「ああ、ゴース……。あるいはゴスム……。我らの祈りが聞こえぬか……」
メンシスの檻を被った男が、狩人さんに背を向けて何か呟いています。その男はゆとりのある黒い服を着ていて、狩人さんからは何となく学者のように見えました。
思えばビルゲンワースのユリエも、色は違えど似たような服を着ていた気がします。
「けれど、我らは夢を諦めぬ!」
男が振り返りました。……そして目が合った瞬間、狩人さんはその男が何者なのかを理解しました。狩人さんに与えられる謎の知識……しかし絶対的に正しいその知識は、この時のためにあったのかもしれません。
悪夢の主、ミコラーシュ。目の前の男こそがメンシス学派のトップであり、宇宙人を呼ぶ儀式を続けている張本人なのです。
「何者も、我らを捕らえ、止められぬのだ! アッハッハッハッハッ……アッハッハッハッハッ……!」
ミコラーシュはゆっくりとした足取りで、狩人さんをおちょくるかのように、廊下の先の曲がり角へと消えていきました。
「あいつ! あいつ……!!」
あの男こそが狩人さんの追い求めていた相手。儀式を続け、獣病をはびこらせている極悪人です。ゴースだのゴスムだのという名前が何なのかは分かりませんが、悪夢の主と呼ばれる彼のことです、呼んでいた名はどうせ宇宙人のことでしょう。
祈りの声が聞こえぬかと彼は言いましたが、まさにその祈りが獣病と宇宙人を呼び、ヤハグルの街をあんな地獄に変え、ヤーナム全体を獣病で苦しませているのです。絶対に許せません。ミコラーシュが人間だろうと、もはや人間ではなかろうと、彼だけは狩らなければいけません。
狩人さんはミコラーシュの後を追いました。するとそれを見た相手が走って逃げ始めます。それは足の速さには自信のある狩人さんですら、追いつけない速度でした。
狩人さんは銃を構えました。入り組んだ部屋をいくら全力で逃げ回ったところで、銃弾から完全に逃れ続けることは出来ないでしょう。
「死ね! ミコラーシュ!」
大きな音と火花が散って、放たれた弾丸が、ミコラーシュの背中を正確に撃ち抜きました。メンシスの檻が無ければ頭を狙ってやりたかったくらいですが、とにかく致命傷を与えたはずです。
……が、確かに命中したかのように思われたその弾は、ミコラーシュにダメージを与えていませんでした。彼の体は煙のように揺らいで、そこを銃弾がすり抜けていったのです。
「(やはりすでに人間ではないのか……?)」
ウィレームは首からキノコを生やしてほとんど寝たきりのような状態に。ユリエは触手や光の弾を打ち出す魔法使いのような物に。ビルゲンワースの関係者はみんな、人間をやめているとしか思えない状態にありました。ミコラーシュも例外ではないようです。
入り組んでいると感じた部屋は、実際のところ碁盤の目のような構造になっているようです。しかも辺りには霧が立ち込めている上、階段による高低差がそこかしこにあることで、より迷いやすい作りになっています。まるで初めから、ミコラーシュが逃げることを想定して作られているような部屋です。
その上ミコラーシュを追いかけるうちに、四方八方から嫌な音が聞こえてきました。ギシギシ……ギシギシ……と糸が軋む音です。
不死身のマリオネットが、部屋の中に点々と配置されていました。それはどこからか見えない糸で操られていて、全員狩人さんの命を狙ってくるのです。
「くそ、陰湿な……」
逃げるミコラーシュを追いかけながら、不死身のマリオネットを避けながら、狩人さんは部屋の構造を暗記していきました。そして碁盤の目から一箇所だけはみ出すように、行き止まりになっている部屋があることに気が付きます。
あとはミコラーシュの追いかけ方を工夫して、彼がその部屋に逃げ込むように誘導するだけでした。狩人さんの作戦は上手くいって、憎き相手を壁際にまで追い詰めることに成功します。
すると、ミコラーシュが突然狩人さんを指さしました。その後に何が起こるのか、狩人さんには手に取るように分かります。
だからミコラーシュの腕から飛び出した触手を余裕で回避して、ノコギリの刃を隙だらけの脇腹に向けて振り抜きました。
「ギャアアアアアア!」
するとその刃は彼の体をすり抜けず、普通に攻撃が効いたようです。断末魔を上げた彼は両膝をつき、白い煙となって消えていきました。
「や、やった……!」
全ての悪夢の原因を、ついに打ち倒したのです! 狩人さんは両腕で力のこもったガッツポーズを見せ、達成感を表現しました。
……しかしそれを馬鹿にするかのように、どこからともなく狩人さんへ向けた声が響きます。
「アッハハハ! おお、素晴らしい! 夢の中でも狩人とは!」
それはミコラーシュの声でした。想定外のことなど何一つないと言わんばかりに、言葉の全てに余裕の笑みが含まれていました。
「けれど、けれどね。悪夢は巡り、そして終わらない物だろう……!」
行き止まりの部屋の中へ、ギシギシという音と共にマリオネットが二体入り込んできました。足元に立ち込める霧が、一段と濃くなった気がします。
ミコラーシュはまだ死んでいない。そう確信した狩人さんは、マリオネットを粉砕してミコラーシュを探しに向かいました。背後から砕けたマリオネットの復活する音が聞こえましたが気にしません。目の前に立ちはだかる別のマリオネットも、足の速さを活かしてスルーします。こんな奴らの相手をしている場合ではないのです。
行き止まりの部屋以外は完全な碁盤の目の形になっていると思われた部屋に、いつの間にか新しい通り道が現れていました。狩人さんはそこを進みます。すると大きく弧を描く上り階段が現れ、そこにはいつか見た小人の姿がありました。
小人と目が合った狩人さんは、それがあの時自分を無視した奴らとは違うことを直感しました。
「うおっ!」
走り込んできた小人が、渾身のストレートパンチを繰り出してきます。そう来たなら、ここにいる小人は間違いなく狩人さんの敵です。今まで狩人さんが獣狩りの最中に出会ってきた、他の全ての生物と同じように。
「邪魔するな!」
ノコギリで一思いに切り裂きますが、しかし小人は倒れません。二回、三回と切っても、まだ倒れない。そして再び向こうの繰り出してきたパンチを刃の腹で受け止めると、小さな体から出たとは思えないとてつもなく重たいパワーが狩人さんを襲いました。
「ぐおおおっ」
数歩仰け反った狩人さんは、それでも小人を切りつけます。するとようやく、そのタフな相手は倒れて動かなくなりました。小人が見た目のわりにずいぶんな強さを持つ敵だったことで、まだミコラーシュの姿を見つけてさえいない狩人さんに、さらなる焦りが募っていきます。
「ぐあっ!?」
そしてそんな狩人さんの足を、大きな矢が貫きました。
階段の上の方にいた小人が、ボウガンで狙撃してきたようです。それを見つけた狩人さんは銃を構えます。
「やってくれたな!」
放たれた弾丸は、ボウガンを破壊しました。あれだけタフだった小人を銃の一撃で倒せるとは思えませんでしたが、武器を壊すことくらいは出来ます。
狩人さんは片足を引きずりながら階段を上って、ボウガンを持っていた小人をめった切りにしました。狩人さんの行く手にそれ以外の敵はおらず、部屋の二階にまではなんとかたどり着けました。しかしじわじわとですが、足からの出血が止まりません。
二階に着いてすぐ、上り階段の途中に立っているミコラーシュを見つけた狩人さん。無理やりにでも足を動かして追いかけると、ミコラーシュは真っ直ぐ走って逃げていきました。そのあとからマリオネットたちが立ち上がります。
不幸中の幸いと言うべきか、ミコラーシュの駆け込んだ部屋は、正面が壁になっています。やった、きっとまた行き止まりだ。狩人さんはそう思い、ずっと追い求めてきた相手を今度こそ狩るために、最後の力を振り絞ります。
マリオネットを打ち砕いて、ミコラーシュの駆け込んだ部屋にやって来ました。
「ハッハハ!」
するとミコラーシュは突然直角に進行方向を変えて、部屋の左にあった鏡の中へと飛び込んで行きました。それは水面のようにミコラーシュの体を受け入れて、彼は鏡の中に消えてしまいます。
狩人さんが鏡に触れると、それは単なるガラスでした。中に入ることなど出来そうもありません。
「くそ……くそ……! なんなんだあいつ!」
狩人さんは今まで様々な敵と戦ってきました。人を殺すことしか頭にないような獣、獣病によって正気を失った人間、複数で同時に襲いかかってくる影、仲間を呼んだり隕石を降らせたりする蜘蛛。……しかしそのどれもが、ここまで露骨に逃げの一手を貫くことはしませんでした。
よりにもよって狩人さんが一番狩りたい相手こそが、狩人さんからただ離れることを目的としているようなのです。なぜかといえばそれは、ミコラーシュにとっての目的が狩人さんを殺すことではなく、儀式を続けることにあるからでしょう。延々と逃げて、延々と儀式を続けられれば、彼はそれでいいのです。
そうだとすれば、行き止まりの部屋の入口をマリオネットに塞がれることだってあるかもしれない。狩人さんは急いで行き止まりと鏡の部屋を飛び出し、またミコラーシュを探しに行きます。
鏡に入ったミコラーシュは、きっとどこか別の鏡から出てきているはずです。使者たちの力を使ってあちこちへ移動する狩人さんにとってのランタンと同じように、あの鏡は瞬間移動を行うためのアイテムなのでしょう。ミコラーシュはまだ、この部屋のどこかにいるはず……。もはや、そう信じるしかありません。
背後から、すっかり元通りに組み上がったマリオネット二体が襲いかかってきますが、片足を怪我したって狩人さんはそんな雑魚敵には負けません。あっという間に二体を粉砕して、足の痛みをミコラーシュへの敵意で上書きして、鬼の形相で彼を探し続けます。
ミコラーシュがいる限り獣病は続き、いつかは全ての人が獣になってしまうことでしょう。「全ての人」には狩人さん自身も含まれていて、もしかするとゲールマンさんや、人形さんまでもが獣になってしまうかもしれません。そんなことは絶対に許してはいけない。
またミコラーシュを放っておけばヤーナムの全てが、あるいは世界の全てが、ヤハグルのような地獄になってしまうでしょう。ミコラーシュだけは、儀式を続ける悪夢の主だけは、絶対に逃がすわけにはいかないのです。
一階と似たような碁盤の目の地形になっている二階では、あっちからもこっちからもマリオネットがやってきて、ギシギシと鳴りながら狩人さんを襲います。すでに負傷している狩人さんは、数の多いそれらを完全に返り討ちにすることは出来ず、だんだんと体中に小さな生傷が増えていきました。一方でマリオネットは無限に生き返ります。
「見つけたぞこの野郎……!」
霧の中立ちこめる迷路の中でも目立ったメンシスの檻を見つけて、狩人さんは今度こそミコラーシュを追い詰めたと確信しました。また彼の先にある部屋が行き止まりだからです。そして彼が出てきたであろうもう一枚の鏡は、すでに狩人さんのノコギリが届く範囲の中にあります。次は逃がしません。
……が、狩人さんがミコラーシュの背中を追った途端。ガシャン! と大きな音を立てて、壁が降ってきました。
「!?」
落ち着いてよく見れば、それは壁ではなく、重いシャッターでした。降ろされたシャッターの向こう側に、間違いなく奴はいるのです。
「くっ……ぐっ……うおおああああ!!!!」
狩人さんのストレスは限界に達しました。追いかけても追いかけても、ミコラーシュを狩ることが出来ない。その姿はいつも見えているのに、刃が届かない、致命傷を与えられない。一方で自分の体はどんどん傷付いて、耐えなければならない痛みは増していくばかりです。
狩人さんは歯ぎしりをしました。
「どこだ! ミコラーシュ! くそっ! どこだ!」
狩人さんはあちこちから血を流しながら二階を探し回ります。マリオネットの攻撃を躱しきれず、どんどん出血の量が増えてもお構いなしです。刺し違えてでも狩る覚悟でした。
けれども、ミコラーシュの姿は一向に見つかりません。二階を探し回り続けた狩人さんは、だんだんと全ての部屋に見覚えがあるようになってきます。なのにミコラーシュは見つからないのです。いったいあのシャッターの向こうへ行くには、どうすればいいのでしょうか……。
落ち着け、落ち着け、よく考えろ。そもそもあいつは行き止まりの部屋でシャッターを降ろしたのだから、そこから一歩も動けないはずだ。なら逆に、俺はどうやってそこへ侵入すればいい……?
延々と襲い来るマリオネットと、霧の立ちこめる迷路。すぐそばに居るはずなのに仕留められない、獣病の黒幕ミコラーシュ。……そんな悪夢のような状況で、狩人さんは必死に思考を巡らせます。
しかしそんな狩人さんにおかまいなしの声が、どこからか聞こえてくるのでした。
「ああ、ゴース、あるいはゴスム……。我らの祈りが聞こえぬか……。
白痴のロマにそうしたように、我らに瞳を授けたまえ……。我らの脳に瞳を与え、獣の愚かを克させたまえ……。
……泥に浸かり、もはや見えぬ湖。……宇宙よ!
やがてこそ、舌を噛み、語り明かそう。明かし語ろう。新しい思索……超次元を!
……ウアアアアアアアアアアアア!
ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
何を言っているのかまるで分からない、悪夢じみたミコラーシュの暗号が、迷路を彷徨う狩人さんにはずっと聞こえていました。白痴のロマとは自分の狩ったあいつのことじゃないか、いったいそれがなんだと言うんだ、奴は何を言っているんだ……。狩人さんには分かりません。分からないからこそ、その言葉が狩人さんの思考の集中を邪魔します。
意味の分からない言葉の羅列が狩人さんを乱し、焦りばかりを増幅させて、ただでさえ不安定な状況にある彼の心を蝕んでいくのです。
特にその狂った絶叫は、鼓膜に染み付いて離れない物でした。
「……ウアアアアアアアアアアアア! ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ああああああああああ!! うるさい! うるさいうるさい!! どこに居るんだ! 答えろ! どこなんだクソ野郎!!」
叫んでもミコラーシュは現れません。見覚えのある部屋を何度見てもミコラーシュは居ません。足の痛みは増していくばかりで、マリオネットの攻撃をどんどん避けきれなくなっていきます。このままでは狩人さんが、ミコラーシュを狩る前に死んでしまう……それは誰が見ても明らかなことでした。きっとこれがミコラーシュの戦い方なのでしょう。
「…………なんてことだ」
……そしてある時、不意に狩人さんは、ミコラーシュの居場所に気が付きました。ジリ貧で死んでしまう前に気が付くことが出来ました。狩人さんの行くべき場所……それは二階でのミコラーシュが最初に逃げた、鏡の部屋にあったのです。
真実に気が付いた狩人さんは、あまりの脱力感に膝をついてしまいそうになりました。
「あぁ……くそっ……」
あの時、ミコラーシュを追うことに必死になっていた狩人さんは、ただ前しか見ていませんでした。足は痛み、マリオネットが立ちはだかっていたのですから、なおさら彼の意識は倒すべき相手の背中へ……ミコラーシュだけに絞られていったのです。
そしてそのミコラーシュが急な直角ターンを見せたので、それを目で追いました。おかしな檻を被った男が、鏡の中に飛び込んでいく様を見ました。……だから狩人さんはその部屋のことを「行き止まりの部屋」「鏡の部屋」と認識していたのです。……そしてその部屋は、二階にある階段を上った先の「頂上」の部屋でもあります。
足を怪我した狩人さんは、その部屋の探索にだけは気を抜いていたのです。だって正面は行き止まりで、左を見れば鏡があるだけだと分かっていたから。血を流して痛む足に鞭打って、行き止まりの部屋でマリオネットに追い込まれるリスクを背負ってまで、その頂上の部屋に行こうとは思えなかったのです。
だからその部屋の右側に、まだ見ぬ通路があったことに気がついた時。狩人さんは全身から力が抜けるような感覚に襲われました。
「……おちょくりやがって」
それでも体全体を引きずるようにして通路の先に進むと、穴の開いた床が見えてきました。その穴を覗き込むと……下にミコラーシュが見えます。階段を上った末にあった、その穴の開いた床から飛び降りることが、シャッターと壁に挟まれた部屋へ侵入する唯一の方法だったのです。
しかし狩人さんは困りました。そこから飛び降りれば、今度こそ逃げ場のないミコラーシュと戦うことが出来るでしょう。……けれども、矢を受けた自分の片足が、その落下の衝撃に耐えられるとは思えません。足が完全に動かなくなった状態でも、狩人さんはミコラーシュに勝つことが出来るでしょうか?
あくまでも学者であるミコラーシュは、単純な格闘戦なら狩人さんの足元にも及びません。けれど触手による攻撃をすることが出来る彼は、きっとユリエと同じ光の粒だって撃ってくるはずです。片足が動かないのでは、あれを回避することは出来ません。
そして落下の勢いのままミコラーシュを一撃で仕留めることも、メンシスの檻が頭を守っているせいで出来ません。そして穴から落ちずに銃を撃ったのだとしても、それはまた煙のようにすり抜けてしまうでしょう。
「…………」
考え込む狩人さんの背後に、ギシギシと糸の音が迫っていました。ここで動かずにいても、マリオネットとの終わらない戦いによって、いつか狩人さんが負けてしまうことは明らかです。
だから狩人さんは……パイルハンマーを取り出しました。そしてその場で先端の鉄を本体に装填してパワーを溜め始めます。
パイルハンマーの溜め攻撃、その準備段階。それは、その場から動くことさえ出来なくなるほどの集中力が必要になる作業です。後ろにいるマリオネットたちに構っている余裕はありません。……けれどそれでいいのです。どちらにしてもこの狩りを、自分が無事のままで終わらせられるとは、もう狩人さんも思っていません。
冷静に考えてみれば、唯一の侵入経路である天井の穴を、ミコラーシュが知らないなんてことはあり得ないでしょう。彼はメンシス学派のトップであり、ここはメンシスの悪夢なのです。ミコラーシュは全てを熟知した上で、きっと狩人さんを誘っているのでしょう。自分の命を狙う狩人が、ボロボロになった体で飛び込んで来るように。学者の彼でも勝てる獲物が、目の前に落ちてくるように。
パイルハンマーの溜めが完了するよりも先に、マリオネットのナイフが狩人さんの背中を切り裂きました。その勢いで、狩人さんは床に開いた穴へと落ちていきます。
上を見上げたミコラーシュが、にやりと笑いました。やはり待っていたのです。
ミコラーシュはすぐにその場を走り去り、ほとんど密室となっている部屋の隅に移動しました。落ちてみればやはりそれなりの高さがあったようで、狩人さんはもう上に戻ることは出来ませんし、片足は完全に動かなくなってしまいました。
ミコラーシュが両手を掲げて、ガッチリとその手を組みます。……彼の両手からは眩い光が放たれて、そこから光の粒が飛び散っていきました。そしてその粒はやがて、狩人さんを狙ってカーブしていくのです。どこまでもどこまでも執拗に、ギリギリで飛び退いても避けきれないほど強い誘導で、狩人さんの命を狙ってくるのです。
狩人さんはその光の粒が見えた瞬間、床に向かってパイルハンマーを発射しました。チャージが不完全だったそれは、ロマ戦に比べると威力の低い物でしたが……それでも狩人さんの体を反動で吹き飛ばすくらいの力はありました。
誰もいない方向へ斜めに向けたパイルハンマーを発射したことで、狩人さんの体はミコラーシュに向かって吹っ飛んでいきます。あまりにも高度のないその吹き飛び方によって、途中から狩人さんはゴロゴロと床を転がりました。
そうしたからこそ、掲げられた両手という高い位置から発射された光の粒は、狩人さんの上を通り越して飛んでいってしまったのです。……けれどそれは必ず戻ってきます。大きなカーブを描いて、百八十度の方向転換をしてでも、狩人さんを追ってくるのです。
「くたばれ、クソ野郎」
それは狩人さんに……あるいはミコラーシュの足元に、直撃しました。
「ギャアアアアアアアアア!」
ユリエと戦った時と同じく、光の粒を大爆発を起こして、狩人さんとミコラーシュの体を暴力的に吹き飛ばしました。狩人さんはもう、自分の体がどれだけ形を保っているのか、それさえも分かりません。けれど少なくとも耳は無事でした。だからミコラーシュの断末魔を聞くことが出来たのです。
目の前が真っ暗になった狩人さんは、それでもまたミコラーシュが、煙となって消えていくことを想像しました。そしてまたどこかへ消えた彼が、死にゆく狩人さんにこんな言葉を投げかけてくるのです。「おお、素晴らしい! 夢の中でも狩人とは!」……と。
……けれど実際に聞こえてきた言葉は、そうではありませんでした。
「ああ、これが目覚め……。すべて忘れてしまうのか……」
悔しさ……とも言いきれない、悲しさ……とも言いきれない。複雑な感情を含んだミコラーシュの、そんな声が聞こえたのです。まるで自分の人生の全てが、水の泡となって消えてしまったかのような……そんな彼の声音を聞いて、狩人さんはハッとしました。
ヤハグルの最後にあったミイラ。あれは、ミコラーシュの体だったのだ。現実世界の肉体では死を迎えた彼が、その意識や心だけを悪夢の世界に残して、ずっと儀式を続けていたのだ。自分を狩りに来た狩人から逃げ回る時でさえ、彼は儀式のことばかり考え、口に出していた。
本当に、彼は一生を儀式に捧げたのだ。宇宙人と出会うための儀式が彼の全てだった。いったいどうしてそこまで宇宙人に会いたいと願うのか、それは少しも理解できないけれど。
……それでも一人の人間が生涯をかけた野望が、今ここに終わったということ。狩人さんはそれだけは理解しました。……狩人さんが、終わらせたのです。
「(人形さん……俺やったよ。獣病の原因を、終わらせたよ……)」
マリオネットの見えない糸がプツンと切れて、部屋中に低く漂っていた白い霧も全て晴れていきます。
迷路のようなその部屋にはもう、動くものは何一つ残っていませんでした。