異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
「サイアイノモノヲ、自ラノ手デ殺メタコトヲ!」
『雲』の言葉が耳に入ったが、私、陽炎はその言葉の意味がわからなかった。私は自分の最愛の人をこの手で殺している。『雲』はそう言っている。確かにそう言った。
最愛の者、私にとってそれに当たるのは、当然両親だ。私の目の前で死んだ父さんと母さんは、太陽の姫に殺されている。私の手で死んでいるわけがない。
だが、悪夢の中ではまだ
母さんは太陽の姫の空爆によって命を落とした。それは思い出している。ズタズタの肉袋となってしまった母さんがその目に焼き付いている。
だが、父さんはずっと深海棲艦の1人に捕縛され、私が太陽の姫に分霊される様子を見せ付けられていたはずだ。私の一時的に変わり果てた姿も、命を落とすことなく一部始終見ていた。
「えっ、なんで、まさか……」
「姉さん、考えちゃダメです!」
萩風が何か言っているようだったが、今の私には届かなかった。考え始めてしまったらもう止まらなかった。私が何をしでかしたか。あの時何があったか。
『雲』の言い分が本当ならば、私が変わり果てるまで生きていた父さんは、
しかし、そんな時にあの悪夢の続きが、私の頭の中で駆け巡った。眠ってもいない。ただただ
私はあの時、確かに一度深海棲艦へと変じていた。太陽の姫直々による分霊により、私は確実にその身を堕としていたのだ。病的に白く染まった手や、今とはまるで違う真っ白な髪。あの時近くにいた深海棲艦と同じように。
「ソノ身ハ、我ガモノトナッタ」
太陽の姫のその言葉に身体が震える。この変化が何故か嬉しく感じた。全てが破壊出来そうな程に力が湧き上がるような感覚も、その喜びをより強くするには十分なものだった。
この時の私には、一度確認出来た父さんの顔がまた見えなくなっており、私を
「アトハ心ノミ。受ケ入レヨ、我ヲ。我ガ命ニ従イ、事ヲ成セ」
何を言われても受け入れてしまいそうな程に心に響く。父さんや母さんからの言葉よりも、身体に染み渡る。
そして、私はその言葉に対し……
深く、頷いたのだ。
この時の私は、もう太陽の姫の言うがままだった。何を言われても肯定出来る程に、全てを受け入れてしまっていた。受け入れろと言われたから受け入れる。従えと言われたから従う。そして、事を成す。
たった今出会ったばかりの、さらには母さんを殺した張本人だというのに、その言葉は至上のものだと感じてしまうのだ。それこそ、神の如きお方であると、そういったことを知らないのに無意識に跪いてしまう。
「貴様ノ真ナル目覚メノタメ、残シテオイタ。貴様ノ手デ、憂イヲ断テ」
どうすればいいのかは言われずともわかった。この時の私に憂いと思えるのはたった1つ。深海棲艦となるための障害となる父さんの存在だ。
本来なら絶対にこんな選択はしない。最愛の者である父さんを殺すのはおろか、怪我をさせるなんて考えもしない。だが、今のこの身体に引っ張られた心に加え、太陽の姫直々の指示となれば、
「我ガ巫女、力ヲ求メヨ。ソレダケデヨイ」
太陽の姫の言葉通り、力を求める。すると、身体が変化する時と同様の感覚が身体中に走り、背中からズルリと艤装が生えた。腕や脚にまで纏わり付くように現れ、着ていた服すら突き破るように変化した。
金属が生えるだなんて普通ではないのだが、子供心にはわからない快感と、太陽の姫の命令を聞く幸福感で、何の疑問も持たなかった。
今この時は、私は誰がどう見ても深海棲艦だっただろう。父さんも驚愕の表情で私を見ていた。
「力ヲ振ルエ。貴様ハ我ガ巫女、
得た力を振るいたくて仕方なかった。この時の私は艤装まで手に入れたことで、脳内麻薬が溢れ続けていたのだろう。壊したい。消したい。殺したい。何もかもを滅茶苦茶にしたい。そんな気持ちしか頭の中に無かった。
そしてそれを、太陽の姫が後押ししてくれた。ならやってもいい。壊してもいい。滅茶苦茶にしてもいい。そう考えてしまったことで、意図せずに強大な力を持つ主砲が火を噴いた。
それにより、私の父さんは命を落とした。無残な形だった。母さんと同じように、ズタズタの肉袋と化してしまった。
「見事ナリ」
仮面であるため無表情ながらも、私が太陽の姫の巫女として事を成したことを仮面の向こう側では喜んでいるように見える。巫女としてそれを私も悦んでしまった。
瞬間、まだ残っていたであろう人間の心が拒絶反応を起こしたのだろう、今までにない衝撃が駆け巡った。今までも変化で何度も何度も子供には理解出来ない感覚が駆け巡り続けたのだから、ガタが来ているところにトドメを刺されたようなもの。
父さんを殺したという事実に耐えられなかった。失ってはいけないものを失ってしまった。そんな衝撃が子供に耐えられるわけもなく、この時に私は再起不能な程に壊れた。
そうだ、私はここで壊れたんだ。だからあの時の記憶が全く無くなってしまった。自己防衛のために。
だが、人間に戻っていた理由はわからない。太陽の姫により弄られたとしか思えないが、その理由は何かがわからない。まだ利用価値があるとでも。
「全部……思い出した」
父さんを殺したその瞬間まで、ハッキリと思い出してしまった。私の手で、父さんをズタズタにした。息の根を止めた。物言わぬ肉の塊にしてしまった。
「父さんを殺したのは……私だったんだ……」
頭の中で絶望が拡がる。目の前が真っ暗闇になっていくような感覚。恐怖を感じて身体が震える。その場に立っていられなくなり、脚から力が抜けたように膝をついてしまう。寒気すら感じ、自分を抱きしめる。
焦点が合わない。涙すら溢れ出る。真実を知ってしまったことで、私はどうすればいいのかがわからなくなってしまった。
父さんを殺してしまった罪悪感。そうするように指示した太陽の姫への嫌悪感。罪を受け入れる恐怖。改めて両親を失ったことに対する悲しみ。ありとあらゆる負の感情が、頭の中を駆け巡る。
「私、私は……父さんを……嘘でしょ……」
嘘だと思いたい。思い込みたい。でもダメだった。10年前のその感覚すらも思い出してしまっている。私がこの手で殺した感覚。そしてその時の感情も。
太陽の姫の思惑通りになったことを、父さんを自らの手で殺めたことを喜んでしまった自分が許せない。
「そんなの……そんなの……嫌だ、嫌だ……」
また私が壊れようとしているのがわかった。今までの信念、両親の仇討ちという私の柱が、この時にボッキリと折れてしまっていた。
違う、これは太陽の姫のせいだ。私のせいじゃない。私は操られただけだ。私の意思じゃない。そんな風に今まで萩風や長門さんに語ってきた言葉も、いざ自分に降りかかるとそんなことが考えられない。全て自分のせいだ。そう思ってしまう。
父さんは私が殺した。その事実は消えない。いくら幼い頃のことだとしても、護るべき人間を護るどころか殺してしまうような血塗れの手の私には、艦娘の資格なんて無いのではなかろうか。
「っあ……っ!?」
突然、久しぶりの衝撃が身体を疾る。10年前の始まりの襲撃の時に感じた、私自身が変化する感覚。
私のドン底にまで落ちた絶望がトリガーとなって、分霊された魂が脈動を始めたのだろう。鼓動に合わせて、暗い力が身体中に回っていく。血管を通って、隅々へと浸透しようとしてくる。
「っんぁっ、っぐっ、ぎッ」
強烈すぎる衝撃に、身体の震えが止まらない。改二の時に同じような感覚だと思ったが、受けてみれば比ではない程の衝撃だった。一切痛みは無く、心を屈服させるための快楽である。
骨格が変わるわけでも無く、私自身が人間とは違うモノに変化していく。それがただただ気持ちいい。絶望により折れた心に染み渡るような力の奔流を、私は受け入れたくないのに受け入れざるを得なかった。
「っあ、イッ……あ、アアッ!?」
膨れ上がる多幸感。何度も何度も痙攣し、チラリと見えた自分の髪が白く染まっていることがわかった。
仲間達の目の前で、私は深海棲艦へと転じようとしている。みんなが私をどういう目で見ているかが確認出来ない。驚きか、怒りか、蔑みか。どうであれ、私のこれはもう止められない。
「姉さん! しっかりして、自分を持って!」
戦闘中にもかかわらず、萩風が駆け寄ってきた気がする。とても声が近い。だが、何も止められない。
萩風もこんな感覚を体験していたのか。萩風にとっての最愛の者は誰だか知らないが、私のように自らの手で殺めて、その絶望により駆逐水鬼へと転じたのだろう。この絶望感と多幸感の中で。
こんなもの、普通なら狂う。私だってこれだ。冷静に、だが確実に、私はおかしくなっている。身体に引っ張られるように、心もおかしくなっている。10年前もそうだ。身体を変えられ、それに引っ張られて心も冷え切り、太陽の姫の命令に気持ちよく従ってしまった。
「ック、アッ……ッアッ、アァアアアッ!?」
一際大きな奔流が身体を駆け巡り、頭が真っ白になるような衝撃で、身体が何度も何度も痙攣した。
これで私は完全に変わり果てたのだろう。手は初月インナーに包まれているために判断出来ないが、少なくとも先程も見たように髪は染まってしまっているのはわかっている。
「ッア……アフ……」
奔流が止まる。10年前もそうだった。今の私の身体は、もう太陽の姫のものになってしまったのだろう。
父さんを殺した私にはお似合いの姿だった。長門さんの気持ちが痛いほどわかった。最愛の者を殺した咎人としての姿だと思えば、妙に納得出来る。
「ね、姉さん……姉さん、心は、心だけは負けないで、負けないでください」
萩風の震える声が聞こえる。ここまで変わり果てた私に対しても、こんなことが言えるなんて、とても優しい子だ。普通なら見捨ててもおかしくない。艦娘としてなら、深海棲艦が相手なのだからそのまま撃ってきても誰も文句は言えないのだ。
他の艦娘達もそうだった。目の前で私が変わり果ててしまっても、誰も私を撃つなんてしなかった。代わりに、戦場だというのに恐ろしく静かになっていた。
「ック……ハ……萩風……」
「姉さん、お願いです、お願いです。心だけはそのままでいてください。これ以上はダメです。止められるなら止めてください。身体はそれでも、心が陽炎姉さんなら、まだ大丈夫なはずです。だから……」
私だってそのままでいたい。だが、心が身体に引っ張られる。私は咎人、最愛の者を殺した咎人だ。自暴自棄になるわけではないが、この罪悪感と恐怖に心が耐えられない。
自分でもわかった。ミシリミシリと心にヒビが入り、そこに太陽の姫に屈する多幸感が染み込んでくるのが。命令により父さんを撃ったときのように、萩風を
「萩風……」
「姉さん、耐えて、耐えて……!」
私の震える身体を抱きしめるようにもたれかかり、どうにか食い止めようとしてくれる。その間も、私の心にはヒビが入る。それを多幸感が埋めていく。
捨てたくない。だが、身体に捨てることを促されている。
諦めたくない。だが、身体に諦めることを命じられている。
屈したくない。だが、身体に屈することを抵抗出来なくされている。
ここまで来てしまったら、もう嫌だと思う気持ちすら薄れていく。私は咎人。私は深海棲艦。そして私は……。
「萩風……」
「姉さん、姉さん!」
「邪魔」
思い切り殴りつけ、萩風を退かした。不意打ちだったからか、艤装を身につけていたとしても吹っ飛ばされた。艤装も無いのに力が溢れ出す。いや、おそらく艤装はあるようなものなのだろう。表に出ていないだけで。
力を求める。10年前のあのときのように。それだけでいいと言っていた。
「ンッ、ハァアンッ」
やはり身体が変わる時と同じような感覚が身体中を走り、快楽の中で艤装を得た。
背中から生えた艤装は、深海の駆逐艦のようなグロテスクなもので、大きな口が私の隣まで伸びてきてガチガチと歯が音を立てる。頭頂部には父さんを殺した主砲が備え付けられ、一撃で誰もを粉砕することが出来るだろう。
両腕は『雲』と同じような長い爪を備えた薄い装甲が貼り付いた。これで私も分霊出来るのだろうと思うと、心が震えるような気分だった。
しがらみとなるであろう艦娘としての制服も、艤装が現れると同時に吹き飛び、内側から艤装の一環とも言える新たな衣装、身体にピッタリと密着するレオタードのような装甲がまろび出た。
「ッハァア……」
「ね、姉さん……嘘……ですよね。屈してしまったんですか……姉さん……!」
萩風の叫び声が聞こえる。だが、それはもう微風のようなものだ。私は屈した。屈したからこそ、この快楽が得られた。今までのものを捨て、諦めたことで、私はたった今、新たな生を
「私ハ太陽ノ姫ノ巫女……日ノ前ヲ疾ル者、『陽炎』」