昼時、柚月は自分の携帯に来たメールを頼りに埠頭の廃工場へと足を伸ばしていた。
メールの内容は人質に取られた姉と父親の解放、そして交換条件。
一応、もし次また男に会う事になった時に連絡するように言われたので、姫啞ちゃんにも連絡はした。
私は変身すると、廃工場の重い扉を開けて、中に入っていく。
「...来たか。」
そこには黒い鎧を纏った男。
退屈そうに座り込んで頬杖を突いている、その背後にはツタが身体に絡み、亀甲縛りの状態で屈辱的なポーズを取らされているお姉ちゃんとその蔦に巻き取られているお父さん。
「お姉ちゃんと、お父さんを離して!!」
私は大きな声で彼に対して言う。
しかし彼は様子を変えずに淡々と答えた。
「それには交換条件がある。...もっとも、一度似たようなことがあったんだ。分かっているだろ。」
それは橘川姉妹を人質にした時の話だろう。
あの時は体に爆弾が仕掛けられていた。
実際に琴乃さんが居なかったら私はこの世に居なかったと思う。
「家族の命を守りたいなら、変身を解除してステッキを目の前で捨てろ。」
彼は臆面もなくそう要求してくる。
ここで要求を呑むべきか。
二人は私の大切な家族だ。
だからこそ、二人を切り捨てることなんか出来ない。
「....もし従わなかったら?」
私が聞くと、彼は口を開いた。
「二人を殺す。....もっぱら俺の命令があれば蔦は自律的に二人を殺すんだけどな。」
「んっ~んっ!!~~~~っ!!」
そう言って男が手を上げると蔦はより一層姉を弄る様に動く。
口に猿轡を噛まされた姉が頬を染めて、ビクンビクンと震えながら動きを蔦に阻害されその場で腰を跳ねさせる。
その様子を父は絶望的な目で見ていた。
実の娘が目の前であんなに辱められ続ければそうなるだろう。
何も出来ない自分の無力感に打ちひしがれていたのだ。
「...なんで、あなたはこんなひどいこと、出来るんですか。」
思わず口から言葉が漏れてしまった。
すると男も口を開く。
「何を今更、これで飯の種を得ているからさ。もしくは....こうすることで喜ぶ人達が居るという事だな。」
「悪趣味なんですね....。」
彼女がそう言うと、黒い鎧は頭を掻く。
「....俺は君とくっちゃべるためにここに居るんじゃない。さっさと武装を解除しろ。」
もはや決断の時は既に迎えていた。
目の前の二人を救うには変身を解除するしかない。
このままでは私は殺されてしまう。
でも、それでもっ、大切な家族を見捨てる。
そんなことはしたくなかった。
変身を解除しようとしたその瞬間、足元に魔法陣が現れる。
そしてそこから鎖が出てきて柚月の体を縛った。
これは...あの黒い魔法少女の!!
「...どうやら手間取っているみたいですね。お兄ちゃん?」
廃工場の物陰から仮面で目元を隠した黒い魔法少女が入ってくる。
小さく笑みを浮かべて、男の隣に歩み寄り、身体を寄せる。
私や晶ちゃんと幾度となく対峙した魔法少女。
「....なんのつもりだ。」
男がそう言うと、彼女はクスクスと笑う。
「久しぶりに会ったんだからその対応はないんじゃないんですかぁ~?前にも言った通り、私は貴方の味方です。だからあの子を身動き取れなくしてあげたんです。考えても見て下さいよ?もし、あの子が家族を切り捨てて貴方に仕掛けてきたら、あなたの計画は滅茶苦茶になるんじゃないですかぁ?」
「....なんで、作戦について知っている。」
彼が聞くと、その少女は愚問と言わんばかりに口元に手を当てて笑う。
「何言ってるんですかね?私言いましたよ?....貴方について、知らないことなんかないって。」
意味深にそう言って笑う少女。
それを見て、男の動きが止まる。
(...この女を信用して良いのか、未だに測りかねている。だが、今の状況は俺に取っては望んでもない状況だ。相手に選択権はなく、俺はただ奴を斬ればいいだけ。そうだ。何も迷う事なんかない。この女が作戦を知っていようが、ブラフであろうが俺にとっては利益になっている。それだけで充分だ。)
「....どちらにせよ、彼女を殺せればなんでもいい。礼は言わない。」
「ふふ...お礼を言ってほしくてやったわけじゃないからいいでぇーす!」
楽しそうに笑みを浮かべて少女は言う。
(どうしよう...このままじゃ!!)
絶体絶命の状況。
まさか、こんな時に限って敵対勢力が増えるなんて。
...姫啞ちゃんが来てくれたら。
連絡をした彼女の事を考える。
しかしそんな柚月を他所にドンドンと彼は柚月に近づいて来る。
そして腰に差した刀を引き抜いた。
刀を振り上げる。
数秒後には、柚月の体は袈裟切りにされて、消えかける命が慟哭するかのように血が噴き出す。
そのはずだった。
「....まぁ、〝今の”貴方の味方とは言ってないんだけどねぇ?」
黒い魔法少女が言った瞬間、柚月の鎖が霧散。
そして瞬時に彼の足元に鎖が現れて鎖が彼を刀ごと縛り付ける。
それは彼だけでなく、彼の背後で蔦などに巻き付いて動きを阻害している。
「ッっ!?何っ!!?」
「えっ.....?」
(これは一体どういう....。)
柚月が戸惑っていると、黒い魔法少女は目元の仮面を取った。
晒される素顔。
それは彼女の友人にして、連絡を入れていたはずの少女だった。
「姫啞ちゃん!!?」
柚月が驚愕する中、彼女は口を開く。
「愛川柚月!!私の頼み、忘れないで。」
その言葉を聞いて、ハッとする。
彼女が私に男の心と繋がる様に頼んだ時、近づけるようになんとかすると言っていた。
これが、彼女の策か。
彼女は、もしかしてこういう時の為にずっと私達の敵として振る舞っていたの?
色々な思いが頭を駆け巡る。
しかし、唯一やらねばならぬことは分かっている。
「行くよ、リンカリオン!!」
<魔力出力量 極限 Propulseur commencer>
彼女の声に呼応して、白い粒子が拳に集中する。
人質に取られた二人に迫る蔦。
しかしそれを防ぐ鎖。
取り敢えずあの鎖があるなら二人は無事だ。
それを目に収めて、男は兜の中で歯噛みする。
(....功を焦りすぎたかっ!あんな女何故あの一瞬信頼した!...いや、咄嗟にそう言う行動に出るほど、俺は彼女を信頼していたのか?アドバイスのようなことはすれど、妨害するようなことはなかったしな。...だが、こうなってしまった以上、なりふり構っていられない。この鎖も魔法なら、刀で魔力を吸い尽くす!)
鎖が刀に触れていることを確認すると、力を籠める。
すると、艶やかな黒色の刀身がぐにゃりと脈動したかと思えば、鎖からドンドンと色が失われていく。
「一度も届かせられなかったこの拳ッ!!ぜっっったいに届かせる!!!」
彼女の言葉と同時に彼を縛る鎖が霧散する。
そしてそのまま振り上げた刀を振り下ろす。
しかし、既に柚月は懐に入っている。
そうなれば刃渡りの長い太刀よりも、拳の方が先に届くのは必然と言えた。
胴体を撃ち抜く拳。
鎧の中からでも大きな衝撃を体に感じる。
そして拳から溢れ出した白い粒子は鎧の隙間から中に入ってくる。
(目の前が白く....これは.......)
自分が改造した青い魔法少女などに行った洗脳を解除するっぽい一撃。
それを自分が受けたのだ。
なにかが頭に入り込むような感覚と共に、意識が遠くなっていく。
(何故だ...どうして、この女を仕留めきれな.....)
幾度となく不条理に邪魔されて目の前の女を仕留めきれなかった。
そして今や攻撃されるまでになっている。
今になって後ろの二人に時限爆弾を仕掛けなかったことを後悔する。
時限爆弾であればそれこそ彼女の選択権を狭められたのだ。
....これもひとえに何故か装備課が機能を停止していたりと爆弾を調達できず、また怪人の性質上指示を出すだけで黄色魔法少女の目の前で蔦で二人を惨殺するようにしていたから充分だと考えてしまったことだ。
....もしくは、ただ焦っていたのか。
その思索を最後に彼は意識を手放してしまった。
目を開けると、そこは彼の心象世界。
白い大地から泡が空へと昇っていく。
「....晶ちゃんのと、少し似てるな。」
柚月は所感を思わず口にする。
確かに大地の色や泡が空へと昇っていく様は前見た晶の心象世界に酷似している。
泡の一つに手を触れる。
『....とても面白い怪人だね。流石だ。』
『勿体ないお言葉、有難うございます。』
上司にあたるであろう人に褒められて頭を下げる彼。
どうやら彼の心象風景内でも泡は記憶を表している物らしい。
しかし、しばらく飛んでいると明らかに異常な光景が広がっていた。
「これって.....」
それは白い大地に広がった黒いシミのような物。
そこだけは粘性の何かが空に向かうことなく地面で蠢いている。
その近くにまで降りる。
近くで見ると、どことなく靄のような物であると分かる。
「....これは一体。」
そう言って指先で少し触れた、その瞬間。
頭の中にある光景が駆け巡る。
『...嘘だろ、よりにもよってお前らが......』
絶望した表情で地面に突っ伏す男。
神社らしくその場所には3人の青年の生首が刀に突き刺されて屋根に固定されている。
首の下には赤や青、黄色と言った鎧が砕けた状態で置いてある。
それは、昔幼い頃見た御使いの装甲そのものだった。
そして....
『そう睨まなくても良い太刀洗弘人君。私はあの少女に何かするつもりはない。...私が用があるのは君だ。』
『...奇遇だな、俺もだ。』
少女を逃がして、そこを通せんぼするように黒い鎧の男は仁王立ちする。
それと真正面から向き合う金髪碧眼の男。
そして戦闘が始まるも、彼は全く太刀打ち出来ていない。
振りかぶって下ろした刀は彼の体を通過する。
まるで実体がないかのような彼の体に男は驚愕していた。
『私の力は君の力とは規格が違う。...ただその力、興味深いな。』
『....化け物が。』
笑みを浮かべる金髪碧眼に対して睨みを利かせる男。
戦闘は進むが、相手に対して有効打を与えられない以上、形勢はどんどんと不利になっていく。
そして後がなくなった彼が剣を振り上げる。
それは以前、柚月が見た彼の渾身の一撃。
それを、金髪碧眼の男は受ける。
しかし尚も立っていおり、そのまま彼の発している靄の攻撃を受けて倒れる。
そして彼が最後に見た光景が朧気ながら見えた。
『心配しなくていい。...目を覚ませば君も、私の同志となっているさ。』
「今のは、この人の記憶...?でも.....。」
戸惑う柚月。
彼が対峙していたのはさっきの泡で見た上司にあたるような人。
それに上司に当たるような人の動き。
それはまるでこの世の理から外れたように捉えどころがなく、攻撃も通用していなかった。
そしてなによりも、彼が元々御使い側の人間であるように見えたのだ。
「だったら....姫啞ちゃんがこの人を見るように言ったのって......」
この男の人も洗脳されている?
最後の記憶での金髪男の発言を汲むとそう言う事になる。
「....と、とにかく!情報量が多すぎる。まずは整理して.....」
そう呟いた瞬間、足元の粘液が膨れ上がる。
咄嗟に後ろに跳ぶと、それは完全に膨れ上がって、遂には爆発した。
黒い粘液の中から飛んでいく泡。
しかし、それはたった二つだけ。
泡に映し出されていたのは自分が見た彼の記憶。
それだけだった。
こんなことなかった為に、柚月は動揺する。
その瞬間、胸に痛みが走った。
見ると自分の胸から白刃が生えている。
「....んえっ?」
予想外の出来事に間の抜けた声を出す柚月。
背後には男の姿があった。
「....おかしな光景だ。見た覚えもない記憶が頭をチラつく。....だが、それでも収穫があった。お前の能力はこういう能力なんだな。」
後ろから刀で柚月の胸を貫きながら、耳元でそう呟く。
「そんな...貴方は........」
記憶の事を言っているなら、思い出したなら!
なんで私を攻撃してッ!!?
「....正直、まだ理解が追いついてないよ。俺がボスと元々敵対していたとかな。でも、確かなのは....俺がボスに給料もらって生活してるってことだ。昔がどうであろうが、今とはなんら関係ない。」
無情にも男はそう言い放つ。
組織と対立した記憶。
それはたった二つしかない。
それは言い換えればその記憶しかないのだ。
泡の数から見ても悪の組織の一員としての記憶の方が絶対数が多い。
もはや、彼は悪の組織に洗脳された御使い?から御使い?の記憶を持った悪の組織の一員に成り下がってしまったのだ。
今の一瞬で柚月はそう察した。
<Joindre 急速低下 sauvetage 開始>
すると、目の前が白く染まっていく。
これは....。
指を見ると、既に霧散し始めている。
晶ちゃんの時も、時間が来た時はこんな感じだった。
一つ違うのは、貫かれた瞬間にリンカリオンから白い粒子が吹き出して白い装甲を喪失し、それを契機に魔法少女衣装がバラバラと崩れて言っている点だ。
霧散していく様を見て、男は胸から刀を引き抜く。
そしてそのまま振り下ろそうとしたその瞬間、刀身が彼女の首元に届く前に彼女は消えてしてしまった。
それを眺めて男は一言呟く。
「....俺の記憶、か。」
太刀洗弘人。
前の俺についての僅かな記憶の中でボスが俺を見て呼んでいた名前。
多分自分が悪の組織の一員に成る前の名前だろう。
それは今人質に取っている姉が初対面で聞いてきた太刀洗さんに合致していた。
(俺は、一体....何者だったんだろうな。)
何とはなしにそう思っていると、彼も目の前が真っ白に染まっていった。
「かはっ....!!」
口から血を吐く男。
彼は殴られた衝撃でビルと壁と激突。
鎧は兜や胴当ての部分などは壊れており、顔が見えている。
そして目の前で目を開ける黄色魔法少女。
「....あれは......。」
口を開いた瞬間、衣装から色がなくなり霧散した。
それは彼の心象風景で貫かれた時と同じ状態だった。
制服姿のまま座り込んでいる。
消える間際に杖が衣服を再構築したのだろう。
(....あばらが数本折れたな。これは。)
血を口から垂れ流しながらも胴体を触って自分の負傷状況を見る男。
そして柚月に詰め寄るメスガキ。
「柚月、あの人は.....、あの人は.......!!」
そんな彼女を見て、首を振る柚月。
「貴方の言う昔のあの人の記憶....多分、残滓くらいしか残ってない。もう姫啞ちゃんが言うあの人は......」
それを聞いて姫啞は目を見開く。
「何を...言っているの?そんなわけ...ない。も、もしそうなら....私は今まで何の為にッ!!!」
動揺する姫啞。
当然だ。
あの日一緒に過ごしたお兄さん。
それを取り戻す為に魔法少女になったのだ。
目の前の女の言う事を信じれば、もう彼は居ないことを認めることになる。
「でたらめを...出鱈目を言うなっ!!!」
「きゃっぁ!!」
姫啞は柚月を突き飛ばす。
そして覚束ない足で男に歩み寄る。
その様はまるで縋っているかのようだった。
「ね、ねぇお兄さん....わ、私の事覚えていますよね?わ、私ですよ。姫啞です。あ、あの日から勝手にいなくなっちゃって、悪い人達と一緒に居て、私....悲しかったんですからね?だ、だから........。」
それを見て、口から血を流しながらも男は微笑む。
(あばらは折れている。再生するにはどこかで生命力を刀に喰わせる必要があるな。それなら......。目の前に補給できそうな奴が居るじゃないか。)
「あぁ思いッ...出した。姫啞....悲しませてすまない。こっちにおいで。謝らせてくれ。」
男はあくまで優しい笑みを浮かべて手を広げる。
それを見て、姫啞は立ち止まった。
信じられないと言った表情で。
「お、お兄さんは...そんな目に見えて優しい人じゃない。」
うわ言のように呟く。
ゆっくりと後ずさる。
「お兄さんは...お兄さんは素直じゃなくて不愛想で....でも、本当は優しくてふと見せるそれにとても心暖かくなって....そんな風に、あけっぴろげに人を、私を受け入れようとする人じゃない!!!」
姫啞はヒステリックに叫ぶ。
そしてステッキを向ける。
彼女は攻撃の意思を見せていた。
目の前の男がお兄さんのフリをしようとした。
それが柚月の言葉を補強するこれ以上ない証左となったのだ。
(...よく分かってもないのに、するべきじゃなかったか。....てか人を簡単に受け入れようとしないって前の俺はそんな奴だったのか.....。)
杖を向けられて絶体絶命。
後ろでは怪人は縛られている。
....だがあの怪人は植物だ。
身体を斬られても断面から再生していた。
つまりは俺の優位はまだ変わっていないのではないか?
それどころか、黄色は変身を解除している。
ならば刀で斬りつけてやればいい。
「.....観賞用青少女、やれ。」
その言葉と共に後ろの巨体は動き出す。
縛り付けている鎖を無理やりちぎろうとするように。
鎖を押しのけようとすることで、蔦は鎖に沿ってちぎれる。
しかし、なおも断面から蔦が生え出て、姉と父親を飲み込み押しつぶそうとする。
「っやめてッ!!リンカリオン!!!」
叫ぶも、リンカリオンは答えない。
見るとリンカリオンは色を失い、黄色に輝いていた宝石部分も今や灰色にくすんでいた。
ならば....
「姫啞ちゃん!!!」
姫啞に声を掛ける。
しかし、姫啞は男の後ろになど意識すら向けておらず、ひたすらに目の前の男を睨み付けている。
声を掛けても聞いているとは思えない。
(どうしたら.....)
その瞬間、ポケットが光る。
紫色の光。
それを見て思い出す。
一度、ステッキの宝石内の愛羽さんに外の様子とか知りたいから偶には外に連れ出せと言われたことに。
そして男から連絡が入るまで、今日がその日のつもりだったのだ。
ポケットから出すのを忘れていた。
愛羽さんに言えば怒られ、舞羽ちゃんに言えば苦笑いされるだろう。
何故か分からないがリンカリオンが使えない今、
でも、今はそれが光明だった。
ポケットから紫色の宝石を取り出す。
そしてそれを胸元で握る。
「お願い、愛羽さん....舞羽さん....力を貸して.......」
目を閉じて祈る。
自分はこのステッキの起動方法を知らない。
それに、起動するかも分からない。
でも、元々のステッキの持ち主が協力してくれるなら、出来るかもしれない。
二人は刻一刻と蔦に締め上げられている。
未だ、鎖が邪魔になっている物の、潰されるのは時間の問題だろう。
すると、その声に呼応するように杖が光り輝いて紫の粒子を放出する。
それは柄を形成し、彼女の体すらも包み込んだ。
<Loberiawins wecken Gedaan>
杖から音声が鳴ると同時に、彼女を包み込んでいた粒子が晴れる。
そこには濃い紫のフリルと薄い紫のぴっちりとしたラバー部で形成されたアイドル衣装に身を包み、髪も紫色のメカクレツインテールと化した柚月がそこに居た。
「....なんか、見えづらいんだけど。」
『どうでもいいでしょ、そんなこと。こっちは必死こいて頼まれたから起動させてやったんですけど?』
『お姉ちゃん、柚月さんが危ないって知ってすっごい焦ってましたよ。』
『舞羽....なんか最近調子乗ってね?』
頭の中で二人の仲良さげな会話を聞いて安堵する。
...が、目の前で二人は危機に陥っているという状況はなんら変わってない。
「そ、そうだ!愛羽さん!お姉ちゃんとお父さんがッ!!」
『聞いてたから知ってる。....舞羽、私こんな髪型で戦闘なんか出来ないから。能力の制御の方するからアンタは身体やって。多分何となくだけどそういうこと出来ると思うし。』
『うん、わかった。身体...動かしますね?』
「えっ...ちょっと何を言って......」
柚月が戸惑う間に手が一人でにグーパーと開いたり閉じたりする。
そして手を観賞用青少女に翳す。
『蔦に潰されそうなら蔦全部引っ張ってくりゃ良いんだよ!』
<Aantrekken>
杖からそう機械音声が鳴った瞬間、翳した手の方向へと蔦が引っ張られていく。
胸元の姉と絡ませていた父を潰さんとしていた蔦は全て柚月の方向へ引っ張られてくる。
引き寄せられた蔦は標的を変えて柚月を潰せんとする。
すると、足が一人でに動いて蔦を踏み台にして跳び上がる。
「ちょっ、ちょっとこ、怖いんですけど!!ま、舞羽ちゃん?舞羽ちゃん!」
『自分が動かしているわけじゃないですからね。...あっお姉ちゃん、蔦を引き寄せるより人を引き寄せた方がいいんじゃない?』
『それな。そうしよ。』
すると手を今度は父に向ける。
父は蔦から引き剥がされると柚月の胸元に飛び込んでくる。
口元には猿轡。
それを外すと、父は口を開く。
「ゆ、柚月!これはどういう....君が、魔法少女だったのか?」
「お父さん...質問は後で答えるから、今は逃げて。お姉ちゃんも絶対に連れ戻す。」
柚月の言葉を聞くと、周りをキョロキョロと落ち着かない様子で見ていた父は口を噤み、そして柚月の目を真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「...分かった。父として娘に頼むのは情けないけど.....陽葵を頼む。」
「....うんっ!」
そう言うと、後方に飛んで着地。
父を降ろすと、跳び上がって蔦を全て自分へと引き寄せる。
そしてもう片方の手でお姉ちゃんを引き寄せる。
「んっんんんぅ!!!んっ!!んんっ!!!」
姉は引き寄せられたことで身体が浮くも、手足は蔦の巨人にめり込んでいる為、こちらに引き寄せることが出来ない。
それどころか顔を真っ赤にしてしきりに唸っている。
『...なぁ、あれってさ。そういうことだよね。』
『うん....見ちゃいけないもの見てるような....』
「ひ、人のお姉ちゃん見て何言ってるんですか!!」
柚月は二人に対して叫ぶ。
自分でもそう思うが、それでも他人に身内でそういうことを言われると少し複雑な気分になるのだ。
そんなことを考えていると、視界の隅でピンクと黒の粒子が柱のように昇る。
「お兄さんじゃない癖に...お兄さんの顔で、私を見るなっ!!ブレッシングハート!!エピメディウム!!!!」
彼女がステッキの名前を呼ぶと、呼応するかのように二つのステッキが声を合わせる。
<fusione><слияние>
その言葉と共にブレッシングハートとエピメディウムが混じり合う。
二つの粒子は混じり合い、黒いレオタードにピンクのフリルを纏う。
そして曼荼羅のように背後に鎖を広げると杖を向ける。
<Сдержанность>
刀を男は向けようとするが、ステッキの音声と共に鎖で動きを封じられる。
「っ、何度も同じ手を....!」
「もうお兄さんが居ないなら、何もかも、要らない....消えちゃえ。」
男はさっきと同じく刀と鎖を接触させて鎖を食らう。
しかし姫啞はそれよりも早くブレッシングハートを男に向ける。
ブレッシングハートには桃色の魔力と共に黒い魔力も集中する。
『向こうも大詰めのようね。ハッ....ざまぁみろ。そのままやられちまえよ。』
『お姉ちゃん!とにかく今は柚月ちゃんのお姉さんを助けないと!!』
<sikkel mode>
杖は白く染まり、鎌と化す。
そして蔦の巨人と距離を詰めると、そのまま鎌を振るう。
再生し続ける蔦を斬り続ける。
勿論胸元の姉を避ける形で。
そして手の周りの蔦が薄くなったと思った瞬間、手を翳して一気に魔力を込める。
『それじゃぁ!吸い出すかぁ!!』
『久しぶりでお姉ちゃん、テンション上がっているね。』
熱狂的な愛羽と対照的に冷静な舞羽。
そして柚月は姉に手を伸ばし続ける。
「絶対にッ!助け出してみせる!!お姉ちゃん!!!」
伸ばした手を遮るように蔦が伸びるも、鎌を片手で振るう。
左手に疲労がたまっていく。
しかし、それと同時に刻一刻と彼女の身体が蔦からみしみしと出てくる。
そして、左手が完全に出た瞬間、姉と手を繋ぐ。
繋げた!!
ならば、後は引っ張り出すだけ!!
渾身の気持ちで引っ張る。
次の瞬間、横目から猛烈な光が放たれて周りを染め上げた。
光りが晴れて、抉れた地面と壊れた工場の天井が顔を出す。
最早建物としての原型を保ってはおらず、更地と化していた。
地面に魔力に当てられた蔦怪人が煙を出しつつ、周囲に黄色の粉を放出している。
そしてその近くでなんか小刻みにビクビクしている姉を抱き締めて倒れている柚月。
どうやらギリギリ間に合ったようだ。
そして、柚月がゆっくり起き上がると周りの光景が目に入る。
父は既に逃げたらしく背後には居ない。
腕の中には姉が眠っているかのように倒れている。
そして姫啞の前に立ちふさがる犬耳と首輪をつけた少女。
彼女は困り顔で男に話しかける。
「やっぱ無茶やって。色んな部署が機能停止したせいでずっとまともに寝てなかったのに、作戦なんか出来るわけないやん。ボスも呼んでるで?」
「そうか...すまない。苦労を掛ける。...どうかしてたかもしれない。」
それは、前の戦闘で洗脳を解除したはずの和泉早紀だった。
「なんで...あなたはまだ......。」
男を庇うように立つ早紀。
そんな彼女に何故まだ敵の陣営に居るのか問う。
そんな柚月を、首輪付きは見た。
「その声....柚月ちゃんか。そんなもの、簡単や。....ここが私の居場所やからや。ウチはずっと一人やった。父さんも母さんも死んで、ずっと孤独で生きて来たんや。そんなウチに優しくしてくれた!学校から帰って、ただいまって言ってもらって、開発課が、もうウチの家なんや!」
髪型を見て、一瞬分からなかったのか声で柚月を判断する首輪付き。
そして柚月はそんな彼女の言葉に反論する。
「そんな!孤独だなんて!私や晶ちゃんも、アナタを.....」
柚月がそう言うも、それに被せるように首輪付きが声を発する。
「アンタらは、魔法少女としてしかウチと関わりないやろ。それに....勝手に人の心にずかずかと入り込むような奴、信用できるわけないわ。」
「そんな.....」
拒絶されて唖然とする柚月。
そんな柚月を他所に首輪付きは男の手を取る。
「逃がさないッ!!」
姫啞は背後に魔力弾を形成、輪郭を能力でぼやけさせて視認性を悪くする。
しかし首輪付きは姫啞を無視して、空中へと飛び上がる。
そんな彼女に対して魔力弾を複数放つ。
「ッ!」
首輪付きの体を魔力弾が掠る。
炸裂することで彼女は顔を歪めた。
しかし、男は首輪付きに手を取られながら周囲に対して刀を振り回す。
そうすることで、触れた魔力弾が刀身に吸われて霧散する。
そして、男は斬撃を姫啞に対して飛ばす。
ものすごい速さで迫る斬撃。
しかしそれを姫啞は防壁を展開して防いだ。
しかし、彼女が防いだタイミングで首輪付きが煙幕を放ったのか周囲が煙に包まれる。
そして煙が晴れた瞬間、そこに二人の姿はなかった。
『終わったな....。まっ、あの女が敵なら、敵の言葉なんて気にしなくても良いんじゃないの?』
『お疲れ様です。....気にしないでね?柚月ちゃん。貴方は晶さんや私達を始めとして、沢山の人をその能力で助けた。それは、誰にどう思われようが変わらないんだよ?』
愛羽は遠回しに、舞羽はダイレクトに早紀に拒絶された柚月を慰める。
しかし、彼女の言う事は間違いじゃない。
人の心に入るなんて、許されることじゃない。
晶ちゃんの例など、人を助けられると知って忘れていた。
心に入り込まれて不愉快になる人だっているに決まっている。
「...ありがとう愛羽さん、舞羽ちゃん。私は大丈夫だから。」
彼女が微笑んで言うと、変身が解ける。
そして手の中には紫色の宝玉が付いたステッキ。
見比べるようにリンカリオンを出す。
リンカリオンは振ってみても、呼びかけてみても反応しない。
使おうとしても起動できない。
奇しくも、リンカリオンによる洗脳解除などは出来なくなってしまったと見て良いだろう。
実質自分の意思で使えるステッキを失ったのだ。
そう思索していると視界の隅で姫啞が一人でその場を後にしようとしているのが見える。
「あっ、姫啞ちゃん!今日は...有難う。まさか黒い魔法少女が姫啞ちゃんだったなんて....。」
「....」
しかし姫啞は何も言わない。
ただその目は姫啞の失望を如実に物語っていた。
「あのっ.....お兄さんの件は......」
「ッッ!!」
姫啞は柚月が男のことを口に出そうとした瞬間、空へと飛んでいく。
それはこれ以上そのことについて会話したくないと明確に示していた。
「姫啞ちゃん.....。」
あの時、頼みに来た時の彼女。
あんなにも必死だった彼女だ。
まさか彼女が知っている男の記憶が最早残滓くらいしか残っていないと知れば、その失望は計り知れないだろう。
分かる、なんて言っちゃダメだ。
彼女の慟哭は、長らくその為に行動してきたらしい彼女にしか分からない。
だからこそ、飛び去って行く彼女の背中を見ているだけの自分に無力感を感じる。
しかし、下を向けばビクビクと頬を紅潮させている姉の姿。
...いや、それでもお父さんとお姉ちゃんを助けられた。
一度は本気で失われてしまうと覚悟した二人の家族。
それを助けることが出来たのだ。
それだけで充分じゃないか。
その姿を目に収めるとそう思った。
柚月は姉を背負う。
生きている人間の重みを感じながらも、彼女は帰路に就く。
開発室。
暗い中、手当を終えた男が神妙な顔で問う。
「あの口振り、洗脳が解けていたのか?」
「...せや、ウチは元々アンタの飼い犬でもなんでもない魔法少女ってことも思い出した。」
そんな彼に向き合う早紀。
その言葉を聞いて警戒する男。
その様は疲れているようで鋭さを感じられない。
「ならどうする。今の俺は度重なるオーバーワークと作戦の失敗で心身共にガタガタだ。おまけに変な記憶まで見ちまった。やるなら今だぞ。」
そんな彼の言葉を聞いて笑う早紀。
「そんなことせぇへん。....洗脳されていたとはいえ、いつの間にかこの組織...いや、アンタの隣が心地よくなっとった。怪人倒して一人で帰って孤独に暮らす。そんな魔法少女時代よりも楽しかった。それに、今はウチは怪人やしな。...やからウチのスタンスは変わらんよ?」
早紀が言うも、男の目の鋭さは変わらない。
まだ警戒しているようだ。
そんな彼の様子を見て、溜息を吐く。
「まだ、信じてくれへんの?」
そうは言った物の、それも無理はない。
保留するにしても味方寄りであると認識していた黒い魔法少女が敵だったのだ。
警戒するに決まっている。
ましてや彼女は元魔法少女だ。
すると、彼女がゆっくりと彼に歩み寄りながら口を開く。
「なら、ウチのことをガチガチに縛ってくれても構わへんで。また洗脳しても良いし、爆弾を仕掛けてもええ。ウチは既にアンタに全てを預けているつもりや。どんなことされても構わへん。」
「それは.....。」
男がたじろぐ。
どこか上目遣いで少女がこちらに距離を詰める。
そんな経験、彼の中ではなかったのだ。
「ふふっ、何たじろいどるん?いつもみたいに気丈に振る舞ったらどうや?」
「....勝手に作戦決行して、寝不足だからって詰めが甘くて....このザマでどう気丈に振る舞えと?そんな精神状態じゃないんだよ。」
ぼやくように口にする男。
そもそも男は何故か急遽舞い込んだ凍結処分を受けた戦闘班の資料整理などをボスから命じられて眠れていない。
そしてなによりも、ボスに隠していることと調達班が休んでいることが挙げられることで爆弾が調達できなかったりなど、出来る選択肢が極端に狭まっていた。
最終的にはボスにバレているし、これからお叱りが来るだろう。
「それなら休んだらどうなん?前からアンタは働きすぎや思うてたんや。ウチがしっかり付いたるから.....」
そう言ってまた一歩踏み出す早紀。
そんな早紀に対して口を開く。
「子供がそんなこと言うな。なんのつもりなんだ。」
男がそう言うと、早紀が一瞬俯くも、顔を上げる。
「子供言うたってウチかて高校生や!そ、そう言う事くらい知ってる。...それに、ウチはこういうことして媚びを売るくらいにはアンタと一緒に居たいんや。...本当、居て一番楽しい場所やしな。ウチにとって居場所なんや。そ、それに改造して怪人にしただけに飽き足らず、軽い女みたいな見た目にしてけったいな犬耳まで着けて...責任取ってもらいたいわ!」
そう言って詰め寄る早紀。
しかしその後すぐに声がしぼんでいく。
「その...これでもアカンかな?ウチを....信じてくれへんの?」
縋るような目。
それは今まで一緒に過ごしてきても見たことのない目だった。
彼女の思い。
それを聞いて本当だと信じたい。
男はそう思う。
自分にとっても彼女が居ると助かったし、一人だけの開発室の時と比べてなんやかんや楽しかった。
「....信じるよ。」
「本当!?....ホンマ嬉しい。」
早紀は男の言葉を聞いて笑みを浮かべた。
信じたいから信じる。
これ以上やらかしようがないんだ。
ならば、自分がやりたいようにしよう。
半ば諦観にも近いような決断だった。
「そんならボスに呼ばれるまで仮眠室で休もうか。目元にクマくっきり出来てて気になるしな。」
「いや、なんで仮眠室にお前まで一緒に来ようとする。」
男は笑顔で仮眠室にまで手を引こうとする彼女を見て口を開く。
すると、彼女は小馬鹿にしたように笑みを浮かべる。
「なんや意固地やなぁ。もしかしてアンタ、ウチより年上なのにそう言う経験ないん?」
「....記憶はないが、前の俺ならあるかもしれない。」
正直残っている記憶からしてガキ時代のメスガキしか女性は出てなかったが。
それにしても、彼女の変わりようと言えば恐ろしかった。
まさか執拗にヒステリックな様子で魔力弾で攻撃されるなんて。
まぁ彼女からしてみれば前の自分は思い入れの大きい人物なのだろう。
思えば最初から彼女は馴れ馴れしかったしな。
でも、今の俺は違う。
この組織で怪人作って生計立てて、パソコンで掲示板見て笑っているような人間だ。
あんな風に勝てそうにもない相手に立ち向かうようなご立派そうな人間じゃない。
正直、他人の記憶と言われた方がまだしっくりくる。
...ただ、多分深層外殻だって前の自分の力なのだろうし、自分であることには間違いないが。
少なくとも、ボスに改造されたとはいえ、今現在ボスが俺に対して無害な敵対するべきではないことは確かだ。
....ただ前の自分がどんな人間だったか、気にならないわけでもないが。
男が考えていると、彼女は笑う。
「前の自分って...。前も昔もあらへんやろ。今そこに居るアンタがアンタや。そうやろ?」
「...それもそうだな。」
彼女の言葉を聞いてふっと心が軽くなった。
そうだ。
昔がどうであろうが、今の自分はこうなのだ。
昔がどうとか考えるのは無駄なのかもしれない。
それに、この先ボスに何を言われるのか、どういう処分が下されるのか考えると気が滅入ってそんなことすら考える元気もなかった。
「まぁ....いいか。」
「せやせや。深く考える必要ないって。」
考えることに疲れた男は早紀に手を引かれるままに仮眠室へと誘導されていく。
そうして束の間の休息を取ることになった。
遂に紫の魔法少女になり始める柚月。
一時的とはいえ、主人公が別のキャラのアイテムを使って変身するような展開が好きなんすよね。
それにリンカリオンが使えなくしたので実はイッチは彼女の無力化という目的は果たしていたりします。
気付いてないですけど。
またイッチは昔の記憶をかなり断片的にしか覚えていません。
そりゃ無意識レベルに記憶が封じられれば、時が経つごとに風化していってもおかしくありません。
覚えているのは目の前で選ばれたはずの御使い3人が生首で晒されていたり、やられる前の記憶だったりと当人にとってはかなり衝撃的な記憶だけが残っている感じです。
ぶっちゃけ今のイッチは昔とは違います。
よく考えてみれば剣一筋の男が掲示板で他人に行動を委ねたりするはずないから残当
それに、前のイッチなら最後のように疲れたからと言って年下の女性に流されたりしないでしょうしね。
メスガキ(の目的)壊れる^~。
次はボスの話の後に掲示板になると思います。