ヤーナム市街。それは名前の通り、医療で有名な街ヤーナムの、中心的な場所です。狩人の夢から使者たちの力を借りて、そのヤーナムへと戻って来た狩人さんは、いろいろなことを思い出しました。
ヤーナムでは、
一度命を落としたはずの狩人さんが、こうしてヤーナムに戻って来られたことも不思議ですが、元々はといえば、病院に大きな獣がいたことも不思議なことでした。けれど獣病のことを思い出せばそれも納得できます。あの獣は病院に来た患者さん……罹患者の獣と呼ばれるものだったのです。
つまりあの時狩人さんは、月を見た狼男のような人間に、襲われてしまったのです。
「じゃああれは、人間だったのか……」
狩人さんは、人形さんやゲールマンさんから言われたことを思い出します。獣を狩れ……二人ともそう言っていました。狩人さんは狩人なので、獣を狩ることは普通のことだと思っていましたが、けれどまさか、その獣が、元々は人間だったなんて……。今まで、そんな大切なことさえ忘れていたのです。
狩人の夢に住むあの二人の言う通りに獣を狩れば、いつかこんな悪夢のような世界を抜け出して、元通りの平和な世界に帰れるのかもしれない。狩人さんはそう考えましたが、しかしだからといって、元々は人間だった獣を狩ることが出来るのかというと……。
「ウオオオオオオ!!」
「!?」
考え込んでいた狩人さんの横から、突然鋭い鎌を持ったおじさんが襲いかかってきました。咄嗟にその攻撃を避けながらも、あまりの驚きに狩人さんは、口から心臓が飛び出しそうです。
「な、なな、なんだあ!?」
「ホワイ! ホワイ!」
右手に鎌、左手に松明を持った謎のおじさんが、今度はその炎を振り回しながら襲いかかってきます。まさに問答無用です。狩人さんは、獣に襲われて一度死んでしまった時のことを思い出しました。このままでは、あの時と同じようにやられてしまう……!
けれども、相手は人間です。狩人とは獣を狩る仕事であり、人間相手に武器を振るうことはしないものです。だから狩人さんは、ヤーナムの街の獣を狩ることに悩んでいるのです。たとえ相手が極悪人だったとしても、狩人として、人間に攻撃することは出来ないのです。
「ちくしょう! 何なんだ!」
狩人さんはとりあえず逃げました。相手はおじさん、こっちは若者です。難なく振り切ることが出来ましたが、逃げた先に、また別のおじさんが立っていました。
「……!」
そのおじさんは何かを叫びながらこちらを指差して、……カチリと銃を構えました。
「な、ちょっ」
バン、という音がして、狩人さんは意識を失いました。なぜだか人形さんの顔が、最後に頭の中に思い浮かびました。
「いったい、どういうことなんですか!」
狩人の夢に帰ってきた狩人さんは、ゲールマンさんに詰め寄っていました。
獣病のことを忘れていたことは、記憶喪失になった狩人さんの問題です。しかし、獣病のことを知っていたとしても、街のあちこちに自分の命を狙う人がいるなんてことまでは、狩人さんには予想できません。獣を狩れと言われて外へ出てみれば、見ての通りひどい目に遭いました。だから狩人さんは、ゲールマンさんに対してちょっと怒っているのです。何かあるなら、先に言っておいてほしかったと。
するとゲールマンさんは、いくつかのことを教えてくれました。狩人の夢の中に建っている大きな家には、たくさんの難しそうな本が置いてあって、狩人にとって必要なこと、ヤーナムで今起こっていることの解説などが、そこに全て書いてあるとのことでした。
……まずとても重要なことに、獣病とは、風邪やインフルエンザのようなただの病気ではありません。ゲールマンさんはそれを語りました。
それは、昔話のような物でした。
……その昔、歴史の分野で有名な「ビルゲンワース」という大学がありました。その大学の教授たちは、大昔のことを調べるために、地下で見つけた遺跡を探検していたのですが、ある時そこで、宇宙人のミイラを見つけたのです。
大昔に、宇宙人が地球に来たことがある。そんな大発見をした教授たちは、今度はその宇宙人に会おうとして、何やら怪しげな儀式を始めました。……するとその不思議な力によって、宇宙人には会えたものの、同時に獣病が始まってしまったのです。つまり獣病は、宇宙人と一緒に「宇宙」から来た物でした。
「だから我々は狩人を集め、獣狩りを始めたのだ……」
ゲールマンさんが言うには、一度獣になってしまった人はもう二度と、人間には戻れないのだそうです。元々が人間でも、獣になった人はそれから先ずっと獣のままで、人を襲っては食べてしまう。放っておけば、まさにかつての狩人さんのような被害者が、どんどん増えていってしまうのです。
人間の住む場所へ降りてきてしまったクマのように、獣病によって生まれた獣も、狩人が狩らなければなりません。そうしなければ、人間たちの方が食べられ続けて、全滅してしまいます。だからゲールマンさんは、せめてもの想いを込めて、「葬送の刃」という武器を使い、最初の狩人になったのです。
その武器は、大きな鎌のような形をしています。まるで死神の鎌のようです。ゲールマンさんは、どうか安らかに眠ってほしいと祈りながら、その鎌で獣を狩ってきました。それを振るう彼は、武器のイメージにそのまま、死神のように見えましたが、そこには彼なりの、罪悪感が現れていたようにも思えます。
かっこいいヒーローではなく、おそろしげな死神になることを、ゲールマンさんは選んだのです。
人間が生き残るために、病気で獣になってしまった人を狩らなければならない。つらくて悲しいことだけれど、今はそうするしかないのです。そしていつか獣病を治す薬を作って、獣になってしまった人でも元通りに戻せるようにするために、ヤーナムのお医者さんたちはずっと研究を続けています。だからヤーナムでは医療の技術が進んでいて、けれどもまだ、獣病の治療方法は分かっていないのです。
薬が出来るよりも先に人間たちが負けてしまわないように、狩人たちが獣を狩るしかない。そんな事情を説明された狩人さんは、改めて覚悟を決めました。自分が迷っている間に、自分と同じように獣に食べられてしまう人がいるかもしれない……。そう考えると、じっとはしていられません。
今度こそ……とヤーナムの街へ旅立とうとする彼に、ゲールマンさんはもう一つ大切なことを教えてくれました。……もしかするとどこかで、まだ宇宙人を呼ぶための儀式を続けている人がいるかもしれない。もしそんな人を見つけたら、絶対に儀式をやめさせないと、獣病は終わらない……と。
狩人さんは、そのまだ見ぬ悪者を憎みました。本当にそんな悪者がいるのかはゲールマンさんにも分かりませんが、もし本当にいるのだとすれば、そんなやつのことは絶対に許せません。
お墓の前で使者に手をかざして、狩人さんはヤーナム市街へ向かいます。……使者たちの顔を見れば、地下から宇宙人が見つかったという話だって信じられるものでした。
獣病には、いくつかの種類があります。最後にはみんな獣になってしまうのですが、風邪にも咳や熱など様々な種類があるように、「どのように獣になるか」に違いがあるのです。
狩人さんに襲いかかってくる街の人たちは、見た目は人間だけれど、心は獣になってしまっているのです。そしてその心はやっぱり、もう人間の心に戻ることはありません。彼らもまた、狩人が狩るべき獣なのです。
「ホワイ! ホワイ!」
また松明を持ったおじさんが何かを叫びながらこちらへ突っ込んできます。狩人さんは……本当に覚悟を決めました。武器を握りしめて、それを振るいます。
……ヤーナムで初めて、獣を狩りました。
「うおおおおお!!」
狩人さんは雄叫びと共に、街を走り回ります。銃を向けられれば、撃たれる前にこちらから攻撃する。小さくてすばしっこい犬に襲われれば、負けじと戦い勝利する。太りすぎて飛べないカラスや、ゾンビのようなもの、大きすぎるネズミなど、様々な敵、獣を見ましたが、その全てを狩りました。狩人さんは、実はとても強いのです。
そしてある時、大きな橋の上にやって来ました。そこはヤーナム市街でも有名な大橋で、けれど今は向こう岸へ行けないように、橋の向こうが閉ざされています。
渡れない橋に用はないか……と狩人さんが引き返そうとした時、どこかから不気味な雄叫びが聞こてきます。それは獣の遠吠えのように聞こえましたが、けれど同時に、もしかすると人の悲鳴かもしれない……とも思えました。
狩人さんがあわてて振り返ると、閉鎖された橋の上に、見たこともないほど大きな獣がいました。獣の足元では砂埃が立っています。どこかからジャンプしてきて、この橋に着地したようです。
黒くて毛むくじゃらなことは、病院にいた罹患者の獣と変わりません。けれどその獣は、狩人さんの倍以上大きく、まさに巨人といったサイズを誇っています。それになぜかは分かりませんが、左腕だけが異様に太くなっています。きっとものすごい力を持っていることでしょう。
「聖職者の獣だ」
狩人さんはそう呟き、そして驚きました。なぜ自分が、その獣の名前を知っているのか、分からなかったからです。けれど彼はそれを知っていました。
聖職者こそが、もっともおそろしい獣になる。
なぜだかそんな言葉が頭の中に浮かびましたが、どこでそんなことを知ったのか、やっぱり狩人さんには分かりません。分からないけれど、目の前の巨大な獣を見ると、自分の知っていることは間違いではないように思えます。
「くそっ!」
甲高い悲鳴のような叫び声を上げながら、獣は襲いかかってきました。あの太い左腕の攻撃に当たれば間違いなく助からないでしょう。慎重に攻撃を避けながら、狩人さんは獣の背後に回ります。人間もそうですが、獣というのは、背後からの攻撃に弱いのです。
獣が繰り出す、背筋が凍るような迫力の、パンチの応酬。それをどうにか躱して、背後に回り、ノコギリを振るう。その繰り返しです。初めのうちは、命がいくつあっても足りないと感じていた狩人さんですが、いつしかその戦いにも慣れていきます。それは、獣というのがあまり賢くなくて、動きがワンパターンになっていくからでした。
しかしある時、雄叫びを上げた獣が、フッ……と不意に姿を消しました。「えっ」、と狩人さんは呆気に取られます。しかし、その場に立った土埃にすぐに気が付いて、大慌てでそこから離れました。
巨体の獣が、凄まじいジャンプ力で空中へ跳んだのです。そして、ついさっきまで狩人さんがいた場所へ、左腕の拳を振り下ろしながらドスンと落下してきました。危うくやられるところだった……と狩人さんは、狩りにあるべき緊張感を取り戻します。
けれどもそのジャンプが、獣が振り絞った最後の力だったようです。着地した隙を攻撃された獣は、悲鳴を上げることもなく、静かにその場に倒れました。
「ふう……」
狩人さんは、大きく深呼吸をします。緊張から解放された時に、いつも彼がする行動です。……するとそんな狩人さんの目の前に、紫色に光るランタンが現れました。ランタンが地面から生えてきたのです。そしてそのランタンの根元には、使者たちの姿がありました。
おかしなことばかり起こることに、狩人さんは慣れてきました。そしてそこへ手をかざすと、狩人さんは一度、狩人の夢に帰ります。……さすがに少し疲れたのです。
狩人の夢へ帰ると、人形さんの姿が目に入りました。まるで狩人さんの帰りを待っていてくれたかのように、彼女は真正面に立っていたのです。
「(か、かわいい……。天使……)」
世にもおそろしい獣たちとの戦いによる疲れも、人形さんを見れば一発で吹き飛ぶようでした。人形さんから「狩人さんがんばって!」とでも言われれば、聖職者の獣の百体や二百体、余裕で倒せるような気がしました。まあそれはさすがに、狩人さんの気のせいなんですけれど……。
……と、人形さんが呼んでいます。
「狩人様、血の意志を力に変えましょう」
「血の意志?」
「獣を狩ることで得られる、目に見えない力です。私の力で、それを狩人様のために役立てられます」
「なるほど……?」
よく分かりませんが、とりあえず言う通りにすることにしました。手を出して、と言われたので、その通りにします。
「目を閉じていてくださいね」
「えっ……?」
狩人さんはドキドキしてきました。絶世の美女が自分の差し出した手のひらに手をかざして、「目を閉じて」と言っているのです。ドキドキしないわけがありません。
ま、まさか、キスとかされるのでは……!? ありえない話ではないと狩人さんは思いました。人形さんが特殊な力を使うために、もしかするとキスが必要なのかもしれない。いや、そうであってほしい! 狩人さんは目を閉じました。
ひゅいーん、と不思議な音が響きます。まぶたを閉じていても、なんだか目の前が光っているらしいと分かりました。けれど目を開けることはしません。目を閉じていて、と人形さんから言われたからです。
……しばらくそうしていると、狩人さんは、自分が思ったよりも疲れていたことに気が付きました。というのも、人形さんに手をかざされて、不思議な音が鳴っている間、みるみるうちに体の疲れが消えていって、駆け回りたくなるほど元気がみなぎってきたからです。
「終わりました」
そう言われて目を開けると、当たり前のことですが、すぐ近くに人形さんがいました。
「(かわいい……好き……)」
狩人さんは、いつか自分が獣病の原因を、宇宙人を呼ぶ儀式をしている悪者をやっつけて、人形さんに認めてもらえるように、再び奮い立ちます。今の狩人さんは、体も心も、エネルギーに満ちているのです。
大橋であんなことがあったから忘れかけていたけれど、まだヤーナム市街には通っていない道があったな。そう思い立った狩人さんは、再び使者たちの力を借りて、ヤーナムへと旅立ちました。獣を狩り、先へ進んで悪者を探すのです。それが自分の使命であるように思えます。
そんな狩人さんの背中を、人形さんは静かに見つめ、見送るのでした。
・後書き
……かいけつゾロリ感を出そうと思っていたのに、いつの間にかデルトラクエストになっていた。ゆるさが足りない。