよう。きっと誰かがそう考えてロマの秘密を作ったのだと、狩人さんは納得しました。出来れば自分だって、虫に似た見た目の大きくて気持ち悪い宇宙人の姿なんか、一つも見たくはありませんでした。
狩人さんは早くこの街から抜け出したくて、どんどん探索を進めていきます。また暗い屋内と鈴女、それに召喚された赤い体の敵たちとの激闘が繰り広げられたりもしましたが、これといって死にかけることもなく、狩人さんは二人目の鈴女を始末することに成功しました。
問題はそのあとです。その屋内から抜け出すと、月に照らされて赤く光る広場から、妙な声が聞こえてきました。年配の女性による歌声のような、あるいは笑い声のような、……しかしあまり良い印象は受けない声です。
その声の正体を、狩人さんはすぐに目撃することになります。少しの上り階段を通った先にある広場では、稲や草を刈るための小さな鎌といった凶器を持った老婆たちが、ある物を見上げながら踊っていました。
老婆たちの先には再びの下り階段と教会のような建物、そして壁面に張り付くアメンドーズの姿がありました。その宇宙人は、この街の中に何匹でもいるようです。
老婆たちはアメンドーズを崇拝するかのように、狂気的な笑い声を発して動き回っています。それら全てを一度に認識した狩人さんは、目眩に襲われました。
「も、もう嫌だ……。悪夢だ……うぅ……」
狩人さんはついに、その場にうずくまってしまいました。そうやって閉じこもるような姿勢を取ってしまえば、今から戦うであろう頭のおかしい婆さんたちも、見るだけで精神が削られていくような醜い化け物も、全て見えなくなって楽になれるのです。
化け物たちを街に呼んだビルゲンワースは頭がおかしい。いや、ヤーナムに来てからというもの、目にする全てがおかしな物ばかりだ……。狩人さんに、ここに来て急激に嫌気が差してきました。それだけ彼にとってアメンドーズの見た目は受け入れ難く、それに握りつぶされた過去がトラウマなのでした。
「…………よし」
しかし狩人さんは立ち直ります。きっと他の誰にも真似できない方法で、なんとかもう一度頑張る決心をつけたのです。
次に死んだら、もしも次に死んだら……その時は狩人の夢で人形さんに抱きついてやる。こんな怖くて気持ち悪くて痛いだけの世界もう嫌だと泣きついて、好き放題泣きわめいてやる。……だから次死ぬまでは頑張ろう。
「うおおおおおおお!! 殺せるもんなら殺してみろおおおおおお!!!」
ある意味狂気的な精神状態に陥った狩人さんは、狂った老婆の集団へと飛び込んでいきました。お婆さんたちはヒィアアアアとものすごい声を上げて狩人さんに襲いかかってきます。狂気と狂気のぶつかり合いです。
けれど獣の心を持つ男たちや獣そのもの、果てには宇宙人まで狩ってきた狩人さんが、今さら老婆ごときに負けるはずがありません。切って、撃って、避けて。……やや自暴自棄になった狩人さんがそれでも巧みな戦闘を繰り広げる中、アメンドーズの頭が光りました。
目と呼ぶべきなのか、口と呼ぶべきなのか。楕円形の頭部にある網目と網目の隙間から、その眩い光は放たれました。光は一筋の線となり、まさに怪光線として、その場をジグザグに薙ぎ払ったのでした。
光線が通り過ぎてから一瞬の間を置いて、それを当てられた部分の地面が大爆発を起こします。
「おわああああああ!?!?」
狩人さんが呆気に取られる中、お婆さんたちは爆発に巻き込まれて宙を舞いました。そしてボトボトと地面に落ちた彼女たちは、全員もれなく息の根が止まっています。一方で狩人さんだけは、完全なラッキーによって爆発を回避していました。
そしてそのアメンドーズの怪光線……それは狩人さんに差した、一筋の希望の光になりました。
「か、かっこいい……」
気持ち悪いだけだと思っていた生物に、ほんの少しとはいえ初めて魅力を感じた瞬間。狩人さんの男のロマンがくすぐられた瞬間でした。
けれどやっぱり、見れば見るほど、アメンドーズは気持ち悪い虫でしかありません。
「あっ」
下り階段の先にある建物の中に、狩人さんは見慣れたランタンの光を見つけました。
せっかく宇宙人ビームにロマンを感じたのですから、そのときめく心が残っているうちに、ここを通り過ぎてしまうに越したことはありません。狩人さんは下り階段を駆け抜けてアメンドーズとおさらばしようとしました。
しかし再び奴のビームがジグザグに地面を薙ぎ払って、今度こそ狩人さんの命を狙ってきます。……というか当たり前ですが、奴は狩人さんの味方ではありません。ただ狩人さんを狙いつつ無差別にビームを撃ったところ、結果として老婆たちだけが吹き飛んでいっただけのことなのです。
右へ曲がり左へ曲がり、どちらへ回避すれば良いのか迷わせるビームの軌道に、勢いで駆け抜ける気満々だった狩人さんはまんまと引っかかって、爆炎をバックに宙を舞いました。糸が切れた人形のように吹き飛んで、ボトリと落下した狩人さんは、もうぴくりとも動きません……。
狩人の夢で人形さんに抱きつくと、彼女は無言でしたが、しかし優しく頭を撫でてくれました。狩人さんはあと十回くらい死ぬまでは頑張ろうと思いました。