異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
長門さんの話を聞いた後、1人で考えたいということで退出。食べ終わった夕食の食器を片付けるため、私、陽炎と萩風は食堂へ。今の時間ならまだ間宮さんも伊良湖さんも食堂に残っているはずだし、そうでなくても自分達で片付けるくらいは出来る。
実際行ってみるとまだ電気はついており、誰かがいることはわかった。美味しそうな匂いもうっすら漂ってきたので、おそらく執務を終えた空城司令としーちゃん辺りだろう。執務室で食べることも多いが、こういう時間なら誰もいない食堂で食べることもあるらしいし。
「間宮さん、長門さんの食器持ってきたよー」
「ありがとう陽炎ちゃん萩風ちゃん。置いておいてくれれば片付けておくわ」
「はーい」
食堂には予想通り司令としーちゃんの姿が。少し遅めの夕食を間宮伊良湖ペアと食べていたようである。
間宮さんから夕食時の姉妹喧嘩の話は聞いていたらしく、少し神妙な顔をしていた。食堂で交流を深めることを指示した手前、その場が騒然とする事態に発展してしまったことに心を痛めているようでもあった。司令だって人間だ。こんな前例のない事例なのだから、間違いだって起こしてしまう。
ちょうど良いタイミングだと思い、先程長門さんの部屋で話したことをそのまま伝えた。陸奥さんの献身は、忠誠心のせいで疎ましくも思っていたが、その気遣いも理解していたと。それに、この忠誠心を払拭したい気持ちは持っていることも。
「萩風が発破をかけてくれたのかい」
「同じ境遇ですので、ある程度は気持ちがわかるつもりです。それが良いことかはわかりませんでしたが」
大切なものを奪われたことを思い出させることで、忠誠心を払拭させるきっかけを与えた。そんなことが出来るのは、ここで唯一全てを知っている萩風しかいない。
私のいる場所でそれをするのは危険な賭けだったようだが、今回はそれに成功したわけだ。すぐに止めたので私にも被害は無い。
「アタシらには出来ない方向から長門に近付けるのはアンタだけだ。これからも頼んでいいかい」
「はい、勿論。せっかく戻れたんですから、長門さんにも新しい人生を歩んでもらいたいと思います」
「頼んだよ。陸奥も気に病んでいたからね。近付き方を間違えたってさ」
あれは陸奥さん本人もやりすぎだと反省していたらしい。甲斐甲斐しいといえば聞こえがいいが、気にしすぎてストーカーレベルになってしまったようである。お風呂に拉致したくらいだし、確かに気遣いが行き過ぎていたかもしれない。
結果的に衆人環視の下での姉妹喧嘩に発展してしまったことで、長門さんがより復帰が難しくなるのではないかと悔やんでいる。そして、最後にかなり滅茶苦茶な選択をぶつけたのも気にしていたそうだ。
「長門さん、どう答えるんだろう」
「ああ、陸奥が突き付けたっていう選択肢かい。少なくとも、出て行くなんて言ってもアタシがふん縛るがね。萩風と違って、長門はまだ戸籍が出来ていない」
「手続きにはもう少し時間がかかりますね。出て行かれても困ってしまいます」
微笑みながらしーちゃんが言うが、一体どういうコネがあれば本来存在しない人間の戸籍が用意出来るのだろうか。
「アタシとしては、交流を選んでもらいたいもんだ。萩風の言葉で吹っ切れる道が見つかったのなら、そうしてほしい」
「私もです。私や姉さんとは比較的普通に話せるので、他の方とも同じようになってもらえれば」
すぐには難しいかもしれないが、自分から私達を避けずに、ゆっくりとでもいいから近付いてきてもらいたい。
翌朝、例の悪夢を見たために朝が少し眠たい。みんなに迷惑をかけての目覚めで、相変わらず平謝りで1日が始まる。相変わらず夢の中では私は深海棲艦と変貌を遂げているが、その後に向かう前に起こしてもらえたおかげで何事も無し。
「今日も無事1日が始まって良かったっぽい。というわけで、まずは一嗅ぎ」
「いつものことでしょうが」
今日は真正面から嗅ぎに来た夕立。腹ではなく胸。谷間に顔を挟み込むように押し付けてくるのも、もう慣れてしまった。どうせパジャマの上からだから、お風呂で直に来るよりは全然マシ。
「なんかこの辺りの匂いが一番強いんだよね」
「分霊されたとき、そこに指を刺されたからなんじゃない?」
「じゃあ、ゲロちゃんの匂いの元はここからっぽいね」
着替えられないから引き剥がした。そしてこの光景を磯波が次は自分とやり出しそうになり、沖波がそれを止め、萩風がいろいろな感情がこもった視線で見つめてくるというところまでが、毎朝のルーティンになってしまっている。
唯一何の影響も受けていない沖波が本当に癒し。私達に何かあったら頼むと冗談で言い続けてるくらいである。異端児駆逐艦最後の砦。
「そういえば、長門さんって今日どうするのかな」
着替えながら不意に沖波が話題に出す。当たり前だが、あの姉妹喧嘩の現場にはみんないた。体調不良を起こしたことから、陸奥さんに選択を迫られたことまで、何もかもが筒抜けである。
「部屋から出てこないなんてこと……あるかも……?」
「体調不良が治らなかったらそれもあるかも。でも一晩考えるって言ってたみたいだし」
「食堂のお手伝い、出来るのかな……」
本来の予定なら、今頃もう食堂で手伝いをしているだろう。しかし、体調を崩してほとんど時間が経っていない。今日1日は休むという可能性だってある。
「まぁなるようになれでしょ。関わり過ぎるとまたストレスで体調不良起こしちゃうかもしれないし。萩風は司令に頼まれてたけどね」
「私は同じ境遇ですから、何かしら力になれると思います。長門さんには開き直ってもらいたいので、時間があるときは距離を保ちつつ仲良くしていきたいです」
今日からは訓練や哨戒任務、残党狩りもあるので、毎日のようにつきまとうようなことは誰にも出来ない。実際はいい感じの距離感が保てるのではないか。少なくとも、しつこいと思われない程度に気にかけるというのが大事であると、陸奥さんが身を以て教えてくれたわけだし。
陸奥さんは今後どのようにして気遣っていくかはわからないが、萩風は萩風なりに長門さんのケアに参加すると決めたようだ。それこそ、現状唯一の仲間なのだから。
「じゃあ一応様子見に行く?」
「そうですね。少し顔を合わせる程度で」
着替え終わり、みんなでゾロゾロと長門さんの部屋の前へ。食堂の手伝いをしているのならもう部屋にはいない。そうでないならまだ寝ているかもしれない。そのため、萩風先頭でなるべく静かに扉をノック。
「長門さん、いらっしゃいますか」
反応無し。ゆっくりと扉を開けて中を確認すると、どうやら誰もいないようである。ということは、食堂の手伝いに向かったようだ。
体調不良は治ったと考えられるのでそこは素直に喜べるのだが、あれだけのことがあった後に交流の場に出られるのだろうか。食堂のキッチンから出てこないとかはあり得るが果たして。
朝食のために食堂に入ると、何やらいつもよりも騒がしい。時間が特別早いわけでもないので人がいるのは当然なのだが、それにしては物々しい雰囲気。
「一晩考えたのよね。じゃあ、答えを教えてもらえるかしら。ここに残ってみんなと仲良くするか、それとも逃げてここから出て行くか」
食堂の手伝いをしている長門さんに、陸奥さんが昨日の選択の答えを問い詰めている。昨日あれだけのことを起こしてしまっているため、陸奥さんも引っ込みが付かなくなっているのは一目瞭然。
対する長門さんは、視線が泳ぐようなこともなく陸奥さんをしっかりと見据えていた。本当にこの一晩で考えを纏めたようである。体調不良で思考が鈍る中でも、それだけはちゃんと答えを出そうと必死に考えていた。
「……私の中にあるあのお方への忠誠心はまだ払拭出来ない」
「そういう後遺症なんだものね」
「それに……お前達が敵であるという認識も残ったままだ」
7年もの年月、人間と艦娘は太陽の姫に仇なす敵であるという認識を与えられ続けていたのだから、これはもう仕方のないことだろう。5年の萩風がこれなのだから、それより長い長門さんに昨日の今日で吹っ切れろというのは無理な話。
「だが……
「へぇ?」
それは、昨晩の萩風の発破。大切な者を奪った相手を崇拝することが出来るのかという問い。それに対しての答えは出たということ。
ちらりとこちらを見て、私がこの場にいることを確認した。つまり、私に聞かせられないことは言わないように説明すると。それだけ、長門さんのその話は私の目覚めにも重要なことなのだろう。濁してくれるならありがたい。
「私はあの時、添い遂げるであろう彼を失ったのだ。その絶望により、深海棲艦へと転じた。他ならぬ、あのお方の意思でだ。深海の私はそれこそが当然であると感じてしまっていた。だが、そんなわけない。私の大切な人を奪われて、それが当然なわけがない!」
感情を露わにしていくが、そこには悲愴感も漂う。
「それにようやく気付けた。それだけ私が狂わされているということを理解した。そこからだ。あのお方、太陽の姫への怒りが湧いてきたのは」
強く拳を握る。怒りと悲しみに震え、そしてそれでも忠誠心が拭えないことに苛立ちまで感じて、長門さんは泣きそうな顔で陸奥さんを見据える。
「彼の仇が討ちたい。そのためにどうすればいいのか考えた。私自身は忠誠心のせいであのお方には手も足も
「当たり前でしょ。私達はアレをこの世から消すために戦ってるんだもの」
「ならば……私の答えは1つしかあるまい」
昨日と同じように衆人環視の中、今度は自分の意思を示す。それはもう決意の一種である。
「戦場で戦うことは出来ずとも、ここでお前達をサポートしたい。例えそれを敵として認識してしまうとしても、私は逃げずにここで見届けたいんだ。だから……だから、私を仲間として、ここに置いてもらいたい」
絞り出すようにその言葉を口にして、震える手で握手を求める。
長門さんの頭の中では、まだ葛藤を続けているのだろう。敵と手を取り合うなんてどういうことだと。だが、その感情自体が
今すぐその手を取らなくては、長門さんが潰れてしまうかもしれない。まだ吹っ切れるまでは遠いかもしれないが、吹っ切れるきっかけが出来るのは確実に今だ。
「何言ってるのよ。私達は最初から姉さんを仲間として見てるわ。そうでしょみんな?」
わっと声が上がる。みんなが同じ思いだ。長門さんは共に戦う仲間であり、一緒に歩いていける存在だ。艦娘として戦うことは出来なくても、意思はちゃんとみんなが引き継いでいる。
「そうか、そうか……ならば、もう逃げない。まだぎこちないと思うが……私は皆と少しずつでも接していきたいと思う。ゆっくりと頼む」
「そう、よかったわ。なら改めて」
差し出してきた長門さんの手を取る陸奥さん。ガッチリと握手して、むしろ力強く引き寄せて抱きしめる。
「その決断をしてくれたことが嬉しいわ。人間としての自分を取り戻す1歩目だもの」
「……ああ、そうだな。私は人間だ。深海棲艦じゃない、人間なんだ」
それがキッカケになり、みんなが長門さんに詰め寄る。ここ一応食堂なのだが、こんなときにそのツッコミは野暮というもの。物理的にも距離を詰め、改めて長門さんを仲間として迎え入れることとなった。
「というか姉さん、ちょっと気になったことがあるんだけど」
「な、なんだ」
「彼氏いたの? 添い遂げるってことは、結婚前提にお付き合いしてたってこと?」
境遇を話す上ではどうしても言わなくてはいけないことだったのかもしれないが、そこに食いつかれて途端に顔を赤くする。あれ、凛々しいイメージな長門さんが途端に可愛らしく。
「姉さん、今晩覚悟しておいてね。その辺りきっちり教えてもらうから。恋バナとかこの業界ではとんでもなく少ないんだもの。女としてもっっっっの凄く興味あるわ」
「か、勘弁してくれ。嫌な思い出にも繋がるんだ」
「そういえばそうよね……でも、聞きたいことは山程あるんだから!」
姉妹の仲違いはこれにて終了。どうしてもギスギスしてしまう長門さんの存在は、これにより明るいものへと転じた。
ここからは食堂手伝いのお姉さんとしてやっていくことになるだろう。それだけではない。雑務とかも少しずつ手を出していき、鎮守府の全員と交流していくことだろう。
南方棲戦姫との戦いは、ある意味これで本当に決着が付いたと言える。長門さんの明日は明るい。
長門はまだ完全に吹っ切れたわけではありませんが、今回の騒動で明るくはなります。食堂のお姉さん長門。3人目の給糧艦として少しの間は鎮守府で活動することになりますね。