異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
『陽炎』は息絶え、陽炎は蘇る。
深海棲艦としての私は沖波の手により殺され、そのおかげで私は人間へと戻ることが出来るようだ。心臓が止まるその瞬間までの記憶はある。痛みも何もかも、そして、短時間とはいえ太陽の姫の巫女として活動したその悪行も全て覚えた状態で。
それは悪夢のように私の中でグルグルと回り続けた。磯波と夕立を自身の部下として生まれ変わらせ、意思すらも塗り潰し、尊厳を踏み潰した。そしてそれを快楽として認識していた自分自身に怒りを覚え、それが一番の苦痛だった。
勿論、私がこうなったきっかけ、父さんを殺した瞬間も思い出している。悪夢を見てももう深海棲艦になることは無いとは思うが、それでもあの時の記憶が常に残っているというのは、それだけでも辛かった。忘れていた日常が幸せだと思えるほどに。
忘れたいと思ったが、忘れてはいけないとも思った。故に、『陽炎』としての私の悪行と共に、悪夢として私を苛む。
父さんを殺した時の悪夢が終わると、鎮守府を破壊し殺された時の悪夢が始まり、それが終わるとまた父さんを殺した時の悪夢が始まる。罪の意識がそれを呼び込んでいると理解した状態で。これからは眠るたびにこうなる可能性が高い。
私は耐えなくてはいけない。罪を償うために。私は咎人だ。長門さんの気持ちが痛いほどわかった。これでは人付き合いを嫌がるのもわかる。合わせる顔が無い。このまま目覚めない方がいいとすら思う。
だが、そんなことは世界が許さない。私は目を覚まし、みんなの前で罪を償わなくてはいけない。深すぎる心の傷を抱えて、誰にも許されなくても、生きていかねばならない。
目が覚めると、そこはガラス張りの筒の中だった。初めて入った入渠ドックの中。生きてさえいればあらゆる傷を治療し、健康体にしてくれる魔法の機械。妖精さん達が何をしていたのかは知らないが、ともかく私は全くの無傷となっていた。
しかし、心の傷は治療出来ない。悪夢でさんざん見せられたあの光景は、何も考えていなくても頭の中に残り続ける。指先には磯波と夕立の胸元に刺した時の感覚は残っているし、その時の快感も覚えている。
「起きたかい」
空城司令の声が聞こえるが、身体が動いてくれなかった。痛みとか疲れとかそういうのは無く、あまりにも不甲斐なくて顔を見ることが出来ない。涙が溢れ出る。
さっきまでは、空城司令だって殺すべき敵であるという認識をしていた。太陽の姫に逆らう愚か者であり、侵略されるべき無力な人間だと。そんなわけないのに。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
自然と謝罪の言葉が出た。この鎮守府を滅茶苦茶にしたこと。私がしでかしたこと。全てに対して、私の今の気持ちを表現するには、この言葉しか無かった。
許してほしいとは思っていない。むしろ許されてはいけない。それだけのことを私はやっている。
「謝るんじゃないよ。アンタにゃ罪は無いさ。全部太陽の姫のせいだろうに」
「でも、手を下したのは私。磯波と夕立があんなことになったのも、私の悪意のせい。全部、私がやったことだよ……」
そうだ、磯波と夕立はどうなった。というか鎮守府はどうなったんだ。私が壊したことで機能すらしていないとかあるのではないのか。
入渠ドックはちゃんと動いているようだが、私のせいで誰かが痛い目を見ている可能性があるのではないのか。疑問が尽きない。
「現状を教えておく。その前に、着替えられるかい」
入渠すると全裸にされるらしく、今の私は何も着ていない。このまま話を聞くのは私だけで無くいろんな人に迷惑がかかる。入渠ドックを占領しているのも良くないだろう。
正直辛いが、今はここから出ることにする。渡されたのは、萩風や長門さんも着ていた検査着だった。この後に速吸さんに検査をしてもらうのだろう。制服を着るよりは楽ではあるため、素直に袖に腕を通す。
私には身体にも後遺症が残っていることに気付いてしまった。
外見にあるのはそれはそれでいいか。私が咎人であることを明示的に表してくれるのはありがたい。罪を忘れることが無くなる。
「これが私の代償……」
「中身には無いのかい?」
「うん……大丈夫。今は大丈夫だと思う」
今のところ気付けるところには無いと思う。司令も含めて、ここにいる人達のことを敵だとは思わないし、だからといって太陽の姫を支えるべき主と感じることもない。
まだわかっていないだけで、何かあるかもしれないが、今はわからない。それだけで追求は置いておく。
「アンタが一番最後だ。他の連中はもう目を覚ましてる。あの戦いから、丸一日経ってるからね」
「磯波と夕立は……」
「アンタや他の分霊と同じで、死んだことによって元に戻ってるよ」
着替えながらでも話を進めてくれる。まずは他の者の治療の状況について。あの戦いは夜に始まったが、外は明るい。それで丸一日ということは、私は戦いの翌日を全て治療に使われ、さらに朝になったということになるのだろう。それだけ時間があれば、他にドックが必要な者達の治療は終わって然るべきか。
萩風や長門さんよりもかかったのは、太陽の姫直々に分霊された弊害か。いろいろなところに重篤な被害が起きていたからこそ、時間が必要だったとも言える。
「『雲』だが、アンタがやられたことを確認したら、すぐに戦場から消えたよ。鎮守府の外に待機していた奴の部隊もね。その時点で戦闘は終了した」
あくまでも私が目的だったということか。外にいた連中は護衛か何かで、余計な動きをしたら撃つという形で包囲していたのみ。事が済み、作戦が失敗したのだから撤退したと考えるのが正しい。
そのまま押し込んで鎮守府を完全に破壊するわけでは無かったのには何か意味があるのだろうか。こうなったとしても、まだ私を狙っているとか。
「工廠は修復の目処がついているから安心しな。それなりに時間はかかるが、業務に支障は無いよ。戦闘の揺れで部屋が一部散らかったところもあるが、大惨事にはなっちゃいない」
この入渠ドックも工廠の端にある別室。ここには4つのドックが鎮座しているが、他のドックは今は使われていないようである。
さんざん破壊してしまったが、それが元に戻っていっているのならまだ良かった。それで私のやったことが帳消しになるわけでは無いのだが。
「……磯波と夕立は……どうしてるのかな」
着替え終わったところで、今一番気になっていることを問う。私の一番の罪である2人の現状を知りたかった。
短時間とはいえ、2人も私と同じように鎮守府に敵対したのだ。罪悪感を持っていてもおかしくない。それこそ立ち直れていないくらいになっているかもしれない。私のせいで。
「……磯波は今、部屋に引き篭もってる。沖波と萩風がついているところだ」
やはり。私のせいで立ち直れないくらいの傷を負ってしまった。特に磯波は優しい子だ。性格まであんなに変貌させ、暴れに暴れたあの時の磯波は、トラウマ以外の何物でもないだろう。
あの時に私の
「夕立は……あの子のことは何となくわかるんじゃないかい」
「気にしなさそうだもんね夕立……」
「ああ、空元気に見えなくはないがね」
夕立は治療が終わった時点で普通に復帰したとのこと。
いくら一度鎮守府を敵と認識してしまったとしても、それは自分のせいではないと吹っ切れることが出来る強さを持っているのが夕立だ。
それに、夕立自身は価値観が逆転したくらいで性格も何も変わっていなかったように見える。それも立ち直りやすい要因かもしれない。
「ただ、あの短時間でも萩風や長門のような
「そう……なんだ」
やはり、そういうところに何かがある。深海棲艦への変化は、人間には重すぎるのだ。私にだって、今はわからないだけで何かしらの後遺症が残っていてもおかしくない。身体側にも残っているのは、太陽の姫に直に分霊されているからだろう。
その後遺症は、敵対心や執着心ではなく、思考に若干の影響を与える程度の軽いものと聞いて少しだけ安心した。それを見て私はショックを受けるだろうが、私だけなら別に構わない。
「陽炎、あまり気にしないようにするんだ。誰もが声を揃えてアンタに言うはずだからね。アタシが先に嫌と言うほど言っておく。アレはアンタのせいじゃない。全部太陽の姫のせいだ。アンタの意思じゃない」
面と向かって言われる。目と目を合わせて、私に刻み付けるように。
「アンタをああしたのは太陽の姫だ。アンタの意思で深海棲艦に成り下がるなんて考えないだろう。抵抗していたのはみんな知っている」
「……うん」
「誰もアンタを責めない。被害者だろう夕立と磯波も、アンタのことを恨んでいるなんて一言も言っていなかったよ。むしろ心配していたくらいだ。罪悪感で引き篭もっている磯波すらね」
私のことを誰も恨んでいないというが、罪自体は私のものだ。いくら太陽の姫の意思が私に引き金を引かせたとしても、私が磯波と夕立を蘇ったとはいえ死に至らしめたことや、嬉々として鎮守府をボロボロにしたこと、そして私が父さんを殺したという事実は何も変わらない。
いくら許されることだと言われても、私自身が私を許す事が出来ない。太陽の姫の呪縛から逃れられた確証も得られないのだから尚更だ。記憶が全て蘇っても何も起きないとはいえ、何がきっかけでまたあの姿に戻ってしまうかわからない。
「一度検査を受けてもらうよ。速吸に準備をしてもらってる。医務室に移動するからね」
「……うん」
もう私は自分が怖い。一度おかしくなったことが二度起きないとは限らないのだから。
医務室へ向かう間に誰とも会わなかったのは良かった。おそらくしーちゃんが手を回してくれていたのだと思う。正直、今は誰とも顔を合わせたくない。合わせる顔が無い。
医務室では、既に速吸さんが検査の準備を終えていた。入ったところですぐに始まる。
「同期値は相変わらず計測不能、それ以外の値も、
「そうかい、そりゃ安心だ」
数値だけで見るのなら、私は巫女となる前の状態と同じであるとのこと。つまり、また変化する寸前に戻ったとも言える。
「匂いについてはD型異端児の子に試してもらうしかないので何とも言えませんが、もう大丈夫でしょう」
「そんなことないよ……何がきっかけで変わっちゃうかわからなくなっただけだよ……」
父さんを殺した記憶まで取り戻して何の変化も現れないが、次のトリガーが変わっただけとも考えられる。それこそ、太陽の姫に対面した瞬間に汚染されるかのようにあちら側になってしまうとか。
そういう意味では何もかもが怖い。自分が信用出来ない今、何がきっかけでまた鎮守府に叛旗を翻すかわからないのだ。
磯波が引き篭もるのもわかる。植え付けられた感情とはいえ、自分の中にあんな暴力性があるなんて思っていないだろうから、自分が怖くなるのなんて当たり前のことなのかもしれない。
「陽炎、ならアンタをせめて安心させるための物を整備班に、夕張辺りに作らせる」
「何を……?」
「単純に言えば
司令が言うのは、私の首下に装着する小型の爆弾。私がもしまた深海棲艦となってしまった場合、即座に爆破することで私の息の根を止めるということだ。私の命を鎮守府に預ける。私自身の生殺与奪の権を司令に握ってもらうということ。
それなら少しは安心かもしれない。死ねば元に戻れるかもしれないし、今度こそ命を失うかもしれない。だが、どちらにしろ死ななければ意味がない。なら、そうしてもらった方が私の心の安寧に繋がるだろう。
「……そうしてほしい。私の命をいつでも奪えるようにしてほしい。ボタン1つで死ぬ物を私にちょうだい」
「わかった。アンタがそれで安心出来るのなら、苦肉の策だがそれを用意しよう。だが、それを使うことは無いだろうね。アンタはもうあんなことにはならない」
自信を持ってそう言ってくれるが、私自身がそれを信用出来ないのだから、それくらいしてもらわないと今後動くことも出来ない。
元に戻れたのはいいが、開き直ることは出来ないだろう。重過ぎる罪を背負い、私は償うために生きていくことになる。
陽炎は元に戻りましたが、中身が戻ったとは言い切れないくらいの傷を持ったことになります。後遺症も外見に出てしまいましたし。