狩人の夢で一度休んでから大聖堂へ戻ろうと考えていた狩人さんは、その流れの中で、使者たちの役割が「ワープ能力」以外にもあることを知りました。
水盆という、水の溜まった容器の中にいる使者たちは、なんと狩人さんのためのお店を開いていたのです。人形さんいわく、開店したのは最近になってのことらしいですが、そのお店の一番の特徴は、お金ではなく血の意志で支払いが行われることでした。
血の意志という物は目に見えません。というか、それがいったいどんな物なのかも、狩人さんにはよく分かっていません。けれども人形さんの力は体感しているので、血の意志という物は目に見えなくても、どうやら本当にある物のようです。
試しにお店を覗いてみると、使者たちがいくつかの武器を見せてくれました。剣からハンマーに変形する武器だとか、火炎放射器だとか、様々な物が売っているようです。
だけど正直、武器は今ある物で十分なんだよなぁ。そう考えつつも、健気な使者たちを見てほほえましく思っていた狩人さんは、一つだけ気になる物を見つけました。
「これは?」
触れた瞬間に、狩人さんはそれが何であるのかを瞬時に理解しました。またまた起こった謎の現象による急な理解です。
その武器の名前はパイルハンマー。普段は先端に付いた杭のような形の鉄を鈍器として使う武器ですが、その複雑怪奇な仕掛けにより、先端の杭を本体に「装填」することが出来ます。そして装填された杭は、長い「溜め」によって本体の中で力を凝縮し、爆撃のような凄まじい威力の一撃を打ち付けられるようになるのです。
パイルハンマーの力を溜めている間はそれに集中しなければならないので、その場から動くことは出来ません。必殺の一撃を放つための力をゆっくり溜めている間、ちょうどいい的として目の前で棒立ちになっていてくれる敵なんているのでしょうか? 使うべき時が来るのかどうか怪しい物ですが、しかしそれでも、パイルハンマーには男のロマンがあります。そして狩人さんは、一撃必殺の奥の手という物に惹かれる、分かりやすい男なのでした。
元々、普通に戦うだけなら、今持っている武器で十分なのです。だったらもしも、万が一、何かの機会があった時のために、パイルハンマーを持っていたって別に良いではありませんか。
血の意志も足りているようでしたし、狩人さんはパイルハンマーを買いました。すると使者さんたちからおまけとして、火炎瓶というアイテムも数個付けてもらえました。火炎瓶とは、中にいろいろな薬品が入っていて、割れると炎が燃え上がる攻撃用のアイテムのことです。
銃を持っている狩人さんにとって、投げて使う武器なんて、わざわざ使う物だとは思えませんが、おまけなので一応もらっておきます。そうして準備万端となった狩人さんは、使者たちの力を借りて聖堂街の大聖堂へと戻って行きました。
エミーリアと戦った大聖堂。そこにはまだ、狩人さんの興味を引く物が置いてあったのです。
「なんだろう、これ」
獣の姿となる前のエミーリアが祈りを捧げていた場所には、大きな動物の頭蓋骨が置いてありました。ここは聖堂であって博物館ではないのに、なぜ動物の骨なんかが置いてあるのだろう? 不思議に思った狩人さんは、誰も見ていないのをいいことに、そのガイコツに触れてみました。博物館に置いていそうな物に触ってしまうことが、実は彼がやってみたいことの一つだったのです。
が、それに指が触れた瞬間……! 狩人さんの物ではない、他の誰かの記憶が、狩人さんの中に流れ込んできました。
本がたくさん積んである薄暗い部屋に、身なりの良い賢そうな男が現れて言いました。
「ウィレーム先生、お話があって来ました」
その部屋はどうやら、学校のような場所にあるようです。大きな机の前の、大きな椅子に座ったおじいさん……ウィレームと呼ばれたその人が、訪ねてきた彼の言葉に答えます。
「……ああ、君もか。君も、私のもとを去るのかね?」
どうやら二人は、先生と生徒の関係であるようです。
「すみません……。でも、先生の教えは忘れません」
「……我々人間には血の力がある。そして血の力を使うことで、我々は人を超えることが出来る。……しかし力の使い方を間違えれば、人をやめてしまうことにもなりかねない。……だから、くれぐれも血には気をつけなさい」
「はい。……お世話になりました、先生」
どうやらその二人には、単なる生徒と先生の関係よりも、さらに強い繋がりがあったようです。けれど生徒の方はその会話を最後に、重々しい雰囲気で部屋から去っていきました。……きっともう二度と戻ってくるつもりはないのでしょう。
一人残されたウィレーム先生は、大きな椅子を揺らしながら、呟きます。
「気をつけなさい、ローレンス……」
ローレンス。そう呼ばれた生徒には、しかしその声はもう届いていませんでした。
ハッと気が付くと、大きな動物の頭蓋骨に向かって伸ばしている、自分の腕が見えました。
我に返った狩人さんは、今自分が体験した物が何だったのかを考え始めます。ウィレーム先生と、その生徒であるローレンス。彼らのお別れのシーンが、なぜガイコツに触れようとして流れ込んできたのでしょうか。
もしかすると目の前のガイコツは、ウィレームやローレンスといった人たちに、とても関係のある物なのかもしれません。けれどもその人たちがどんな人なのか、狩人さんはまったく知りません。知らない人の記憶が流れ込んできても困ります。
そしてもう一つ困ったことがありました。聖堂街の道筋は、この大聖堂で行き止まりとなっていて、次にどこへ向かえばいいのか分からなくなってしまったのです。古い教会の扉は開かず、正体の分からない巨大な物に握りつぶされるだけですし、絶対に行きたくありません。
迷子のようになった狩人さんは、とりあえず大聖堂から聖堂街を引き返すように、うろうろ歩いてみることにしました。するとそのうち狩人さんは、大聖堂に続く階段の途中から、大きな墓地に出られるということに気が付きます。ガスコイン神父がいた市街の墓地よりも、さらに広く開けた場所でした。
そしてその向こうに、押しても引いてもびくともしない大きな扉がありました。狩人さんは警戒します。またよくわからない力に捕まって、握りつぶされてしまうのではないかと……。
幸いなことに、狩人さんが握りつぶされることはありませんでした。その代わりに、分厚い扉の向こうから声が聞こえてきます。
「合言葉は?」
「え?」
「ウィレーム先生の教えは何だった?」
どうやら扉の向こうに人がいて、合言葉を言わなければ鍵を開けてくれないようです。
「ウィレーム先生……? あぁ、血には気をつけなさい、っていうやつ?」
「…………」
ガチャリ、と音がしました。ギギギギ……と重たい物が擦れる音を立てながら、ゆっくりとゆっくりと、目の前の大きな扉が開いていきます。
扉の先は、下りの螺旋階段になっていました。けれども不思議なことに、狩人さんに合言葉を聞いてきた人の姿が、どこにも見当たりません。
変だなぁ、答えてからすぐに扉を抜けたのに。そう思いながら狩人さんが階段を下ろうとすると、その背後で、カラン……と軽い物が地面に落ちる音がしました。
「ん?」
その音の正体は、人のガイコツが崩れて、地面に散らばった音でした。どうやら座った状態で置かれていたガイコツが、風のせいでしょうか、崩れて散らばってしまったようです。
……狩人さんに合言葉を聞いた人は、いったいどこへ行ったのでしょうか? 素早く逃げる足音も聞こえませんでしたし、……まるで扉の向こうには、初めから誰もいなかったかのように思えてしまいます。
崩れて転がったガイコツの頭が、その目があったはずの空洞が、狩人さんの方を向いていました。
「…………」
あんまり考えると怖くなってくるので、狩人さんはさっさと階段を降りてしまうことにしました。お化けは怖くない狩人さんですが、怖くないとは言っても限度があるというものです。
そして階段を下った先。そこは、広大な森でした。
「禁域の森」
狩人さんはまた、その場所の名前を無意識に呟きます。
禁域の森、それは、ヤーナムの医者たちが「危ないから入ってはいけない」と取り決めた場所です。だから合言葉を決めて、関係者以外の人を中に入れないようにする必要があったのでしょう。
禁域とは、入ってはいけない場所を表す言葉ですから、この森の名前は「入っちゃいけない森」という、そのまんますぎる名前になっていることになります。もはやそれは名前と呼べるかさえ怪しい物ですが、けれども考えてみれば、入ってはいけない場所にわざわざ名前を付ける必要もなかったのかもしれません。
そして狩人さんは、そんな立ち入り禁止の森に、ずかずかと足を踏み入れていくしかないのです。ほかに行く場所もないし、どうせこの森も獣で溢れかえっているはずなので。
案の定、獣は山ほどいました。処刑人に、ヤーナム市民と同じような格好をした人に、人を襲う太ったカラスや野犬などなど。特にひどかったのは、市民らしき人が投げてくる壺です。狩人さんは初めはそれを、自分が使者たちからもらったような火炎瓶かと思いましたが、実際は違いました。
その壺には油がたっぷり入っていたのです。そしてそれをぶつけられ、狩人さんが油まみれになったと見るやいなや、市民風の人たちは今度こそ火炎壺を投げてきます。油まみれで炎に当たれば、当然狩人さんは焼け死んでしまうでしょう。うっかり油壺に当たってしまうと、市民風の男たちが持った、見慣れた松明さえ恐ろしく見えてきてしまうのです。
けれどもさすが、数々の獣を狩り、禁域と呼ばれる場所にまでたどり着いた狩人さんです。油壺は巧みに回避し、もしうっかり当たってしまったのだとしても、次の炎攻撃にだけは絶対に当たりません。そうして狩人さんは順調に獣を狩り、森の中を進み、レンガ作りの小屋が立っている場所にたどり着いて、使者の力を借りられるランタンを見つけました。
ランタンを見つけた時、狩人さんは心底ホッとしました。彼の獣を狩る技術はもはや一級品でしたが、方向感覚の方はそうでもなかったのです。広い森の中をずっと歩き回っていると迷子になりそうでとても不安でした。でもランタンを見つけたからもう平気。仮に迷子になっても、そして死んでしまっても、またこのランタンの場所まで帰ってくることができます。
ランタンの傍にいる使者に軽く挨拶をして、迷子の心配からほとんど解放された狩人さんは、足取りも軽く先へ進んで行きます。橋を渡って、木々の開けた一本道を駆け抜け、
「ぶっ」
突然、トゲトゲの針が付いた大きな丸太が、狩人さんに向かって振ってきました。それに直撃して吹き飛ばされた狩人さんは、ぎりぎり意識を保った体を起き上がらせて、何が起こったのかを確認します。
丸太は、振り子の容量でぶらぶらと揺れていました。どうやら侵入者への罠として、あらかじめ木の上に仕掛けられていた物のようです。よく見るとさっき自分が通った地面には、落ち葉や木の枝でカモフラージュされたスイッチのような物が埋め込まれていました。
「ゆ、油断した……」
狩人さんの行く手を阻むものは、何も獣だけとは限らなかったのです。禁域と呼ばれる場所に入ったのですから、もっと慎重になるべきでした。
全身がズキズキと痛みます。出血もひどいです。どこかの骨が折れているような気もします。……狩人さんは、一度ランタンに引き返して、狩人の夢で体勢を整えることにしました。
単純な罠に引っかかって逃げかけえってきたなんて、人形さんにあわせる顔がありません。けれどそれは、このまま無理をして獣に食われても同じことです。大丈夫、人形さんはいつものような無表情で、「おかえりなさい狩人様」と迎えてくれることでしょう……。
…………狩人の夢に帰ると、人形さんはちょうど良い段差の上に腰掛け目を閉じて、すやすやと眠っていました。
「スー……スー……」
その穏やかな寝息を聞いて、狩人さんはなんとも言えず、嬉しい気持ちになりました。
そうか、人形さんも眠るんだ。……当たり前といえば当たり前であるようにも思えますが、なんとなくそれは、狩人さんにとって意外なことのように感じられたのです。
「…………」
さっきまで満身創痍だった狩人さんの体は、狩人の夢に戻ってきてある程度回復しました。だからもう少し休憩したら、またすぐに禁域の森へ戻ろうと思っていたのです。
思っていたのですが、彼はいつの間にか、人形さんの寝顔に見入っていました。ガン見です。穴が開くほど見つめています。
「スー……スー……」
「…………」
「………ハッ」
「あっ」
目を覚ました人形さんと、とても近い距離で目が合いました。綺麗な瞳でした。
「あっ、いや、あのですね、違うんですよ、違うんです」
あわてて何かを言い訳する狩人さん。何がどう違うのか、本人にも分かりません。そしてそれを見ている人形さんは、いつもと何も変わらない無表情でした。
「おかえりなさい、狩人様」
「た、ただいま。……そうだ! 人形さんに聞きたいことがあったんですよ!」
だから寝顔を見つめていたのも仕方がない不可抗力というものですよね、と言わんばかりに、狩人さんは早口で言いました。聞きたいことなんて、本当は特になかったのですが。
「なんでしょう?」
「あの、ヤーナム市街の人たちが松明を振り回す時に、ホワイホワイ! って叫ぶじゃないですか。あれは、何でなんだろうなって。人形さんなら何か知ってるんじゃないかなって。だってwhyって「なんで?」って意味ですよね。おかしくないですか、攻撃しながらなんで? って」
「ああ、それはですね」
突然狩人さんからどうでもいい質問をされて、それを不自然だと感じるような素振りも見せずに、人形さんは淡々と答えてくれました。
「あれはwhyではなく、awayと言っているのです。アウェイアウェイ、と。つまり、失せろ失せろ、といった感じですね」
そう言いながら人形さんは、松明を振り回すジェスチャーを見せてくれました。何かを攻撃するような動きにはとても見えない、ゆったりとした踊りのような、すごく優雅なジェスチャーでした。
「(か、かかかかわわ、かわわわいいいいいいいい!!!!!!) ……あぁなるほど! そういうことだったんですね! いやーありがとうございます、すっきりしました。じゃあ俺、また獣狩りに行ってくるので」
「はい。行ってらっしゃい、狩人様。あなたの目覚めが、良いものでありますように」
狩人さんの目覚めは、人形さんのおかげですでに最高な物になることが決まっていました!
・後書き
……この小説内の言語設定はどうなっているんでしょうか? ぼくには分かりませんが、狩人さんと人形さんにとってはそうでもないようですね。