異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
夕食の時間、体調が悪そうな長門さんに陸奥さんがまた甲斐甲斐しく関わろうとしたことで、長門さんに限界が来てしまった。ほぼ丸一日、しつこく面倒を見ようとしたせいで堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。
そこから食堂という衆人環視の中での姉妹喧嘩に発展し、長門さんは熱く、陸奥さんは冷ややかに口論。
「今日一晩は関わらないであげる。その間に体調も治して、考えを纏めなさいな。それでも逃げるなら逃げてもいいけど、それならここにいてもらっても困るから鎮守府から出て行って。逃げないのなら自分から私達と関わり合いを持って。姉さんにはもうこの2択しか無いと思うわ」
最後に軽蔑したような視線で一瞥した後、陸奥さんは食堂を出て行った。長門さんは茫然と立ち尽くすことしか出来なかった。
食堂はすごい空気になっていた。私、陽炎がこの鎮守府に所属することになってから、ここまでガッチガチの喧嘩は見たことが無かった。多少の小競り合いくらいはあるだろうが、今のは一触即発とも言える程だ。殴りかかってもおかしくなかった。
シンと静まり返った中、真っ先に動き出したのは速吸さんだった。陸奥さんの言葉から長門さんの体調不良の件を把握し、すぐに医務室に連れていこうとする。
「長門さん、確かに体調に支障をきたしています。流石にこれは放置出来ません。医務室へ連れて行きますから」
「……私は別に」
「問答無用です。文句は後で聞きます。指示に従ってください」
いつになく速吸さんが強気に長門さんを連行していく。アレだけの喧騒があったので、間宮さんと伊良湖さんも長門さんの連行に許可を出していた。
長門さん自身も今の姉妹喧嘩によって余計に体調が崩れたようで、渋々ではあるが速吸さんに連れられて食堂を出て行った。少しだけ足元がおぼつかないようだったが、その場で倒れるようなことは無い。
「陽炎ちゃん、萩風ちゃん、ちょっと頼まれ事いいかしら」
静まり返った食堂で、間宮さんに声をかけられる。
「頼まれ事?」
「ええ。あとから長門さんに夕食を運んでもらいたいの。多分、今一番傍にいられるのは2人かなと思って」
話しやすさならおそらく私と萩風が一番だろう。特に同じ境遇の萩風は、近くにいるだけで安心出来るくらいの存在の可能性がある。代わりに私は陥れようとした張本人のため、長門さんが持ち合わせている罪悪感を刺激することになるかもしれない。
しかし、空城司令からの贖罪は私と仲良くすること。そういう意味では、私との対話も必要である。今日は巣の破壊任務があったことでゆっくり話すことは出来ていない。先程顔色が悪くないかと尋ねた程度である。
だが、長門さんが体調不良という名目で、私が聞いてはいけない言葉を言ってしまう可能性が無いとは言えない。
長門さんが抱えてしまっている太陽の姫への忠誠心は、姉妹喧嘩の中でもその一端が現れてしまっていた。忠誠心があるのなら、こんな状況でも私を目覚めさせようとしてくるかもしれないのだ。余裕が無くなれば無くなるほど、表に出てきてしまうのかもしれない。今は頭も回らないだろうから、自重が出来るかどうか。
「私は……長門さんと話をしたいです」
その長門さんのために動こうと、萩風はやる気満々だった。萩風自身はほとんど救われているようなものだから、同じ境遇の長門さんを自分と同じように救いたいと考えるのは至って普通。
「姉さんに余計なことを言いそうだったら、引っ叩いてでも止めます。姉さん、一緒に行きましょう」
「い、いいけど、なんか萩風、変わった?」
「あんな長門さんの姿を見て……いろいろと思うところがありました。一歩間違えば私もああなっていたので」
後遺症として残った感情が、鎮守府全体に全く被害のないものだったのが萩風である。ある意味、長門さんと逆。故に気になるところもあるようである。
「わかった、私も行くよ。萩風、私を守ってもらえる?」
「任せてください」
心強い妹である。ある意味戦場に向かうようなものだった。萩風の2つ目の戦場は、鎮守府内となってしまった。
あれから少しして、速吸さんが長門さんの診察を終えて食堂に戻ってきた。診断結果は私が以前にかかった症状であるストレス性の体調不良である。ゆっくり眠り、身体を休ませれば復帰が出来るだろうとのこと。今は医務室では無く与えられている自室に運ばれている。
回復するためには腹に何か入れておいた方がいいということで、先程間宮さんから頼まれた内容を実行する。用意してくれたお粥とちょっとしたおかずを持って長門さんの部屋へ。
「長門さん、萩風です。夕食を持ってきたので入れてもらっていいですか」
萩風が部屋の中に声をかけても無言。中にいることはわかっているし、部屋に鍵なんてかかっていないので、割と容赦なく部屋の中に入っていった。その積極性に少し驚く。
部屋の中では長門さんがベッドに寝かされていた。先程よりも浮かない顔で、天井をボーッと眺めている。体調不良で思考能力が低下しているのかもしれないが、そんな状況でもいろいろと思考を巡らせているのだろう。私達が部屋に入って初めて、その存在に気付いたくらいだった。
「っ、お、驚いたぞ。いつ入ってきた」
「たった今です。長門さん、夕食がまだですよね。間宮さんにお願いされて運んできました」
料理を持つ私を見て顔を一瞬顰めたが、私のことが嫌なわけではなく罪悪感が刺激されたからに思える。
「身体、起こせますか」
「ああ……少しはマシにはなった。食欲は無いが、何か入れておかないといけないのは私でも理解出来ている。いただこう」
萩風相手だと長門さんも話しやすそうで、陸奥さんに向けていた敵意のようなものは感じられなかった。境遇が同じというのはそれだけでも心強いようだ。深海棲艦のときにあまり対面はしていないらしいが、それでも仲間であるという認識はあるようだし。
しかし、それ以外。萩風以外は全員が敵としても認識してしまうのが後遺症。この鎮守府にいるだけでも完全にアウェーである。ストレスが溜まるのも無理は無い。そこに陸奥さんのお世話だ。体調が崩れるほどのストレスになったのは無理も無いか。
「……私は逃げていたんだろうか」
食べている途中にポツリと溢す。
ボーッと天井を眺めながらも考えていたのは、あの時の口論で陸奥さんに言われた言葉だった。贖罪を望むのに、それが出来る状況から逃げていると。
「いきなりやれというのは難しいと思います。後遺症は長い年月で作り出されたものですし。私も5年間のせいで、常に姉さんのことを考えてしまうくらいの執着心がありますから」
「……そうだったな。君は太陽の姫の巫女を手近に置いておきたいという欲望が膨れ上がってしまったんだったか」
流石は同類。萩風の事情も手に取るようにわかるらしい。
「……7年。私は7年だ。それだけの間、あのお方に尽くしてきた。故に、今でも
「そうですね……でも、私も太陽の姫と面識はありますが、私は執着心の方が上回りました」
「私の巣は巫女の居場所に比較的近かった。それもあってか、頻繁にあのお方と顔を合わせてきたからな。それが原因だろう」
長門さんは萩風よりも長い年月を深海棲艦として過ごしている。駆逐水鬼と違うのは、その年月の間に何度も何度も太陽の姫と対面し、そのたびに忠誠心を増幅させられたことだ。会えば会うほどその存在が神格化され、結果がこれである。逆らってはいけない者という認識が、魂レベルで根付いてしまっていると。
萩風が私への欲望を滾らせることが出来たのは、太陽の姫との対面の回数が少なかったからなのだろう。直面している時間が多ければ多いほど狂うというのだろうか。とんだ邪神もいたものである。
「皆、私を思って行動してくれたのだろう。あの陸奥だって、頻度がしつこいくらいに多すぎたが、私を気遣ってだ。だが、私の中ではそれが疎ましくもあった。
陥れる対象の私と、元々仲間だった萩風にだけは素直に心が開けるということ。今でも長門さんの中では、私も萩風も深海棲艦の一種としての認識なのだろう。私はまだその段階まで行っていないが。
相反する思考というのは本当に厄介で、仲間意識と敵対心が同時に現れてしまう。私達は救出や保護のつもりでも、長門さんからしたら鹵獲や捕虜に感じてしまうわけだ。ここから抜け出したい気持ちも出てくるだろうし、迷惑をかけたくないという気持ちも出てくる。
何もかもが、植え付けられた太陽の姫への忠誠心が問題である。それがあるから艦娘を敵だと思ってしまうわけで、それさえ無くなれば何もかも気にならなくなるはずなのだが、どうしたものか。
「長門さんは、
「人間としての私は払拭したいと思っている。だが、
言葉だけでも、長門さんの頭の中はグチャグチャになっているとよくわかる。やりたいとやりたくないが同時に出てくるのだから、最終的には思考が止まってしまうだろう。全く噛み合わない歯車みたいなもの。止まったそれを無理して回そうとしたら壊れてしまう。
「長門さんは人間なんだから、こっち側に来るべきだよ。みんなと仲良くなってほしい。陸奥さんとも」
「わかっている。わかっているとも。だがな……そう簡単に出来たら苦労しないんだ。さっきだって諍いを起こしてしまった。私の中では、陸奥は特に
その認識はどうしても拭えない。拭わなくてはいけないのに。
一番の敵が妹になってしまったことで、混乱に拍車をかけていた。長門さんが陸奥さんを妹と認識してしまうような、今とは逆だったらまた話が違ったのだろうが。
「さっき、陸奥さんに選択肢を突きつけられてたけど……どうするの。交流するか、出て行くかって」
「……人間としての私は交流を望んでいる。深海棲艦としての私は出て行きたがっている」
そして思考停止。厄介極まりない後遺症だ。
「長門さんは人間なんですか。それとも深海棲艦なんですか」
「それは……」
「どちらもという解答は求めていません。0か1かでお願いします」
ここで萩風が少し強めの一言。まずはここの認識が大事だ。人間と言ってほしい。だが、思考は深海棲艦が混ざっている。どちらが強いかをこの段階で知っておきたい。
万が一、自分はまだ深海棲艦のつもりだと言われてしまった場合、ここでの扱われ方も変わってしまうだろう。それこそ、保護ではなく捕虜になりかねない。
「……君はどうなんだ」
「私は人間です。太陽の姫は私の人生を滅茶苦茶にした仇敵という認識が出来ています。それに、姉さんをどうこうしようとする敵でもありますから」
力強く答えた。やはり忠誠心が無いようなものなのは大きい。
「私は……私は人間として戻りたい。自身が深海棲艦であるという認識も残っているが、望みとしてはそれを振り払いたいと思っている。思っているんだが……」
震える手を握りしめて葛藤している。どちらが正しいのかは、私達からしたら一目瞭然なのだが、長門さんの中では答えが出せない問題なのだ。
本来なら自分で答えを出してもらいたい。だが、それだとおそらく一生答えが出ない。自分で考えられなくなるのも後遺症の一種だろう。なら、誰かが導いてあげる必要はある。
「長門さん、太陽の姫は貴女の
長門さんが目を見開いた。今まで思い出そうともしていなかったようなことなのかもしれない。人間としての思考には最も重要な部分なのに、忠誠心を失わないために触れないようにしていた部分。
私は両親を殺されている。萩風も家族や友人を失っている。同じ境遇なら長門さんだって同じことが起きていてもおかしくない。それを意図的に思い出せないようにされていた。
「……そうだ、そうだ。あのお方は……
深海棲艦にされる前の長門さんには恋人と言える人がいたようで、その人が失われている。それを思い出したことにより、長門さんは見る見るうちに怒りと憎しみが顔に現れるようになった。
萩風は少しだけハラハラしている。おそらくここが、余計な一言が生まれる場所。確かに、南方棲戦姫は最後『最愛の人を』と言ったのだから、恋人が絡んでいてもおかしくない。ここが私にも関わってくる。
「ストップ。長門さん、それ以上は姉さんの前で言わないでください。トリガーを引きかねません。私から振っておいて申し訳ないんですが」
少し強引に口を押さえて発言を止め、ついでに呼吸を整えさせる。これ以上は本当にまずかったらしい。やはり知っている萩風がついていてくれたのは助かった。私だけなら今この場で目覚めていた可能性がある。
「……すまない。巫女を目覚めさせるわけには行かないんだったな。これ以上は確かに良くない」
「わかっていただけてよかったです」
「今日はこれで勘弁してくれ。一晩で考えを纏める。明日決着をつける」
先程までとは違い、長門さんの表情は少し晴れやかになっていた。吹っ切れるきっかけが生まれたのかもしれない。
深海棲艦になる前の長門は、実は彼氏持ちだったという真実。