ゆるい、ぶらっどぼーん   作:氷の泥

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09 ビルゲンワース 中編

 恥を晒しまくった激闘の末、頭の中から大切な物を吸い取っていく化け物を、狩人さんは見事打ち倒しました。そしてその戦いに勝ったことでようやく、狩人さんは本来の目的だった「建物の中への侵入」を思い出します。

 近場の扉は鍵が開かないので、大きな建物をぐるりと回って反対側へ……行こうと思ったのですが。その短い道中に、また良からぬ生物の姿がありました。

 むしろ「また」というよりは、「まだ」と言うべきなのかもしれません。ここにはおかしな生き物が多すぎます。

 ビルゲンワースの敷地に入って正面、禁域の森の向かい側には、とても大きく広い湖があります。そして、見ただけではどこまで続いているのかも分からないほど大きなその湖の上に、これまたとてつもなく大きな月が白く輝いていて、風景に限って言えば、目に映る物全てがとても絵になる美しい光景があります。

 ……しかし実際はその湖の前に、巨大な何かがいました。その「何か」には上半身と下半身があります。下半身を見ると、それはムカデのように見えました。この世の生物とは思えないほど不自然にゴツゴツとはしていますが、地に這う形でたくさんの足を両側に付けた細長い体は、大きすぎるムカデに例えられるように思えます。

 しかし上半身は、それはいったい……何なのでしょうか? 木のように天に向かってそびえ立つ細長い体の先端に、チョウチンアンコウのように光る触覚らしき物が付いています。そして棒のような……でなければ紐のようなその上半身からも、細く光る毛のような物……または触覚のような物が、所狭しと生えています。そしてそびえ立つ上半身と地を這う下半身の中間地点のあたりに、縦に開いたグロテスクな口が付いているのです。

 毛虫のようにもムカデのようにも、海の生物であるようにも見えるそれは、まず間違いなくこの世の物ではありません。人型の虫よりもさらに奇怪な、何とも言い表しがたいクリーチャーがそこにいました。月明かりに照らされて、湖の前に佇んでいました。

「(絶ッッッッ対に関わりたくない)」

 その生物を見ただけで鳥肌が立った狩人さんは、そろりそろりと足音を消して、気配を殺して、わけのわからないグロテスクな生物に気付かれないように注意しながら先へ進みます。幸いにも、その作戦は成功しました。

 建物の裏へ回ると、今度はすんなり扉が開きます。中に入るとそこには、大量の資料や実験道具らしき物が散らかっていました。学校の一室らしいと言えばそれらしくも見えますが、物置っぽいと言えば物置っぽくも見えます。

 ともかく、ビルゲンワースと言えば獣病にとっても重要な場所です。学問的なことについてはド素人の狩人さんですが、それでも何か分かることはないかと、辺りを探索してみることにしました。

 難しい話ばかりで意味不明な本や書類、どう使う物なのかも分からない小さな道具たち。それらを無視して他の物を探していると……二つ発見がありました。

 一つは、おそらく地下室へ続いているであろう、床に直接取り付けられた扉です。しかしそれは開かず、また鍵穴のような物も見当たりません。なので仕方なくスルーします。

 そしてもう一つは、牢屋……というよりはペット用のケージのような箱の中に入った、何かの死体でした。

 それは小さく、頭から生えている「作りかけのような何か」は、本当ならその後体や手足になる物だったように見えます。そして長く放置されていたらしくしなびた頭部には、狩人さんの大嫌いな瞳の苗床にあったような、無数の目玉が付いているようでした。

「(……うわぁ)」

 ただ学問に熱心なだけだった人たちに向かって、学のない狩人さんが「お前らのせいで獣病が出たんだろ!」と怒るのは良くないことなんだろうなぁ。狩人さんは今まで、漠然とそんなふうに考えていました。

 しかしその考えはどんどん変わりつつあります。ビルゲンワースに足を踏み入れた途端、ありえない生物の数々に襲われ、そしてその生物の赤ちゃんとも呼べそうなものの死体が、箱の中に転がってもいました。……ビルゲンワースはもう間違いなく、マッドサイエンティスト的なやばいやつらの集まりだと言えるでしょう。

 ここにいた奴らのせいで獣病が……。狩人さんの腹の中で、段々と怒りの炎が燃えてきました。この調子ではどうせ、宇宙人を呼ぶ儀式を続けている悪者とやらも、ビルゲンワースの関係者でしょう。狩人さんが今いる場所は、世界が悪夢のようになってしまったその原因が生まれた場所だと言って間違いないはずです。

 それを理解した瞬間、狩人さんの頭の中にある言葉が浮かびました。

 

 蜘蛛が秘密を隠している。秘密を解き明かせ。

 

「……クモ?」

 いろいろな虫を見せられましたが、その中に蜘蛛らしき物はいませんでした。……とすると、ここビルゲンワースのボスが、蜘蛛の見た目をしているのかもしれません。

 狩人さんの中で燃えていた怒りの炎は、途端に弱火になってしまいました。……今までの経験からするとどう考えても、蜘蛛のボスというのは巨大な蜘蛛なのでしょう。虫嫌いの狩人さんにとって致命的な相手です。正直戦いたくありません。

 けれども「仮に」の話、他の獣は見逃したとしても、獣病の原因を消すことが出来れば、他の狩人が残った獣の方は狩ってくれるかもしれません。一方で蜘蛛の隠している「秘密」とやらを解かなければ、獣病の原因にもたどり着けないのだとしたら、その蜘蛛だけは狩人さん本人がどうしても狩らなければいけないことになります。例えそれがどんなに大きくて、気持ち悪いものだったとしても。それを狩らなければ、獣病の原因にたどり着けないのですから。

 何にせよ、今目に見える範囲に蜘蛛の居そうな場所はありません。カーブを描いた階段を登って、狩人さんは建物の二階へ向かいます。

 すると二階から足音が聞こえました。どうやら人です。

「まだ人がいたのか」

 立ち入り禁止のはずだった森、それを抜けた先のここにいるということは、つまり相手はビルゲンワースの関係者と見てほぼ間違いないでしょう。言わば悪人の一人です。狩人さんは武器を手に取ります。

 二階に到着した途端に現れた人影は、白くぶかぶかした服を着ていて、頭には洒落た感じの大きな帽子を被っていました。そして右手には、狩人さんもよく知っている武器を握っています。鞭のようにしなる刃へと変形する杖、仕込み杖です。仕掛け武器を使うということは、相手もまた狩人であるということでしょう。

 ……いや、正確には、狩人「だった」者なのでしょうけど。

「ビルゲンワースの人間か!」

 一応言葉を投げつけますが、予想通り返事はありません。襲いかかってくるヤーナム市民には話が通じないことと同じで、目の前の人物ともコミュニケーションは取れないようです。

 当たり前のように、戦いは始まりました。

「(勝てる……!)」

 相手の攻撃は、今まで戦ってきた相手に比べれば弱い物でした。このまま普通に戦っていれば、特に危ないこともなく狩人さんが勝てそうです。

 そんな戦いの中、仕込み杖の刃とノコギリの刃がぶつかり合った時、狩人さんの頭の中に浮かんでくる言葉がありました。

 最後の学び手ユリエ。……どうやらそれは、今まさに戦っている相手の名前のようです。

「(名前の雰囲気的に、女性なのかな……)」

 単純な力の強さでユリエを上回る狩人さんが、仕込み杖を豪快にはじき飛ばしました。ユリエの手からは武器が失われてしまいます。次の一撃で決着となるでしょう。

「うわっ」

 しかし狩人さんは、むしろ自分がピンチに追い込まれたかのように感じました。……ユリエが、狩人さんの方を指さしたのです。

 指さしは狩人さんにとってトラウマです。ついさっきも指先から放たれる青白い光に拘束されて、何度も恥を晒す羽目になったところでした。

 だから狩人さんは全力でユリエの指先を避けます。するとその瞬間、ユリエの腕から何本もの太い触手が生えて、指さした先を攻撃しました。

 うねうねと別の生き物のように動く、ぬめりのある無数の触手です。首からヘビを生やす男のように、ユリエはそれを腕中から生やしていました。

 すぐに触手は(おそらく腕の中へ)引っ込んでいきましたが……狩人さんはドン引きです。

「(やっぱりビルゲンワースはやばいものだらけだ)」

 狩人さんはすっかりビルゲンワースのことが嫌いになりました。しかしそれはともかく、次に触手を出されるまでにさっさと勝負を決めなければなりません。いつまでも避け続けられるとは限らないからです。

 と、気を取り直した狩人さんが攻撃しようとした……その一瞬前に、ユリエは何歩か後ろに飛び退いて距離を取り、両手を合わせて天にかかげました。

 今度はなんだ……!? 狩人さんがかかげられた手を見た瞬間、それは激しく光りました。青白い光です。そして光と一緒に爆発音も聞こえました。

 ユリエの両手を包んだ光が爆発するかのようにはじけて、小さな光の粒がいくつもあたりに散らばっていきます。……しかしまずいことにその光の粒は、ただバラバラに散っていっただけではありませんでした。磁石が引き寄せられるように、そのうち光の粒たちは、狩人さんに向かって曲がり飛んできたのです。

 当たったらタダでは済まない。本能的にそう感じた狩人さんは、走ってそれを避けようとしました。しかし光の粒はどこまでも狩人さんを追いかけてきます。狩人さんが投げる火炎瓶のような、追いかけていくように見える「変化球」とは違い、光の粒は本当に狩人さんのことをどこまでも追いかけてくるようです。

 ヤーナムの影と戦った経験を活かして、狩人さんは光の粒をギリギリまで引き付け、それからその場を飛び退いて回避しようとしました。……けれど一発だけ避けきれなかったのです。光の粒が狩人さんの足に当たり、そしてそれはその途端、その小ささからは想像も出来ない大爆発を起こしました。

 青白い爆発は、狩人さんを瀕死に追い込みました。意識はあるものの、吹き飛ばされたまま立ち上がれません。足が動かないのです。

 そしてそんな狩人さんにトドメを刺そうと、ユリエが杖を拾い、鞭のような刃を振りかぶっているところが見えました。……トドメの一撃に使う物として、狩人さんのよく知っている武器を選んでくれたことは幸運でした。そうでなければ、カウンターのタイミングを間違っていたかもしれません。

 最後の力を振り絞って、狩人さんは銃を撃ちます。勝ちを確信していたはずのユリエはそれをくらって怯み、そして怯んでいる隙に、もう一発銃弾をくらいました。……二発目の銃弾は頭を貫きました。

 ……しかし血まみれのユリエが、それでも狩人さんのそばに来て、剣のように鋭い一本の刃となった杖で、首と心臓を突き刺します。ユリエが力尽きたのはその後のことだったのです。……二人の狩人は同時に死にました。

 

 

 

 

 

 狩人の夢で生き返った狩人さんがビルゲンワースに戻ってくると、ユリエは死体のままでした。

 建物の中、二階には大きな扉があります。重たいその扉を開くと、狩人さんの目の前に大きな大きな白い月が現れました。その下にある湖も見えます。狩人さんが出てきたそこは、広いテラスのような場所でした。

 テラスには人がいました。大きな椅子を揺らしながら月を眺めているようなおじいさんです。

「ウ……ウウ……」

 おじいさんはうめき声を上げていました。よく見ると両目を閉じていて、月なんか見ていません。そして何より……首筋からキノコのような物が生えています。

 おそらく、いや確実に、まともな人間じゃない。おじいさんの姿を見て狩人さんがそう感じた瞬間、彼は目の前にいる人物が誰であるのかを知りました。

 狩人さんはすでにその人を知っていたのです。

「学長ウィレーム……」

 目の前にいる人こそ、ビルゲンワースの学長その人なのでした。いつのことかは分かりませんが、彼が教え子だったローレンスから別れを告げられたことを、狩人さんは知っています。

 狩人さんのビルゲンワースに対する考え方がまた変わっていきます。今の今まで、ビルゲンワースというのはやばい人たちの集団かと思っていました。けれどどうやら実際は、やばい人たちどころの騒ぎではなさそうです。ビルゲンワースの人たちはすでに全員、人間ではなくなっているのではないでしょうか……?

「ウウ……ウウ……」

 ウィレームがどこかを指さします。それは月を指さしているように見えました。大きな大きな月を、言葉を話すことも出来なくなったウィレームが指さしています。……それで狩人さんは、ようやく違和感を覚えたのです。

 月が、大きすぎる。

 湖と合わさって美しく絵になるその月は、しかしいくらなんでも大きすぎました。それは狩人さんの体より大きく見えるのです。

 ……いえ、月とは元々、人間よりもずっと大きな物ですが。しかし普通は、それはずっと遠くにある物だから、遠近法によってとても小さく見える物でもあるはずです。まるで両手で抱えて持つことが出来てしまいそうなほど、空に浮かぶ月は小さく見える。それが普通です。

 けれど目の前の月は、白く輝くそれは、自分の体よりも明らかに大きいことが「見るだけ」で分かります。月に関する知識なんか一つもいりません。ただ見るだけで「とてつもなく大きい」と分かるような、圧倒的なサイズの月が夜空に浮かんでいました。

「…………」

 テラスの縁には手すりがありません。狩人さんはそこから、大きすぎる月に照らされた湖を見下ろしました。

 湖の一部、狩人さんの真下の部分だけが、なぜか不自然に白く光っています。謎の光でした。何かを示すように、または誘うように、真下の湖にだけ原因不明の光があります。

「……試す価値は、あるよな」

 狩人さんは不死身です。普通の人間と同じように死にますが、狩人の夢で何度でも生き返ります。……だから水に溺れて死んでしまっても、取り返しがつかないというわけではないのです。

 そしてビルゲンワースの建物の中には、もう大きな蜘蛛がいそうな場所など残っていませんでした。

「南無!」

 狩人さんは、テラスから飛び降りました。ドボン……と大きな物が水の中に落ちた音が響いて……それからそこには、ウィレームのうめき声だけが残りました。

 

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