異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
夕立と磯波には、私、陽炎への忠誠心という後遺症が残ってしまっていた。物凄く強めの残り方ではないのだが、それでも私のことを様を付けて呼んでしまっているのが、私の心に大きくダメージを与える。友人の在り方をねじ曲げてしまったのだと実感させられたからだ。
そんな中、沖波が私には罪がないと言い聞かせるように叱ってくれた。ワンワン泣いてしまったし、それで開き直る事が出来るわけではないのだが、ほんの少し、1歩だけ進むきっかけが貰えたかもしれない。
酷い顔では無くなった辺りで、時間としてはお昼時。丸一日入渠で眠っていたことで、今更ながら空腹を感じることになった。人前に出るのには抵抗があるものの、謝罪をするのなら食堂が一番やりやすい。全員が揃っている。
1人で顔を出す勇気が無かったが、夕立が一緒に行くと私の腕に抱きついてきたのでついてきてもらうことにした。磯波はまだ体調が優れないということで、部屋での食事としており、沖波と萩風は引き続き磯波につくとのこと。
この夕立の行動も私が植え付けてしまったのだと思うと、申し訳ない気分になる。元々人懐っこい性格だった夕立ではあるが、ここまででは無かった。匂いを嗅ぎに来るくらいがちょうどいいと思えるほどである。
「食堂……今どうなってるの」
「みんなでお手伝いしてるっぽい」
私達を食い止めるために、鎮守府の守護者である間宮さんと伊良湖さんが力を発揮した。その代償として、数日間は食堂を開けられなくなるなんて言っていたが、食堂そのものはやっているらしい。
私達をキッチンに立たせるとも言っていた。私はこんなにも眠ってしまっていたのだが、その間に一体どうなってしまっているのだろうか。
「ああ……陽炎と夕立か。適当なテーブルを使ってくれ」
出迎えてくれたのは長門さん。食堂手伝いはそのまま、以前よりは少し忙しない感じだった。哨戒任務で出て行っているのが少数のため、鎮守府に殆どの艦娘がいるというのも忙しさの原因の1つかもしれない。
キッチンには給糧艦代理として料理が出来る者、天城さんと由良さん、そして大鷹がみんなの料理を作っていた。当然3人だけでは手が足りないため、そこに数人が手伝いに入っているような形。給糧艦2人がどれだけ食の面で鎮守府を支えていたかを痛感する。
率先して手伝っていたのが海防艦の子供達である。大鷹がやっているからというのもあるし、こういうことをお手伝いしたがるお年頃でもあるだろう。3人が3人楽しそうにお手伝いをしていた。
「あ、陽炎おねーさんっしゅ!」
その内の1人、占守に見つかった。お手伝いをしている最中でもこちらに目が行ったようで、私を見つけた瞬間に声を上げた。それはそれは大きな声で。
長門さんに声をかけられた時は何も無かったが、占守の声は食堂の全員に聞こえるほど大きく、一気に注目を浴びるようになる。
視線が怖い。幸いみんなのことを敵として見てしまうような感情は私に残ってはいなかったが、この全員を敵にしてしまったことは事実だ。いきなり殴られても文句は言えないし、罵られても受け入れる。みんながみんな、異端児駆逐艦と同じとは限らない。
「おう、陽炎。こっち空いてるから来い来い」
手招きするのは木曾さんである。磯波を斬ろうとしたところを止めるため、再起不能にするくらいの一撃を入れてしまった。あの時の感触、足蹴にした時の感覚はまだ覚えている。
文句を言われるのなら木曾さんが筆頭だろう。私が直接手を下してしまった。今でこそピンピンしているが、相当なダメージだったはず。
「さて、俺はお前に言っておきたいことがある」
座った途端に目と目を合わされる。視線を外すことが出来ない。睨まれているわけでは無いが、感情が読めないような表情。
ふっと私に手を伸ばしてきた。胸倉を掴まれても受け入れる。そのまま拳が飛んできてもいい。それだけの覚悟は私にもある。歯を食いしばるように目を閉じ、木曾さんのやりたいようにしてもらうつもりで待ち構えた。
「次はアレをマスターするぞ。近接戦闘が出来るってのはそれだけでも強みだ。ああ、だが膝に負担がかかるかもしれないか。まずは下半身強化がいいかもしれないな」
「……え?」
頭をポンと叩くように撫でられ、そんなことを言われた。その言葉の意味がさっぱりわからなかった。
「俺に入れたヤバイ蹴りだよ。よくわからない移動と同時に突っ込んできたアレな。あの一撃だけで、内臓が少しと骨が数本イカれてたらしいぜ。いやぁ、アレは効いた。クソ効いたぞ陽炎」
頭の後は、勇ましい笑みとともに肩をバンバン叩かれた。私がやったことをステップアップの素材としてしか見ていない。やらかしたことなんて忘れてしまったかのように豪快。
「次はアレも避けられるようにしてやるから覚悟しておけよ。返り討ちにしてやるからな。俺もまだまだ伸び代あるぜ」
「ちょ、ちょっと待って」
「なんだよ。不服か? もしかして俺がぶん殴るとでも思ってたか?」
図星である。無言で首を縦に振る。手を伸ばされたらそう考えてもおかしくないと思う。私は割と真剣に悩んでいるのだが、それを見た木曾さんはゲラゲラ笑い出した。
「んなわけあるか。じゃあお前は、例えば意思も持たないような誰かが操っているロボットが攻撃してきたら、何処を恨むよ。そのロボットが悪いって思うか?」
「……それを操ってる人」
「だろ。お前は
気付けば周りに人が集まっていた。当事者となった私は、鎮守府の中で一番心配されていたようで、五体満足でこの場に現れたことが本当に喜ばれた。丸一日入渠で眠るということ自体が相当稀なことらしく、そこから復活したのだと大いに祭り上げられた。
今までの2人、萩風と長門さんは、ああなる前の人間性がわからないからみんな慎重だったわけだが、私はこれまでの数ヶ月でずっと交流をしている。余程のことが無ければ中身が完全に切り替わるなんてことは無い。
だから、私にはみんな今まで通りに接してくれる。私の
「陽炎ちゃん、何か困ったことがあったら、速吸に教えてくださいね。必ず力になりますから。トレーニングからカウンセリングまで任せてください。カウンセリングは素人ですけど」
「……う、うん……」
「話をするだけでも気は楽になりますから、毎日話しましょう。楽しいことを考えるのもいいと思います」
速吸さんからは今後のためのアドバイスを貰えた。精神的な部分のケアは頼らざるを得ない。
自分が当事者となって痛いほどわかった。メンタルの面は、1人では絶対に回復出来ない。1人になるとネガティブに拍車がかかる。もう心配は無いとしても、毎晩誰かに側にいてほしいくらいだ。頼まなくても夕立や磯波は率先して部屋に来そうではあるが。
「頼れる仲間は沢山いますから、ここぞとばかりに全員使っちゃいましょう。皆さん喜んでお手伝いしてくれますよ」
「……わかった……」
「言質、いただきました。皆さんの前での発言ですから、撤回は出来ませんからね」
悪戯っ子のように笑う。私が首を縦に振ったことで、今後関わられることが拒否出来なくなったわけだ。
「白のメッシュか……良いわね」
「白髪交じりなイメージにならない?」
「こういうのが良いのよこういうのが。いい感じのオシャレになるわ」
陸奥さんはすぐに私の髪に触れてきている。内面に後遺症が今のところ見えない私にとって、深海棲艦となったことを如実に表した唯一の後遺症。それも今の私の美点として、陸奥さんは扱ってくれている。
私としてはこれは受け入れ難いものだった。いつでも見られる私の悪行の証なのだから。罪を忘れたいわけではないのだが、いざそれがいつも見える状態というのは心に来る。
「気になるなら染めちゃえばいいと思うわ。いい美容院紹介してあげられるけど」
「髪の問題ならいくらでも解決出来るものね。外見の問題は解決しやすいわ」
確かに、嫌なら染めてしまえばいいとは思う。だが、それは自分の罪から逃げていることになるのではないだろうか。償いたいのなら、逃げてはダメだ。辛くても、髪はそのままの方がいい。
見えていれば罪悪感に襲われ、見えなくなったら逃げに思える。我ながら面倒くさい性格である。
「なんかおかしくなったことは無いか? ああなって戻ってきたってことなら、改二じゃなくなってるとかあり得ると思うが?」
「夕立が大丈夫だから、ゲロ様も大丈夫っぽい」
「そうか、ならすぐにでも訓練に入れるな」
一度死んで蘇っているようなものなのだから、練度のリセットもあり得た。だが、夕立が改二のままであるということで、その辺りの心配はいらないらしい。やろうと思えばすぐにでも戦場に出られるとのこと。
しかし、今の私は戦場に出ていいのだろうか。またああなってしまう可能性だってあるというのに。戦場に出るのは、せめて自爆装置が出来上がってからがいいだろう。
「陽炎、食事の注文なんだが……」
群がられていたので本来の目的を忘れかけていた。ここには昼食を食べに来たのだ。長門さんが注文を聞きそびれてヤキモキし始めていたので申し訳ない気分に。
食堂にいる全員が集まってしまっていたから、長門さんもなかなか近付けなかったのだろう。対人の面に関しては、長門さんは私よりも酷い。
「海防艦の子供達がだな……勝手に用意をしてしまった。良ければ食べてあげてもらえないか」
「子供達が……?」
などと言っている内に、まだ注文していなかった私の昼食が運ばれてきた。子供達が用意したというそれは、どう見ても子供達が好きなものばかりを詰め込んだコストやカロリー度外視の皿。
子供達が考えた
「陽炎おねーさん、美味しいもの食べれば元気出るっす!」
「美味いもんばっかりにしたからさ! 陽炎ねーちゃん食べてくれよ!」
占守と大東の笑顔が眩しすぎた。私がやらかしていたところも見ていたはずだろう。なのに、そんな事実は無かったと言わんばかりに接してくれる。
感受性だけで言えば、子供には嫌われて然るべきだろう。今の居場所を破壊した私なんて、敵以外の何者でも無い。なのに、この2人は前と変わらず接してくれる。
じゃあ、松輪は。海防艦3人の中で一番消極的な松輪は私に対してどういう感情を抱いているのだ。あの戦場で何処に隠れていたかは知らないが、私が変わり果て、悪逆の限りを尽くしたあの戦闘を見ていたはずだ。怖がっていてもおかしくない。
「かげろうおねぇちゃん……」
占守と大東の後ろからおずおずとやってくる松輪。その手には間宮さん手製であろうアイスクリームが。
「おねぇちゃんは……もとにもどってますよね。あのときはすごくこわかったけど……おねぇちゃんがいなくなっちゃったっておもったけど……いまはやさしいおねぇちゃんです」
長門さんの時も、数回接したくらいで本質を見抜くようなことを言っていた。今の私に対してもそういう発言なのだと思う。松輪はこの3人の中でも特にその傾向が強いように見えた。その松輪からこう言ってもらえるのは、私の心の安寧に繋がる。
「……またよるにまつわといっしょにねてください……さいきん……なかったので……」
悪夢を止めてもらわなければ最悪な状況に持っていかれていたため、ここ最近は異端児駆逐艦だけで固まって眠っていた。だが、一度ああなってしまった以上、おそらくもうその心配は無い。確認は必要だと思うが、悪夢を見ても変化が無いのなら、海防艦と一緒に眠ることも出来るだろう。
癒しのために、是非ともご一緒させていただきたい。松輪を抱き枕にした時は、本当に気持ちよく眠ることが出来るから。
「……うん、ありがとう松輪。久しぶりにお願いしたいかな……大丈夫だってわかったら……また一緒に寝ようね」
「はい……っ」
パァッと眩しい笑顔を見せてくれる。余程一緒に寝たかったのか、目に見えて明るくなった。
「海防艦部屋で待ってるっしゅ!」
「いつでも来てくれよな!」
こんな私でも懐いたままでいてくれる子供達は、子供の好きなものてんこ盛りの昼食を置いて、また食堂の手伝いに戻って行った。松輪も手に持つアイスクリームを机に置いた後、お辞儀をして2人を追う。
私の周りに集まってくれていたみんなも、その様子を見てほっこりしていた。子供達が頑張っている姿は、それだけでも心を温かくしてくれる。
これもまた、ヒビ割れた心に染み込んでいくような気分だった。
空城鎮守府の艦娘達のメンタルは割と化け物じみてる気がする。