一面真っ白の世界。
地面からは今までの私の記憶を映して泡が空へと立ち昇る。
その空間で目を覚ますと、目の前には金髪の幼い少女が居た。
「...よく来てくれましたね、愛川柚月。私はアイリス・エイロヒィム。貴方達も先ほど相対したアレクサンドル・エイロヒィムの姉です。」
どうやら随分小さくなってしまったが、目の前に居るのはアイリスさんのようだ。
それに....彼女の口から直接、あの人の姉だという言葉も聞けたのだ。
すると、アイリスさんが私の顔をしっかりと見つめて口を開いた。
「私としても、伝えなければいけないことがあります。...ただ、いきなりで理解が追いついていないかもしれない。だからこそ、貴方の問いに答えようと思います。何か質問があるのであれば、遠慮なく聞いてくださいね?」
彼女がそう私に言った。
その言葉は穏やかな微笑を湛えているようで、どこか後悔の念も伺わせた。
確かに私には彼女に聞きたいことがある、沢山ある。
それに答えてくれるというのなら....
私は口を開く。
「そのっ...私、私はあなたに沢山聞きたいことがあります。...だから、まずは一番答えるのが簡単そうな質問からしても...良いですか?」
「えぇ。構いませんよ。」
笑うアイリスさん。
了承されたからこそ、まずは彼女からしても答えやすく、また答えもシンプルそうな問から彼女に聞くことにしたのだ。
「あなたは...あの時、弟さん...に胸を貫かれていた。なのに、随分小さくなってますけど...生きてるのはどうやったんですか?」
私が言うと、アイリスさんは笑う。
「それならば、簡単に答えられます。私は厳密には死にました。今の私は自身の記憶や人格を複写したデッドコピーに過ぎません。彼女が知っていることにしか私は答えられないのです。だから、伝えるべきことを貴方に伝えに来た。それだけです。」
「そう...なんですか。」
本当に...あの時、死んでいたんだ。
アイリスさんは、あそこで....
すると彼女は口を開く。
「....これで、終わりですか?」
「い、いや!まだあります!...というより、一番聞きたかったのはそれじゃないし....。」
そう言うと、彼女はそうですかと言って言葉を待つ。
どのような答えが返って来るか分からない。
もしかすれば、私達が怪人からみんなを守る為に戦ってきた。
その理念さえも覆るような事実なのかもしれない。
でも、それでも気になった。
全てを知りたい。
知らないと、本当に戦うべき相手が分からないから。
口を開き、息を漏らす。
彼女の顔を見て、意を決して尋ねた。
「あなたの弟さん....?が言っていました。『君たちはただ、私たちの尻拭いをしていただけというのに』って。それは...一体、どういうことなんですか?私達は、怪人からみんなを守るために戦っていた。そう私は思っていました。でも...それ以外にも意図が貴方には、あったんですか?なんで...私達にこの力を...与えたの?」
そう問うと、彼女は瞳を閉じる。
そして目を開くと口を開いた。
「確かに、貴方達に力を与えてきた理由は最初に配り始めた時は違いました。」
その言葉を聞いて、ハッとする。
自分が信じて疑わなかった自分の戦う理由。
しかし、それは与えた彼女からすれば違う物であったから。
彼女は続けて口を開く。
「最初は穴埋めと対策の為に貴方方を魔法少女と呼ばれる存在に変えた。...実際には魔法少女ではなく、セフィラと言った呼び方が正式名称なのですが....まぁそこは貴方にとっては馴染みがないでしょうから良いでしょう。」
「穴埋めと対策....?」
それは一体どういうことなのか?
私が疑問符を浮かべていると、アイリスさんは私の疑問に答えてくれる。
「えぇ。しっかりと説明するには、そもそも私とあの男が何故この土地に居るのかと言った側面から話す必要があります。....構いませんか?」
「え....は、はいっ!」
私は少し戸惑うも、了承する。
理由を知る為には、そこまで遡る必要があるというのなら聞こう。
中途半端に聞いて、真実を掴み損ねたくない。
「私とアレクサンドラは元々、ドイツから来た人間です。そもそも生み出された理由としてはある術式を管制するため。」
「あるシステム....ですか?」
彼女は頷く。
「えぇ。そのシステムの名前をセフィロトシステムと言います。私たちの父ウィリアム・エィロヒムがカバラ神秘思想の命の樹から着想を経て製作した術式。生命の樹は人が神に至る為に必要な過程・手段を記した物。その過程に従って全ての人を神の下へ至らせて救済するという理念から生まれた術式でした。私がCPUの役割を果たし、弟がバックアップの役割を持っていました。」
生命の樹.....セフィロトシステム。
正直チンプンカンプンな部分もあるけど、そういう物があったということは分かる。
するとそんな私を見て、アイリスさんは笑った。
「安心してください、もう終わった話ですから。一人の人間が勝手に考え出した救いなど、人々に受け入れられるはずがありません。ましてや父は魔術師の中でも浮いていましたから...。加えて、その計画は一つの町を犠牲にして失敗しました。」
「一つの町を犠牲に....失敗?」
そう言うと、彼女は頷く。
「はい。父の理念は間違えていました。街一つの人間から慢性的に少しずつ集めたエネルギーでは、到底エネルギーが足りなかったのです。エネルギーが不足しているのに術式を起動したことで術式は瓦解、溜め込んだエネルギーをその場で放出して、結界で守られていた私や父、弟以外の罪もない人々が死んでしまいました。」
そう言う彼女の表情をとても悲痛に歪んでいた。
まるで十字架を背負うかのごとく、重苦しい表情をしていた。
「それじゃあ、お父さんはどうなったのですか?」
そう言うと、彼女は粛々と答える。
「もちろん、弾劾されました。あれほどの被害を出した、当然です。しかし、それ以前に父には敵も多かった。都合のいい付け入り先を見つけた人々は父を迫害し、ぼろ布切れのようになるまで痛めつけるとそのまま火あぶりにしました。」
そう言う表情は暗い。
当然だ。
多くの人を殺してしまったとしても、彼女の父。
それに迫害されて死んだのであれば、思う所がないわけでもないだろう。
「...私はセフィロトシステムの管制を担当していました。しかし、それ以外の役割は与えられていなかった。もし、父が私を父に意見出来るように調整していれば、また結末も少し違っていたかもしれない。」
そう言うアイリスさん。
その言葉に疑問を抱く。
「アイリスさんは止められなかったのですか...?それは...お父さんだから?」
そう言うと、彼女は首を振る。
「いいえ、理由が違います。私は正しく言えばホムンクルス、作られた人間です。特定の作業をさせる為の人形は行動を魔術で縛られるのです。私が今のように自由に動けるようになったのは、父が死んだことで魔術が消えたから。」
「ホムンクルス....」
そんな存在が居るなんて、初めて知った。
自由に行動出来ない人間。
彼女は本当に....セフィロトシステムを管制する為だけに生み出されたのだ。
それがどれだけ倫理的に危ういか。
彼女は言葉を続ける。
「しかし、それを言い訳にするつもりはありません。私は確かにあの時、あの現場に居た。そしてあの術式のせいで多くの人がなくなった。その日から弟が星ばかりを見て、コミュニケーションが取れなくなったのも私の背中を押したのかもしれない...。もし、父が死んだ場合、父は私達に研究の後を継いでもらおうと考えていた。しかし...あの惨い光景を見た私は、その役目とは真逆の行動を取った。私は....セフィロトシステムを封印処理しました。」
「封印処理...ってなんですか?」
私が首を傾げると、彼女はその問いに答える。
「二度と使えないように改変したということです。もうあのような被害を引き起こすわけにはいかない。そう思って封印したのです。...しかし、弟はそうは思わなかったようです。」
彼女は俯く。
表情は見えない。
だが、良い表情をしていないということは確かだった。
「弟は父の遺志を引き継ぐべきだ。と封印した私を詰りました。アレは失敗ではないと。ただエネルギーが足りなかっただけなのだと。しかし、彼にも分かっているはずです。街一つであの不足。たとえ全世界の人間を犠牲にしてもエネルギーは足りません。元からセフィロトシステムは破綻した理想論、机上の空論であると分かっているはずなのに....。彼は何故か病的なほどの剣幕で私にシステムの管制権の譲渡を要求しました。」
変わってしまった弟。
確かに、親の遺志を継ごうと思うのは子供としては不思議ではない。
でも....確かにその要求を飲むわけにはいかないのは分かる。
アイリスさんは二度とそのような被害が出ないように封印したのだから。
その術式を失敗と捉えていない弟さんがまた同じ実験を繰り返すことは想像に難くない。
「もし、弟に術式を渡したら、またあの悲劇を繰り返すかもしれない。私は何度も、弟を説き正そうとした。...しかし、分かり合えなかった。弟は私を襲撃し、セフィロトシステム自体を奪おうとしました。私も応戦し、戦いは最終的に貴方の街の上空へ移動するまで長引いた。そして最終的に彼はバックアップ権限を更に拡張したのか私の解体申請を出し、私の肉体を消滅させ、私は彼をズタズタに引き裂いて各地に飛び散らせて二度と自由に動くことが出来ないようにしました。私の手元にはセフィロトシステム。私は弟から術式を守ることに成功した代わりに、肉体を失い、システムにくっついている精神体と化したのです。」
システムにくっついている精神体。
それはつまり...今ステッキに精神を避難させている愛羽さんたちのような状態ということなのだろうか?
「それじゃ、弟さんはその時は無力化出来たということですか?」
そう尋ねると彼女は頷く。
「その当初は無力化出来たと確信しました。この土地は生命力に満ちており、妖魔も出てくる。そしてそれに対抗する集団もあった。放っておけば身体は食われたりなどして二度と彼が動くことはないと。しかし、どうやら弟の執念は私の想像を超えていた。弟は人に体を集めさせ、その人も養分とすることで肉体を再構成した。そして....この土地の守護者である御使いすらも倒した。」
その言葉を聞いて思い出す。
それは黒い鎧の男の人の記憶。
晒し首にされていた三人の御使い。
それも全て、彼女の弟、アレクサンドルが行ったことだということを。
「そしてある程度の自由を手にした彼は組織を作った。その時から妖魔の姿が見えなくなった。それはなぜか。簡単に言えば土地の生命エネルギーの多くがその組織へと集まっていたから。生命力の余剰から妖魔は生まれていたと考えれば不思議ではない。それに怪人などという本来は存在しない生物まで現れ始めた。」
段々と御使いと共に聞かなくなった存在、妖魔。
完全に私達魔法少女と怪人に置き換わった背景にはそんなことがあったなんて...。
「私は肉体を失った以上、物理的に世界に関与することは不可能。弟と違って権限によって肉体を削除されたからこそ、肉体の復元にもかなりの時間がかかってしまう。このままでは弟が身体を完全に揃えて動き出すかもしれない。だからこそ、私は関与できない私の代わりに弟の企みを打破する為に御使いの観測データを参考にセフィロトシステムを魔法少女システムへと再定義した。...まぁセフィロトシステム自体をバラすことで揃うことがないようにしたという意味合いも強いのですが。」
それが私達、魔法少女が生まれた理由。
私達は、アイリスさんの代わりに戦う為に力をもらったんだ。
アイリスさんは申し訳ないと言った表情で言葉を続けた。
「彼が尻拭いと言った言葉は間違いじゃない。本来、私達がここに来なければこの土地はこうはならず、御使いの方々も生きていた。そして本来は私自身が責任を持って彼の思惑を打破しないといけないのに....貴方達を動けない自分の代わりに使った。そのせいで...本来戦いとは縁遠い筈の貴方達に戦わせてしまった。傷を負わせてしまった。それは、...許されないことです。本当にごめんなさい。」
彼女は頭を下げる。
彼女の顔には自責と罪悪感がありありと顔に現れており、痛々しく思える。
そしてその表情は懇願に変わった。
「ただ....最後に、私の頼みだけは聞いて欲しい。どのようにしてくれても構わないから...それだけは。」
その表情はかなり切羽詰まっており、鬼気迫る。
私は聞き返す。
「その...頼みっていうのは....」
「それは....貴方に、弟を倒して欲しいということです。」
私にあの人を....!?
でも!
「でも....あの瞬間だけで分かる。あの人はとても...強い。」
私がそう言うと、彼女は頷いた。
「えぇ。今の貴方、ましてや私でも勝てない。ですが、強さの理由は割れています。」
「強さの....理由....?」
私は首を傾げる。
そして彼女は話を続けた。
「彼が強い理由。それは彼がバックアップ...セフィロトにおいて虚無に該当するアインの権能を使えるからに他なりません。」
「アイン.....?」
私が首を傾げると、彼女は諭すような口調で言葉を紡ぐ。
「簡単に言えば、彼は任意で自分や他の物体の存在証明を曖昧に出来るという事....えーと、居るのに居ないから攻撃が当たらないみたいな芸当が出来るということです。」
説明中に首を傾げると彼女は更に噛み砕いて説明する。
居るのに居ない。
なんか最近見た小説に出てくるシュレディンガーの猫とかそういう感じかな?
でも....その様は姫啞ちゃんが攻撃しようとした時に見た物だった。
鎖が溶けて消えたあの時。
「攻撃が当たらないって....倒しようがないってことじゃないですか!!」
私がそう言うと、彼女は頷く。
「本来バックアップはCPUである私が万が一暴走した際に鎮圧するという役割でもあるので、敗北することはないように作られていますから....だからこそ、ばらした彼の身体を私が観測することは出来なかったわけですし。ただ、私もただ手をこまねいていたわけではありません。虚無に打ち勝つための手段、それを私は作り出したのです。」
「そんな...そんな物、本当にあるんですか?」
私が聞くと彼女は初めて笑う。
その笑みは私を安心させようとする意図が窺えた。
「はい。これでも彼の能力はセフィロト由来。セフィロトにおいての知識でCPUである私に敵う物は存在しません。彼に対する切り札。それは.....貴方です。愛川柚月。」
その言葉を聞いて、時が止める。
えっ....。
「わ、私ですか!?な、なんで私!?」
そう言うと、彼女は微笑む。
「それは貴方の能力、繋ぐ魔法が重要だからです。」
「私の....繋ぐ魔法......。」
精神世界にまで繋がれるようになった私の魔法。
でも、それがなんで切り札になり得るのだろう?
「虚無はなかったことにする力。ならば....あったことにすればいいのです。彼に対抗する力、それは王国の意味をもつ10番目の力<マルクト>。物質世界を象徴するマルクトの力は、物質化。そしてそれに至ることが出来るのは繋ぐ魔法を持つあなただけなのです。」
彼女はこちらを真っ直ぐに見つめる。
マルクト。
なかったことになった物をあったことにする力。
「...でも、なんでそれが私の繋ぐ魔法と関係があるんですか?」
「...マルクトを構成するのは黒、赤、緑...そしてそれを繋ぎ止める黄色が必要です。そしてその要素は貴方の手にある。」
その言葉を聞いて、思い出す。
私の手の中に飛び込んできたステッキの宝玉。
攻撃を食らってしまって砕けた黒い宝玉に、赤い宝玉の小さな欠片。
そして緑の宝玉。
私の黄色と合わせれば、ちょうどマルクトを構成する色に当たる。
「つまり....私の魔法で私自身に宝玉を繋ぎ止めてマルクトになるってことですか?」
「理解が早くて助かります。....私の事は恨んでいても良い。...ただ、弟の思うように事を進めさせてしまったら、また悲劇が繰り返される。お願いします!貴方がたくさんの人を守りたいなら...どうか、マルクトになって....弟を倒してください!お願いしますッ!!」
彼女は頭を下げる。
...私は人を守りたくて今まで戦ってきた。
だから....マルクトになることで、みんなが助けられるなら.....私は言う通りにする。
言う通りにしたい!でも....。
「...マルクトになるのは構いません。...でも、もうリンカリオンは答えてくれません。もう...使えないんです。本当に申し訳ないけど.....」
そう言うと、彼女は意を決したような表情で言葉を続ける。
「それなら問題ありません。私をリソースに使用可能にします。...ありがとう。私の言葉を、聞いてくれて。」
彼女は微笑むと私の肩を持つ。
「そんな....!リソースに使うって、貴方はどうなるんですか!?」
「消えます。...でも、これで貴方が弟を倒してくれれば、私は為すべきことを為すことが出来る。その為に貴方にコンタクトを取ったのです。だから....心配いりません。」
そう言って笑う彼女。
彼女と弟によってこの町が変わった。
その責任を彼女は取ろうとしている。
弟を倒すための力、それを彼女は残す為に覚悟を決めていた。
止めても無駄だろう、いや止めること自体が彼女の覚悟を踏みにじり、みんなを守るための力を得ることの阻害にしかならない。
だからこそ....私がするべきは。
「あの時、私と晶ちゃんが初めて魔法少女になった時、私達は怪人に襲われていた。貴方が力を与えてくれなかったらどうなっていたか分からなかった。」
「...私はセフィラの適性のある人間相手にしかコンタクトを取ることが出来ません。だからこそ...適性のある貴方達を助けることは出来ても、助けられなかった人の方が多かった。」
顔を曇らせる彼女。
でも、私は彼女に笑いかける。
「だけど、この力のお陰で沢山の人を助けられた。私だって、晶ちゃんだって.....だから!確かに貴方にも原因の一因はあったとしても、結果として人を助けられたなら...私たちみんなの為に動こうとした貴方には、ありがとうって言葉しか私には伝えるべき言葉は見つからない。」
「...ありがとう、少し慰めになったわ。すぅ~~~。」
息を吸う。
すると彼女の身体が光の粒子となり、ポケットの中へと吸い寄せられる。
彼女の身体がドンドンと薄くなっていく。
「あ、アイリスさん....!」
「...貴方は、私の最後の希望よ。だから....負けないで。」
そう言って彼女の身体は消えてしまった。
それと同時にポケットが黄色く光る。
「あ....あづっ!!熱い熱い!....これは...アイリスさん....。」
リンカリオンが、輝きを失っていたリンカリオンが光を取り戻していた。
そしてリンカリオンは起動する。
<Rinka-Lien over drive...Commencez Rinka-Lien Des bras qui atteignent pour toujours>
黄色の宝玉から光の粒子が飛び出してくる。
そして身体を包み込んだ。
懐かしいこの感覚。
もう二度と味わう事がないと思っていたその感覚に、私は目を閉じた。
黄色い衣装に白く輝く装甲。
繋ぐ力。
みんなを守るための、私の力だ。
リンカリオンを見て、言葉を語り掛けた。
手には緑と赤と黒の宝玉。
思い出すのはアイリスさん。
「お願い...リンカリオン。アイリスさんも言っていた...みんなを守る為の力、マルクトへ。みんなの宝玉を繋げて、マルクトの高みへと至らせてっ!」
そう言って目を閉じると、不意に手の中の3つの宝玉が宙を浮き始める。
「え?...えっ、えっ!?」
周りをゆっくりと3つの宝玉が回っていた。
そして宝玉達はゆっくりと言葉を述べる。
<内扎克>
<Биннер>
<Kevlar>
そして、私のステッキから機械音声が鳴り響く。
<Promotion 三極魔力源に接続 Atteindre le royaume>
その音声を聞いた瞬間、口から自然と言葉が漏れた。
「水晶と化した天球。今、私は.....玉座に座する。」
その瞬間、私のステッキから線のような物が伸びて周りを廻っている宝玉と繋がる。
そしてそれらは私のステッキに飲み込まれると、4色の光を放つ。
リンカリオンは高らかに、その名を響かせた。
<Rinka-Lien union hope...Saisir Dieu en tant que personne>
すると左右には赤と緑の天使の翼。
そして頭には黒の王冠が頭に現れる。
そして胸元には黄色に輝くステッキの宝玉。
手には今までの白い装甲に4つの宝石がステンドグラスのようにエッジの尖った追加装甲が張り付く。
それは4つの色によって構成された装甲を纏い、白い絹を素肌に纏いし、天使ならざる天使。
人の身でありながら翼を湛えて、天上へと手を伸ばす王。
その名は彼方へと刻まれる。
<Rinka-Lien Adonimelek>
周りの空間から泡が彼女を包み込むように立ち昇る。
それはさながら、彼女の降臨に送られた万雷の喝采のようであった。
◇
ボスを止めると決心し、家の外に出た。
四方には黒い光の柱。
ちょうど位置的にボスが置いた祭壇の設置場所に該当するように思える。
光の柱が出ている四方の交点には天を突き穿たんとせんばかりに大きな塔のが地面から隆起していた。
まず向かうべきは光の柱が出ている場所。
葛木の資料にもあったこの土地の龍脈とやらに当たる場所に建てられた祭壇。
町が浮き出してからその地点から光が地から空へと突き立てんばかりに発生した。
であればこの状況となにやら密接にかかわっているのは間違いない。
すぐにでも四方の内の一つへと向かいたかった。
.....が、今すぐには動き出せない。
なぜなら....
「なんでよ!ウチかて怪人や!確かに魔法は使えなくても戦える!」
「だが、何があるか分からない以上、再生力を持たない君を連れて行くわけにはいかない。」
「そんなん、何があるか分からないっていうのはアンタも同じやん!お願い!絶対に役に立つから!!」
仏頂面で拒否する青年と、距離を縮めながらも手を合わせて連れて行くように頼み込む危ない恰好をした少女。
俺の部下であり、最近どう距離感を保てば分からなくなっている少女。
元魔法少女で首輪付きである和泉早紀と出先で出くわしてしまったのだ。
まるで飼い主の帰りを待っていた活発な大型犬のようにこちらに飛び付くと、彼女のペースに呑まれて何をしようとしているのかすらも話してしまったのである。
そしてこの有様だ。
彼女は役に立ちたいと言って行くと譲らず、当然そんなところに再生力を持っていない彼女を連れていけるわけもないので俺も譲らず、話は平行線を辿っていた。
「ハンッ!いつもだったら喜んで手助け受けるのに急になんや!ウチはアンタの役に立ちたいって言ってるだけなのに自分勝手なやっちゃな!自分勝手なのはアッチの方だけで充分やボケ!!」
「だからぁ!役に立ちたいなら安全な場所でジッとしていて欲しいって言ってんだよ!てかお前いきなり何言い出すんだお前!!」
急に夜の話ぶっこみやがって、心臓キュッってなったわ!!
すると彼女はジト目でこちらを見る。
「そんなん嫌や!どうなるか分からないならウチは最後までアンタと一緒に居る!!それがそないにも受け入れられないんか!?イク時とかそんな下らん時は受け入れてくれるのに、なんでこんな時は一緒じゃダメなん!意味不明や!!!」
「落ち着けって!もうモロじゃねぇかお前!!」
さっきからなんでそんな方向に話を持っていくんだコイツ!
誰かに聞かれてたらどうすんだ!恥ずかしいだろ!!
そう思ってると、不意に後ろから声が聞こえた。
「あー、痴話喧嘩してる所悪いが、少し良いか?」
人に聞かれた.....
一瞬、背筋が寒くなり慌てて振り返る。
すると別の意味で驚かされた。
「ち、痴話喧嘩ちゃうわ!!...って葛木さんやん。なんでこんな所居るん。」
彼女は慌てて訂正するも、発言主が分かると一気に冷めた声色になる。
しかし反対に俺は彼に詰め寄った!
「葛木!?なんでお前がここに!!辞職出さずに失踪するんじゃなかったのか!!?」
俺が言うと、彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「その言葉が出るってことは....最後まで見たって言う事か。流石、律儀だねぇ~。信頼してたよ、お前なら最後まで見るって。」
「なんや...?なんの話なん?」
俺が受け取っていたパソコンの詳細について知るはずもない彼女は首を傾げる。
俺はこっちの話と誤魔化すと、彼は笑う。
「まぁ、何でここに居るのかって言われると俺も弱いんだよなぁ.....。俺も居たくてここに居るわけじゃないんだよ。...ほら、今町浮いているだろ?」
そう言われてハッとする。
「お前....もしかして、出れなかったのか?」
そう言うと彼は罰の悪そうに笑って返答した。
「まっ、そう言うことだな。色んな所に挨拶してからにしようと思ったら町が空に上がって地上と隔絶されちまった。だからこそ、これから俺は水平社の工作員として役目を果たしに来たってわけだ。」
「水平社としての役目だと?」
俺が疑問符を浮かべると、彼は酷薄に微笑する。
「おいおいおい、しっかりしてくれよ~。俺は組織間の勢力を均等にするのが仕事って言ったろ?あのボス...というよりアレクサンドル・エィロヒムのやろうとしていることの阻止だな。」
「それが....組織間の均等とどう関係がある。」
そう言うと彼は返答する。
「そりゃお前、ついさっき出来たような個人組織...ましてや一人の人間の個人的な感情や主義によって人類の終わりや始まりをどうこう決められるだなんて、偏っているにも程があるだろ。そういう偏り、歪みはなんとしても是正しないとな。そんな好き勝手されちゃみんなが困っちゃうし。」
そう言わるとそうだ。
たかが一個人に救済とか破滅とか人類規模の話を決定されても納得できるはずがない。
そういう側面から見た均等も葛木の組織においては重要なのだろう。
「で、お前もこれからあの光の柱の下へ行くのか?」
「あぁ。金の切れ目が縁の切れ目。それに、世界が終わっちまったらスイーツが食えねぇし、後輩の敵討ち的な側面的にもな。」
俺がそう言うと、後ろから視線を感じる。
大方、早紀だろう。
話は分からないから黙ってはいるが、置いてけぼりにされて内心穏やかではないのかもしれない。
....怖いなぁ。
すると彼女を見て、葛木は笑う。
「それじゃ今までそこのお嬢さんがついて行くと言って譲らなかったってわけか。」
「まぁそんなところだ。」
「逆や。フンッ!」
俺が返事すると、早紀は拗ねたかのようにそっぽ向く。
そんな彼女に葛木は尋ねる。
「それじゃ、そこのお嬢さんは何故について行くと?」
すると、彼女はそっぽ向いたまま答える。
「そりゃ役に立ちたいからや....それに、それ以上に、せっかく手に入れた寄る辺や。ウチの好きな人くらいウチが守る。」
そう言って彼女は俺を見る。
真っ直ぐに注がれる真摯な視線。
「早紀.....。」
するとニヤケながら葛木が俺に詰め寄る。
「だそうだぜ主任サマ。こんな幼な妻が居るなんて羨ましいね。」
「お前なぁ....。」
呆れた視線を彼に向ける。
すると、彼は急に真剣な表情になった。
「こんな状況なんだぜ?一寸先は闇。それなら....最後くらい好きに過ごさせてやったらどうだ?お前だって一人で死にたかないだろぉ?それに....安全な場所なんてものが本当に現在の地球上にあるもんかねぇ....。」
「それは.....。」
俺が言い淀むと、彼は肩に手を置いた。
「大事な物は、自分のすぐ傍に置いておいた方が後悔せずに済む....そうは思わないか?」
「....そうだな。」
町自体が隔絶されて空に浮かび上がっている。
現在は、今の所塔や光の柱の出現以外に何もないが、その内怪人などが街に放たれるかもしれない。
それに二日経てば地上と激突してどの道みんな死ぬ。
それなら....
首輪付きを見る。
元々は敵だった少女。
色々な過程を経てであるが、今や俺にとって最も大切であると言える。
....まぁ、ボスによって昔の俺と変わってしまった俺にとっては初めての深い付き合いの異性でもあるし。
だからこそ、再生も出来ない彼女を戦場に向かわせるわけにはいかないと思ったが....やはり彼女は怪人。
戦闘は出来る。
それに....一緒に居たいと言ってくれている。
俺だってそうだ....。
なら。
「早紀....分かった。一緒に来い。」
そう言うと、彼女は目を輝かせる。
「本当!?やったー!なんかよう分からんけど、葛木さんありがとな~!」
そう言うと葛木は笑いながら、彼女に近寄る。
「そうそう、そう言えば....再生できないんだって?それなら確かに主任サマが君を連れていくのを嫌がるのが分かる。だから....これ使って、私もやれるって所見せてやれ!」
そう言って彼はなにやら包帯のような物を渡す。
「なんだそれは....?」
俺が問うと、彼は答える。
「ほら、前に戦闘員部門の連中が埋葬機関に視察に行ったろ?その機関で使われる量産型聖骸布だ。それ広げてれば相手のアストラル体に反応して巻き付く....らしいぜ。」
彼はそう言って早紀に包帯のような物を手渡した。
それにしても、なぜ持っているのか....?
「ほら、組織間の勢力均衡を図る上で色々接触を取る機会があってな。」
そう言う葛木。
そんなに不思議そうな表情をしていたのだろうか....俺は。
そう思っていると、彼は手を挙げる。
「というわけで、俺は向こう側の光の方に行くから。じゃ!逆三角の央に瞳あり。」
なにやら意味の分からない詠唱のような物を残して、走り去ると脇に止めてあるバイクに跨り、走行していった。
バイクで来てたのか....。
そう思っていると、早紀が訝し気に呟く。
「なんや....なんでウチが再生を使えないってなんで知っているんやろう?もしかしてウチらの話、最初から聞いてたんかな....?」
「アイツの場合は何をやってももう驚かん。」
水平社という組織からのスパイ。
いつの間にかサイレント・アズールの暗部にまで繋がっており、今回のような意味の分からない状況でも不敵に笑って役目を為そうとしている。
底が知れない。
一体、アイツは....いや、水平社はどんな組織なのだろうか?
そう思っていると、気持ちを切り替えたのかこちらに早紀は笑顔を向ける。
「まっ、何はともあれ一緒に行ってくれるんならなんでもええ!....言質取っとるからな?」
彼女はそう言ってくる。
...まぁ何かあれば俺が身代わりにでもなればいいし。
それに、葛木のくれた聖骸布?もあることだしな。
「分かってるって。」
俺がそう答えると彼女は笑う。
「分かればええんや!で、葛木さんは向こう行ってもうたけど、ウチらはどうするん?」
そう聞いてくる彼女。
それについてはもう決めている。
「葛木とは反対の方向に行く。...そちらの方向なら一度行ったことがあるからな。」
まだ戦闘員だった頃に、それどころか俺が太刀洗弘人だった頃に行ったことがある森の中。
そこなら多少は道は分かる。
そう言うと、彼女は頷いた。
「ウチはアンタに従う。...それじゃ、行こうか!」
「あぁ....。」
俺は刀、彼女は薙刀を携える。
そして真っ直ぐに天へと伸びる光の柱を見据えて、その内の一つの方向へと歩みを進め始めたのだった...。
タイトルはリンカリオンがマルクトへと至る時の詠唱文の一部です。
セフィロトは下から上へと神に至る段階を示した物であり、10番目のセフィラであるマルクトは一番下であり、人の位置であると言えます。
だからこそ、人の座にて虚無、アインに手を伸ばすという意味も込められていたりします。
葛木が去り際に言っていた意味の分からない詠唱のような物は水平社の別れ際の挨拶です。
これに従って紙に書けば、水平社のロゴが書けます。
まぁどんな組織でパロディ元がどこかもそれで大体分かるかと....。
次は掲示板回です。