異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
屈してしまえば、苦しみなんて1つも無かった。嫌だ嫌だと駄々を捏ねていたと理解出来た。心が折れ、ヒビが入る矢先に、
「私ハ太陽ノ姫ノ巫女……日ノ前ヲ疾ル者、『陽炎』」
陽炎から『陽炎』へと至り、私は深海棲艦へと生まれ変わった。内も外も、今はあのお方のモノである。
この姿に変えてくれたことへの感謝と、この姿に変わることを拒んでいたことへの謝罪。在るべき形へと変われた歓喜と、これほどまでに時間をかけてしまった悲哀。ありとあらゆる正と負の感情が綯交ぜになったが、最後はあのお方への奉公の気持ちでいっぱいになった。
「姉さん……元に、元に戻ってください」
萩風が力無く呟く。絶望を感じ、涙ながらに私に訴えてくる。その顔を見ていると、不思議とゾクゾクとした背徳の快楽が私を駆け巡った。
「萩風、コレデ元通リナンダヨ。私ハ巫女、定メラレタ運命、逃レヨウノナイ事実。アノオ方ニ逆ラウコトガ、無意味ダッタンダ」
生まれ変わった私を祝福するような潮風を感じ、同時に
「コウナルベクシテ、私ハ十年ヲ生キテキタンダ。何トナク、理解出来タ。アノオ方ハ、ワザト私ヲ人間ニ戻シタンダヨ。子供デハ耐エラレナイ力ノ奔流ヲ呑ミ込メルヨウニナルマデ、私ヲ
幼い身体ではこの過剰な快楽は耐え切れない。あの時は父さんを殺したことでトドメが刺され、頭の中が焼き切れたのだろう。それならそれで捨て置くかと思いきや、何の気紛れかあのお方は私を見初め、治療し、改めて分霊を施したのだ。その際に身体は大怪我を負ったようだが、生きているのだから問題ない。
その際に、一時的に人間へと戻った。しかし、またその場で目覚めたところで、壊れるのがオチ。結果、記憶を封じ込められ、耐えられるようになるまで待つことにしたのだ。10年経ってもこの戦いが終わらないことを予測し、その時が来ることを期待して、私を寝かせたというわけだ。
「話ハオシマイ」
今は萩風と話している暇はない。私をこうしてくれた御礼を『雲』に言わなくてはいけない。
その『雲』は未だに神州丸さんに絞めあげられている。あれから解放してあげなければ。『雲』はもう
「ドイテアゲテ」
神州丸さんにのみ当たるように主砲を放った。艦娘の時に扱っていたそれとは雲泥の差。戦艦主砲もかくやという火力で放たれたが、その反動は微塵も感じなかった。なるほど、深海の身体、駆逐艦と言えども異常なスペックであることは駆逐水鬼のときからわかっていたが、使ってみるとこうも使いやすい。
「くっ……」
『雲』をより押さえ込むという選択はせず回避を選んだようで、『雲』を放してその場から飛び退いた。脇腹からドクドクと血が流れているようだが、まだ戦闘力としてはそこまで落ち込んでいないらしい。敵に回すと厄介な力を持っている。
放たれた砲撃は行き場を失い、工廠の外に飛んで行き、着水した瞬間にとんでもない水飛沫が舞い散った。あれが艦娘に当たったらと思うと、また身体が震える。
『雲』はというと、絞められていた首を摩り、少し息苦しそうにしていたものの、私の姿を見て満面の笑みを浮かべていた。今まで見せていない子供のような表情に少し和む。さっきまでは憎たらしいとまで思ったものの、今の私には可愛い姉妹のようなもの。
「目覚メタノネ。フフ、トテモ似合ッテル。巫女トシテノ姿、トテモ素敵」
「アリガト。撤退デイイノ?」
「エエ、貴方ガ目覚メテクレレバソレデイイノ。アノオ方モオ喜ビニナルワ」
すぐに立ち上がると、先程の二の舞にならないように海へと飛び込んだ。その場で雲のクッションも生み出され、普段のスタイルに戻る。ああなれば全ての攻撃が回避出来るだろう。
残るは私。まだ陸の上。誰もが呆然としているので、悠々と海に向かって歩き出す。邪魔をする心境でも無いようだ。目の前で仲間が堕ちる瞬間を見たら、誰だってそうなるもの。
「ゲロちゃん、目を覚ますっぽい!」
そんな中でも、夕立だけは勇壮に立ち向かってきた。工廠の中という場所にもかかわらず、当たり前のように撃ってきた。後の被害よりも私のことを考えたのは素晴らしいと思う。いい仲間を
だが、今の私には余計なお世話だ。私はもう屈した。艦娘であることを捨て、巫女である道を選んだ。夕立だって、私の道を塞ぐ障害でしか無いのだ。
「私ハモウ目ヲ覚マシテルノ」
その砲撃は、脱力からの回避で軽く避ける。身体が軽い。今の薄いレオタードのような装甲のおかげか、制服の時以上に動きやすい。南方棲戦姫がほぼ全裸を選択していた理由がわかった気がする。駆逐水鬼がスカートを穿かなかったのも。
初月インナーなんて無くても、深海の身体なら関係無い。むしろあの時よりも身体が動くほどだ。負荷も何も感じない。内側から外側まで何もかもが人間や艦娘を超越している。
「コレガ本来ノ私。諦メテ」
お返しに私からも一撃。どうせ当たらないとは思うが、私が海に辿り着くには充分だろう。
案の定、夕立は私の砲撃を軽々と回避。何も考えずに単発で撃っただけなのだから、当たるわけがない。夕立の実力を痛いほど知っているのだから、それくらい撃った時点でわかっていた。その代わり思惑もしっかり通り、私は海に近付く。
しかし、まだ障害はいなくならない。先程まで『雲』を苦しめていた神州丸さんが、今度は私の前に立ち塞がった。陸上なら無敵とまで言える格闘術を扱う難敵。
「陽炎殿、ここを通すわけにはいきませぬ。お覚悟を」
「神州丸サン、ダメダヨ。邪魔シナイデ」
タンッと踏み込む音と同時に、その手が私の腕を掴もうとしてきた。この人のことだ、私がどう避けてもそちらに対応してくる。そうで無ければ『雲』を捕らえることなんて出来やしない。
だが、時間をかければかけるほど消耗していくだろう。脇腹の血は止まっていないようだし。今でこそこれだけのスペックを発揮していても、そのうち息切れする。
「私ハ目ガ覚メタノ。サッキモ言ッタヨ。コレガ本来ノ私」
「否。貴様は艦娘陽炎である」
「今ハ太陽ノ姫ノ巫女『陽炎』ダヨ。邪魔ヲスルノナラココデ死ンデ」
その手を脱力回避した後、さらに掴もうとしてくる動きをキャンセルさせるため、容赦なく何度も何度も撃つ。近付かせなければいいというのはわかっている。
この砲撃のど真ん中を突き抜けてくる可能性はあるかもと考えたが、神州丸さんは一歩引いた。1発なら突撃があったかもしれないが、乱射なら退くことを優先するか。
私は進まなければならない。ここから出て、巫女として太陽の姫に会わなければならない。邪魔をするのなら、かつての仲間であろうが関係ない。別にここで全員を殺してもいいのだ。最終的に障害になるのは目に見えているし。
そう考えたら行動はすぐだった。撃てるだけ撃つ。鎮守府なんてどうなってもいい。全部壊せばそれでいい。あのお方も最終的にはそれを望む。それに、これはちゃんとした決別にもなるだろう。憂いを断つためには、ここにいるものは誰1人として生きていてはいけない。一度父さん相手にやったことなのだから、抵抗なんて何処にもない。
「フフフ、愉シソウネ」
ボソッと『雲』の呟きが聞こえた。私は愉しんでいるのだろうか。だが、今までの居場所が破壊されていくところを眺めていると、何故だろう、突き抜けるような快楽が身体を駆ける。
深海棲艦は侵略者。太陽の姫も例外ではなく、その巫女たる私もそれに準ずる。だからだろう、私の行為により阿鼻叫喚が生まれることが、この上なく愉しかった。理性があっても多幸感が刺激される。なるほど、ようやく深海棲艦の気持ちが理解出来た。
「提督さん、ゲロちゃん攻撃するよ! 死ねば元に戻るんでしょ! だったら、ぶっ殺してやるっぽい! いいよね!?」
夕立が滅茶苦茶なことを叫んでいた。確かに萩風や長門さんは、深海棲艦の状態から命を落としたことで元に戻った。それは私にも当て嵌まるのかもしれない。分霊からの分霊だから元に戻るのであり、あのお方直々の分霊は該当しないという可能性は考えないのだろうか。
「許可する! 工廠はどうなってもいい! その馬鹿娘の目を覚ましてやんな!」
空城司令の声も戦場に轟いた。今この時から、私は鎮守府の敵として認識された。
わかっている唯一の方法がそれなのだから、今はそれに頼るしかないのだろう。だから、私を容赦無く殺しに来る。司令の声は鬨の声となって、戦えるものが一斉に私を睨み付けてきた。私を殺すために。
そんな目で見られたら、昂ってしまうではないか。早くもあのお方のためになる破壊行為が出来るのだから。
「『雲』、撤退ハモウ少シ後デモイイカナ」
「イイワヨ。ドウセナラ私モ一緒ニ戦ッテアゲル。『陽炎』ノシガラミ、一緒ニ無クシテアゲルワ。アノオ方モ、ソレヲ望ムデショウカラネ」
同じ経験がある『雲』は理解してくれる。しがらみを無くすことは最優先だ。
「ジャア、全部壊シテカラ帰ロウ」
「エエ」
『雲』も今まで抑え込んでいた侵略の衝動を解き放つかの如く、周囲に向けて撃ち始めた。『雲』もこの破壊活動を愉しんでいる。
駆逐水鬼も南方棲戦姫も、この悦びを知らずに人間に戻ってしまったのかもしれない。勿体ない。こんなにも気持ちいいのに。
「こんなゲロちゃん見たくなかったよ。だから、友達の夕立が止めてあげる」
「異端児駆逐艦の友達として、絶対に食い止めるから!」
「幼馴染みの暴挙はここで止めるよ!」
鬨の声が発せられ私に即座に立ち向かってきたのは、夕立と磯波、そして沖波だった。
沖波はともかく、夕立と磯波はあれだけ私の匂いにやられていたのに、勇ましいものである。今だって匂いを感じているのではないだろうか。それでも攻撃出来るということは、余程の信念があると見える。しっかりと回避して3人を見据えた。
夕立は肩も抉られているというのに大したものだ。だからこそ、私は元友人として敬意を表する。そして、死ぬより
ここからは工廠のことなんてお構いなしに次々と雪崩れ込んでくるだろう。戦艦の2人が砲撃をするかもしれないし、こんな狭い空間でも艦載機が飛んでくるかもしれない。
なら、こちらの
「夕立、友達ナラ私ト一緒ニ来ナヨ。分霊、今ノ私ナラ出来ルヨ」
「冗談も休み休み言って。いくら気持ちいい匂いしてても、今のゲロちゃんは見るに堪えないよ。絶対元に戻すから、覚悟するっぽい」
流石に交渉だけではダメか。ならば力ずくで。それに、やれる相手は
おそらくD型異端児は分霊がしやすい。元より深海の気質が若干強めなので、そこに反応させやすいだろう。私の目の前にいる夕立と磯波はその該当者。磯波はどちらも異常値を出していたと話していたが、D型の方が強いのはわかっている。なら可能だろう。
「ジャア、死ンデイイヨ。私ノ邪魔ヲシナイデ」
「お断りっぽい! それに、ゲロちゃんの敵は夕立達だけじゃないよ」
3人が突然左右に散った。その瞬間、それを掻き分けるように盾が変形した鋏が私に襲いかかってきた。ちょん切られることは無いにしても、あの一撃はいろいろへし折れるため、脱力回避で横へ。
霧島さんの突撃は何度か見ているため、横に行くにしてもなるべく遠くへ。そのまま横薙ぎにされても当たらない位置なら良し。
「あら残念」
回避しながら霧島さんに向けて砲撃。反動が無い分、すぐに回避を選択させることに成功。そちらには夕立もいるため、夕立を引き剥がすことも出来ている。
そしてそれは、もう1つの私の策略でもあった。私が回避した方向には
「きっと、助けるから!」
「ダメダヨ磯波、ソレハ当タラナイ」
磯波の砲撃を脱力回避して一気に突撃。砲撃すらせずに磯波の眼前に立った。涙目の磯波だったが、目の前過ぎて砲撃が遅れた。だから、私は次の一手が即座に放てる。
「
「ひっ!?」
再度の砲撃も回避し、その瞬間に私の指を磯波の胸元に突き立てた。思ってた以上にスムーズに指が入っていくと、磯波は驚愕の表情を浮かべる。痛みは無いはずだ。私がそうだったのだから。
「やらせねぇよ!」
だが、注ぎ込もうとした段階で、それを強制的に中断させられた。私の腕を断ち切ろうと振り下ろされた木曾さんの軍刀は、流石に喰らうわけにはいかない。脱力回避により磯波から間合いを取る羽目になった。
近接戦闘が出来るのは霧島さんや神州丸さんだけではない。木曾さんもその軍刀による戦闘術をマスターしていた。流石は厨二病。それすらも戦力に転化してきたか。
「お前にゃそれ以上やらせねぇ。元々仲間だとか関係無ぇ。四肢を捥いででも止めるぞ」
軍刀を突き付けられる。木曾さんの目は、私を完全に敵として認識していた。
私の前には強者が並ぶ。そしてこれからは更に増えるだろう。私をそれだけ脅威に思っているのか、それとも大切に思っているのか。
まぁどちらでも構わない。全て壊すだけだ。