「...私は。」
家の屋根の上。
体操座りでただ周囲を眺めている。
周りには天高く聳える塔に、空へと突き刺さらんばかりに伸びる紫の光。
地面は浮かび、犯行声明とも言えるあのふざけた映像から考えると、このまま落ちてしまうらしい。
そうなれば、人類は終わってしまう。
でも、それ以前に私の世界は終わっている。
お兄さんは、もう居ない。
あの男の中には、もう別の人間が居た。
お兄さんは事実上....死んでしまっていた。
「私は.....これから、戦うの?なんのために....?」
私はあの時にあの男にやられたお兄さん、大好きなお兄さん。
それを取り戻す為に戦っていた。
でもそれがなければ、もう戦う理由もない。
正直....もう、こんな世界消えちゃったって良い気がしていた。
それほどの喪失感、失望が胸を渦巻いている。
死んでしまえば、お兄さんに会えるかもしれない。
だからそれも良いかなぁ....なんて、自分勝手にも考えていた。
死にたいなら一人で死んでしまえば良い筈なのに、死にたくなかった。
あの時、妖魔に襲われた時。
本気で死を眼前に捉えたあの日、お兄さんに助けてもらったあの日から。
私は死がとても恐ろしい。
私を助けてくれたお兄さんこそが私の生の象徴でもあり、幼い少女が夢見るような王子様に見えたのだ。
だから、死ぬのは....あの日助けてくれたお兄さんに背く行為な気がして....嫌だ。
せっかく助けてもらったのに....お兄さんとアレクサンドルが対峙したあの日だって私を生かすために逃がしてくれたのに、自分から死ぬなんて...絶対にしたくない。
そうだ、よく考えてみればこの世界にお兄さんは居なくてもお兄さんとの思い出は、まだこの街に沢山ある。
この家の前だって、夜遅くだからとあの人がここまで送ってくれた。
かなり行った路地は、あの人の後をよくついて回っていた思い出がある。
向こうの山にだって.....!
そう思い、目を向けると思い出の場所には無神経にも紫の光が天へと差していった。
「....なにあれ?邪魔....。」
アレクサンドルの仕業であろう紫の光。
お兄さんを奪い、殺して別の人間にしてしまったあの男。
その男の光が、無神経にも我が物顔で森の中から現れている。
そうだ....こんな所で腐っている場合じゃないだろ。
このままあの男の好きにさせて良いのか?
この町がもし、このまま地球に激突してしまえばどうなる?
私の町は....お兄さんとの思い出の場所は粉々に砕け散る。
「私と....お兄さんの思い出。そうだ....まだあったじゃん。私の、戦う理由。」
そう考えると、いつの間にか立ち上がっていた。
私のお兄さんを奪ったアイツ。
今度は、その思い出の場所ですら世界をどうにかする為の手段としようとしている。
思い出まで....消そうとしている。
そんなこと....許してなるものか。
「私の守りたい物、今度こそ.....私が守る。」
決意を口にする。
口にすればなんてことはない当たり前のこと。
お兄さんがいない、そんなことに囚われて忘れていた。
この世界にもうお兄さんが居なくても、私の中には変わらず存在している。
逆に言えば、お兄さんの顔をしたアイツがいるからこそ....私しか本当のお兄さんがどうなったかを知らない。
私しか本当のお兄さんを知らないのだ。
私だけ....そう、私だけ.....。
お兄さんは絶対に認めないだろうけど、変な刀を手に入れてからもお兄さんは人を守り続けていた。
人を守るために御使いになろうとしてなれなかった男が、人を守ろうと懸命に鍛錬し、力を手にして人を守る。
途中、なんか因縁やらどうやらがあったがそこはブレなかった。
なら....お兄さんが守ろうとしていた人たち、この町を...私が守ろう。
私の中にしかお兄さんが居ないなら、私がお兄さんの遺志を継ぐ。
あの人が守りたかったものを守ろう。
それが今の私にしか出来ないこと....そうでしょ?
「それに....あの男の思い通りになんか絶対にさせない。」
お兄さんを奪った金髪男。
ならば、その計画とやらも邪魔してやろう。
ツケを....払わせる。
絶対に、後悔させてやる....。
そう思うと、ブレッシングハートを起動して身体に纏った。
そして目を閉じると感覚を鋭敏化させる。
四方の光、その根元に高密度の魔力が集まっているのを感じる。
そして地下を通じて魔力は塔の方から供給されているのが分かる。
奴が厚顔無恥にも救済などと嘯いていた術式。
それを形成する為の魔力経路だろうか?
どちらにしろ....。
「人の思い出の街に、邪魔くさいもんばっかおっ建てないでくれないかなぁ.....。」
苛立ちを抑えながらも言葉を口にした。
まずはあの4つの光の根本、そこにあるであろう魔法陣を潰す。
奴には勝てなくても....奴のやろうとしていることは潰せるはずだ。
そう決めると、私は飛び上がる。
お兄さんへの思いと、思い出。
それを胸に、大事な人を奪ったあの男の好きに差せない為にも。
少女は飛び上がる。
誓いを胸に、想いを糧に。
◇
病院はどこか騒がしい。
当然だ。
町自体が外界から隔絶された。
地下にあったライフラインは切り離されたことで電力は通わずに、辺りは暗い。
職員たちは如何に病床者たちの生活面、衛生面を確保するかに追われて奔走している。
静かだと思っていたこの場所。
それでもそれは平和故の静かさだったのか。
私はベッドから身を起こすと、ヨタヨタと歩き始める。
身体は倒れてしまいそうなほどに重いし、少し歩くだけで息が切れる。
でも、これが私の普通。
私は生まれた時からこんなだったから。
....なんで生きているのか分からない、奇跡だとお医者さんが言ってたらしい。
しかしそれ故に私は身体は弱く、長くは生きられない...大人になれるか分からないと言われた。
その日からずっと考えていたんだ。
生まれてきて、ここまで生きてこれたことが奇跡。
なら、私は....どうして生きているのだろう?
何の為に生きているのか。
私が生きた後に、何か残るのか?
そればかりを考えていた。
その時にあの人と出会ったんだ。
あの人は私を見て、言葉を詰まらせていた。
そして、魔法少女として私が適正があることを話した上で私に言葉を掛けた。
『あなたには適正がある.....。でも、魔法少女になれば戦わなければいけないかもしれない。貴方の身体じゃ....』
その先で言う言葉が分かった。
だからこそ私はあの人の言葉も聞かずに魔法少女になると言った。
私はすぐに死んでしまう。
大人にはなれやしないと。
両親やお医者さんは必死に生かす方法を探しているが、私にはなんとなく分かっている。
だから....こんな私が、みんなを守れれば、助けられれば。
そうすればみんなが私の生きた証になってくれる。
だから私は.....。
奔走しているお医者さんの目を盗んで、屋上への扉の前に着く。
息は絶え絶え、身体なんか動かない。
これでいい。
私は今、生きている。
そしてこの先はもっと....生を実感できるはずだ。
手に取るステッキ。
彼女の名前を口にする。
「ヴィートロメリア、お願い....私を翔ばせて....。」
そう言うと、灰色の宝玉は光を放つ。
そして身体を光が包み込むと軍服のような衣装に身を包む。
すると身体がまるで絹のように軽くなり、さっきまでの疲労が嘘のように動ける。
彼女が言うには、それは魔力によるもので本来の身体は変わらない。
だからこそ、長く生きる為にも戦うことは勧めない。
でもだからこそ、良い。
私はただ生きるだけじゃなくて、鮮明に生きたい。
病室から窓の外を眺めるだけなんて御免だ。
だから....命を使い切ってでも、戦う。
私よりも長く生きるはずの人が、私よりも早く死なないように。
その人達を助ける為にも....。
「....あの人を止めないと。」
この町を地球にぶつける。
そんなことは絶対にさせやしない。
そう思うと、屋上への扉を開ける。
殺風景だった屋上からは紫の光にそびえる塔。
きっとあの塔に、あの人が居る。
扉から向こうへと走り出す。
そして地を蹴った。
羽のように浮かび上がる身体。
頬を撫でる風。
そのどれもがいつも私には新鮮で、得難い感覚だ。
病院が背後に見える。
空を飛んでいる。
身体中で気流を浴びて、風を裂いていく感覚。
そうだ、これが生きるってことだ。
こんなにも心晴れやかに気分が上がって、気持ちのいいことなんだからきっとそうなのだ。
そうやって飛んでいると、同じ空にある人物を目にした。
その人物を目にすると、私は彼女の方へと一直線に飛んでいく。
すると、気配を感じたのか彼女も私に目を向けた。
「むっ、貴様は我が契約者コクマー、コクマーではないか!!」
彼女はこちらを見ると、笑顔を浮かべる。
アリメントゥム....もとい田之上マリア。
私にご飯を食べさせてくれた良い人。
こんな私でも仲良くしてくれるとても良い匂いのする女の子だ。
相も変わらず邪気眼めいた口調で私に話しかけてくる彼女に私は笑顔を浮かべた。
「マリア....私は、信女だよ。いい加減人の名前、覚えようね。」
「だぁからぁ!!我は真名を呼んでいるのであって名前を忘れたわけじゃ.....」
「こんな時だから....私は、私の名前で、貴方に呼んで欲しいなぁ。」
彼女の目を見て、そう言う。
思えば、彼女にはそう呼んでもらえたことがないのだ。
そう言うと、どこか戸惑ったように彼女は言葉を口にする。
「...なんだ、なにやら改まった様子で。不安になるではないか。何かあったというのか....?」
心配した表情で私を見つめるマリア。
そんな彼女に笑いかける。
「ううん、でも世界が終わる。なら...それくらい良いでしょ?貴方は...友達だから。」
そう言うとどこか唸りながらも、観念したかのように言葉を口に出した。
「の、信女....。く、ククク!我が仮名を呼ぶなど本来あってはならない、契約者の頼み故に答えたのだ...感謝するのだなッ!!」
どこか照れを隠すように高笑いを上げる。
結局、魔法少女の中で長く時間を共に過ごしたのはこの子だ。
この子は弄ると面白い反応を返してくれる。
話していて常に新鮮だ。
「それで...マリアも、あの男の人を、止めに...行くの?」
そう言うと、彼女は頷く。
「然り!....正直、奴の尻拭い云々は我が脳裏に澱のように残る。...が、どちらにせよこの町を何とかしなければ終末が訪れんことは明確。であれば、大神の使者である前に、この世界に産み落とされた救世主たる我が出張らずしてどうする?」
「なんか設定増えたね。」
「やかましいっ!」
ポーズを決めながらそう言う彼女に茶々を入れる。
すると彼女は弾かれたように私に言葉を吐いた。
「....それで、貴様もそうなのであろうコクマー。」
こちらに視線だけ向けて拗ねたようにそう声を掛けてくるマリア。
私は頷く。
「うん、私も、みんなに生きていて....笑っていて欲しいから。」
そう言うと、彼女は笑顔を浮かべた。
「その意気や良し....それでは世界を救うとしよう、我が契約者よ。」
どこかおどけたようにも聞こえるカッコつけたような言い方。
そう言って手を差し伸べる彼女の手は微かに震えていた。
もしかすれば、不安を抱えているのを悟られない為か。
私には不安がない。
早いか遅いかの違いだから。
だから....そんな私が。
「....うん、そうだね。頼りにしてるね、契約者サマ。」
彼女の手を握る。
私が貴方の不安を受け止める。
私の傍に居てくれた貴方を、絶対に不安になんかさせない。
すると彼女はまた戸惑った表情をする。
「な、い、今契約者って....」
「先に、行くね。」
「ちょっ、我を置いて行くなぁ!!」
彼女の言わんとしたことを察した私は塔へと飛行速度を上げて飛んでいく。
二人の魔法少女は空を駆ける。
さながらじゃれ合う獣のように。
◇
「お母さん、どこ行くの?」
夜遅く、玄関にて目を擦りながら男児がパジャマ姿で歩いてくる。
それを見て、靴を履いていた女性、琴乃は笑顔でその子の頭を撫でた。
「ちょっとお仕事にね。こんな時だから私が行かないといけないの。ごめんね。」
そう言うと、男児は理解できているのかどうか分からない程にほわほわと寝起きのまま言葉を紡ぐ。
「そうなんだ...早く帰って来てね。」
「....うん、約束する。絶対に帰ってくるから。」
そう言うと、男児は付き添っていた父親に抱き上げられる。
父親は妻である琴乃に神妙な表情で言葉を紡いだ。
「...やっぱり、行くのか?」
「えぇ。私達が行かないと...世界が終わるみたいだし。自分の子供が生きていく世界を、母親の私が守らなくてどうするの?」
「...あぁ。そうだな。」
どことなく元気のない返事をする夫の肩を抱く琴乃。
「もうっ!どうしたの?気になるじゃない!」
そう言うと、彼は訥々と言葉を吐いた。
「そりゃ...夫なのに、君を守るべき立場なのに、...ただ送り出すしかない自分が情けなくて。それに....もし!」
彼が続きを紡ごうとした。
その口を琴乃は塞いだ。
暫しの静寂。
彼女は唇を離すと、笑顔を見せる。
「私は絶対に帰ってくる。何があっても....だから、その間貴方がこの家を...私の帰る場所を守って?」
「...分かった。」
口を堅く引き絞り、決意の表情を浮かべる年下の夫を見て、彼女は頷く。
今の、彼なら安心だと。
そして扉を出る間際に、言葉を吐いた。
「そうだ、これが終わったなら旅行に行きましょう?私、久しぶりに温泉に...」
「そういう話は今じゃなくて、帰ってきた時にしよう。....なんか怖い。」
振り返ると彼は青い顔をしていた。
考えすぎだと琴乃は思ったが、彼がそう言うならと口を噤む。
そしてただいつものように言葉を告げた。
「いってきます。」
「....いってらっしゃい。」
いつも通りの夫婦の掛け合い。
だが、それが最後になるかもしれないと思うと...どこか得難い物だと思わせられた。
青魔法少女と黄色魔法少女がないですが、この後に必ず出てきます。
また当初の予定から変更で、もっと掲示板部分を入れて後ろに小説を付ける形式になると思います。