ヤーナム市街のほとんどの獣は、すでに狩人さんが狩ってしまいました。それでもまだ彼が通ったことのない道へ行けば、そこには当然とばかりに獣がいます。
大きなネズミやゾンビのような生物が住み着いている、下水道のような場所を狩人さんは駆け抜けて行きます。そこは一度来た場所ですが、分かれ道が多く、まだ行ったことのないルートもありました。
そんな迷路のような下水道を走り回るうちに、やがて狩人さんは、ゴールにたどり着きます。するとそこには、牛や馬よりもさらに大きな、異常なサイズの豚がいました。ぶひいいと威嚇の声を上げたその豚が襲いかかってきたので、狩人さんは迎え打ってそれを倒します。聖職者の獣と戦った狩人さんにとって、ただ大きなだけの豚は相手になりません。
巨大豚の近くにはハシゴがかかっていたので、狩人さんはそこを登って下水道からの脱出を試みます。するとハシゴの先は、ヤーナム市街のまだ見たことのない場所へと繋がっていました。通ったことのない場所へ来たということは、つまり……。
「(また獣か……)」
思った通り、さっそく松明と木の盾を持った市民が……心が獣になってしまった市民がこちらに気付き、襲いかかってきます。
新しい場所へ行くたびに、獣、獣、獣です。ヤーナムの街は、獣だらけになっています。けれども狩人さんは諦めません。そこかしこの家の窓には明かりが灯っていて、外にいる獣に怯える人たちの声が聞こえてくるからです。狩人さんは、そんな人たちを守るために、いくらでも獣を狩るつもりです。
そして彼はついに、閉鎖された大橋を迂回して、この市街の外へ出る道にたどり着きました。それは墓地を通り抜ける道です。狩人の夢とは比べ物にならないほど多くのお墓が立った、暗くて不気味な墓地を通り抜けることが、先へ進むための唯一の道でした。
「…………」
……なんだか、とても嫌な予感がします。狩人さんは、お化けは怖くありませんが、それでも妙に嫌な予感がするのです。……実際、よーく耳を済ませてみると、お墓の奥から何か音が聞こえました。ザシュ、ザシュ……と何かを切る音です。
息を潜めて、足跡を立てないように、その音の正体を確かめに行きます。……暗闇の中に、黒い帽子が浮いていることに気が付きました。人です。目立ちにくい黒色一色のコーデをした、体の大きくて強そうな男の人がそこにいました。
その人は何かに向かって斧を振り下ろしています。目をこらして見ると、その何かとは、今まさに狩られたらしき獣の体でした。振り下ろされる斧も、狩人さんが知っている、獣狩りの斧です。狩人が使う仕掛け武器です。
なんだ、同業者か! ほっと一息ついて、狩人さんは彼に話しかけました。
「やあ、あなたも狩人なんですね」
男が振り向き、ハア……と息を吐きます。見た目からすると、どうやら彼は年配のベテラン狩人のようです。ゲールマンさんと同じく、狩人さんにとってはきっと先輩に当たる人でしょう。
そして狩人さんは、なぜか、彼の名前が「ガスコイン神父」であることに気が付きました。……おかしなことです。初対面であるはずの相手の名前を、記憶喪失だったところから「思い出す」のではなく、きっとガスコイン神父だろうと「気付いた」のです。なぜ気付いたのか、本人にもさっぱりわかりません。
なぜ自分は気付いたのだろう? その答えに狩人さんがたどり着くよりも先に、ガスコイン神父が口を開きました。
「……あっちへ行ってもこっちへ行っても、獣ばっかりだ」
「え? あぁ、確かに。そうですね。お互い大変です」
「君も獣になるんだろう?」
「……え?」
ガスコイン神父が、左手に持っていた銃の先を狩人さんに向けました。
瞬間、狩人さんは、理解しました。理由は分からないけれど、それでも理解したのです。「なぜか名前が分かるもの」には要注意だということを、聖職者の獣から学びました……!
だから彼は間一髪、容赦なく放たれた銃弾を回避することが出来ました。しかし避けてもなお、ある意味聖職者の獣の左腕を避けた時よりも肝が冷えます。危険な相手だと分かっている巨大な獣より、散々見てきた心が獣になってしまったヤーナム市民より、同業者だと信じきっていた「狩人」であるガスコイン神父から撃たれたことが、堪らなくおそろしかったのです。
けれど考えてみれば、狩人だけ獣病にかからないなんてことは、あるわけがないのでした。
「敵なのか……!?」
「うおおおおッ!!」
何の迷いもなく、ガスコイン神父は斧を振るってきます。やるしかありません。戦わなければやられるのは狩人さんの方で、それにここを通らなければ、先に進むことが出来ません。獣病を呼び寄せてしまう儀式を続けている悪いやつが、この先にいるかもしれないのに……!
斧と銃を使う、本当ならば仲間になるはずだった人物。彼は、まるで番人のようです。狩人さんの行く道筋をこの墓地で遮っています。
「やってやる……! やってやる、俺だって!」
儀式を続けている人を倒して、獣病はもちろん終わらせる。けれど、それとは別に狩人さんは、最強にならなければいけません。最強になって、人形さんに認められて、結婚するのです。こんなところで負けられません。
狩人さんは落ち着いて距離を取り、向こうが闇雲に斧を振るい始めたところに向かって、左手に持った銃を撃ち込んでやりました。獣のほとんどは人間よりも痛みに強く、銃弾といえども急所に当てなければ効果は薄いのですが、銃の使い方は、単純な攻撃だけとも限らないのです。
斧での攻撃を繰り出そうとしたまさにその瞬間、ガスコイン神父に銃弾が命中しました。攻撃しようとした瞬間に逆に攻撃をくらって、いくら痛みに強い彼ねもさすがに驚き、一瞬体勢が崩れます。狩人さんはそこを見逃さず、渾身の一撃をお見舞しました。
「ぐあぁぁ……!?」
あまりの攻撃の威力に、神父は吹き飛び、倒れます。……しかしまだ起き上がってきました。さすがベテランの狩人は、市民よりもずっと強いというわけです。
背後を取りやすい大型の獣と違って、人間相手には今の戦法の方が良いはずだ。そう思って再び距離を取る狩人さんでしたが……。
何やら、神父の動きがおかしいことに気が付きました。苦しそうにしています。
「(もしかして、決着がついたのか……?)」
そうやって、ほんの少し油断してしまった瞬間でした。
「ウオオオオオオオッ」
雄叫びと共に、黒い毛が神父の体を覆います。体その物も筋肉の発達で一回り大きくなり、腕には鋭い爪が、口には鋭い牙が、まるで獣のように生えていきました。
……いいえ、「獣のよう」ではなく、本当に獣となったのです。それが狩人さんの初めて見る、獣病によって、人が獣になる瞬間でした。
「グオオオオオッ!!」
獣になり、武器を捨てた神父が、ものすごい勢いで突っ込んできます。狩人さんは思わず後ずさりますが、獣の爪を避けきれずダメージを受けてしまいました。けれど致命傷ではありません。まだ、狩人の夢に帰されるほどではないのです。
「うっ、くそ……」
落ち着け、落ち着け、……狩人さんは自分に言い聞かせます。獣なら、今目の前にいる相手より大きなものを狩ってきた。人の姿をした獣だって、これまで散々相手にしてきた。何もあわてることはない、何もあせることはない、今までと同じようにやればいいだけだ……と。
獣の攻撃は冷や汗が出るほどの迫力がある反面、実は隙が多く、ワンパターンです。よく観察すれば必ず避けることが出来るはずなのです。傷を負った体を引きずるようにして、なんとかギリギリ攻撃を避け続けながら、彼は反撃の隙を探しました。
……そして暴れ回る獣のせいで、墓地に立っているお墓の、ほとんど全てが破壊されてしまった頃。地道な回避と反撃に敗れた獣、ガスコイン神父が、その場にドサリと倒れ込みました。見事、狩人さんは勝ったのです。
けれど、またしてもランタンが地面から生えてくる光景を見ながら、彼は意識を失いました。もう体力の限界だったのです。
「(人形さんが……膝枕とかしてくれないかな……)」
獣病の悲劇を目の当たりにしてきた彼は、しかしながら幸い、そんな感じでまだ元気そうでした。
力尽きて狩人の夢に戻り、人形さんが出迎えてくれる幸せを噛み締めて、彼女の力と血の意志とやらで体力を回復する。一連の流れを終えた狩人さんは、使者たちのいるお墓とランタンを通じて、あの墓地に戻りました。そしてそこから門を開いて先へと進みます。
ヤーナム市街を抜けた先にあった物……それは教会でした。オドン教会という場所です。そしてそのオドン教会の建っている場所は、「聖堂街」と呼ばれる街です。聖堂街というのは「市街」とはまた別の、ヤーナムの中にあるもう一つの街のことでした。
狩人さんはいよいよ、自分がそれを思い出したのか、それとも気付いたのか、分からなくなってきました。けれどもそこが聖堂街という場所であることだけは間違いなさそうです。だってすでに今いる場所から、教会らしき建物が遠くにいくつも見えています。
次はここで獣を狩り、そしておそらくは番人のような相手を乗り越えて、次の場所へ進むのでしょう。それとも、教会とは祈りを捧げる場ですし、祈りとよく似た行いである「儀式」をしている黒幕が、この街のどこかにいるのかもしれません。
しかし何にせよ、ここが聖堂街であると分かった瞬間に、狩人さんは少しだけやる気を失ってしまいました。それはなぜかといえば、
「聖職者こそがもっともおそろしい獣になる……か」
あの時頭の中に浮かんだ言葉は、どうやら正しいようです。ガスコイン神父は、神父というくらいなので聖職者なのでしょう。そして完全に獣になった彼と戦って、狩人さんは勝ちながらも、すぐに力尽きてしまったのです。ほとんど相打ちでした。
またあんな獣を狩らなければならないのか……。そう思うと、いくら狩人さんといえども、テンションは下がっていく一方です。情けないことかもしれませんが、狩人さんは、早くも狩人の夢が恋しくなってきました。だってあそこには、大好きな人形さんがいるのです。
物事というのは上手くいかないもので、人形さんは狩人さんを不思議な力で助けてくれる一方、「がんばれ!」や「すごい!」の一言はくれません。はたして狩人さんの想いが報われる日は来るのでしょうか……。
きっとその答えは、獣狩りの先にあるのです。
・後書き
……児童書を書いている人のスゴさが分かってきました。いったいどうすれば、小学生でも分かる簡単な言葉だけを使って、面白いお話が作れるのでしょう? まるで分かりません。