少し歩いてみたところ、幸い聖堂街には、凶器を持ってあたりをうろつくようなデンジャラスな一般人はいませんでした。ただその代わり、ローブのような物を着た真っ白な顔の人たちが、いかにも怪しい雰囲気を放ちつつ歩き回っていました。
彼らは狩人さんの存在に気が付くと、低い声と共にこちらを指差して、持っている杖を剣のように構え近寄ってきます。狩人の夢からヤーナム市街に初めてやって来た時、銃弾を顔面にぶちこまれてからというもの、狩人さんにとって「知らない人からの指差し」はトラウマです。だから、やられる前にやってやると言わんばかりに、狩人さんもその男に向かって突撃します。
「おらぁ!」
白い顔の男はヤーナム市民よりちょっとタフでしたが、それほど強い相手でもありませんでした。また彼らの持つその杖は、狩人の仕掛け武器とは違い、変形機能は付いていないようです。
男を倒して道なりに階段を登って行くと、ずっと上の方から、ガシャン……ガシャン……と何かが動く音が聞こえてきます。それを聞いた狩人さんには、嫌な予感というよりも、何か良くない物がこの先にあるという確信が湧いてきました。
そしてすぐに、その確信は正しかったことが証明されます。音の正体は、背の高さだけで見れば聖職者の獣と同じくらいの、とてつもない大男の足音だったのです。しかもその大男は、体格に似合った大きな斧を持っていました。
これは今までで一番の強敵なんじゃないか。狩人さんは怯みましたが、その大男のあまりにものんびりとした、ガシャン……ガシャン……という歩き方を見て、「ん?」と考え直しました。
言ってしまえば、狩人さんは、死んでも狩人の夢に戻るだけです。痛いのはもちろん大嫌いですが、それでも普通の人に比べれば、ずいぶん気楽な状態であるように思えます。それに、狩人さんはそうしようだなんてまだこれっぽっちも考えていませんが、究極的には、彼は怖いことが嫌になれば、狩人の夢でずっと人形さんを眺めていることも出来るのです。
大男の前に立った狩人さんが、「へいへい」と挑発するようにステップを踏みます。すると大男は、両手でその巨大な斧を振り下ろしてきました。……とてもとてものろまなスピードで。
狩人さんが思った通り、大男の動きは、これまでに見たどんな敵よりも遅いものでした。巨大な上に激しい連撃を仕掛けてくる聖職者の獣を狩った狩人さんにとって、のろまな大男は取るに足らない相手だったのです。さっさと狩ります。ズバっと。
さて、大男を倒した狩人さんは、そのままどんどん階段を登って行きます。するとそのうち、少し開けた場所に出てきました。その先にもさらに階段は続いていますが……、今度はその両サイドに、顔の白い男たちが待ち構えているところが見えました。
たった一人で獣狩りをする狩人さんにとって、二人以上の相手と同時に戦うことは、ほとんど負けに行くようなものなのです。慎重に慎重に、一人ずつの気を引いて、上手く一対一の戦いを繰り返していかなければならなりません。そしてそういった戦いが楽な物ではないことを、ヤーナム市街の中で狩人さんはすでに学んでいました。
「はぁ……」
思わずため息が出ました。
……そしてその後の狩人さんの戦いは、まさに死闘の連続でした。白い顔の男たちはみんな、今までに見たことのない武器を使ってくるのです。何やら青白い光を纏った大きな鎌だとか、一度の射撃で二発の弾を発射する銃だとか、よくわからない太い木の棒だとか……。
その個性豊かな相手たちを何とか一人ずつ倒して行き、狩人さんはついに聖堂街の頂上とも言える場所に到着します。そこには大きな教会、大聖堂が建っていました。
大聖堂の入口はオドン教会よりも広く、その先にはまたしても階段が続いています。……何か思わせぶりな、嫌な予感がする階段です。完全に勘ですが、具体的には、ガスコイン神父がいた墓地と同じ雰囲気を感じました。
ところで大聖堂の入口に向かって右の方向にも、また別な道が伸びています。その道は細く折れ曲がっていて、見るからにメインの通りではありません。その先に結局、狩人さんにとって嬉しくないことがあるのだとしても、それは目の前の大聖堂の中に比べれば、ずいぶん離れたところにあるような気がします。
「…………」
少し迷ってから狩人さんは、右の脇道の方を先に探索することにしました。大聖堂から逃げたのかといえば、ハイそうです、逃げたのです。
しかし狩人さんは、忘れていました。自分が通ったことのない道には、大抵獣がいるのだということを。
細く入り組んだ道の先には、これもまた細い下り階段がありました。柵を超えた下に見える円形の広場に繋がっているらしいその階段は、これまでの物と違って大きく円を描いて作られています。……その向こうから、素早くこちらに向かってくる足音が聞こえました。
人の足音だ、と思いました。けれどそれは敵だ、とも思いました。足音の速さに危険な物……敵意を感じた狩人さんは、武器を握りしめ、戦いの体勢を整えます。
階段を登って現れた人間は、やはりこちらと同じように武器を握っていました。そして今にもそれを振りかぶり、襲いかかってきそうな雰囲気を放っています。
その人が持っている武器とは、丸いハンマーのような物に見えました。握りやすい棒の先に、ただの丸くて重たい鉄の塊がくっ付いた物で、あまり強そうには見えません。
しかし相手が力強くそのハンマーを素振りすると、バチチッと火花が弾けるような音がして、青白い雷のような光が現れました。
「えっ!?」
なんとハンマーが、まるで魔法のように雷を纏ったのです。松明の先端で炎が燃えるように、ハンマーの先端で雷がバチバチと弾け続けています。
そんな武器が存在するのか!? 狩人さんが呆気に取られているうちにも、敵の攻撃は迫っていました。ハンマーの重たい一撃と、雷の威力が同時に狩人さんを襲います。
「ぐああばばばばばばばばっ」
避けきれず、それなりに攻撃を受けてしまった狩人さんですが、それは幸いなことに、一撃でやられてしまうほどの威力ではありませんでした。しかし、二度とくらいたくないと思うには十分な威力でした。
……そしてそこからは、泥試合が繰り広げられました。雷を恐れた狩人さんはいつもより慎重に戦います。すると階段という舞台も合わさって、お互い足運びには苦労しました。付かず離れず、前へ後ろへと忙しく移動しながら、武器を振れども当たらない。お互いに当たらない。そんなスタミナ比べの持久戦が始まったのです。
狩人さんが臆病な戦い方を選んだのは、時間が経てばいつかハンマーの雷が消えるのではないかと期待してのことでした。しかしその雷はいつまでも消えそうにありません。やがて痺れを切らした狩人さんは、不意に守りを捨てて、全力で敵に向かって突撃しました。
突然の特攻により、ノコギリの刃が敵に当たる直前、ハンマーの雷が狩人さんを襲います。刃で切らなければいけないこちらに比べて、向こうのハンマーはただ押し当てられるだけでも強力なのです。
「あばばばばばべべべべべべべ」
しかし狩人さんは雷にしびれながらも、声だけ聞いたらバカみたいな悲鳴を上げながらも、ノコギリの刃を引いたのでした。
相手の体は所詮人間です。いくら心が獣でも、狩人の攻撃をまともに受ければひとたまりもありませんでした。雷使いの敵はその場に倒れ、それと同時に、ハンマーも輝きを失って、単なる鉄の塊に戻りました。大聖堂を避けて、脇道に逸れたことで起こった、思わぬ死闘でした。
しかし広場にまで降りていくと、まだもう一人、新たな人影がありました。瀕死の狩人さんは、どうか友好的な相手であってくれと願いましたが、ここはヤーナムです。そんな願いが叶うわけないのです。
二人目の刺客は、大きな槍を狩人さんに向けました。しかしいくら長い槍とはいえ、二人の距離はあまりにも離れています。どちらかが大きくあと一歩踏み込んだとしても、槍の刃は掠りもしないでしょう。
どういうつもりなのだろう、あのまま槍を構えて走り込んでくるつもりだろうか? 狩人さんが不信に思ったその時、
「あっ」
槍の先端近くが、爆炎の光を放ちました。バン、という音が聞こえた頃には、瀕死の狩人さんは完全に力尽きていました。
その時になってようやく思い出したのです。世の中には「銃槍」と呼ばれる、槍と銃を一体化させた、とてもかっこいい男のロマン的な武器があったことを。実物は初めて見ましたが、その威力を自分の身で味わいたくはありませんでした。
狩人さんが死ぬ時、それは大抵一瞬の出来事なので、彼は口に出しませんけれど。それでもこういう目に遭う時、狩人さんは、やっぱりとても痛いのです。
けれど狩人さんは泣きません。狩人の夢で生き返った時、そこには必ず人形さんがいるからです。彼女にかっこ悪いところは見せられません。
目を覚ました狩人さんの前には、やっぱり人形さんがいました。いつと必ず目が合います。人形さんはにこりともしてくれませんが、それでも今までに見た誰よりも美人です。圧倒的に美しいのです。
最強の狩人となって人形さんに認められたい狩人さんは、しくじって死んでしまったことがバレないように、余裕を装って「あぁ、どうも」みたいな挨拶を人形さんに投げかけ、そそくさと使者に手をかざし、聖堂街に戻って行きました。
けれど彼は狩人の夢を出てから、そういえば今まで、強大な敵を倒してから狩人の夢に戻った時だけ、人形さんが「血の意志を力にしましょう」と言ってくれたことを思い出しました。つまり、どのようなことがあって狩人の夢に帰ってきたのか、ずっと大体バレていたということです。狩人さんは恥ずかしさに顔を赤くしながら、希望を失ってしまったような気持ちになりました。
人形さんは自分のことをどう思っているのだろう? 思い返せばいつも彼女は無表情でした。表情がなくて、ほとんど動かず、喋る時でさえとても静かな人形さん。その全てが、狩人さんから見れば、とても愛おしい物でした。人形さんは何をしていてもかわいいのです。
それに人形さんは、上手くいった時に褒めてくれはしないけれど、そのかわりに、失敗した時には何も言わず、ただただ静かに見送ってくれます。もしも狩人の夢に人形さんがいなかったらどうだったでしょうか? 狩人さんは今のように頑張れなかったかもしれません。普通の人と違って、彼はもう何度も死んでいるのです。殺されているのです。それでも諦めずに獣狩りを続ける狩人さんは頑張っています。
考えれば考えるほど、やっぱり人形さんのことが魅力的に思えてきました。自分がどう思われていたって、人形さんが好きだという気持ちに変わりはない。そのことに気付いた狩人さんは、元気を取り戻しました。人形さんのことを思えば、獣も悪夢もなんのそのです。
一度死んでから復活したことで体力を回復した狩人さんは、猛ダッシュで脇道の先の広場へと降りて行き、銃槍の敵と再戦を試みます。タネさえ分かっていれば、そうそう苦戦する相手ではありません。むしろ槍という武器は、密着さえしてしまえば恐るるに足らない武器なのです。密着するまでのリーチの差は、天性の回避力と左手に持った銃でなんとかしました。そこは気合いです。
「おらおらおらぁ!」
銃槍の敵を無事倒した狩人さんは、広場から道なりに、さらに下へ下へと向かって行きます。するとその先には、目隠しとなる黒いフードを被って鎧を身につけた、丸々と太っている男が立ちはだかっていました。
男は大きな斧のような武器を持っていましたが、その刃は普通の斧よりもさらに大きく、他の装備と相まって「処刑人」という言葉を連想させられます。
しかしその処刑人は見た目と違って、慎重な戦い方をする相手でした。大きな刃を盾にしてこちらの様子を伺い、頃合いを見て攻撃を仕掛けてくるのです。……けれど狩人さんは、処刑人の弱点を見つけました。
慎重そうに見えた処刑人の攻撃には、しかしフェイントが存在しないのです。振りかぶった動きが見えたのならば、必ずすぐに攻撃が来る。だから狩人さんは処刑人が動きを見せた瞬間に、銃撃を放って怯ませ、隙を作ります。攻撃の瞬間を狙われ、銃弾の衝撃でカウンターをくらった相手は、大抵そうやって怯むものです。
以前ガスコイン神父と戦った時にそうしたように、狩人さんは一瞬の隙へ渾身の一撃をお見舞いします。吹き飛んだ処刑人は、二度と起き上がってきませんでした。
「ふう……」
……しかし人の心までもが獣になるとはいえ、そもそもこのメンツは何なのでしょうか? 白い顔の男に、のろまな大男、謎のおしゃれ武器を持った人間、処刑人。彼らはみんな、元々ヤーナムの街にいたのでしょうか? いたのだとすれば、街がまだ平和だった頃は、怪しげな彼はいったい何をしていたのやら……。
考えても分からないので仕方なく、狩人さんは先へと進んで行きます。しかしこの脇道は、結局どこにたどり着く道なんだろう? そう疑問に思い始めた頃、ゴールらしき場所に行き着きました。どうやらそこもまた教会であるようです。しかし見るからにさびれていて、今は使われていないように思えます。
中に入ると、円形の部屋の正面に、閉じた扉がありました。試しに押したり引いたりしてみますがびくともしません。開いた先に何があるのかはちょっと気になるところですが、ここは引き返すしかないのかな……。
……と、狩人さんが思った時には、彼の体は空中に浮いていました。
「はっ!? えっ、な、なんだ!? なんだ!?!?」
誰かに体を掴まれている気がします。大きな大きな手が自分を握りしめて、持ち上げているのです。けれどその手の正体が何なのか、まったく見ることが出来ません。いくら首を回して目をキョロキョロさせて見回しても、ここには教会の壁や天井以外、何も見える物がないのです。
「ぐぎゃっ」
狩人さんは見えない手に握りつぶされて、死んでしまいました。
あまりの出来事に、さすがの狩人さんも呆然とした表情で目を覚まします。復活してなお、全身にびっしょりと嫌な汗をかいていました。目の前にいる人形さんは相変わらず無表情で、いつもこちらを見ています。
……さっきの出来事はなんだ? 何が起こった? 誰に何をされた……? 狩人さんには何も分かりません。ただ、何かとてつもない力があったことは確かです。人間では手も足も出ないような、圧倒的な力が。
もう二度とあの古い教会には近付かない。狩人さんはそう固く誓いました。……けれど足の震えが収まってくれません。今までに体験した物とは次元の違う死が、狩人さんに恐怖心を思い出させたのです。
「狩人様」
「!」
強大な敵を倒してきたわけでもないのに、初めて人形さんの方から話しかけてくれました。恐怖に取り憑かれていた狩人さんは、人形さんから声をかけられた喜びに舞い上がる余裕もない自分のことが、少し悲しくなってしまいます。
「狩人様、大丈夫ですか」
「え? あ、あぁ、大丈夫! ちょっと死んじゃったけど、全然平気ですよ! 生き返れますし!」
そう言って空元気を見せると、不思議なことに足の震えが止まりました。やっぱり狩人さんにとっては、人形さんの存在が何よりも大きいのかもしれません。
「……狩人様は、良い狩人ですね」
「え……? そ、そうかな」
「はい。とても良い狩人です。きっとこの悪夢を終わらせてくれるのでしょう」
「それは、……もちろんですよ! 任せてください!」
人形さんから期待されている! しかもそれを、こうして言葉で伝えてもらえた! そのことが狩人さんに無限のパワーを与えました。あの古い教会に行くこと以外なら、何でも出来そうです……!
しかも考えてみれば、人形さんの言葉はお世辞などではないことが、狩人さんにも分かりました。
ゲールマンさんは、いつも家の中で椅子に座っています。最初の狩人と呼ばれる伝説の存在であっても、今はかなりのご高齢です。彼はかつてのように狩りをすることが出来るのでしょうか? ……出来ないのであれば、もはや狩人の夢に残された現役の狩人は、人形さんに惚れ込んでいるおなじみの狩人さんただ一人ということになります。本当に期待が寄せられているのです。
それを自覚すると、断然やる気が出てきました。嫌な予感がすると避けていた大聖堂にも、いよいよ挑む時が来たようです。そして今度こそは、そこにいるであろう強敵を倒して、人形さんに良いところを見せるのです。
使者の力を借りて聖堂街へ旅立ち、階段を登って大聖堂の前まで戻って来た狩人さんは、迷わず入口を通り抜け最後の階段を登りました。大聖堂の中は、想像通りとても広い場所でした。そしてその奥に、女の人らしき人影が、祈りを捧げるようにうずくまったまま動かなくなっています。
あぁ……と狩人さんは悟ります。教会の中で、祈りを捧げている人がいる。どうぞ戦ってくださいと言わんばかりにこの場所は広くて、そして聖職者こそが、もっともおそろしい獣になるのです。役者は揃ってしまいました。
「……あのぉ」
祈りを捧げている女性に話しかけると、その女性が突然苦しみ始めます。ウゥ……と呻き声を上げてよろめく、どこかで見たような光景です。そして彼女の体はどんどん大きくなり、ふさふさとした白い毛に全身が包まれていって……。
狩人さんにとっては初めて見るタイプの、白い毛にまみれた巨大な獣。「教区長エミーリア」がその姿を現しました。なぜか名前も分かったところで、完全にこれが今回のボスだと確信します。
エミーリアは獣となった後でも、体中に包帯のような物を巻いていて、目元までもがその包帯で隠れていました。そして彼女の鳴き声は、他のどの獣よりも悲鳴に近い音をした、とても不吉な物なのでした。
「ギャアアアアア!」
獣が襲いかかってきます。教会には外から月明かりが差し込んできて、時々エミーリアの白い姿を美しく照らし出しています。獣を見ることで、おそろしさの中にも美しさを感じたのは、狩人さんにとってこれが初めてでした。
相変わらず他の獣と同じように超強力な腕力と重量で襲いかかってくるエミーリアを、これまでの経験を活かしながらなんとか躱していく狩人さん。隙を見て何度か反撃もしますが、巨大なだけあり獣はなかなか倒れません。
「ギャアアアアアア! ゥアアアアア!!」
獣の鳴き声というのは、どれも聞いていて気持ちの良い物ではありませんが、エミーリアのそれは中でも特に不快でした。本当に、悲鳴のように聞こえるのです。雄叫びではなく、人間の悲鳴のように。
そしてある時、傷ついたエミーリアは、狩人さんから距離を取りました。凶暴な獣が弱気になるとは、よほど弱っている証拠だと感じた狩人さんは、すぐに距離を詰めてトドメを刺そうとします。
しかし……。
「……祈り?」
しかし狩人さんの、その獣を狩る手が止まりました。エミーリアが、獣となってなお両手を組んで、祈りを捧げている光景を目の当たりにしたからです。
その瞬間、狩人さんの中には、一つの疑問が生まれてしまいました。狩人にとって一番、命取りになる疑問です。
エミーリアは、彼女の心は、本当に獣になってしまったのだろうか? 悲鳴を上げて暴れ回り、しかし獣の姿となっても祈りを捧げる彼女の心は、本当に人間ではなくなってしまったのだろうか……?
途端に、今までのエミーリアの暴れようが、ただ苦しんでのたうち回っているだけの、あわれな女性であったように思えてきました。彼女は苦しんでいる。獣となってなお、ずっと苦しんでいる。それもそのはず、獣になってしまうことは、病気のせいなのです。病気にかかって、苦しくないはずがありません。
自分は本当に彼女を狩るのか……? 今までに狩ってきた獣たちは、本当にただの獣だったのか……? ……狩人さんが、獣狩りの使命そのものにまで疑問を感じつつあったその時、エミーリアの両手の拳が、狩人さんを襲いました。祈りを捧げていた両手を拳として強く握り込み、そのまま叩き潰そうとしてきたのです。
しかし狩人さんはそれを避けていました。
「俺は、獣を狩らなきゃならない」
獣となったエミーリアに人の心はないのだろうか? ……その答えがどんな物だったとしても、今となっては、彼女がおそろしい獣であることに違いはありません。彼女はただもがき苦しんでいるだけなのかもしれませんが、そのもがきが結局は、人を殺してしまうのです。
だから狩人は獣を狩るのです。元々獣を人間に戻す方法は見つかっておらず、いくら同情したとしても、獣になった人を今助けてあげることは出来ません。狩って、終わらせてあげることこそが、獣にとっても人間にとっても、一番良い結果になるはずです。ずっと病気に苦しみながら人を殺してしまうことの方が、狩人に狩られるよりももっとつらいはずです。
「うおおおおおお!!」
狩人さんはそのノコギリの刃で獣を切り裂きました。祈りを捧げる獣にも容赦なく。悲鳴のような鳴き声には耳を貸さず、狩人の使命を全うしました。
白く美しい獣は、最後の瞬間だけは弱々しい声となって、その命を終えていったのです。
「……やったか」
地面に使者のランタンが現れたことを確認して、狩人さんは、また一つの狩りが終わったことを知りました。
・後書き
二次創作小説「ゆるい、ぶらっどぼーん」
……黙読により娯楽を得るが、同時に、内に瞳を得るともいう。だが、実際に「ゆるさ」とは何だったのか、作者は忘れてしまった。
(話が重く、全然ゆるくなくて、真剣にあらすじ詐欺になってしまうので、サイト内のあらすじを書き直しました)