異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
南方棲戦姫の巣を破壊した後の残党狩りを終えた後、新たな深海棲艦が姿を現した。『雲』と名乗ったそれは、私達を攻撃することもなく、今日は顔を合わせるだけと挑発的にその場から消えた。
その『雲』は、私、陽炎と同じ太陽の姫に分霊された、太陽の巫女であると言っていた。私以外にも巫女にされた者がいるなんて知らなかったし、ここでそれが現れてくるなんて予想もしていなかった。
「ある意味私の先輩になっちゃうのかな……」
「ある意味後輩でもあるんじゃないかな……」
鎮守府へと戻る最中、どうしても話題はあの『雲』のことになる。私も沖波と奴について少しだけ話をしていた。
私の次に分霊されたと言っていたからある意味後輩、だが先に目覚めているのだからある意味先輩。いや、先輩になってもらっては困る。私はまだ目覚めていないし、これからも目覚めるつもりはない。
「アレが本当の私の成れの果て……ってことかな」
「そうなのかもね。目覚めたらああなるってことかも」
もしあの夢が先に進んでしまったら、私はおおよそあんな形に変貌を遂げるということなのだろう。全く同じでは無いだろうが、真っ白な髪や肌は夢の中でも見たものだし、あの長く伸びた爪などは太陽の姫との共通点もある。夢の中の私はあんなものは持っていなかったが、今はどうなるかわからない。
「アレのこと、萩風や長門さんは知ってるのかな」
「どうなんだろ……そういう話は聞いてないけど、知らないことは無いよね。もしかしたら、陽炎ちゃんの目覚めに関わるから話してなかったとか」
「うわ、あり得る」
他にも太陽の姫の巫女がいると知った場合、私にどんな影響が出るかわからない。確実に記憶を掘り返す刺激になるのは自分でもわかる。もうこれ以上進むことは無さそうではあるが、念には念を入れてくれていてもおかしくない。
萩風はそういうことは基本的に私に隠すようにしてくれているので、知っていても話さないというのはあり得る話だった。長門さんもなんだかんだ細かく話すような人では無いので助かった。
「ん、ちょっと待って。アレって太陽の姫の巫女ってことは、私と同じもの持ってるんだよね」
「だね」
「D型異端児に効く匂いも……」
それに気付き、今のメンバーの中にいるD型異端児、阿賀野さんと天城さんを見る。あの時はそこまで近くは無かったし海上という開けた空間なので、強く匂いを感じることは無かったとは思うが、何かしらの反応があってもおかしくない。
「んー、確かにいい匂いしたねぇ。でも、陽炎ちゃんと比べると薄らって感じかなぁ」
「そうですね。私もそういう感覚です。もっと近付かれたらどうなっていたかはわかりませんが……」
私よりも薄いみたいな言い方だが、間近まで接近された場合、私が初月インナーを使っていない時のような大惨事が起きていたかもしれない。私に抱き着こうとするくらいならまだしも、アレは敵だ。匂いに反応させた後に殺される可能性もあるし、あえて殺さず人質にされる可能性もある。
戦場で匂いによる弊害が無いように私が抑え込んでいるのだが、あちらは全力でそれを使ってきそうなのだから笑えない。D型異端児は『雲』と戦えないと考えてもいいかもしれない。
「でも、違う匂いに浮気したくないし、帰ったら陽炎ちゃんの匂いで上塗りしてもらおうかな〜。どうせ一緒にお風呂に入るからねぇ」
「私は……まぁ控えめに。念のため、念のためですよ」
阿賀野さんはこういうところオープンなのであまり気にはならない。夕立ほどでは無いが、食堂で堂々と嗅いでくるくらいだ。天城さんはその辺りで強い理性が利いているので、これと言った暴走は今のところ見ていない。
D型異端児全体で見た場合、天城さんが唯一の癒しかもしれない。由良さんも夕張さんのせいで一度理性がトンでしまったし。密着したらどうなるかわからないが。
鎮守府には無事帰投。『雲』のことについては旗艦である陸奥さんが空城司令に話す。私も艤装を下ろしながらそれに便乗した。
「新たな太陽の姫の巫女……だと?」
「ええ、力を見せつけるみたいなことをして、さっさと何処か行っちゃったけど」
『雲』の姿は全員で見ているし、その時に何を話していたかは全員が聞いているが、奴と言葉を交わしたのは私だけ。なので、自分に向けられた感情などが一番理解出来るのは私くらい。
正直なところ、『雲』から感じたものは仲間としての意識。私が撃ったところで気にせず私と同じ回避方法を披露し、小馬鹿にするようにこちらを一瞥した後、次はあちらから来ると言い残して消えただけ。案の定、私に危害を加える気は無いと言わんばかりだった。
「駆逐水鬼に続いて、また鎮守府を襲撃しようってことかい」
「今度は私を迎えに来るみたいな言い方に聞こえた」
「だろうね。にしても『雲』かい。陽炎に雲……太陽に因んだ名前ばかりを与えているみたいだね」
日の前を疾る陽炎に引き続き、日を隠す雲。洒落の効いた名付けをするようだが、こちらとしては普通に笑えない。私に至っては艦娘としての名前もドンピシャになってしまったし。
私と『雲』以外に巫女がいるかは知らないが、あと来るとしたら何になるだろうか。
「まぁそれは置いておく。問題は『雲』のことだ。鎮守府を襲撃されても困るね。そいつがどんな奴か、ちゃんと知っておかにゃいけない。都合の良いことに、明日からまた諜報部隊が出向してくることが決まったからね」
それはいいことだ。元々次は太陽の姫の巣を探す必要があるわけだし、南方棲戦姫の巣が失われた今、その先に進み、本陣を調査することも出来るようになる。
だがその前に、『雲』についても知っているか確認出来る。太陽の姫は1度だけ確認されているが、太陽を隠す者として存在しているのなら、『雲』はそれ以上に確認されていてもおかしくはない。
「ひとまずアンタ達は風呂に行ってきな。詳しい話は後からにしよう」
「そうさせてもらうわ。長距離の任務は髪が傷むのが嫌ねぇ」
「阿賀野さん待たせてるし、私もお風呂行こっと」
この件は迅速に対応する必要はあるかもしれないが、やはり初めて見るような個体であるために慎重に行く必要もある。戦い方はこちらで考えようがないため、司令に任せるしかない。
その間に私達は体調を万全にしておくことが重要。ただでさえ、今回もあちらから襲撃すると宣言されているのだ。いつ来られても迎撃出来るようにしておかなければ。
お風呂で阿賀野さんにさんざん嗅がれ、天城さんすらもおずおずと匂いの更新をした後、風呂上がりにお呼び出し。後からするという詳しい話の打ち合わせだろう。
全体で会議をするわけではなく、まずは『雲』がどんな奴かの認識合わせのために、少数が呼び出された。そのため、場所は執務室。そこには萩風と長門さんの姿が。
「トラウマを掘り起こすようなことをしてすまないね。萩風、長門」
「いえ、このメンバーで呼び出されるということは、
「ああ……太陽の姫絡みだろう。贖罪として、説明責任は果たす」
忠誠心のせいで抵抗がある長門さんもこれに参加してくれたのはありがたい。諜報部隊と合流する前に話が聞ければ、対策を立てるのも早まる。
「陽炎が『雲』と名乗る太陽の姫の巫女と遭遇した。何か知ってることはあるかい」
『雲』という呼称が出た途端、2人は硬直した。明らかに知っていると言わんばかりの反応。
「太陽の姫の意思を伝達する者だったはずだ。私は太陽の姫と直に会う機会が多かったから、その隣に必ずいた覚えがある」
「私は太陽の姫と殆ど会えなかった代わりに、『雲』が伝達役として私の巣に来ていました。でも、姉さんと同じ太陽の姫の巫女とは思っていませんでした。私達と同じ、ただの姫なのかと」
見た目だけでは、それが太陽の姫の巫女かどうかなんてわからない。名乗られて初めてそういうものだとわかる。
「とはいえ、ただの姫としては異質なものを感じました……」
少し抵抗がある内容のようで言い淀むが、息を吐いた後、決意したように言葉を紡いでいく。
「私は……『雲』からの分霊で深海棲艦にされています」
確かに萩風は太陽の姫に直接分霊されてはいないと聞いていた。なら、何らかの手段を使って太陽の姫が表に現れずに配下を増やすなりしていたとは思っていた。
しかし、太陽の姫の巫女そのものに分霊の力を与えられているのは少し予想外。あの長い爪は太陽の姫と同じ力があったということか。
「私もだ。詳しいことはわからないが、少なくともその時だけは『雲』にも分霊の力があった。陽炎はもう覚えがあるだろう。胸に指を突き刺されるアレだ」
「うん、そこまでは思い出しちゃってる。夕立からは、そこからの匂いが一番強いって言われたし」
匂いと聞いて、長門さんは少し思案。『雲』からも薄らとなら匂いがするというのは阿賀野さんから聞いている。私よりも薄いというのは何か意味があるのかは知らないが。
「匂い、か。『雲』も薄ら匂いがしていたが、私は特に違和感は覚えなかった。太陽の姫の匂いが移った程度にしか思わなかったな」
「私もです。今の姉さんほど濃くは無かったので」
魂の匂いが移るとかあるのだろうかと思ったものの、その時にはそうは考えないか。匂いがするというのは基本的には体臭と考えるのが普通だし。
というかやっぱり萩風と長門さんも私の匂いには反応しているのか。既に一度深海棲艦となっているので、夕立や磯波のような過剰な反応はしないというだけのようだ。
「つまり、だ。『雲』は太陽の姫の側近で、普通の姫とは別物と考えりゃいいんだね?」
「それで大丈夫だと思います。ただ、私は『雲』の実力は全くわかりません。私の街を滅ぼした時、後ろで見ていただけでした」
「……私の時もだ。あくまでも自分の手は汚さないというイメージだな。最後の最後に現れ、選ばれてしまった私に分霊を施した。だからだろう、奴の部隊には他の姫もいたな。それは私達のように
怖い表現だが間違っていないか。そんな何人も人間を犠牲に姫を量産されても困る。
「なら、鎮守府への襲撃は姫を伴ってくる可能性もあるってことかい。それこそ街を滅ぼすくらいに」
「はい……ですが、あちらの狙いは姉さんの目覚めです。そちらの方が注意しなくてはいけないことだと思います」
「ああ、陽炎が目覚めたら、相当まずいことになるだろう。最悪、陽炎にも分霊の力が与えられる」
そうなってしまった場合、私は本当に取り返しのつかないことを引き起こしかねない。そうなった時のことなんて考えたくないが。
おそらく襲撃のときは私は鎮守府の中に引き籠るのが一番手っ取り早いのだと思う。そもそも『雲』の前に出なければ、私を目覚めさせるなんてこともしてこないし、私も目覚めることはない。敵を前に耐えろというのが辛いが、それが鎮守府のためになるというのなら、それを受け入れるしかないだろう。
「わかった。ならそれを考慮していろいろ組み立てていこう」
近日中にこの戦いが執り行われるだろう。早ければ明日の可能性すらある。
明日からは諜報部隊が出向してくれるので、そこと力を合わせることだって出来るだろう。戦力が増えれば、また作戦が変わってくる。
「陽炎、諦めるんじゃないよ」
「わかってるよ、大丈夫。ここにいれば目覚めなんてしないよ」
これだけは自信を持って言える。この鎮守府はそんなに柔じゃない。
「私も姉さんを護ります。ここまで訓練してきましたから、それを初陣にしてもいいと思っています」
「人員が足りないと思ったら、萩風にも出てもらうさ。充分訓練は積んでいるからね」
「はい、それまでは私も鍛錬を怠りません。目標も出来ましたから」
私を護るという目標で、萩風もやる気満々である。鎮守府の中では1番の新人であろうが、艦娘としての心得は充分に刻まれていた。
次の戦いは、運命を決める戦いになりかねない。『雲』の襲撃は必ず食い止め、太陽の姫の思惑を確実に潰してやらなければ。
まずは諜報部隊の受け入れから。久しぶりにあの子達がこちらへやってきます。