まぁ戦闘中ですし、多少はね?
次回からは掲示板形式でまたお送りしますので。
三人の魔法少女と、一人の異形。
両者はしばらく見合う。
相手の出方を探っているのだ。
「...私が、切り込む!!」
すると、先手を打ったの魔法少女側だ。
晶は一歩踏み出して異形に肉迫する。
スイッチを引っ手繰った時、あの男は反応出来ていなかった。
それはつまり、速さの面であれば自分は優位に立っていることに他ならない!
ステッキを剣に変換させて握りしめる。
すると手が少し痺れた。
多分、さっきの電撃によるものだろう。
だが、この程度剣を振ることには差支えはない!!
「...突き開く、牙禍旋!!」
まるで差し抉るように突きを放つ。
剣の切っ先はどんどんと相手との距離を詰めていく。
しかし、男は右腕で切っ先を受け止める。
装甲と刃のぶつかり合い。
飛び散る火花。
そして男は腕で払いのけるように動かす。
そうすることで剣の軌道を変えていなす。
籠手には傷が付いているだけで何の損傷もない。
(...硬いッ!?...それに反応出来ている!?)
装甲の硬度と相手の反応速度に驚いていると、目の前の異形が拳を握りしめた。
殴られる。
晶は来るべき衝撃と痛みの前に身体を強張らせた。
「駄目ですよ?やらせません。」
<Mors omfavnelse>
長杖から機械音声が鳴り、杖に付いているオレンジの宝玉が光る。
すると晶の足元から霞が空気中へと舞い上がる。
そして男の拳を霞が受け止めた。
「ッ!?」
男は拳を霞に受け止められて驚愕する。
(今だっ!!)
晶はそんな男の腹に向かって蹴りを放つ。
ガキッと硬い金属が擦れる音が鳴り、男は後ずさる。
晶の改造によって強化された脚力は蹴りにおいても有用に働く。
晶は男を蹴って距離を離すと、後ろに飛びのいて体勢を整える。
「今のは...さっきの。...攻撃も防げるんですか?え、えーと」
「ええ。相手の攻撃のことは気にせずに攻撃に集中して?」
「わ、分かりました!よーし、それなら私も!!」
そう言って柚月は拳を構える。
そして一歩踏み出す。
<魔力出力上昇 cazzotto 集束>
機械音声と共に背面から噴き出していた白い魔力は止まり、拳に白と黄色の魔力が集まる。
そして柚月は走って男との距離を詰める。
「そんな見え見えの攻撃では、俺には届かない。」
繰り出した拳をいなす。
そしてこちらも拳を振り上げようとして...。
「...ッ、チッ。」
彼女の周りを霞が漂っているのに気づく。
であれば拳を振り上げて殴っても防がれる。
そう気づくと、男は後ろへと下がる。
「そう来ることは、予想出来ていました!」
自慢げにそう叫ぶと、背面から魔力が吹き出して垂直に跳び上がる。
あの女性の言葉を信じるとすれば、相手の攻撃はよっぽどのことがない限り届くことはない。
そして彼の反応からして男と女性は初対面。
であれば男は女性の魔法に対してまだ対策を持っていないはず。
相手にとってみれば攻撃が阻まれて当たらないのだ。
ならばそのような状態の相手がどのような行動を取るかは流石にある程度予想が出来る。
(距離は、開かせない!!)
宙も飛び上がり、そして足を男に向けて飛び蹴りを放つ。
「ッ、小癪な...」
心の声を漏らしつつも、迫る蹴りに対して腕を×字に組んで受け止める。
「っはぁぁぁあああ!!!」
柚月は裂帛の気合を込めて声を上げると、背面から噴き出す魔力量が増加。
押し切るかのように男を蹴り飛ばした。
「はぁ...はぁ...やった、初めてまともに当たった!」
思えばいなされたり回避されたりとまともに攻撃をあの男に当てることが出来たのはこれが初めてだ
するとすぐさま、柚月の目の前を霞が包み込み、隣に晶が立つ。
それと同時に柚月の白い装甲が霧散。
黄色の魔法少女装束だけになる。
「柚月、それって...」
「大丈夫!前の姿に戻っただけだから!ちゃんと戦えるよ!」
そう言って柚月はガンガンと両手のナックルをぶつける。
既に双子の怪人と戦っていたのだ。
白い装甲を形成する分の魔力はもう使い切ったと言っても良い。
と言っても、以前の形態に戻っただけで変わらず戦えるのだが。
「そ、そう。...それにしても、これは行けるかもしれない」
「そうだね。...攻撃を続ければ!!」
二人は目を見合わせて頷く。
相手の攻撃は届くことがなく、こちらの攻撃は届く。
もはや戦況は一方的だ。
いくら装甲が硬かろうが何度も攻撃されれば壊れないという道理はない。
相手の攻撃が届くことがないなら自分たちは安心して、なんども攻撃し続けるだけだ。
男は目の前の少女達を見据える。
既に霞が彼女達を包み込んでいて、今の自分には反撃すらも出来そうにない。
こちらの攻撃を遮断して、一方的に攻撃できる。
そして遮断物は気体であるときている。
滅茶苦茶だ。
頭が痛くなってくる。
男は戦いづらい状況に顔を歪めてこめかみを押さえる。
だが、指は籠手と兜と二つの装甲に阻まれて押さえることが出来ない。
痛い、痛い。
嫌になってくる。
「どうなってやがんだ...、反則じゃねぇか。それ。」
男の言葉を聞き、晶は半笑いで返答する。
「はっ、私たちの友人を人質にするような外道に言われたくないわ。」
「...貴方を倒せばもう怪人による犠牲者は出なくなる。だから、例え卑怯だったとしても、あなたを倒します!!」
柚月は真剣な顔つきで男を見つめた。
これだ、やはりこれだ。
自分の優位を確信してすぐに大きく出る。
それは彼女たちの未熟さを表しているようだった。
(...いや、人の事は言えないか。)
だが心の中で思っていたことを自嘲的に否定した。
自分自身も今まで魔法少女相手に予想もつかない方法で戦況を覆されたじゃないか。
だというのに爆弾を仕掛けた怪人を使い、掲示板民の言葉もあるが微塵も勝利を疑わなかったのは自分の落ち度だ。
油断したつもりはなかったが、現状はこの始末。
こいつらには常識が通用しない。
それを分かったうえで遠慮しないと前言ったが、それでもまだ魔法少女という存在に対しての見通しが甘かった。
俺も、まだ未熟だ。
上空は霞で包まれて手元の起爆機の電波が遮断され、なおかつ双子姉妹がどうなっているのか確認できない。
そして目の前の敵は例の魔法で包まれていて攻撃が届かない。
今の俺ではどうしようもない。
そう、“今の俺では”。
「そこまで買いかぶられても困るな。俺が消えようが、怪人の作り方を他の人に教えれば俺の代わりなど幾らでも作れる。...だが、確かに今の俺ではお前たちに攻撃する術を持たない。...だから、本気を出してやる」
そう言うと、辺りの空気が変わった。
風はどこか湿っぽく、纏わりついてくるように感じさせる。
「...なんなの」
晶はその風に不快感を示す。
そして男の足元に黒く揺らめく何かが広がっているのを視認する。
その黒い何かは見ていて、柚月は何故か背中が冷たくなって息が荒くなっていくのを感じる。
その感覚はまさに本能的な忌避感と言って然るべきであった。
「何か...来るっ!!」
「やらせない!!」
やっと主導権を握ったのだ。
何が来るのかは分からないが、ここで覆すわけにはいかない。
晶は地を滑るかのように肉迫する。
「...手遅れだ。」
晶が刀を振り上げる。
だが、それよりも早く男はその黒い何かに手を突っ込んだ。
「ッ...あぁぁぁ!!!」
その瞬間、溢れ出す瘴気。
その瘴気にあてられて晶は吹き飛ばされる。
そして男はその瘴気から手を引き抜くと、その手には.....。
「...刀?」
それは剥き出しの刀。
刀身はまるで光を拒絶するかのごとく真っ黒。
柄には縒れてくすんだ小汚い布が巻き付いている。
そしてなによりも刀身から流れ出し、炎のように揺らめく瘴気、それは見ている物にまるで視界にすら入れたくない程の不快感を覚えさせた。
「!!? 行って!かぼちゃさん!」
<Vandrende sjel>
その刀身を見た瞬間、背後に控えて霞を出していた女性が声を発して長杖を振る。
彼女の背後から人の頭くらいの大きさのかぼちゃが三つ、淡くオレンジ色の光を発しながら出現する。
顔が刳りぬかれており、ハロウィンのジャックオランタンであることが分かる。
そしてかぼちゃは命令を受けるとまるで水を得た魚のように男に吶喊を掛けた。
(あのかぼちゃは相手を追尾して、触れた瞬間に爆発する。これなら例え有効打を与えられなくても、目くらまし位にはなる!)
あの刀身を見た瞬間に自身を襲った感覚。
それはそれなりに人生経験を積んだ大人である彼女には直感的に、関わってはいけない部類の物であることが分かった。
だからこそ、相手に不可避に近い攻撃を繰り出した。
「...無駄だ。」
それを男は面倒そうに切り払う。
(...かかった。)
オレンジの魔法少女は相手がかぼちゃに触れたのを見て、攻撃が成功したと確認する。
しかし、かぼちゃが爆発することはない。
それどころかかぼちゃは形が崩れて、オレンジ色の魔力の奔流になったかと思えば刀の刀身に吸い寄せられて消えてしまう。
その瞬間、刀身が一瞬脈動したように見えた。
「飲み...込まれた?」
オレンジの魔法少女は唖然とする。
相殺されたり、避けられ続けると言ったことはあってもこのようなことはなかった。
そんな彼女の困惑など知る由もなく男は刀を立て続けに振って、かぼちゃを掻き消す。
いや、それは最早喰らってると言っても良かった。
「今のは...魔力が吸収された?」
「...何をしたの。」
晶が聞くと男は口を開いた。
「本気を出しただけだ。今までの徒手空拳をやめて、刀を使う。」
「...魔法が通じないなら、私が!!」
<code...KamRam>
晶は刀剣を背後に具現化、そしてそれを射出する。
それと同時に足を踏み出し、相手との距離を詰める。
「...お前には用はない。」
飛んでくる刀剣を最小限の動きで避け、叩き折る。
すると、その隙に晶は男の懐に入り込むと、刀を振るう。
「天罰!!」
天罰。
道場における父親直伝の技。
素早く目にも止まらぬスピードで相手をバツ印に切り裂く。
その素早さは誰の目にも止まらず、気づけば相手は天を仰ぎ見ることになる。
だからこそ天罰。
神速と言っても良い程のスピード。
しかし、その刀は×字の軌道を描く前に、男に掴み取られた。
「なっ...!?」
そして容赦なく、その手を動かして刀をへし折った。
へし折られたことで刀はステッキに戻る。
「その技は、そうじゃないだろ。」
そう言うと刀を強く握りしめる。
(まずい...でも、霞があるなら!)
実際に先ほど、相手の攻撃は拳とは言え、届かなかった。
ならば攻撃に集中すれば...。
「こうやるんだよ...多分な」
その言葉を聞いた瞬間、目の前で男の姿がブレる。
かと思えば、目には霞で少しぼやけた青空が写っていた。
(何が...起きて.....んっつぅ......)
突如視界が空を占めて困惑していると胸に痛みが走り、なぜか身体の力が少し抜ける。
見ると、服が胸当てに阻まれていたとはいえ切れており、少しの鋭い痛みが走る。
あの技は私の家で代々伝わっている技の一つ。
なのになぜあの男は使えたのか?
もしやあの一瞬、視認しただけで使えたというの?
いや、そんなことはあり得ない。
認めるわけにはいかない。
そして加えて霞で防げなかった。
今までは攻撃に集中していれば良かったという前提がそれで崩れてしまった。
視線を男の前に向けると、霞は斬られ、刀身に吸い寄せられていく。
霞を吸収している。
(この男に、魔法は通用しない...ってことか!)
晶は相手の刀剣の性質を分析する。
しかし、それよりも今は晶は自分が仰向けに倒れようとしているのに気づく。
(...!?まずい!このままこの男の目の前で倒れたら...)
死ぬ。
目の前の男は手負いの敵に容赦などしない。
その持っている刀で晶を斬りつけてとどめを刺すだろう。
何とか、何とかここから離れないと!!
そう思っていると、何者かから後ろに引かれる。
(誰?もしかして柚月...?いや、この男は柚月を狙っている!近づいちゃダメなんだ!柚月!!!)
そう思い、焦燥した様子で後ろに視線を向けると。
<ふわ~>
柚月ではなく白い布切れのような物、幽霊をデフォルメしたかのような生き物が晶を後ろから引っ張っていた。
「逃がすと思うか?」
男は刀を突きの構えで構えて、足を一歩踏み込む。
まずい、今度こそやられる。
そう思った直後に、男と晶の間に魔法陣が出現したかと思えば何者かが出現する。
それは案山子だ。
男の放つ突きは案山子に突き刺さる。
すると案山子の体内からツタが伸びて男の籠手に巻き付く。
誰が、...まさか!
後ろを見ると、オレンジの魔法少女が手に持っている杖を光らせている。
どうやら彼女の魔法によるものだと分かる。
お化けは案外素早く、晶は柚月の横に戻ることが出来た。
「...無駄だ。ただの遅延行為だと何故分からない」
男がそう呟くと刀が少し震え、案山子がまるで飲み込まれるように刀剣の中に消えていく。
そして手に巻き付いているツタを払い落とす。
男はオレンジの魔法少女にも刀を向けていた。
「黄色は厄介だが、お前は面倒だ。」
「あら...面倒くさい女だなんておばさん傷ついちゃうわ。」
そう言いながらも目の前に霞を貼る。
霞はもはやあの刀の前では通じない。
だが、気やすめにはなるはずだ。
オレンジの魔法少女の軽口にも反応することなく、刀を上空に向けて振り上げる。
するとさっきまで一瞬脈動する程度の動きしか見せてなかった刀が小刻みに震えたかと思えばカタカタと大きく震えだす。
すると空に貼っていた霞が、晶たちの目の前に貼られていた霞ごと刀身に吸われていく。
「...いちいちまともに相手していたら次はどんなことしてくるか分からんからな。これで何もかも終わらせる。<黄泉戸喫>」
そう言うと見る見るうちに空の霞が飲み込まれて行き、男の足元からは黒い瘴気が湧き出してくる。
天上の霞は既になく、空は鮮明に青く輝いていた。
それを見て、柚月は察する。
「もしかして!!?」
柚月がそう言った瞬間、左手を懐に突っ込み、スイッチを取り出す。
空にはもはや通信を阻害する霞はない。
つまりそれは上空で戦っている彼等を守る物はもうないという事を意味していた。
「せっかく守れたんだ!やらせない!!」
胸の鎧を魔力を消費して再生成する。
そしてステッキを剣に再度変える。
相手は剣を持っている。
ならばこの隙に切りかかれば!!
そう思っていると男は飽き飽きしたという表情で彼女を見る。
「猪武者が...」
突撃しようとするが、瘴気が大きく目の前に立ちはだかる。
瘴気に触れた所を見ると、籠手が少し透けている。
魔力を...食われたか。
そして男はスイッチを押そうとした、その瞬間空が一瞬赤く光り、そして男の真横に双子が別々に落ちてくる。
縫い合わせられた背中は離れ、身体の局部を隠していた毛皮もない。
その後すぐに空から焼け焦げた紙が降ってくる。
双子の身体は所々に傷が出来ており、身体から黒い液体を流している。
そしてその後、空から何かが降ってきて柚月の頭にこつんと当たる。
「痛っ...。なに?...これって宝石?」
それはボロボロになった紫の宝玉。
どこかで見たことがあると思っていたが、それもそのはず自分がさっきまで交戦していた双子の背中の杖の宝玉だった。
空を見ると、ゆっくりと姫啞が降りて来ている。
普段とは違う赤い魔法少女装束。
それを見て、柚月と晶は自分達と似たような形態であると察する。
男はそれを見ると、静かに溜息を吐いて刀を強く握りしめた。
「そんなところで何ジッとしてんの馬鹿なのっ!早く逃げろ!!!!」
姫啞はそんな男の様子を見て血相を変えて下の三人に怒鳴る。
普段では考えられない程に粗暴で、しかしそれ故に深刻さが分かる声色。
するとその直後に、男の刀剣が黒く輝き、天に差し込むかのように刀剣が伸びていく。
刀剣は瘴気を常に纏っており、炎のように揺らめいている。
それは横薙ぎに一振りすれば辺り一帯を薙ぎ払う事が可能であろう。
刀剣が瘴気を放ちながらも伸びていく様を見て、理解する。
自分達が感じていた拒絶感、不快感はなにか?
それはその刀剣から発する何か、それが死を象徴していると分かったからだ。
生命における根源的な死への忌避。
それがあの刀剣を見て感じていた物だったのだ。
「晶ちゃん!動ける!!」
「大丈夫!!」
二人は顔を見合わせて空に飛び上がる。
「...家に帰らないといけないんです。必ず」
そう呟くとオレンジの魔法少女も空へと跳び上がる。
それを見て姫啞も加速した。
「<黄泉路>.....っっぅ........!!」
一瞬、顔を顰めたように見えたが、その直後に刀を振るう。
一直線に振り下ろされた刀剣は一直線上の建物を執拗に抉り取り、辺りは撒き散らされた瘴気によって周囲が夜のように暗くなっていく。
瘴気が晴れ、刀剣が元の長さに戻ると残ったのは滅茶苦茶に崩された建物と一直線上に晒された更地。
そして瘴気が大気に舞って薄暗くなっている空。
そこには4人の魔法少女が一人もいなかった。
「...逃げたか。」
手ごたえがない。
横薙ぎに振るなり、斜めに振るうなりすれば確実にあの三人の内誰かを殺すことは出来ただろう。
だが、それが出来ずに一直線に振り下ろした理由があった。
男は足元の地面に瘴気を出現させるとそのまま刀をそこに落として仕舞い込む。
そして装甲を解除して霧散させた。
すると刀をずっと持っていた方の腕である右腕はまるで焼けただれたかのようにじゅくじゅくになっており、色も真っ黒になっている。
にも拘らず、ちょいちょい部分的には色も質も正常な肌に戻っており、それはまるで壊死と再生を繰り返しているかのようだった。
右腕はずっと痺れている。
「...使ったの久方ぶりだったからな。腕が鈍ったか。慣らしていかないと」
全身が気怠くなっているのも鈍っている証拠だろう。
首輪付きは任務は終わっただろうか?
終わったのであれば申し訳ないが迎えに来てもらいたいものだ。
腕の方は暫く放っておけばどうせ元に戻る。
だがその分、体力の消費は激しくなるだろう。
それに既に双子怪人をアジトに持ち運ぶ必要が出ている。
どちらにせよ途中で歩く体力すらなくなりかねない。
そう予感させるほどの疲れだった。
デスクワークが祟ったか...。
無線に耳を当てる。
そして首輪付きに繋ごうとする。
『なんや?どうしたん?』
首輪付きの声がする。
繋がったか。
「すまないが、迎えに来てくれないか。結構...疲れた」
<迎えに!?アンタがそこまでなるとかどんだけあの子達強くなってるん!?大丈夫なんか怪我してない?>
心配そうな声音で聞いてくる。
俺は笑って返答する。
てか笑うのもキツイ。
「あぁ、大丈夫。アイツらにやられて疲れたってわけじゃないから。...まぁそこら辺は後で説明する。今戦闘部門の任務はどんな感じだ?終わってないなら自分で帰るが...ただ怪人を運ぶ必要があるから人手は欲しいんだが」
倒れている姉妹二人に目を向ける。
爆弾を仕掛けていたが、あの時はメスガキと大きく距離が開かされていたし、もしあそこで起爆ボタンを押していたらこちらも爆風に巻き込まれていた。
装甲で守られていたから別に良いが、刀をこんな腕で構えないといけないので近くで爆発されると困るのだ。
だから爆発させなかったのだが、そうなるとアジトに持って帰らないといけない荷物が出来てしまう。
また途中身に覚えのない変化をしたのもあってどちらにせよあの二人は持ち帰って調べる必要がある。
男がそう言うと再度少女の声が被せるように入ってきた。
『あっ!だ、大丈夫!大丈夫!もうこちらの目的は終わってアジトに帰るだけだから!今すぐ迎えに行くわぁ!やけん待っといてや!』
「...分かった。助かる。」
男がそう言うと通信の向こうで彼女が笑った。
「...どうした」
『なんや変やなぁって思ってな。自分ウチの飼い主なんやから命令口調でええんよ?...ふふっ、こんな飼い主なんやからはよ行ったらんとな。』
そう言って通信が途絶する。
「飼い主云々言い出したのはソッチだからこちらは意味が分からないんだけどな。...やっぱ合成素材の影響が多いなぁ。」
正直前から聞いていて良く分からない言葉であったが、まぁ原因は明らかになっているので特にそこに思考を割くようなことはしない。
ただ自分も彼女のこういう発言に慣れてきている自分が居ることを感じ、しみじみと空を眺めていた。
周囲は人が逃げ惑ったことで誰一人居らず、静寂に包まれていると言っても良い。
だが、現状はあまり芳しいものではなかった。
相手にあそこまでして逃げられた。
それはあの赤い魔法少女。
一瞬ではあるが、あの魔法少女が自分が刀を振り下ろす前に他の魔法少女を太刀筋上から退くように誘導していた。
なぜ自分の剣を振る方向が分かったのかは謎だが、それは周囲にここまでの被害を出しながらも刀を持ち出したにも関わらず相手の魔法少女を誰一人倒せていないことを意味していた。
この腕と体力じゃ追うのも無理だろう。
そして怪人も倒されてしまっている。
そろそろ本当にヤバいのかもしれない。
成果を最近は出せていない。
そろそろボスに降ろされたりするかもしれないと脳裏に可能性が浮かぶ。
(...今の労働量を考えるとそれでも構わないが、...そうなると怪人使ってメスガキ倒すっていうスレの目的が達成できないな。)
何とはなしに自分の立てたスレのことを考える。
なんだかんだ長い期間やってきたスレだ。
そのような事情で放り出すのは正直避けたい。
...まぁどちらにせよボスの判断によるのだが。
だがもしチャンスをもらえるなら今度こそ失敗は許されない。
...(黄泉戸喫を振るってもすぐにへばらないように体力づくりをやり直す必要があるな。それと...あの作戦をやるか。)
脳裏に浮かんだのは前に考え付いたが、今回はやらなかった作戦。
正直結構最低ではあるが、難易度は低くそれに黄色個人に特化した作戦であると言える。
そう、自分のお気に入りの洋菓子屋の人達、黄色の家族を人質に取るのだ。
そうすれば今回のような即席以上に有効に働く人質と化すだろう。
家族の命と量りにかけられるものなんて普通の子供にはそうそうありはしない。
「...なんだ、痺れがひどくなったな」
何故かそのことを考えると手が小刻みに震え始める。
その手を左手で押さえる。
損傷と治癒を繰り返している皮膚組織は手で触れると結構痛かった。
まぁ幾ら作戦を考えようと、ボスにダメと言われたら何もかも無駄だ。
一度アジトに戻ってあの人と話さないことには話が始まらない。
...あ~、ボスに作戦失敗を告げるの、気が進まないなぁ......。
そう思いながらも、暫く待っていると遥か遠くから緑と黒の装束に身を包んだ少女が近づいてい来るのが見える。
それを見て、男は双子魔法少女の首根っこを持って引き摺る。
引き摺っているからこそ、男は気づくことはない。
今自分が引き摺っている双子。
彼女達が出していた黒い液体が再度地面をゆっくりと這うように動き、傷口から双子の体に戻っていっていることに。
◇
昼から夜に移り変わる逢魔が時。
森の木々は夕日で橙色に染まり、周囲はほの暗くも明るく照らされている。
誰にとっても取るに足りない日常的な出来事。
しかし、森の中。
そこに非日常が存在していた。
森の足場の悪い道を駆け抜ける男。
その右手には木刀を握っており、仄かに光を放っている。
そしてその背後には.....
「ゴォォォォ!!ンモォォォォ!!!」
後ろには牛の頭と蜘蛛の身体を持つ大きな異形。
それが男を背後から追ってきていた。
(チッ!こんな所で牛鬼に会うなんて.....、今日はついてねぇ。)
後ろに目を向けながらも、心の中で独り言ちる。
牛鬼。
人畜の肉を好む凶暴な妖怪であるにも関わらず、一部の地域では神聖視されるほどの強力な妖怪。
どうやら各地で牛鬼の定義があいまいで同一個体とは言えないかもしれないが、どちらにせよ力の象徴とされているだけあって強力であり、手が付けられない。
それだけなら男の目的上、戦うのはやぶさかではない。
だが、牛鬼には殺した相手が次の牛鬼になるという伝承がある。
呪術の類かどうかは分からないが、どちらにせよ手を出すわけにはいかない。
「...ッ!!」
すると後ろの牛鬼が息を吸う。
それを察知した瞬間、上に飛び上がる。
すると牛鬼が口から緑色の液体を放つ。
それは男が元居た地面に着弾すると煙のような物を出して泡立っていた。
毒だ。
少なくとも男が当たればひとたまりもないだろう。
御使いであれば話は別であるが。
(殺せないならある程度痛めつけて撃退するしかない!そのくらい出来なきゃ、証明なんて出来るはずが...ない!)
そう思うと男は更に木の枝を踏み台にして跳び上がると、空中で一回転して牛鬼の背後に回る。
そして蜘蛛の腹である部分に木刀を振り下ろす。
「ぎゃあああああ!!!」
まるで人のような声で叫ぶ。
だが木刀は弾かれる。
強力な妖怪である分、身体も硬い。
今までの雑多な連中のように力で無理やり切り裂くことが出来ない。
すぐにその場からまた飛び退くと、牛鬼が振り向きざまに爪で辺りを切り裂く。
すると周囲の木々が切り裂かれて倒れる。
それは自分が乗っている木も然りだ。
足場が不安定になった為に飛びのいて地面に降り立つ。
牛鬼はぎらぎらと目を輝かせてこちらに狙いを定める。
完全に獲物として見ていた。
辺りはどんどんと暗くなっていく。
夜。
それは魔側が優位を持つ時間。
それは光で自らの生活圏を常に照らせるようになった現代でも変わらない。
ましてや森であれば猶更だ。
そしてここは夜三平坂。
そういう逸話の多い山。
禁足地も多い。
「ぶむおぉぉぎゅあぁぁぁああ!!!」
牛鬼は夜が近づくごとに一層猛々しく人とも牛とも取れる叫びを上げる。
そしてこちらに飛びかかってくる。
「でけぇぶん動きが分かりやすいんだよとっとと諦めろ!!」
男は後ろに飛びのく。
この時間帯は妖魔は活発化し、常に魔の気配を感じる程だ。
そして男は連日山に籠っていた。
多く妖魔を倒し、自身が“アイツ”よりも優れていると。
気づかない内に疲労は蓄積していた。
それに気づくなる程の焦燥を常に胸に抱き、妖魔を殺し続けた。
だからこそ男は察知できなかったのだ。
横から迫ってくる何かの存在に。
「ッ!?」
横に目線を向けると、腕が鎌の獣。
それは唸り声を上げながら男に迫る。
男は今跳躍中につき宙を舞っている。
だからこそ回避することが出来なかった。
「ぐっ....あぁぁぁああああ!!!」
鎌鼬は口を大きく開き、男の左腕に噛み付く。
鋭利な牙が男の腕に食い込んだ。
鼬が飛びかかっていたことで男は左へと突き飛ばされる。
「ッつ、くっ...クソッ!」
突き飛ばされる先を見ると、倒木や枝木が散乱している坂。
山道から外れてしまう。
そしてなおも力強く噛み付く鼬により思考は痛みで散らされてしまう。
「ッつっ、うっっぜ!!」
木刀に霊力を強く込めて左腕に噛み付く鼬のこめかみに強引に差し込む。
「きゅぺ!!」
脳髄をぶち抜かれて間抜けな声を上げる鼬。
しかしそれは鼬に対しての対処が成功しただけで、状況は何も好転してはいない。
噛みついた鼬と共に坂を転がり落ちる男。
折れた木や倒木によって身体は傷ついていく。
そして鎌鼬と転がり落ちたことで鼬の鎌が腹に食い込んだ。
「ウヴッ...ごほっがっ、はっ...!!」
瞬間、痛みと共に口から吐き出される血。
転がり落ちて、傷だらけの男はある場所で止まった。
傷はじくじくと全身を苛むほどに痛む。
だが、ここで立たなくては。
この森で血を出して寝転がっていることは死に直結しかねない。
なおかつ今自分は牛鬼に追われていた。
追ってこないとは限らない。
「うっ、ずっ、...あぁぁ!!!」
鼬のこめかみから木刀を引く抜くと、無理やり鼬を腕から外す。
牙は左腕の肉を抉り、血はだくだくと流れ続ける。
「はぁはぁ...はぁ.....」
だがここで傷の手当をしている暇はない。
立たないと......
立とうとするも、足が痛む。
これは...捻ったか。
冷静に自分の負傷を確認していると、足元が暗くなる。
上を見上げると、そこには空高く跳び上がっている大きな蜘蛛が居た。
それはゆっくりと落ちてくる。
(クソっ、まだ追われていたか!!)
足を動かそうにも痛みで碌に動かせる気がしない。
だが、避けなければ。
何とか転がると、その近くに蜘蛛が着地する。
視界には洞穴が見える。
そして蜘蛛は着地した直後にまるで周囲を薙ぎ払うように腕を振り回す。
(ま、まずっ.....)
男はまるでサッカーボールが蹴り飛ばされるように牛鬼の足に薙ぎ飛ばされる。
骨がごしゃりと嫌な音を立てて、頭の中には全身の軋む音が響く。
そして全身に熱さを感じると、腹から生暖かい液体がせり上がってくる。
視界の隅では木刀が叩き折れて、空中に木屑をばらまいていた。
牛鬼は力がとても強い妖怪だ。
だからこそその一撃はまさしく致命的であった。
凄まじい威力によって洞穴の中に叩き込まれる。
洞穴の中、岩肌を転がっていると、そのまま暗い穴の中に墜ちていく。
そしてしばらく浮遊感を感じた後に岩壁に激突する。
べきりと頭蓋に痛みが走る。
猛烈な痛みを脳が受け付けないのか、痛みを感じず全身に熱を感じる。
胸を打ってしまったのか息が苦しい。
足を見るとあらぬ方向に曲がっていた。
右目は岩壁に激突した瞬間に潰れたのかよく見えない。
そして何よりも、眼下には血液が池のように溜まっていた。
絶対絶命。
最早死を待つのみと言った有様だった。
(...こんな所で、終わるの...か?いや、まだだ。俺はまだ....っ。)
ここに来たのは、今までこの山で妖魔を殺し続けたのは証明したかったからだ。
生身でも奴ら以上に妖魔を殺せると。
選ばれないとしても、俺には意味があると。
思い出すのはあの日、運命の日。
大地に勇ましくも突き刺さる剣。
その刀を持つためだけに俺は今まで育てられてきた。
だからこそ、あの時伸ばした指を弾かれた時点で、俺の人生は狂ったのだ。
『...俺が、御使いに?』
『そんな...馬鹿な......』
俺の方が戦闘においても覚悟においても上だった。
俺の家はあの刀を代々受け継いできた。
あの刀を引き抜き、手に取ることが俺の生きてきた意味であり、義務だった。
だというのに、俺は選ばれず居合わせた分家の奴が選ばれた。
俺はその瞬間を、目の前で指を咥えて見ているしか出来なかった。
俺の何がいけなかったんだ。
俺の何が奴より劣っていた。
『分家にあの刀を握られるなど、嘆かわしい。...分かっているな』
勘当され、行き場をなくした俺を動かしたのは力への渇望、そして承認だった。
俺の過ごしてきた日々。
それは、意味のある物だった。
例え、あの刀を手に取れなかったとしても。
人を守るために妖魔を倒すなら、俺が奴らよりも多く妖魔を倒す。
それが証明になると自己定義していた。
その為には更に、もっと強く。
...そうだ、俺はこんな所で
「終わる...わけに......」
そう思って手を伸ばすとその先に何か黒い靄のような物が見える。
靄はまるで炎のように揺らめいており、その奔流の真ん中には一振りの刀が突き刺さっている。
(...幻か。俺の...未練.........)
目の前に突き立てる刀を死にかけている自分が見ている幻だと結論付ける男。
しかしその奔流の動きを見て、違和感を覚える。
それはまるで男に対して向かってきているようにも見えた。
身体に纏わりつくように動く靄。
皮膚を撫でた瞬間に、身体に寒気が走る。
生き物から発せられる物とは対極。
それを感じて、男は目の前の光景を幻ではないと確信する。
(こんな怜悧な物が、幻であるはずがない。待てよ、それ以前に......。)
洞穴の中は何も音がしない。
人の声どころか、妖魔の声ですら。
自然の中であれば必ず聞こえてくるであろう取るに足りない雑魚妖魔の息遣いさえも。
そんなのは自然の中、特に暗く湿気ている洞穴の中ではありえないことだった。
目の前の刀は...まずい。
人が、生き物が触れてはいけないものであると本能的に感じた。
そう思った瞬間、身体を黒い何かに引き寄せられる。
「ッ...!?かはっ!」
満身創痍の状態で地面を引き摺られて声を漏らす。
そして身体を一層濃度の濃い黒靄が包み込む。
さっきのよりも濃度の濃い靄が皮膚を撫でる。
すると皮膚が爛れていく。
身体の力が抜けていく。
しかし、さっきと違う点は撫でた箇所から激痛が走り、意識が逆に鮮明になった点だろう。
痛みを脳が拒否することすらできない。
アドレナリンですら誤魔化せない痛み。
それは生命であるがゆえに誤魔化せない死を感じさせる。
「あぐっっ...ヴぅぅ.....あっ、があああああ!!!!」
のたうち回ろうにも身体はもはや動ける状態でない。
そしてそんな傷口を更に開くかのように靄が入り込んでくる。
「っぁ、あぁあああああああああああ!!!」
傷口から体内に入り込む靄。
そしてその靄から赤い液体が吸い出されるように移動していく。
刀身はまるで艶やかで何の曇りもない程の黒。
その黒い刀身に血液が飲み込まれていく。
刀身はそれを呑み込むとまるで歓喜するかのように脈動する。
(アイツ、俺を...喰って........)
腕も足もさっきまで動けなかったはずなのに、バタバタと死にかけのセミの如く暴れ出す。
身体を這いずり回られ、激痛に叫ぶ。
刀を使う為に育てられた男が拒まれ、別の刀に喰われる。
皮肉な結末だ。
だからこそ、男には我慢ならなかった。
「虚仮に...ずるのも...い加減に、じろぉぉぉぉおぉぉお!!!」
それはまるで自分の運命、それを定義した天に対しての咆哮。
じたばたと動き回る腕を無理やりを手繰り寄せ、藻掻き、這いながらも刀に近寄る。
身体を蝕むは更に苛烈になり、全身が爛れていく。
それでも厭わなかった。
腕を無理やり勢いづけて刀に投げ出すと刀に触れる。
手は少し触れるだけで切り傷が入り、血が流れる。
しかしそれすらも気にせずに握りしめた。
痛い。
だが、痛いということは生きているという証明だ。
まだ、死んでない。
男はおもむろに首をもたげると、刀の刀身に噛み付く。
歯が焼け付き、口内がジグジグと爛れる。
目の瞳孔を開き、おもむろに刃に齧りつく様は半狂乱。
人でない獣にも見える。
喰われる前に喰う。
そんな人以前の本能に突き動かされていた。
すると、刀の直下、靄溜まりから一際濃度の高い靄が触手のような形で首をもたげると、彼の潰れた右目の眼窩に突っ込んだ。
脳みそを割られるような痛みと共に、男はある光景を見た。
黒い靄。
...いやこれは闇だ。
どこまでも続く、そこの知れない闇。
引き込まれそうな深淵。
それは飲み込まれそうなほどに濃く、光が欠片もない。
そんな様を見て、なぜか...
母に抱かれるかの如き安心感を、覚えてしまった。
その直後に胸元でぶちりと肉を突き破る音が聞こえる。
急に身体から力が入らなくなり、糸が切れた人形のようにその場に身体を投げ出す。
(あ...あっ.........)
身体が冷たくなっていく。
死。
それを怯え、拒否する時間すらも与えられなかった。
「..ん、んんっ......」
目が覚めた。
何故か、“目が覚めた”のだ。
死を、終わりを確かに感じ取ったのにこうして息をしているのだ。
...夢か?
危機的状況に陥った俺が見た幻だったのか?
あれの刀は?
そう首を捻るも、すぐにその過程を否定する。
立てた。
立とうと思って、立てたのだ。
もはやあらぬ方向に曲がっていた足はしっかりと真っ直ぐ付いている。
いや、それ以前の問題が目の前にはあった。
「...なんだよ、これ。」
黒い鎧のような物。
それが足や腕を包み込んでいたのだ。
それはまるで不快感すらない程に体にぴったりと馴染んでいる。
そしてその見た目はまるで、あの男が纏った鎧。
俺が拒否された刀を含めた御使いたちの鎧に似ていた。
「...これは、」
右手にはいつの間にか、自分を食おうとしていたあの刀が握られていた。
刀身は俺が見るとビクビクと蠢く。
そして鎧は俺が起きるのを待っていたかのように溶け消えた。
切り傷などは残っているが、どこも骨折していない。
何処も痛くない。
腕も足も五体が真っ直ぐくっついており、動かしても痛みを感じない。
そして何よりも。
「鼓動が...」
鼓動がない。
心臓の鼓動が、聞こえない。
「...この刀が、やったのか?」
刀を見ると、さっきまでは気づかなかったが刀身に文字のような物が刻まれているのに気づいた。
その文字によく目を凝らしてみるとそこには<黄泉戸喫>と書いてあった。
刀はしっかりと手に馴染む。
まるで昔から持っていた愛刀のように
「...ふっ、ふふふ......ハハハ、ハハハハ!アッハハハハなんだよそりゃ!!」
男は笑う。
狂ったかのように、それでいて楽になったかのように。
鼓動がないという事は死んでいるという事だ。
だが、俺は今こうして息をして生きている。
身体も人肌に暖かい。
黄泉戸喫はあの世の物を食べるとこの世に戻ってこれなくなることを意味する。
そんな名を冠した刀に喰われて、死んだにも拘わらず未だこの世に残っているのだ
これではあべこべだ。
そしてあの時見た闇。
今感じている刀と合致感。
それはあの日、俺を見て苦虫を噛み潰したような顔をした親父にあの男が尋ねたことを思い出させた。
『刀を握った時、まるで生まれた頃から持っていたみたいな、ずっとそばに居てくれたような...そう感じたんです。あの時、俺は初めて握ったのに.....。これは、一体どういうことなんですか?』
他の御使いも似たようなことを言っていた。
もし本当にそうなら、俺は.....。
「なんだよ...く、くふっ..初めっから...ひっ、ひひひ...間違ってたんじゃないか!!」
俺は元から、あの刀に認められるはずもなかった。
俺が握る刀はこんな所にあったのだから。
まるで切り裂かれた半身を取り戻したかのような一体感に笑う。
俺の過ごした日々は、あの日々は間違いなく無駄だった。
選ばれるはずもないのに、あの刀の為に鍛錬してきた日々も、ただの時間の無駄。
こんなにもバカげたことがあるだろうか。
前提を間違っていたのだから。
きっと俺はあの家において失敗作だった。
あの刀への適正も持たずにこんなどこの馬の骨とも知らない刀と結びついたのだから。
でも、もう良いんだ。
あの日々が無駄だと分かって、それで俺は救われた。
結論を求めて、出来るはずもない無駄な自己証明の為に奔走する必要もなくなった。
寧ろ、手に持っている刀から感じる力。
それは紛れもない俺の力だったんだ。
“家の”刀じゃない。
“俺の”刀。
無駄にした時間はいくらでも取り戻せる。
寧ろ、ここからが俺の、始まりだ。
一通り笑うと、岩壁に目を向けて昇りだす。
いつまでもこんな場所に居てもしょうがないと思ったのだろう。
凸凹と起伏のある岩壁を登っていく。
無駄だと断じていた鍛錬の日々、その中で行われた登攀訓練が役に立っていた。
(...少なくとも、さっき無駄だと断じた鍛錬の日々の中でも、これは無駄ではなかったか)
そう思いつつも、岩壁を登っていく。
昇っていく内にどうやら自分はこの洞穴の最下層にまで落ちていたことが分かった。
かなりの時間をかけて岩を昇り切る。
出口からは既に陽光が入り込み、時間の経過を伺わせた。
洞穴を出ると、牛鬼が伏せていた身体を一瞬揺らして立ち上がる。
どうやらこちらが出てくるまで待っていたのだろう。
外は既に夜が明けていた。
「ウヴヴヴぅぅぅ...ヴァアアア!!」
こちらをまるで威圧するかのように咆哮する牛鬼。
だが、心にはさっきとは打って変わって余裕で満ちていた。
手の中で刀がビクンビクンと震える。
まるで餌を見つけたかのように。
だからこそ、男は口を開いた。
自然と、その名前は口から漏れてきたのだ。
「<
すると自分の影が膨れ上がり、大きく広がる。
そして黒い炎のような闇がゆらゆらと姿を現すと男の身体を包み込んだ。
そこに居るのは一つの異形。
然してその姿は一つの甲冑のように堅牢でありながらも精緻。
そして何よりも、深淵を思わせるような黒だった。
「っウヴぉイモォォ!!!」
牛鬼は一瞬怯えのような物を見せるも、すぐに目の色を変えてこちらに飛び込んでくる。
男はそれに対して刀を突きの構えで構える。
そしてただ単純に刺し込んだ。
それは木刀の時よりもしなやかで滑らかに牛鬼の体を裂く。
「ウッ、ヴヴヴぅぅぅ!!!」
牛鬼は腕を動かして目の前の刀を突きさしている男の体に刺し込もうとした。
だが、それは叶わない。
牛鬼の身体はどんどんと黒く変色していく。
黒い靄が男の鎧からも漂い、牛鬼の皮膚はどんどんとグジュグジュに爛れていく。
そして牛鬼が向けていた腕を降ろすと、何かが背中に昇って来るかのような感覚を覚える。
牛鬼は瞳に光がない。
死んだ。
だからこそ、牛鬼の呪術が次の牛鬼を探して殺した男の背を登っていく。
だが、それも無意味だ。
身体を黒い闇が再度包み込む。
それは特に背中を撫でた。
するとそのような感覚はどこかへ失せて、その分余計に刀身が脈動するだけだった。
邪魔が入ったとはいえあれだけ苦戦した牛鬼。
それを呪いごと喰い殺したのだ。
男は目の前の牛鬼が刀身に呑み込まれたのを確認すると外装を解除する。
もはや自分の意思通り、一心同体だった。
「...これからよろしくな、黄泉戸喫」
そして男は手元の刀を見て表情を歪めて笑った。
◇
とある下水路、三人の鎧武者が一体のゴキブリのような妖魔に苦戦していた。
赤と青と水色。
三人の武者の内、赤以外は消耗していた。
ここに来るまでに戦い続きだったのだ。
「硬い.....」
「場所が...悪い!」
「...連携を崩しちゃダメだ!!息を合わせれば!!」
青い鎧と水色の武者は赤色の武者を見る。
「わかった!」
背後には下水路の出口。
この妖魔を人里にまで侵入を許せば必ず犠牲が出てしまう。
だからこそ、消耗しても尚、攻撃を続ける。
だが外殻は刀を通さず、相手の攻撃はじわじわと三人を苦しめていく。
それだけなく狭い下水路内では刃渡りの長い刀を取りまわすのは至難だった。
そんな時だった。
芥虫の向こう、そこに人影が見えた。
その直後だった。
芥虫の胸から真っ黒な刀身が生え出てきた。
瞬間、緑の血を辺りにばらまいてビクビクと藻掻く芥虫。
だがすぐに体が黒く変色してバラバラと砕けてしまった。
「な、なんだ.....?」
青い武者が言うと、すぐに闇に紛れていた者が姿を現す。
それは黒い武者のような者。
刀を持っており、堅牢でいて繊細さも感じる。
「...君は、」
その姿を見た瞬間、聞いていたことを思い出す。
最近、自分たちによく似た黒い鎧の目撃情報を聞くと。
新種の妖魔かと思ったが、どうやら妖魔を倒し続けている。
もしや自分たちの範疇にない御使いなのではないかと。
館様は言っていた。
「...誰だか知らないが、礼を言おう。」
水色はそう言うも、目の前の者からの反応はない。
訝しく思いながらも、様子を見ていると赤い色の武者は彼に対して一歩踏み出した。
「あ、ありがとう。話には聞いているよ。妖魔を倒しているってことは、君は僕たちの味方なのか?だとしたら一緒に戦っ...ぐあぁあ!!」
そう言って近づいた瞬間、それは刀を赤武者に振り下ろした。
その一撃により鎧は霧散してしまう。
「倫則!クソっ!!」
「敵だったか!似たような姿を取って、卑劣な!!」
そう言って後ろの二人が庇うように駆け出そうとした瞬間、目の前の黒い武者の刀は怪しく光り、横薙ぎに振るう。
その斬撃に当たっただけで彼らの鎧は砕けて消えた。
「うっぐぉぁぁぁああ!!」
「クソっ!!」
転がる二人。
そしてそれはゆっくりと刀を収めた。
三人にとどめを刺せるにも関わらず。
「...なんのつもりだ」
情けを掛けられたのか?
水色が睨み付けると、目の前の黒鎧も溶けて消える。
そしてそこに居たのは見知った顔だった。
「な、なんで.....」
「お、お前...太刀洗.....」
驚愕する二人。
そしてそれに対して、男はただ笑って挨拶をする。
「...よぉ。久しぶり。」
「君が、...なんでこんなところに.....?」
倫則が唖然とする。
倫則が持つ刀。
それの担い手になるはずだった男。
そして自分が選ばれてしまったことで勘当されて行方不明になった男、太刀洗弘人が黒いスーツを着て、目の前に居るのだから。
「俺にも色々あってさ。...そんなことよりも、なんだかね。」
そう言って倫則と呼ばれた男の前で屈む。
「俺が選ばれなかったその刀。それを持っているお前が、こんな感じだと俺も反応に困るよ。カッコ悪いなぁ、もしかしてアレ...まぐれだったとか?」
挑発的にそう言う太刀洗に対して後ろの二人は怒りを露わにする。
「お前.....!?」
「お前、まだ刀のことを.....」
そう言う二人に対してつまらなそうな顔をする太刀洗。
「...別に。もうそんなのはどうでもいいよ。でもさ、一つまだはっきりしてないことがあったなって思ってね。...俺が果たして君に劣っているのかとかさ」
そう言って倫則を持ちあげる。
「倫則!!」
「...弘人。」
倫則は目の前の男の名前を呼ぶ。
その顔はどこか申し訳なさと悲しさを感じさせる顔だった。
「今日から1週間後、親父の家に来い。俺と戦え。...その間にそのだらしない太刀筋を少しはマシにして来いよ。」
一方的にそう言うと倫則を突き飛ばす。
そして出口へと向き直る。
「待て!」
倫則はそんな弘人を止める。
すると足を止める。
「...ごめん。俺は、弘人が苦しんでいるのを知りながら何も出来なかった。本当にごめん。ただ!俺のことは恨んでいていい!でも...君は、今も人を守ろうとしているよなっ!だって、妖魔を倒しているんだから!!君は、あの時から何も変わっちゃいない、そうだよな!?」
確認するような言葉。
倫則が見た太刀洗。
ただ人を守るための力を手に入れる為に、自分を責め立ててひたむきに鍛錬する姿。
それが自分にとって憧れだった。
彼こそがこの鎧を纏って戦うものと確信していた。
だからこそ、彼ではなく自分が選ばれた今、俺は彼に恥ずかしくないように必死に戦ってきた。
そんな、自分にとっての憧れが変わっていないか、それが倫則にとっては重要だった。
「...刀に喰わせてるだけだ。...俺はあの日を取り戻す。一週間後、絶対に来いよ。その刀の担い手なら、...失望させないでくれ」
弘人は振り返ることなく、出口へと歩みを進める。
そして外の光へと消えていった。
「弘人.....。」
後に残されたのは三人の御使い。
その誰もが彼が消えた光を暗い下水路の中で見つめていた。
今回はイッチが本領を発揮して刀を抜く話ととある人の過去と二本立てです。
太刀洗....んにゃぴ.....よくわかんないですね。(すっとぼけ)
森などには禁足地がある場所もあります。
きっとあの男の人は勘当されて辻斬りしている間に紛れ込んでしまったのでしょうね。
また山の名前である夜三平坂は黄泉比良坂の名前を変えただけだったりします。
黄泉比良坂はあの世とこの世の境目の地とされている場所ですね。
また双子姉妹もなにやらまだありますねぇ!
次は首輪付きと合流してアジトに戻ったところから掲示板になります。
あとメスガキ視点も入れる予定です。