正直この話は見なくてもあまり今後の内容を理解する上では問題ありません。
森の中、一人の少女が逃げる。
その後ろには人間大のゴキブリのような妖魔。
それは凄まじい速さでみるみるうちに距離を詰めていく。
(お兄さんに、会う前に、こんな....)
思い起こすのは彼の言葉。
『ガキが、こんな森に入るんじゃねぇ。さっさと帰れ。』
耳にタコが出来るまで聞かされた言葉。
妖魔の危険性は分かっている。
しかし、それでも私はお兄さんに会いたかったんだ。
山に入ったきり消息を絶っているお兄さん。
危険だと分かっていても、足を向けずにはいられなかった。
走っていると、足が縺れる。
それもそのはず長時間走っていたのだ。
少女の足で負担に耐えられるはずもない。
転んでしまう少女。
そんな少女に前に鋭い足を振り上げて舌なめずりする妖魔。
少女を目を閉じる。
(会いたかったよ...お兄さん。)
その瞬間、飛沫が辺りに撒き散らされる。
その飛沫は緑色。
来る痛みが来ないことに。
薄く目を開けると、虫が両断されている。
そして目の前には黒い鎧。
「....お前、学習能力ないのか。この森には来るなと言っているんだがな。」
その声はお兄さんそのもの。
「お、お兄さん?本当に、お兄さんだよね?」
私が問うと、お兄さんは鎧を解除する。
「...ああ。」
「お兄さん!!」
私はお兄さんが肯定したのを聞いて抱き着く。
怖かったのもあったが、嬉しかった。
もう、この街からいなくなってしまったのかと思ったから。
居なくなるまでのお兄さんはどこか遠くを見ていて、いなくなってしまいそうだったから。
お兄さんはこんな山道に1人にして、また襲われたら寝覚めが悪いと言って山道を一緒に降りて、家まで送ってくれている。
心なしか機嫌が良さそうだ。
それはいい。
ただ、腰元の刀。
それを見ていると、どこか不安にさせられるのはなぜだろう。
「お兄さん、私と久しぶりに一緒に歩けるからって元気になりすぎじゃない?お兄さんは本当に私のこと好きですねぇ?」
「馬鹿が。お前じゃねぇよ。...やっと気づけたから、心の重荷が取れてな。それに、この後の予定が楽しみで。」
私が茶化すように言葉を言うと、お兄さんは否定する。
そして上を見上げて笑みを浮かべていた。
お兄さんは楽しそうに笑っている。
なのになんでだろう。
不安が胸を占めるのは。
お兄さんは、隣にいる私の事なんか見てはいなかった。
だからこそ、私は私を見てほしくて話しかけた。
「フーン、ならその刀は何?前そんなの持ってなかったよね。」
そう言って肩に手を近づける。
するとお兄さんはバッと突然私の手を強く掴むと、顔を近づけた。
その顔は無表情。
しかし瞳孔が開いており、私の目を見つめている。
「...いいか。悪いことは言わない。この刀には触れるな。お前は、絶対。」
「ひ...な、なにっ!?わ、分かったから!勝手に触ったのは謝るから!」
私は声を上げた。
こんなに迫力のあるお兄さんは見たことがなかった。
私が声を上げてもお兄さんは手を放さない。
「そんなことはどうでもいい。今後二度と触ろうとするな。良いな。」
「わ、わかった...ご、ごめんなさい。」
私がか細い声で呟くと彼は手を放す。
そしてその手で頭を撫でた。
「....良い子だ。」
そう言って私の手を引いて、また家に向けて歩き出す。
しかし、会った時のような晴れやかな気持ちではなくなっていた。
なぜあそこまで私に触らないと言わせたのか。
それが怖かった。
....会わない間に、お兄さんが変わってしまったような気がして。
そうこうしている間に、私は家の前まで着く。
すると男は頭を撫でた。
「ん、ほれ着いたぞ。親御さんにしっかり叱られてこい。もう二度と山に入るんじゃないぞ。」
私はお兄さんを振り返って上目遣いで見つめる。
「私お兄さん探してあそこに居たんですよぉ?ならお兄さんがついて来て事情説明してくれてもよくないですかぁ?」
あくまでいつもの調子でお兄さんに聞く。
変わってしまっているかもしれない。
そのことへの不安から目を逸らすように。
すると、お兄さんは少し笑った。
「ばーか。刀持ったこんな男が遅く帰ってきた娘と一緒に居たら、俺だったら卒倒するわ。...良いからお母さんたちに謝ってこい。叱られてるうちが花なんだから。」
そう言って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、そのまま手を挙げて向こう路地に歩いていく。
私も家の門を開けて入ろうとした瞬間、お兄さんが振り返る。
「そうだ、姫啞。」
「だからガキじゃなくて名前....え?」
私は鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔になってしまう。
お兄さんがガキでも、クソガキでもなく私を名前で呼んだ。
初めて呼んだのだ。
そんなお兄さんはどこか神妙な顔をしていた。
私が嫌いな顔。
どこかを見ていて、居なくなりそうな、そんな顔。
そしてお兄さんは口を開いた。
「...もし次にお前の前から俺が居なくなっても、俺を探すな。....忘れてくれ。」
「お兄さんっ、何を言って!?」
お兄さんの方に歩みを進めようとした瞬間、お兄さんはどこかへ隣の家の塀を足場にして、どこかへ跳んで行ってしまう。
残されたのは私だけだった。
◇
屋敷裏。
裏山を削ぎ落したかのような更地で二人の青年が向かい合っていた。
二人の足元にはそれぞれ赤と黒の装甲が散らばっており、二人とも傷だらけだ。
お兄さんは向かい合っている男と違って身体から瘴気のような物が出て、黒い斑紋のような物が身体から顔にかけてまで出ている。
そして苦痛に顔を歪めている。
そんなお兄さんを見る男は辛そうだ。
「もうやめよう、弘人!これ以上は、お前が....!こんな戦いに何の意味があるというんだ!!」
悲痛な顔でそう言う男に対して、お兄さんは笑みを見せる。
「意味だと?意味はあるさ、一度負けた人間は勝たない限りその影を孕んで生きていく。一生前には進めないんだよ。だからこそ...俺はお前を倒して過去と、落伍者だった自分と決別する。自分を使い潰してでもっ!!!」
そう言って刀が怪しく光っている。
そして振り上げた
振り上げると刀から怪しげな光が伸びていく。
腕から血が出てきて、頬の辺りにまで黒斑が出ている。
そして苦痛に顔を歪める。
「<黄泉路>っ、ぐっ...ぎっ!ま、まだ...だ、俺の、身体..など.....がぁぁぁぁああ!!!!」
痛みに叫び出しそうなるのを堪えるお兄さん。
刀から出てくる瘴気は見ていて背筋が凍るほどの物だ。
あの日、刀を見て不安感を感じたのも、彼女も去り際の一言も全てここに起因していたらのなら....
彼は自分からいなくなるつもりだ。
目の前の男を倒すために、あの刀に身を任せるつもりなのだろうか?
だとすれば....ここでただ指を咥えて見ているわけにはいかない!
そう考えると、私は一歩踏み出す。
風が向かい風に吹き付ける。
だが、この程度ならお兄さんに近づくのには支障はない。
「!?君は!!ダメだ!危ない!!」
目の前の男は少女が弘人に後ろから駆け寄って抱き着こうとしているのを見て、声を上げる。
でも少女は止まらない。
そして....
「...何してんの、お兄さん。」
「...ひ、めあ。何故お前が....。!?..俺から離れ.....」
男は痛みでたどたどしいながらにも、少女に視線を向けて息を飲み、身体を揺らす。
その様はまるで自分の今の姿を少女に見られたくないかのようだった。
少女はお兄さんに後ろから抱き着いている。
じりっと腕が焼け付く感覚。
でもそんなのは私にとって問題じゃない!
「何が...探すなって、忘れろとか勝手な事ばっか!私は貴方に救われた、アナタが居なかったら私や私の家族は今居ない。...他にも色々人を助けてる癖に、なんで自分もたすけてあげないの!!もう、こんなことやめて一緒に帰ろう?」
「意味が...分からな....俺が、進むには......」
男は困惑した様子を見せる。
しかしそれでも苦痛に顔は歪めているが。
お兄さんはやめる気はないようだ。
それでもお兄さんが自分を殺すとこなんか見たくはない。
だから...私は卑怯な手を取ることにした。
お兄さんが変わっていないなら、私に従ってくれるはず。
たとえ違っても、私も死ぬだけだ。
あの日、アナタに助けられてから....私は、アナタを.....
「なら...どうしてもやめないなら。私も....お兄さんと一緒に死んでやる。」
私は耳元で囁く。
すると、お兄さんは息を詰まらした。
知っているよ。
お兄さんはいつもぶっきらぼうに振る舞ってるけど、結局優しいんだ。
自分の為に誰かが死ぬなんて許容出来るわけない。
「はな...れろっ......」
彼は私の腕を掴んで引っぺがそうとする。
その手には力がなく弱弱しい。
色も真っ黒だ。
私の腕にも面積が本当に小さいが黒いシミのような物が出てくる。
それを表情を更に悲痛にするお兄さん。
「俺は...お、れは.......ただ奴を倒して、証、め、い.......でも.......。」
彼の戦意が削がれるほどにみるみる勢いを弱めていく刀。
天にまで伸びていた切っ先は、もはや元のサイズにまで戻っていた。
そして刀を手から零れ落とす。
それと同時に膝を付いてしまう。
刀に集まっていた瘴気は空に霧散して、昇っていく。
ぜーひゅーとまるで今にも死んでしまいそうな呼吸。
そのままお兄さんは地面に突っ伏してしまう。
そして私も脱力感のまま、お兄さんの背中に身体を委ねた。
力が入らず、息が苦しい。
腕の黒いシミがじわじわと広がっていくのが見える。
これだけでも私は落ちそうなんだ。
全身ほぼ染められていても戦えていたお兄さんは、本当に強いなぁ。
そう考えながら、私は意識を放棄した。
その後、私は目を覚ますと袴を来た女の人たちに率いられてお兄さんと一緒に山の中の泉に身体を浸されていた。
私とお兄さんは知らない間に袴に着替えさせられている。
なんでも、お兄さんと対峙してた男の計らいでお兄さんと私をどうにかしようとみそぎ?なるものを行っているらしい。
正直お兄さんを少なからず傷つけた奴からのほどこしなんか受けるのは嫌だったが、それでも身を刺すような冷たさと共に腕の黒いシミもどんどん薄くなってなくなったのを見て、甘んじて受けようと思った。
なにより全身染まっているお兄さんを私が見ておかないと。
目を開けるまで心配だ。
お兄さんの身体の黒も薄くはなっているが、全身に広がっていた分、時間がかかるようだ。
私も、一緒に浸かっているとお兄さんが目を覚ます。
「...つめた。ここは.....。」
「...あっ、起きたんだお兄さん。」
私がそう言うと、彼は周りを見渡してなるほどと納得した顔で呟く。
「...あれ?ここどこか知ってるの?」
お兄さんに問うと、お兄さんは苦笑いを浮かべて答える。
「...まぁ、ここは親父の敷地だし。」
そう言った後に俯く。
その様は居なくなる前にお兄さんが偶に見せていた顔だ。
そしてお兄さんは私の様子を見ると笑って口を開く。
「身体が震えてるじゃないか。さっさと上がったらどうだ?」
確かに冷泉の冷たさに身体が震えていた。
でも、今のお兄さんを一人にはしたくない。
だから....。
「冷たいならこうすればいいの!」
そう言って私はお兄さんの股の間に腰を下ろす。
そして胸に背を預けた。
薄手の袴から伝わるお兄さんの身体の暖かさ。
それが心地いい。
「...いや普通に上がってあったかい所に居たほうが良いに決まってるだろ。」
そう言って私の体を持ち上げようとするお兄さんに対して口を開いた。
「駄目!これ以上触ったら大声出しますよぉ!」
「....お前、自分から座ってきてそれは理不尽じゃないか?正直邪魔なんだが。」
お兄さんがジト目でこちらを見つめる。
しかし私はそれに胸を張って返した。
「ふふん、私は女の子だし、子供だから良いんです!黙って椅子になってください!」
「...メスガキが。好きにしろ。」
お兄さんはぶっきらぼうにそう答えると上を見上げる。
私も心置きなく身体をお兄さんに預ける。
よくよく考えてみれば、袴の薄い布があるだけでお互い肌が合わさっているのだ。
そう考えるとすごく恥ずかしい。
しかし身体を合わせていると、あることに気づく。
「....お兄さん、鼓動。」
鼓動を感じない。
人が生きている間なら必ず生じているであろう鼓動が。
するとお兄さんは私の目を見て、答える。
「俺は、あの刀を手に入れた時に既に...死んでいる。」
「死んで....でも、お兄さんは今こうして生きてるよ。身体だってこんなにあったかい....。」
私がそう言うと、お兄さんは返答する。
「俺も、よく分からない。...でも鼓動がない以上、俺は死んでるはずだ。...もしかしたら俺はあの刀が自由に動き回って妖魔を食らう為に死にぞこなっているだけなのかもしれない。」
そう言うお兄さん。
でもそれなら猶更。
「猶更、死のうとしちゃダメだよ。せっかく死んだのに生きてるなら、生きようとしなきゃ....。」
そう言うとお兄さんは上を見上げる。
その様は何か悩んでいるようだった。
「...そうだな。俺は、何がしたかったのか。証明する為と言って、倫則をあのまま斬っても御使いが減るだけ。あの時に俺が選ばれなかった事実は変らない。...俺が今やっていたことも、無駄だ。それどころか妖魔を倒して人を守る御使い、それを一人減らそうとした。俺がやったことは、何も生まなかった。」
「なにそれ。」
何も生まなかった。
その言葉が私の頭に響いた。
私は、その言葉を許しておけない。
「姫啞?」
お兄さんは私の声色の変化に私の顔を見る。
私はお兄さんをまっすぐ見て口を開く。
「お兄さんはさ、何回言わせんの?何度もお兄さんが居たから私は今生きているって言ってるじゃん。...だから、今までやっていたことが無駄だなんて絶対に言わせない。お兄さんだろうと絶対に。」
「...そうか。すまない。」
お兄さんはそう言ったきり黙ってしまう。
二人の間を静寂が支配する。
そしてそれを裂くように袴を着た女性が入ってくる。
お兄さんと密着している姿を見られていると思うと、何故だか恥ずかしくなって咄嗟に顔を伏せる。
対してお兄さんは動じていなかった。
なんだか...ちょっとイラつく。
袴を着た女性は頭を下げると口を開く。
「倫則様がお呼びです。」
「....分かった。」
そう言うと彼は立ち上がる。
全身からはもう既に黒いシミは消えている。
だが、胸には未だ残っている。
「で、でも胸元....。」
私がそう言うと、彼は笑った。
「心配するな。これは取れない、どうやっても。」
お兄さんは立ち上がる。
私も立ち上がろうとするが、足がかじかんで立てない。
そんな私を見兼ねて抱き上げる。
「ちょっ、お兄さん!なにしてっ!」
「立てないんだろ?それともここでずっと浸かっておくか?」
そう言われると何も言えない。
そうしてお兄さんは私を抱き上げたまま、案内されるままに山を下りる。
そして着いたのは屋敷。
その中に通されるとある場所へと向かわされる。
「...ここって。」
お兄さんが言葉を漏らす。
そして戸を開けるとそこは、剣道場だ。
戸の向かいにはお兄さんと対立していた男が正座している。
傍らには竹刀。
お兄さんは私を降ろすと、その男に話しかける。
「...これはどういうつもりだ。」
すると、彼は口を開いた。
「...決着をつけよう。弘人。」
男の言葉を聞いてお兄さんは笑う。
「...はっ、哀れみのつもりか?お前があの刀を使わないなら、何の意味もない。」
そう言うと男も毅然として返答する。
「そんなに言うなら、勝ちに来なよ。今度こそ。」
「....俺がわざと負けてるとでも言うつもりか?」
お兄さんは男を睨み付ける。
しかし男もお兄さんの目を見返していた。
「いや。君はそんなことする人じゃない。....でも、例え力を与えるとしても自らを食らう刀。そんなものを使ってまともに戦えるわけがない。そんなハンデ、背負って戦うのはやめろって言ってるんだ。それに......。」
男は立ち上がって竹刀を構える。
「君はあの日を取り戻すって言ったな。...それなら選定の儀の前、刀を持つ前の状態に揃えるのが真にどちらが優れているか証明するのにふさわしくないか。」
そう言ってお兄さんに竹刀を投げ渡す。
それを受け取ると、お兄さんはしばらく竹刀を見つめた後に、不敵な笑みを浮かべた。
「...へぇ、言ってくれるじゃないか。でもさぁ、お前が今まで剣技で俺に勝ったことあったか?そちらがやる気になってくれるなら俺は別に良いが。」
「...それは、過去の話だ。今の俺は成長している。それに君が選ばれなかった刀の持ち主だぞ。今まで通り勝てるかな。」
敢えて挑発するような口調で言う男。
そんな男に切っ先を向けて笑みを浮かべる男。
「いいぜ。...お前を滅多打ちにして、あの刀に見る目がねぇって唾吐いてやんよ。」
そう言って歩き出すと、二人は対峙する。
そして両者は同時に踏み出した。
袈裟斬りに降られる倫則の竹刀を弾く弘人。
しかし、倫則も後ろに少し飛ぶことで弘人の返す刀を避けた。
そしてまた両者は踏み込み、接近する。
両者とも退くことを頭から排除した剣戟。
お互いが、お互いの命を取らんとせんばかりの死合。
鬼気迫るほどの剣幕が周囲を圧倒する。
ひっきりなしに竹刀が打ち合う音が響く。
そして、遂には鍔迫り合い。
(ッ!?)
鍔迫り合いを制したのは弘人。
強引に逸らすと頭蓋を割らんとする。
(取った...なにっ!?)
しかしそれを柄の部分で受け止める
そしてそのまま腹を蹴り飛ばして距離を開いた。
(ッ!まさかコイツがこんな荒い事するなんて....確かに昔と違って実戦に適応した分手ごわい。...でも、負けたくない。)
腹を蹴られたので呼吸が少し乱れる。
そして倫則は呼吸を整える暇を与えるつもりはないとばかりに肉迫する。
振り続ける竹刀。
それを全ていなす。
(それで、攻めてるつもりかよ。攻めってのはこうすんだよ!!)
相手の剣戟を振り払うと、お返しとばかりに打ち込む。
一撃一撃が重い
そして倫則の体勢を崩すと、がら空きの胴体に一撃与えようとする。
(やっぱり、強い。...でも、まだ負けたわけじゃない!!)
倫則はまだある勝利へと手を伸ばすかのように突きを放った。
その突きを首を動かして避ける。
頬を掠って、傷がつき、鮮血が頬を伝う。
しかしそんなことすらも気にも留めずに、弘人は誰しもの視線を置き去りにして胴体に一撃を入れた。
剣を振りぬくと勢いよく地面を転がる倫則。
「こほっ、かっ....ごほっごほっ....」
苦し気に空気を吐く。
そんな彼に歩み寄り、弘人は口を開く。
「確かに、お前は前よりも格段に強くなっている。...でも、俺も鍛錬は欠かしたことはないつもりだ。」
そんな彼を見上げて思わず笑顔を浮かべていた。
それは倫則が昔見て、憧れた彼の顔そのものだった。
「やっぱり....敵わない、かぁ......。」
成長している自負はあった。
だからこそ、勝てなかったのは悔しい。
でもそれ以上にこうしてはっきり雌雄を決することが出来て嬉しかった。
「....もう、気が晴れた。」
そう呟くと彼は倫則を立ち上がらせる。
思えば弘人には優劣をはっきりさせる機会は、与えられなかった。
力を得ることが出来ないと分かれば、父に疎まれて勘当された。
喰い下がる権利すらも与えられなかった。
そして、自分に問題があると考えて自分を責め、鍛錬で自己を痛めつけ続けた。
選ばれなかった者は選ばれた者の足を引っ張ってはいけない。
どこかで弘人が思っていたこと。
だからこそ刀を手に入れるまで、自分の価値を証明する手段として御使いよりも多くの妖魔を倒そうとしていた。
だが、それでははっきりとした結果は出ない。
鬱屈とした感情は出口がなく、胸に溜まって腐り続けるだけだ。
そこで刀に出会った、力を唐突に得たことで溢れ出した。
だが、その穢れを禊で清め、自己を見つめなおした。
そして張本人と決闘を行うことで優劣をはっきりさせることが出来た。
鬱屈とした内面を吐き出すことが出来たのだ。
「....君は、これからどうするんだ。」
倫則は弘人に聞く。
弘人は答える。
「...俺はこの家が嫌いだし、御使い自体嫌いだ。...だから好きにやらせてもらうよ。お前も好きにしろ。...もう、ここには来ない。お前に勝っても、俺は刀に押されてお前を殺しかねなかったのは変わらない。次はこの刀に負けないくらいに強くなる。それだけだ。」
弘人は決別を口にする。
それは御使いに選ばれなかったことや、父親のことなどの妄執からの解放を意味していた。
そして部屋を出ようとする。
すると、その前に姫啞が通せんぼする。
「お、お兄さん....、行くの?」
そんな彼女を見て弘人は微笑んだ。
「安心しろ。俺はもうあんなことはしない。...それに、心配ならちゃんと顔を出す。」
「本当?」
心配そうに見つめる彼女に弘人は頷く。
そしてそのまま頭に手を置いた。
「もう、帰るぞ。」
「わ、分かった。」
そうして二人は剣道場を出る。
そんな二人を倫則は見送る。
◇
黄泉路。
お兄さんの使う最強の一撃。
私はアレを二回見た。
一回目がお兄さんと御使いの男が対峙した時。
あの時、お兄さんは結局刀を振ることがなかった。
そして二回目は....。
『逃げろ!邪魔だ!!さっさと逃げろって言ってんだろぉ!!!』
得体の知れない男。
焦燥した様子で私に逃げろというお兄さん。
私はその剣幕に当てられて必死で足を動かして逃げて。
その時に、ふと背後を見た時に見たのだ。
天空を割らんばかりに登る怪しい光。
そしてそれが途中でぷつりと途切れる瞬間を。
お兄さんはきっと、あの一撃を振ることが出来なかったのだ。
それからお兄さんの生存も諦めて、毎日死んだように生きてきた。
そして魔法少女になった時に、出会ったのだ。
再びお兄さんに。
だが、....彼は私を覚えていなかった。
そして今回も、彼は容赦なく自分たちに黄泉路を振るった。
速くお兄さんを取り戻さないと、お兄さんの剣をまたお兄さんが暮らしていたこの街を壊すのに利用されてしまう。
「ようやくここまで来た....。」
お兄さんと戦い、お兄さんの味方としても振る舞った。
そして舞い込んだ一人の少女。
彼女の持つ力。
全てはこの時の為だったと言っても過言ではない。
愛川柚月には私の作戦を触りだけを伝えてある。
彼女には何が起きても気にせずにただあの技を使う事だけを考えろと。
そこで次にお兄さんが現れた時に、エピメディウムを使って柚月を拘束する。
そして、お兄さんはとどめを刺そうとするだろう。
そこで拘束を解除して、お兄さんを拘束。
そのまま柚月の攻撃を届かせる。
柚月ではお兄さんに勝てない。
少なくとも私の知ってるお兄さんはそうだった。
だからこそ、この作戦を執るのだった。
「...お兄さん。必ず取り戻してみせます...貴方を。」
双子怪人を倒した後に見た黄泉路。
それを見てから、この作戦を考えている間も一緒に禊を行ったことなど色々な思い出を思い出す。
その思い出があれば、私は戦える。
ある日の思い人との日々を胸に、彼女は眠りに就くのだった。
今回は御使いやイッチやメスガキの過去について書きました。
前の話でメスガキの回想を書くと言ったので書いていたら案の定クッソ長くなったのでこれだけで1話使ったのですね。
お兄さんは別に味方になったわけではありません。
彼自身、元々妖魔は別に闇堕ち?しても退治してましたし、正直御使いと対立する以外ではそこまで悪い事はしてません。
ただ今回書いた出来事で、執拗に御使いと対立することはなくなったわけです。
もしかすれば同じ妖魔を倒そうとした場合に共闘するかもしれませんね。
まぁ、そんなこと起きる前にある出来事が起きるんですけど。
なんか、過去だとメスガキのヒロイン力高くなってね?
コイツワンチャン昔が全盛期な可能性が微レ存。
徹夜しながら書いていたいつの間にかロリと袴で一緒に禊する流れを書いてました。
多分僕の性癖ですけど、イッチはロリコンじゃないし、反応してないのでセーフだよな!(暴論)