ランタンを通して再誕者と戦った広場に戻っても、肉と骨の飛び散った大惨事な現場はそのままでした。元通りになったのは狩人さんだけです。
広場の奥へ行くと、小さな小屋の中に妙な物がありました。……椅子に座った状態の、人間のミイラです。そのミイラはおかしな物を頭に被っていました。
それはまるで鉄の檻。カゴを逆さにしたような形の、顔だけを遮る檻を、すっぽりと被ったミイラが座っています。
牢屋に閉じ込められるわけではなくても、もしもその檻をずっと被って生活していたのなら、生前の彼は食べ物や飲み物を全て檻の網目から口に入れて、網目越しに全てを見ていたことになります。人と話す時も、その人の目を檻の網目から見るわけです。
望んでそんな生活をする人はそうそういないでしょう。……けれどそうだとしたら、頭に被った檻は一体何のために? 狩人さんは「刑罰か埋葬だろう」と思いました。悪いことをしたから檻のカゴを頭に被せられたのか、そうでなければ……狩人さんは元々ヤーナムの外から来た人ですから、彼には分からない葬儀の方法がヤーナムにはあったのかもしれません。……いや、カゴのような檻を頭に被せる刑罰だって、狩人さんは知りませんけれど。
……さてさて、ところで狩人さんは、これからどこへ行けばいいのでしょう? 再誕者の広場はここで行き止まりとなっていて、他に行く場所はありません。けれどこれで獣病の原因を狩ることが出来たとはとても思えません。
せっかく地獄みたいな街と戦いの中を抜けてきたのに、行き止まりとは困りました。
「……えっ」
次はどこへ行けばいい? そう考えた途端、狩人さんはいろいろなことを理解しました。勝手に頭の中に流れ込んできたのです。例えば目の前のミイラが被っている檻のカゴが、本当は何であるのかだとか、そういった知識が降って湧きました。
「メンシス学派……ビルゲンワースの!」
メンシス学派。それはビルゲンワースから分裂して生まれた学者集団……または宗教団体のような組織の名前です。ローレンスが学長ウィレームのもとを離れたように、ビルゲンワースから別の団体として派生した者は他にもいたのでした。そしてそんな派生団体の一つであるメンシス学派は、ヤハグルという街一つを治めるほどの大きな組織です。
ヤハグル……それはまさに、今まで狩人さんが通ってきた街の名前でした。狂った人間と、鈴を鳴らす女と、アメンドーズや、その他グロテスクすぎる化け物たち。そんな物が当たり前のようにあちこちに住み着いている街……それが狩人さんの見てきたヤハグルでした。
元々はビルゲンワースから来た人間の率いるメンシス学派、それが治める街はもはや地獄と化しています。……メンシス学派の連中は、まぁ間違いなくロクな奴らではないでしょう。
そして目の前のミイラが被っている逆さまのカゴのような檻。それはメンシスの檻と呼ばれる物で、メンシス学派の目印的な物でもあります。なぜ彼らがそんなヘンテコな物を被っているのかまでは狩人さんには分かりませんが、とにかくそのミイラがメンシス学派の人間であるらしいことだけは分かりました。
「……まさかなぁ」
狩人さんは、そのミイラに手を伸ばしてみました。行き止まりの街から次はどこへ行けばいいのか、その答えやヒントが、もしかすると得られるかもしれないと考えたのです。……何せ狩人さんは一度、獣の頭蓋骨に触れて、ウィレームとローレンスのお別れを見ましたから。頭蓋骨もミイラも、遺体という意味では似たような物です。
……そして気が付いた時には、狩人さんは暗い洞窟の中にいました。
「嘘だろ……」
使者たちに手をかざして狩人の夢やランタンのある場所に移動するように、ミイラに手をかざしただけで狩人さんは別の場所に瞬間移動していたのです。けれど近くにランタンは見当たりません。
とりあえず洞窟から出てみると、空が綺麗な夜の色をしていました。月も白色に輝いています。不気味な赤い月と紺色の空はなくなっていたのです。……けれどその月の異様な大きさだけは、ビルゲンワースと同じでした。大きな獣が両手を広げてもその月の直径には満たないだろうと思えるほど、あまりにも大きすぎる月が夜空に浮かんでいます。
そこかしこの地面から草花が生えていて、岩肌により左右を遮られたうねうねと蛇行する一本道が、狩人さんの先に続いています。……せっかく人の文明を感じる街にやって来たかと思えば、そこは地獄のような状態で、そんな街を超えたかと思えば、また良からぬ雰囲気の大自然の中への戻される……。狩人さんはさすがにちょっと疲れてきました。
それでも仕方がないので歩いていくと、少し進んだところで、変わった形の岩がオブジェのように、あちこち転がっている場所に出てきました。いや、転がっているというよりは、立っているのでしょうか? どれも狩人さんの体よりずっと大きいその岩は、見た目的にも自然の岩としてゴツゴツしているというよりは、わざと変な形に作られたかのような奇妙な物になっています。その岩には縦長だったり横長だったり様々な種類がありました。
そしてそんな岩が乱立した場所に、白っぽい毛を生やした獣が突然現れます。狩人さんはその獣にとても驚かされました。驚いた理由の一つは、まずそれが目の前に突然現れたように感じたからです。
しかし狩人さんはすぐに思い直します。自分の身を隠せそうなほど大きな岩がこれだけあちこちに転がっているということは、それだけ死角が多いということも意味しています。だからその獣はただ単に、岩の陰からヌッと姿を現しただけなのでした。どちらにせよ心臓に悪いことには変わりありませんが。
けれどその獣がただの獣なら、狩人さんだって肩が跳ねる程度の驚きで済んだでしょう。実際はそれでは済まなかったのです。獣が突然現れたのは岩の陰から出てきたからだと分かったあとでも、狩人さんは驚きを隠しきれませんでした。
その獣は片手に松明を持ち、完全に二足歩行をしているのです。縦に割れた口が不気味でした。心が獣になった人間が松明を片手に歩き回るのと、明らかな化け物がこうして現れるのとでは訳が違います。
「うわっ!」
白い毛の獣が突然、バチバチと青白い雷の光をまとい始めました。身の危険を感じて狩人さんが離れると、炎が爆発するように、獣の周囲へ放電が走っていきます。距離を取っていなければ直撃していたでしょう。
けれど放電は一瞬で終わったようです。気を取り直して攻撃しようと再び接近を試みる狩人さん……そんな彼に向って、獣は松明の炎をかざしました。
「(まさか)」
狩人さんがヤーナムの影のことを思い出したその瞬間、炎が飛沫のようになって吹き付けてきます。かざした松明の炎に向かって息を吐いた獣が、息その物を炎に変えるようにして吐き出していたのです。けれどヤーナムの影が行った火の玉攻撃を連想した狩人さんはギリギリでそれを回避して、なんとか獣の背後を取りました。
「このっ!」
今までの狩りで見てきた物とは様子が違いすぎる獣に向かって、狩人さんはとにかくノコギリの刃を振り下ろします。獣は背中を切られて大きく怯み……その勢いで松明を捨てて姿勢を低くして、四足歩行の形に移りました。まったく、次から次へと予想できない行動を見せてくる相手です。
武器を振りぬいたままの勢いでノコギリを鉈に変形させた狩人さんは、その長い刃で性格に低姿勢の獣を狙います。見事にそれはヒットして、獣が息絶えました。
するとその獣の体から、白く大きな芋虫のような物が飛び出してきます。鋭い口を持ったその芋虫は、しゃくとりむしの要領でとても素早く動き、狩人さんに襲いかかっていきました。
「ッ!?!?!???!!?!?」
狩人さんは一目散に逃げ出します。背を向けて走ります。ガイコツから逃げて以降、逃げ癖がついたのでしょうか。それとも彼にとっては、獣の体内から飛び出してきた素早く動く巨大芋虫の方が、人型の虫よりもさらに恐ろしい物だったのでしょうか。
逃げる最中、狩人さんは辺りに散らばる奇妙な岩たちの全てに、人の顔のような模様がいくつも浮かび上がっていることに気が付きました。
「(もう嫌だ、帰りたい……!)」
芋虫から逃げる狩人さんの目の前に、松明を持った二足歩行の白い獣が現れます。またしても岩の陰から現れた二体目です。
「あああああああああ! うおおおおおおおお!」
狩人さんは、獣までもガン無視して走り抜けます。あの獣を狩ったら、また虫が出てくるかもしれない。そう思うと、走った勢いのまま逃げ続けることしか出来なかったのです。
ミイラに触れた結果この場所にやってきて早々、まさに悪夢と呼ぶにふさわしい出来事の連続でした。禁域の森に入って以降はもうずっとそんな感じのことばかり起こっている気もします。やっぱり、入ってはいけないという場所には入る物じゃありませんね。
「はぁ……はぁ……」
全ての恐怖から逃げ切った狩人さんは、膝に手をついて息を整えていました。人形さんの力と血の意志によって、自らの足で獣を振り切ることが出来るほど狩人さんの身体能力は超人的な物になっていますが、それでも必ず息切れや疲れには襲われるものです。
さて、そんな彼を見下ろす物が二つありました。一つは夜空に浮かんだ大きすぎる白い月。そしてもう一つは、そびえ立つお城です。不気味な岩があった道を抜けた先には、なんとお城のような物が建っていました。どう見てもそれが、狩人さんが次に挑むべき困難であるように思えます。
息を整えた狩人さんは重たい両開きの扉を押し開けて、その城の中へと入っていきました。その瞬間に、いつもの不思議な現象で、彼は自分が今いる場所の名前を知ります。
「メンシスの悪夢……まさにそんな感じだな」
メンシスの檻と呼ばれるヘンテコアイテムを被ったミイラに触れたらやって来た、すでに十分悪夢じみている場所。それはそのまま「メンシスの悪夢」と呼ばれる空間なのでした。
そして、次の悪夢的な状況が狩人さんを襲います。扉を抜けた先、お城の最初の部屋の天井からは、黒い大きな蜘蛛が大量にぶら下がっていたのです。蜘蛛のお尻から出た白い糸が天井にまで伸びています。
「…………」
ロマとの戦いを乗り越えた狩人さんには、立ち止まって蜘蛛たちの様子を観察する余裕がありました。……大抵の蜘蛛はロマの子蜘蛛と同じ大きさをしていますが、一匹だけそれとは比べものにならない親玉サイズの蜘蛛もいました。
狩人さんはその蜘蛛たちから決して目を離さず、そしてかなり今さらながら、その場で念入りな準備運動を始めます。屈伸をして、アキレス腱を伸ばして、肩も回して……。
そして体と心の準備が出来たら、脇目も振らずに全力ダッシュです。天井から巨大な蜘蛛のぶら下がる部屋を、狩人さんは風のような速さで駆け抜けていきます。そしてそのダッシュは、背後からボトッボトボトッ……と大量の落下音が聞こえたことでさらに加速します。狩人さんは真顔です。心の中のいろいろな物を押し殺しています。
狩人さんが長い廊下を抜けて、次の広い部屋にたどり着く頃には、その背中を追ってきている蜘蛛は一匹もいませんでした。
「ふぅ……」
狩人の夢が現実ではなく夢であるのなら、メンシスの悪夢だって現実ではない悪夢であるはずです。いくら狩人であっても、そんな場所にいる獣や虫まで狩らなければならない決まりなどありません。嫌な物は全てスルーしていけばいいのです。
やって来た二つ目の部屋には、弧を描く下り階段がありました。そしてそんな部屋のあちらこちらで、鎧を着た小人のような、よく分からない生物が歩き回っています。
狩人さんのヘソあたりまでしか身長がない謎の彼らは、狩人さんのことを攻撃してこない……というか無視しています。……それともまさか気が付いていないのでしょうか? 狩人さんはあんなにドタドタと走ってこの部屋へやって来たというのに。
階段を下りている時に背後から襲われたり、どうせ下にいるのだろう敵と挟み撃ちにされたりしては困るので、狩人さんはその小人たちが何者なのかを確かることにしました。どう確かめるかといえば、歩き回る小人の行く手をただ、仁王立ちで遮るのです。そこまでして気付かないなんてことはあり得ないでしょう。そして気付いたことで攻撃してくるようなら、大勢いる小人たちは全て敵ということになります。
適当な一人の前に立って、狩人さんは山の如く動きを止めます。……すると小人は、スッと狩人さんを避けて通り過ぎて行きました。よし、もうこいつらは無視して先に進もう。決定です。
階段を降りると、そこにはやっぱり敵がいました。人型の巨漢です。右手には剣のように大きな包丁を、もう片手には鞭として使うつもりだと思われる鎖が握られています。
鎖の鞭を回避して、向こうが包丁を振り上げたところに銃弾をぶち込み怯ませて、怯んでいるところに渾身の力を込めた一撃をお見舞いすると、それで決着がつきました。……狩人さんの狩りも、いよいよプロらしくなっています。虫さえ絡まなければこんな物です。
先へ進むと檻のようなデザインのエレベーターがあったので、それに乗って城の上へ上へと登って行きます。たどり着いた場所は城の外壁に近い屋外で、狩人さんが少し前に通ってきた、あの気味の悪い岩がゴロゴロあった場所を見下ろすことが出来ました。白い毛の獣が、すでにかなり小さく見えます。
道なりに屋内へと戻って行くと、そこには大きな本棚がありました。狩人の夢に建っている大きな家の中にある本たちと同じく、そこにある本は狩人さんには理解できないような、専門的で難しい内容が書いてある物ばかりでした。
大きな城には、まだまだ狩人さんの行くべき先が残っています。狩人さんは本から目を離して次の部屋へ向かいます。
すると本棚の部屋から出る前に、ギシ……と何かが軋む音が聞こえました。
「ん?」
狩人さんの足元に散らばっていた木片が浮かび上がり、それらがパズルピースのように組み合わさっていきます。ただのゴミかと思って気にも留めていなかった木片が、そうしてみるみるうちに人形として組み上がっていったのです。
「ちっ」
狩人さんは舌打ちしました。自分の背と同じくらいの、等身大マリオネットとでも言うべき存在。それが目の前に現れた時、思わず「人形だ」と思ってしまったからです。
マリオネットは全て木材の見た目そのままになっていて、顔に至ってはのっぺらぼうという有り様です。狩人の夢に行けば会えるあの美しい……理想の女性そのものである「人形さん」に比べれば、そのマリオネットはカスでした。
よりにもよって、狩人の夢と似たような物であると思われるメンシスの悪夢という場所で、そんなカスが現れるだなんて。だから狩人さんは舌打ちをしたのです。
しかもマリオネットは、いつの間にか片手にナイフを握っています。狩人さんは容赦なくノコギリを振り下ろしてマリオネットを破壊しました。……が、しかし。
「げっ、マジか」
砕け散った木片がまた浮かび上がり、マリオネットとして復活してしまいます。ギシギシ……と軋む音も聞こえました。
復活を見届けた狩人さんに向かって、マリオネットはナイフで切りかかります。それはいかにもマリオネットらしく糸に操られるような動きで、動くたびにギシギシと音が鳴りました。
狩人さんはナイフを回避して、人形をまた破壊したあと、砕けた木片に背を向けて先を急ぎます。この敵は無限に復活してくるタイプだ……と判断したのです。
ギシギシという音はマリオネットを操る糸の音でしょう。しかしその糸は蜘蛛の糸と違って決して目に見えません。誰かがマリオネットを動かしているのでしょうけれど、それが誰なのか、なぜ糸が見えないのか、狩人さんには分かりません。だから今は先を急ぐ方がいいのです。
マリオネットから逃げた先の部屋には、足元から腰にかけての高さに霧がかかっていました。どうやら入り組んだ構造をしているようで、左手側には壁、右手側には上り階段、そして正面には短い廊下が伸びています。
……廊下の奥に誰かが立っていました。
「ああ、ゴース……。あるいはゴスム……。我らの祈りが聞こえぬか……」
その男は、メンシスの檻を被っていました。