ゆるい、ぶらっどぼーん   作:氷の泥

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08 ビルゲンワース 前編

 ヤーナムの影を倒して、禁域の森を抜けた先。そこには大きな湖と、古びた建物がありました。

 森の奥の奥、最深部。ひっそりと残っていたその場所は、

「ここは……ビルゲンワース……?」

 ビルゲンワース。ある昔に、地下から宇宙人の遺体を発見した大学。その本拠地的な場所がここ、禁域の森の先にあったのです。

 狩人さんはゲールマンさんから話を聞くまで、ビルゲンワースという学校や、そこへ通う人たちのことなんてまったく知りませんでした。なのにここへ来た瞬間、狩人さんは自分のやって来た場所がビルゲンワースだということが、なぜだかすぐに分かってしまったのです。しかしそういった不思議なことにも、もうすっかり慣れました。

 ビルゲンワースの敷地の中に入ってすぐに、使者たちの力を借りることが出来るランタンが立っていました。狩人さんはさっそく嫌な予感を覚えます。何せそのランタンは今まで、深く危険で迷いやすい森の真ん中だとか、ボス的な敵を倒した場所だとか、そういった所にしか立っていなかった物なのです。

 ヤーナムの影を倒してからはまだ何の苦労もしていないのに、すでに足元にランタンがある。その小さな違和感が、狩人さんに悪い予感を与えるのでした。

 そしてその予感は、さっそく的中してしまいます。ランタンから先へ少し進んだ時、がさりと草を掻き分けて進む足音が聞こえたのです。

 振り向くとそこには、大きな虫がいました。人間と同じくらい大きな虫が、人間と同じように二本の足で立っていたのです。

 その丸い頭には、まるでイチゴの種みたいに、無数の目玉が付いています。腕は二本で、人間のように指があります。背中には羽が生えていますが、それは枯れた木の枝のように頼りなくて、不吉な雰囲気を持っていました。

 人間のような虫は、しかしその関節や質感が、明らかに虫のそれでした。その虫の無数の目の全てと、狩人さんの目が合いました。

「ひっ」

 狩人さんはヘビが苦手です。そして、虫はそれよりもさらに苦手でした。触りたくない、近づきたくない、見たくもない。彼は今にもぎゃあーと叫んで、大きすぎる虫に背中を向け逃げ出す寸前でした。

 けれどその瞬間、彼の頭の中に人形さんが現れたのです。それは、狭いながらも楽しい我が家で人形さんと二人暮らしをする……そんな狩人さんの妄想の中にいる人形さんでした。

 

 

 

 

 

「きゃあ! 狩人さん助けて、台所に黒光りする生物が」

「なんだって? ぼくに任せなさい。とりゃあっ。スパァン ほらやっつけた。もう大丈夫だよ」

「すごい、さすが狩人さん! 頼りになるわ。もう好き好き大好き、ちゅっ」

「ふぉぉぉぉぉぉ」

 

 

 

 

 

 

 ……狩人さんは、震える手で武器を握りました。

「……負けられねえ! 男として!」

 そうです、虫を怖がるなんて情けない姿、人形さんに見せられるわけがないのです。狩人さんはいつか最強の狩人になって、人形さんに認められる男なのだから、ここで虫相手に逃げるなんてありえません!

「う、う、うおおおお」

 震える足とへっぴり腰で、狩人さんは巨大な人型の虫へ挑みました。少しでも早く終わらせたいので、思い切りノコギリを振り下ろします。

 けれどもそれは、狩人さんにとっては全力の攻撃でしたが、しょせんはへっぴり腰のへなちょこ攻撃でした。虫はその頼りない羽で空を飛び、へなちょこな攻撃を避けて見せます。

 そして頭上から落ちてくるかのようにして、狩人さんにの体にしがみついたのでした。全身を使ってがっしりと。

「ッッッッッッッ!?!?!!?!??!!?!?」

 狩人さんの全身に鳥肌が立ちます。かさかさとした虫の体の感触が、服の上からでも伝わってきました。ギィギィという鳴き声のような音も聞こえます。

「ひ、ひっ、ひっ……」

 叫びだすための声も出ず、狩人さんは虫を振り払おうと必死に暴れました。けれど虫は狩人さんにしがみついたまま離れる気配がありません。鳥肌が治まらない狩人さんの目からは涙まで出てきました。

 そして狩人さんは、体が爆発して死んでしまいました。

 

 

 

 

 

 狩人の夢で目を覚ました狩人さんは、頬の上に熱い液体が流れていくことを感じながら、今までにないほど深く呆然としていました。

 体が爆発した。自分の体が、ドカンと砕け散った。まるで火のついたダイナマイトを飲み込んでしまったかのように、内側からはじけて粉々になってしまった。

「な、何が……何が起こった?」

 我に返った狩人さんは、ゲールマンさんのいる家の中に駆け込みました。大抵のことはゲールマンさんに聞けば分かる。これまでの経験からそう感じていた狩人さんは、今その身で体験したことの正体を確かめに行ったのです。

「ちょっとゲールマンさん! 虫に触ったら体が爆発したんですけど何なんですかあれは!?」

「虫……?」

「ビルゲンワースの、大きくて人型の……」

 と言いかけたところで、狩人さんはあの虫の名前がなんだったのかを、なぜか知ることが出来ました。今頭の中に、その名前がポンと浮かんだのです。

「瞳の苗床ってやつですよ!」

 自分で言いながら、なんだか名前まで気味の悪いやつだなぁと思いました。

「あぁ、瞳の苗床ねぇ……。ならそれは、発狂かな」

「発狂?」

 それからゲールマンさんは、狩人さんの身に起こったことを詳しく説明してくれました。

 ……そもそも狩人の夢という場所は、夢の中に存在している物です。だから何度死んでも狩人の夢で生き返ることの出来る狩人さんは、生き返ったあとに元の世界へ戻って行くとはいえ、半分ほどは夢の世界の住人である……ということになります。

 夢とは心の世界です。眠った人が頭の中だけで夢を見るように、狩人の夢という場所も、人の心や意識だけで出来ている物なのです。だから、その夢の力で生き返っている狩人さんは、心に深刻なダメージを受けると、そのダメージが体にも現れてしまうようになっているのです。

 その結果が、さっきの大爆発でした。自分と同じくらい大きな虫にしがみつかれたことで起こった特大のストレスが、夢の世界の住人である狩人さんの体にまで影響して、爆死という結果を起こしてしまったのです。

 こういった現象のことを、ゲールマンさんは発狂と呼んでいるのでした。

「発狂には気をつけなさい」

「はい……」

 気をつけろと言ったってどうすればいいんだろう。そう思いつつもゲールマンさんのもとを去った狩人さんは、その先でお店を開いている使者たちと目が合いました。

「あ、そうだ」

 そして狩人さんは、ありったけの火炎瓶を購入したのです。

 

 

 

 

 

 ビルゲンワースに戻ってきた狩人さんは、夜空を見上げました。暗い夜の色の中に、真っ白に光る大きな月が浮かんでいて綺麗です。

 ヤーナムの影と戦ったことで、狩人さんは火炎瓶のコントロールに絶対の自信を持っていました。完全な球体ではない瓶を変化球で投げられる人は、世の中にそうそういないでしょう。……その類まれなるテクニックは、血の意志によって生まれた物なのです。

 人形さんは血の意志を力に変えると言いました。それはただ単に、狩人さんの体力を回復させるという意味だったのでしょうか? いいえ違います。血の意志はひそかに、狩人さんのことを強くしていたのです。具体的には、狩人さんの技術を高めていました。

 だから狩人さんの銃の腕は抜群で、百発百中な上にカウンターを取ることもお手の物。そしてついでに、火炎瓶を投げることも世界で一二を争うほど上手くなりました。人形さんのおかげです。

 そして普通に考えて、獣よりも虫の方がよく燃えるはずです。夜空を見上げた狩人さんは、その両手に火炎瓶を握りしめていました。

「ギィ……ギィ……」

 気色の悪い鳴き声と共に、例の虫が姿を現します。その途端狩人さんは、駄々っ子が手当り次第に玩具を投げつけるように、次々と火炎瓶を取り出しては虫に向かって投げ始めました。

「うおおおおおおらおらおらおら死ねええええええええ」

 投げられた火炎瓶全てが正確に虫にヒットします。虫の体は次々燃え上がり、あっという間に炭になりました。

 これぞ狩人さんが思いついた作戦です。逃げない、けれど近付かない。……作戦は大成功に終わりました。

「よっし!」

 狩人さんはガッツポーズを決めました。これで虫も克服です。いつか人形さんと一緒に暮らす時、台所に良からぬ生物が現れたら、火炎瓶のかわりにホウ酸ダンゴでも投げつけてやりましょう。

 意気揚々と狩人さんは先へ進んで行きます。目の前に見える古びた大きな建物がビルゲンワースの本拠地、今回探索するべき場所に違いありません。さっさとその扉を開いて、中へと踏み込みましょう。

 森の奥にあるビルゲンワースの敷地は、ヤーナム市街や聖堂街と違って足元に雑草がよく生えています。虫を倒した狩人さんの軽い足取りに合わせてそれはガサガサと音を立てますが……。

 ……向こうから、狩人さんとは別の足音が聞こえました。それも多いです……よく聞くとそれは二人分の足音でした。

 そして無数の目玉がある、気持ち悪くて巨大な虫……瞳の苗床が、二体揃ってこちらに歩いてくる光景が、狩人さんの視界に映りました。

 彼は途端に、この世に良いことなんか何もないとでもいうような真顔になり、両手に火炎瓶を握りしめました。

 ……なんとか虫二匹を消し炭にした狩人さんは、今度こそビルゲンワースの建物へ向かいます。するとランタンから一番近かった入口の扉は、鍵がかかっているようで開きませんでした。仕方なく建物の裏に回ることにします。

 すると、建物の入口を探してぐるりと迂回する道中、ペチャ……ペチャ……と奇妙な水音が聞こえました。

 音のする方を振り返ると、背の低い灰色の肌の男が立っていました。男は口から短い触手のような物を何本も生やしており、その両目は白目を剥いています。

「(やばいやつが出てきた……)」

 このビルゲンワースという場所は、いったい何なのでしょうか。禁域の森もビルゲンワースの一部だと考えるなら、あの首からヘビを生やす男が出てきてからというもの、単なる獣とは違う「得体の知れない気持ち悪い生物」に遭遇することがやけに増えました。

 ビルゲンワースの人たちは昔、地下から宇宙人の遺体を見つけて、それから生きている宇宙人を探し始めたという危ない人たちです。そして実際に宇宙人は見つかり、宇宙人を見つけたことで獣病まで見つけてしまった。……そのことと、ここにいる気持ち悪い生物は、何か関係があるのでしょうか?

「ヴォイイイ」

 得体の知れない男は鳴き声とも叫び声ともつかない声を上げて、狩人さんのことを指さしました。するとその指から青白い光が放たれます。

「うわっ!」

 突然のことに、狩人さんはその光を避けることが出来ませんでした。すると青白い光が縄のように狩人さんの体を縛り付け、狩人さんは身動きを封じられてしまいます。

 なんだこれは、こんな魔法のような物があるのか!? 驚きもがく狩人さんへ、ペチャペチャと鳴る不気味な足音と共に、得体の知れない男が近づいてきました。

「(こ、殺される……!)」

 何度体験しても、死ぬことが怖くなくなるわけではありません。狩人さんは全身に力を込めてぎゅっと目を閉じました。

 ……しかし予想外に、ズゴオオオというようなものすごい音がしたことで、狩人さんは思わずその目を開けました。何が起こっているのか確認したくなってしまったのです。

 目を開くと、得体の知れない男の背中から太いナメクジのような触手が生えて、それがウネウネ動いていました。

「!!?!?!?!??!?」

 狩人さんは爆死を覚悟しました。けれど今回はそこまでメンタルダメージを負わなかったようで、彼が爆発四散することはありません。

 ナメクジのような触手が、狩人さんの頭に吸い付きました。そうされて気が付いたのですが、触手の先端には吸盤のような物が付いているようです。

 そして触手はその吸盤から、ちゅうちゅうと狩人さんの頭の中の「何か」を吸い出していってしまいました。まさか固い頭蓋骨を通り抜けて物理的に何かを吸い出しているわけではありませんが、しかし狩人さんの頭の中にある何か大切な物が、目に見えない形で確かにちゅうちゅう吸われてしまっているのです。

「ううぅ、あぁっ、ああぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ」

 しばらく何かを吸われたあと、狩人さんは突き飛ばされました。用済みだと言わんばかりに、乱暴に。

 仰向けに地面に転がった狩人さんは、焦点の定まらない目をして月を見ていました。……いや、彼の目には月なんか映っていなかったのかもしれません。

「あは、あふふ、えへっ、いひひ。あぁ人形さん好き〜しゅきしゅき大しゅきちゅっちゅっちゅ〜! あ、そんな人形さん、俺たちまだそういうのは早い気が……………………はっ!」

 我に返った狩人さんはバネが跳ね返るように勢いよく起き上がり、そして目の前の敵を見ました。そいつはまだ背中からの触手を生やしっぱなしで、狩人さんのことを見つめています。

 狩人さんは突然、その敵が何者なのかを理解しました。目の前の化け物は、人の脳の中にある理性だとか知性だとか、そういった「人として大切な物」を食べてしまうおそろしい敵です。信じ難いことですが、どうやらそんな生物が存在するようなのです。現に狩人さんの体には傷一つ付けられていませんが、それでも取り返しのつかないダメージを負わされてしまったように思います。

「この野郎……許せねぇ……」

 人形さんがこの場にいなくて本当によかったです。さっきの狩人さんの様子が人形さんに見られてしまっていたら、彼は無限に爆死してしまうところでした。

「ぶっころしてやるー!」

 狩人さんはノコギリ片手に化け物へ向かって駆け出しました。奴はまた狩人さんを指さしますが、あの魔法の光が発生するよりも早く、狩人さんは化け物の背後に回り込んで刃を振り下ろします!

 が、確かに奴の肌を切り裂いたはずなのに、指から青白い光を放つ化け物は、何事もなかったかのようにリアクションを見せません。そして今度はその魔法の光を、足元の地面に向かって撃ったのです。

 地面にぶつかった光は、ぶわっとはじけて化け物の周囲に広がりました。ちょうど背後を取っていた狩人さんにもその光が当たり、するとまた彼は、光の縄に縛り付けられて動けなくなってしまいます。

 ……ペチャペチャと音を立てて振り返った化け物と、目が合いました。

「や、やめろ……」

 動けない狩人さんの両肩をがっしりと掴み、化け物は背中の触手の吸盤を彼の頭にぴったりとくっ付けます。

「やめろおおおおおおお!」

 数秒後、大切な物を吸い出されて放り捨てられた狩人さんは、大きな大きな白い月を見上げながら、地面の上に転がっていました。

「人形さん……月が……綺麗ですね。でも、人形さんの瞳はそれよりももっと綺麗ですよ……………………はっ! ……こ、この野郎〜!」

 いくら攻撃されたところで、命に別状はないのですが……。狩人さんがその化け物を倒すまでには、相当な時間がかかってしまったのでした。

 




・後書き
……原作では、人形さんは狩人さんのことを「good hunter(狩人様)」と呼びます。今回どさくさに紛れて「あっちの方もグッドハンター」という下ネタを入れようかと思いましたが、思いとどまりました。
 善悪と賢愚は、何の関係もありません。だから我々だけは、ただ善くあるべきなのです。
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