あの時どさくさに紛れて、狩人さんは人形さんがなぜ「人形」という名前なのか、その意味を知りました。
抱きついた人形さんの体は、(とてもお洒落で狩人さんの趣味ドンピシャな)服の上からでも分かるくらい、明らかに人間の感触をしていなかったのです。それは固くて軽い、玩具のような感触でした。
しかしそれでも、人形さんの体には熱がありました。人と同じぬくもりがあったのです。それだけは気のせいではないと、狩人さんは信じたいのでした。
それに柔らかい肌がなくたって、人形さんが好きという気持ちにはほんの少しの変化もありません。……いや強いて言えば、むしろ好意は右肩上がりに増しているかもしれませんが。
前回ランタンに触れそこなった狩人さんは、出来るだけアメンドーズの姿を見ないように足元ばかり見ながら、息を切らした全力ダッシュで元の場所まで帰ってきました。そして今度こそ宇宙人ビームを回避して、ランタンに明かりをつけたのです。
そこからすでにチリンチリンという鈴の音が聞こえましたが、アメンドーズさえいなければそれほど怖い物はありません。宇宙人以外の敵なんて一瞬で葬ってやるぜ! と狩人さんはランタンのあった教会から飛び出しました。
そして彼は、屋内からでは死角となっていた超至近距離……出てすぐ真横の壁面にへばりついているアメンドーズを目撃してひっくり返りました。震える足で這いずるようにしていったん教会の中に戻ります。
「ひぃ……じ……地獄だ……」
けれど、今度の狩人さんはめげません。人形さんに抱きついて頭を撫でてもらった時、少なくともあと十回は頑張ると心に決めたのです。男たるもの心の中にも二言はありません。はりきって行きましょう。
今度のアメンドーズは、なぜだかこちらに攻撃する素振りは一切ない物でした。ありがたく存在そのものを忘れさせてもらいながら、鈴を鳴らす女を探し出した狩人さんは順調に狩りを続けていきます。
そして次の建物をくぐり抜けた先には、長い長い一本道が待っていました。
「これは……」
今まで積み重ねてきた経験が、狩人さんにある予感を与えて、気を引き締めさせます。つまりはこの一本道の先にボスがいるはずだと、そう思ったのです。
広く開けた一本道の左右は、建物の壁によって遮られています。幸いなことに、そう、とてもとても幸いなことに、そこにはアメンドーズが一匹もいませんでした。狩人さんは内心ガッツポーズです。アメンドーズがいるのといないのとではメンタル的に大違いです。
だから遠くから、ズリズリ……と何かが這いずる音が聞こえてきても、まさか今までよりさらにひどい見た目の敵は出てこないだろうと、狩人さんは上機嫌に油断していました。
……道の向こうから現れたのは、棺桶でした。
「ん?」
芋虫が這うみたいに、棺桶がズリズリと這いずってきます。何事かと思いよく見ると、その棺桶からは何本かの骨の腕が出ていました。それが地面を引っ掻くように動いていることで、少しずつ棺桶ごと移動しているのです。
ははーんなるほど、虫の次はお化けだな? 狩人さんはそう考えて、なおさら余裕を深めました。棺桶の中に動くガイコツが入っていたところで、それが襲いかかってきたところで、今さら驚いたりしません。禁域の森に入る前の合言葉のアレは、ちょっとシチュエーションが苦手だっただけなのです。
おらおら来るなら来いや、と言わんばかりに狩人さんは棺桶に近づきました。するとその途端、棺桶の蓋は跳ね除けられ、中からガイコツが飛び出してきます。
無数のガイコツが、溢れ出るように箱の中から飛び出てきました。体の一部しかない物、他のガイコツと中途半端に同化した物、……そして最悪なことに、まだ腐った肉片が残っている物まで混ざっていました。
それらが、狭い棺桶の中に入っていたとはとても信じられない数で溢れ出してきて、津波のように狩人さんを押しつぶさんと狩人さんに襲いかかってきたのです。
「ぴいっ」
剣や盾を持ったガイコツ戦士を想像していた狩人さんは、予想のはるか上を行く光景に、喉から変な声が出ました。背を向けて一目散に逃げ出した彼の頭の中には、現実逃避でしょうか、妄想の中の人形さんが出てきます。
「狩人さん、狩人さん。あの暗い部屋から変な音が……声が聞こえるの。きっと幽霊がいるんだわ。私こわい」
「いやいや、幽霊なんて迷信だよ。どれ、ぼくが確かめてこよう。……なーんだ人形さん、これはこの部屋の音じゃないよ。お隣に住んでいる人の話し声じゃないか」
「あら、そうだったのね。私ってば、うっかり!」
「人形さんは怖がりだなぁ。そんなところも大好きなんだけどね! はっはっはっ!」
「うわあああああああやばいやばいやばいやばい!!」
あっちからもこっちからも、白い骨が覗いた棺桶が這いずってきます。明かりに群がる羽虫のように、受益に集まる昆虫のように、それらはとにかく狩人さん目がけて近付いてくるのです。
そして一定の距離にまで近付くと、棺桶の蓋が開いて、中からおびただしい数のガイコツが出てきます。それらはまた腕で地面をかいて、どこまでも狩人さんを追いかけてくるのです。気が付けば辺り一面は、骨と棺桶で埋め尽くされていました。
ガイコツたちは全て、腰より下が棺桶の中で一体化してしまっているようで、必ず腕の力で棺桶を引きずりながら狩人さんを狙って来ます。中には自分たちの骨の一部を利用して、遠くから吹き矢のように尖った骨を飛ばしてくる奴らまでいました。
ガイコツの一人や二人何ともないと思っていた狩人さんでも、十や二十どころか……もしかすると百や二百いるのではないかという尋常ではない数の人骨の群れに、完全に恐れをなしてしまいました。
その上大量のガイコツたちは、綺麗に人体全ての揃っている物がありません。他の骨とおかしなくっ付き方をして別の生き物のような形になっている物だとか、まだ肉片がへばりついている物だとか、そんなグロテスクな物ばかりとなっているのでたまりません。狩人さんでなくても逃げ出すでしょう。
ひいひい言いながら逃げ回りつつ、狩人さんは思いました。……獣狩りってなんだっけ? 獣はどこへ行った? この化け物たちは何なんだ?
吹き矢に当たらないようジグザグに走って狙いを定められないようにしつつ、とにかく狩人さんは一本道の先へ先へと走って行きます。その先にボスがいるのなら、ヤーナムの影と戦った時のように、ボスと戦う場所は他の道からは隔離されて、ガイコツたちからも逃げ切れると考えたからです。
ガイコツたちは足が動かせないので棺桶ごと這ってきます。無数の腕が地面をかき、ずりずりと音を立てながら来るのです。虫嫌いの狩人さんにとって「無数の腕で歩く」という絵面は最悪でしたし、這いずるという形そのものが、なぜだか人間の恐怖心を煽るものでした。
そして大きく開けた場所、この街の終点らしき場所が見えてきた瞬間、今までは嫌な予感を覚えるだけだったその「広さ」に狩人さんは心から安心したのでした。あそこへ行けば、後ろの化け物たちから逃げ切れる……!
そう気を抜いた瞬間、ついにガイコツの腕が、狩人さんの服の裾を掴みました。
「うわああああああごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
何も悪いとは思っていませんし、謝ったところで仕方がないと分かってはいるのですが、それでも狩人さんの口からは勝手に「ごめんなさい」が出てくるのでした。
が、彼の読み自体は正しかったのです。チリンチリン……チリンチリンチリン……チリン……と、今までとは比べ物にならない数の鈴の音が聞こえて来ます。その瞬間、今まさに走り抜けてきた背後の道は、黒いモヤがかかって閉ざされたのでした。ボスとの戦いが始まるのです。
が、裾を掴んだガイコツの群れが一つ、狩人さんについてくる形で閉ざされた空間の中に入り込んでしまったので、狩人さんは半狂乱でそのガイコツにノコギリの刃を連打しました。バラバラに砕け散ったガイコツたちは、もう動かなくなりました。
「はぁ……はぁ……」
息も絶え絶えな狩人さんは、鳴り止まない鈴の音を聞きながら、それら全てを狩らなければいけないことを考えて戦意を喪失しかけています。けれどそんな彼に容赦なく、次の異変は襲いかかるのです。
やって来た広場からは、月がよく見えました。ロマを倒してからずっと浮かんでいる、不気味な赤い月です。その不吉な光がずっとこの街を照らしています。今思えば、追いかけてくる無数のガイコツの恐怖演出には、空から降り注ぐ赤色も手伝っていたところがあるかもしれません。
しかし今、その赤い月に突然、黒いモヤがかかりまひた。そしてそのモヤからは、毒々しい黒い液体のような物が滴っていました。……それが目の前に地面にしとしと降ってきます。
まただ……。狩人さんは思いました。モヤは月そのものにかかっているように見えますが、月から落ちた液体が地面に届くはずありません。ビルゲンワースの巨大な月と同じく、また何か異常なことが起こっているのです。
チリンチリン……チリンチリンチリン……チリンチリンチリン……鈴の音が勢いを増していきます。すると赤い月を覆ったモヤの中から、人間らしき物が一体、ぶらんと逆さまに現れました。月から垂れ下がるようになったその人体を見て、狩人さんはタロットカードの吊るされた男を思い浮かべました。
ずるっ……と滑り落ちるような感覚で、吊るされた男が下にズレます。しかし彼はまだ落下しません。黒いモヤに隠された中で、彼と別の何かがまだ繋がっているようで、それらがモヤの中にある限りは落ちて来ることが出来ないのです。
ずっ、ずりっ、ずるりっ……。母親のお腹の中から赤ん坊が出てくる時のようにゆっくりと、滑っては引っかかることを繰り返して、月を隠したモヤの中から、段々とその全てが現れてきました。
大きくて歪な塊となったそれは、ついに月から落ちてきます。狩人さんの目の前へ、ズシンと重々しい音と、べちょりと気味の悪い音を立てながら。
……それは練り固められた、膨大な数の人間でした。
ヘビとヘビが絡まりあって出来た、禁域の森のヘビ団子のように、それはとてつもなく大きな、団子状に集合した人間でした。
再誕者。悪趣味な名前の付いたそれを形作る人間たちは、元々は全て死体だったようです。全ての肉が腐っていました。
そして彼らは、団子状になったその一体一体が、各々の意志によって蠢くのです。
「…………」
地獄だ。そう言葉にする気力さえ、狩人さんにはもう残っていませんでした。
広場の左右に建っている建物の二階から、火の玉が次々と飛んできます。今までそんなことをした試しなんてなかったくせに、鈴を鳴らす女がそれを撃ってきているようです。狩人さんはそれらを回避して、まずは二階へ行く道を探し始めました。
「……! ……!」
再誕者の中にいる一人が、何かぼそぼそと喋り始めます。好き勝手に動こうとする団子状の元死体たちのうち、初めに「吊るされた男」のようになって現れた彼だけは、リーダー的な立場にあるようでした。彼だけがあのガイコツたちのように、上半身の全てを外に出しています。あとの人たちは、もっとぐちゃぐちゃに固まっています。
突然、狩人さんの足元に影が出来ました。何事か、と思うより先にまずはその場を離れます。すると影の正体は、狩人さんの頭上に現れた大量の腐肉であったことが判明しました。しかもご丁寧に、どの肉も腕や足など、人体パーツの形をしています。
全てがいちいち不気味ですが、しかしそれは単なる質量の塊、狩人さんを押しつぶすための攻撃として降ってきた物のようです。どうも吊るされた男は、呪文的な力によって腐肉を降らせることが出来るらしいのです。しかし狩人さんも、そんな攻撃に当たって死ぬことだけは御免でした。
建物二階へ続く階段を発見した狩人さんはそこを登って、まずは鈴の女たちを狩りに行きます。鈴の女たちは一階の広場にばかり注目しているようで、再誕者を見下ろす彼女らの背中は隙だらけでした。
「おらおらおらおらおら」
狩人さんはそこかしこに立っている鈴の女を次々に狩っていきます。時々腐肉が降ってきますがそれもしっかり避けます。
……しかし迅速な狩りを続ける中で狩人さんは、ある疑問について考えていました。
「(再誕者は、どう倒せばいいんだ……?)」
今までのボスは、何体いたとしてもそれぞれが必ず個人でした。ヤーナムの影は三体、ロマは一体プラス子蜘蛛がたくさん。……けれど再誕者は、全てまとめて一体なのでしょうか? それとも十体二十体という元死体が、全て別々の敵なのだと考えるべきなのでしょうか?
「(試してみるか)」
建物二階から、狩人さんは吊るされた男目がけて銃を撃ちました。あの男だけが本体であり、あとはおまけなのではないかと考えたのです。
銃弾は見事に命中、相手の頭を貫通しました。……けれどまるで効いている素振りがありません。「本体」という考え方が間違っているにしても、吊るされた男単体に対して効いてもいないというのはおかしな話です。
首をかしげながら、とりあえず狩人さんは建物から降りることにしました。
と、その時。
「あぁ!? 嘘だろ!」
巨大な再誕者たちの一部が、一本の腕のように動いて、狩人さん目がけて拳を振りかぶったのです。それは建物の壁面をぶち破って狩人さんを襲いました。
「ぐああああっ!」
なんとか直撃は避けましたが、あまりの衝撃に片腕をやられてしまったようです。銃を持つ左腕が上がらなくなりました。
急いで建物から出た狩人さんは再誕者を見上げます。赤い月をバックにそびえ立ったそれは、段々と一体の生き物のような形に整っていきます。ある肉塊は足へ、ある肉塊は腕へ、ある肉塊は胴体へ……。
そして吊るされた男が肉塊の頂上、頭部を担当するようでした。そうなって来るとそれは、もはや吊るされた男でもなんでもありません。
「……! ……!」
また呪文のような言葉が聞こえて、腐肉が頭上から降ってきました。それも今度は狩人さんを狙った最初の一降りとは別に、無差別にあちこちへと大量の腐肉が落ちてきています。初めの一撃を回避しようとした狩人さんに当たればラッキー……ということなのかもしれません。
……さて、どう攻撃していくべきでしょうか? 人のような形になったとはいえ、肉塊は肉塊です。各部位へ近付けば、そこには人体の一部分だけとなってなお動く死体がいて、チクチクと狩人さんを攻撃してくるので油断なりません。口があれば噛みつき、腕があれば引っ掻き、足があれば蹴ってくるのです。
そこで狩人さんはついに、中々出番のなかったノコギリ鉈の変形機能を使うことにしました。素早く振りやすいノコギリから、リーチの長い鉈に武器を変形させたのです。
獣の動きはとても素早いので、一定の距離を保って戦うことが困難になることがよくあります。なのでリーチのある鉈よりも素早く攻撃出来るノコギリの方が大抵は良い結果を出すのですが、今回の相手は獣ではなく、肉塊となった動く死体です。速さはあまり必要ないでしょう。
各部位の死体による攻撃が届かない距離から一方的に、狩人さんは鉈で地道な攻撃を繰り返しました。呪文によって腐肉は降ってくるわ、人型になった再誕者が暴れ回るわで、なかなか攻撃のタイミングを見極めることに難しいところがありましたが、それが出来ない狩人さんではありません。
言ってしまえば再誕者の攻撃はワンパターンです。やみくもに暴れるか腐肉を降らせるだけ。……まぁその全てが生理的嫌悪感を引き起こすのですけど、そこに目をつぶれば大した相手ではありませんでした。
じっくりじっくり一撃ずつ、再誕者の足元に鉈を振り下ろす。その作業じみた戦いの末に、ある時それは起こりました。
あまりにも攻撃を受けすぎた肉塊が、耐えきれず崩れ落ちたのです。それは再誕者を「一つ」の敵として見た場合、人間で言えば足を切り落とされたことと同じくらい致命的なことでした。
再誕者はぐらりと揺れてバランスを崩し、その巨体のはるか頂上にあった吊るされた男が、がくんと傾いてほとんど地面に落下するような形になりました。狩人さんはそんな彼に向けて、最大の力を込めた鉈の一撃を振り下ろします。
再誕者全体が、肉塊を寄せ集めて再び足を作ろうとする中、そのリーダー的部分が消し飛びました。元々は死体である彼らの一体一体はとても脆いのです。
「(さて、どうなるかな……)」
吊るされた男が本体なら、これで勝負あり。そうではないなら……同じ手順でひたすら地道に、全ての肉塊を削っていくだけです。少なくとももう呪文を唱える者はいないはずですから、今後の戦いはどんどん楽になっていくでしょう。
……と長期戦を覚悟していた狩人さんですが、実際にその想定が現実になることはありませんでした。
バーン! とすごい音がして、血しぶきと共に、再誕者の残りは全て爆発してバラバラになったのです。あちこちの壁や床、そして狩人さん自身に、砕け散った肉塊がベチャッと張り付きました。
「…………」
嘔吐感に襲われなかった狩人さんは、実はものすごく強い人なのかもしれません。体についた肉塊をサッサッと払って、地面から生えてきたランタンに手をかざします。左腕も動きませんし、使者の力を借りて一度狩人の夢へ帰るのです。
狩人の夢に帰ると、再誕者との戦いで汚れた服や体は全て元通り綺麗になっていました。人形さんの力を借りることで血の意志を使い左腕を回復しつつ、狩人さんはまた一つ強くなっていきます。
そして激闘を終えた狩人さんは、とても人形さんに抱きつきたい気分でしたが、それはやめておきました。狩人の夢に戻ったことですっかり綺麗になったとはいえ、数分前にあった再誕者戦の内容を考えると、なんだか人形さんにすごく申し訳ない気がして仕方がなかったのです。
・後書き(怪文書)
……前回、人形さんが頭を撫でてくれる時に「大丈夫ですよ。全て、悪い夢ですから」と言うことにしようかと思いましたが、ちょっと本作の人形さんイメージとは違う気がしたのでやめておきました。みなさんはどちらの人形さんが好きですか? ぼくはどっちも好きです。
また原作での人形さんは、推定身長が二メートルを超えています。本作の人形さんは身長に描写がないので、読者のみなさんには彼女の身長が分かりませんが、狩人さんには見えているはずです。彼はしきりに人形さんのことをかわいいかわいいと言いますが、身長の方はどうなっているのでしょうね? なんだかここの狩人さんは、女性の身長が自分よりも高いことを「良いこと」として捉えていそうな気がします。彼、背の高い女性好きそうじゃないですか?