異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
その日の夜は、いつも私、陽炎の部屋に集まっていた面子をそのまま磯波の部屋に移して就寝することにした。今まではみんなが私の悪夢による目覚めを危惧して監視してくれていたが、今回は磯波の心の安寧のために一緒に寝る。
今日のところは体調不良でずっと部屋にいた磯波だったが、丸一日を使ったことで多少なり安定していた。私が外で活動している間に沖波や萩風と話をしたのが功を奏したようである。
「ご迷惑おかけします……」
「迷惑なんて思ってないっぽい。いつもと場所違うだけでしょ」
すごく消極的になっている磯波に対し、夕立は普段通り。重く捉えている磯波と、殆ど開き直っている夕立と対照的になった。私は磯波寄り。
夕立の言う通り、今回は場所を変えただけだ。ベッドの主が磯波になり、私が別のところになったのみで、それ以外は何も変わらない。部屋の造りも似たようなものなので、風景はそこまで変わっていない。
それでも、自分の部屋以外で寝るというのは新鮮な気持ちになる。特に、磯波の部屋でこういう交流をすること自体が初めてなので、少しだけ楽しかったりした。楽しんでいいものなのかはわからないし、その資格があるかはもっとわからないが。
「明日からは部屋の外に出ようと思ってるの……」
「大丈夫? また体調崩すかもしれないけど」
「うん……そんなこと言ってたらずっと出られないかもしれないし……私がずっとこんなだと……陽炎様も気にしちゃうと思うから」
磯波からの様付けが一番堪える。夕立からのそれは冗談半分にも聞こえるため、まだ耐えられるのだが、磯波からのそれは重症としか思えない。そのように私が歪めてしまったのだと嫌でも実感する瞬間だ。
「無理しちゃダメだよ磯波……私もなるべく無理はしないようにするから」
「うん……ありがとう陽炎様。でも、少しでも前向きにならないと……復讐出来ないから」
太陽の姫への憎しみは、磯波の中では大きく膨れ上がっているようだった。太陽の姫のことを考えると、あの磯波の表情が途端に冷えたものへと豹変した。
与えられてしまった後遺症の原因は全て太陽の姫が起因であり、奴のせいでこんな嫌な思いをしているのだと怒りを募らせ続けている。拳を握り、太陽の姫をこの手で沈めたいとまで考える程に。
「私がこんな思いをするのも……陽炎様が苦しむのも……全部太陽の姫のせいなんだから……少しでも前向きになって戦場に出るよ。だから、明日からはリハビリじゃないけど……みんなと交流して行こうかなって」
元々がとても優しい子だから、こんなにも重たい後遺症になってしまっている。言動の端々に見受けられる私への忠誠心と、太陽の姫への深い憎しみは、どちらも元々は無かった感情だ。
それでも前に進むために頑張ろうと躍起になっている磯波の姿が、私には眩しかった。それが薄暗い光だとしても。
磯波がこれなのだ。私が奮い立たなくてどうする。いつまでもウジウジしていてはいけない。仲間達が私のことを思って接してくれているのだから、もっと前を向かなくては。
「磯波……私も頑張るよ。今日はいろいろあったけど……うん、もっと前向きになる」
「……一緒に頑張ろうね、陽炎様」
薄くではあるが笑みを浮かべてくれた。負の感情に支配されきってはいない、でも悲壮感もある笑顔だった。
「ゲロ様、これはソナーを激励してあげる必要があると思うっぽい」
ここで夕立が突然何か言い出した。激励と言われても何をしろと。今普通に話をしているわけだし、これ以上に磯波を励ますために何があるのか。
「ゲロ様、起立」
「……?」
磯波のベッドの隣に立ち上がる。夕立の言動に誰もが頭に疑問符を浮かべていた。だが、沖波がいち早くその後の展開に気付いたらしく、ヤバイという顔をした瞬間、夕立にいきなり背中を押される。
ベッドの隣にいるわけだから、その勢いでいわゆる壁ドンみたいな形で磯波に倒れ込む羽目に。なるべく痛みがないようにとどうにか身体を支えたが、私の胸に磯波の顔面がめり込むような形になってしまった。
「ゲロ様の匂い、落ち着いてるけど無くなったわけじゃないっぽい。だから、今日はソナーに譲るっぽい」
「あのさぁ夕立……これはちょっと強引すぎじゃないかな……」
匂いの件、そういえばまだ調べていなかった。ついさっきまでは初月インナーがあったので匂いについては話題にも上がらなかったが、今は寝る前でありパジャマである。魂の匂いは解き放たれたようなもの。
夕立曰く、匂いが残っているのは確かである。それが残り香なのか魂は侵食されたままなのかは不明。何かのトリガーでまた深海棲艦へと堕ちる可能性は消えたわけではない。堕ちないことが確定したとしても、この匂いは染み付いてしまったもののためもう落ちないという可能性もある。
魂の匂いとは一生付き合う必要はあるのかもしれない。それを感じ取れる者が極々少数であるというところが救いか。
「磯波、大丈夫……!?」
声をかけようとした瞬間、力強く抱きしめられ、さらに顔面を押し込むようにしてくる。そして、腹に鼻息を感じた。最初はスンスン程度だったが、今はスーハースーハーと聞こえるレベル。ずっと無言で一心不乱に堪能しているかのようだった。
表情が見えないので何とも言えないが、息遣いからとても喜んでいることが感じ取れた。もう離さないとでも言わんばかりに抱き着く力は強くなる一方。
「え、えーっと、沖波、萩風、助けてくれると……」
「たまにはいいんじゃないかな。磯波ちゃん、すっごく溜まってるから」
沖波はニッコリ笑顔である。今日丸一日一緒に過ごしていたことで、磯波に対していろいろな感情が生まれたのだと思う。磯波は沖波に対しても負い目を感じていただろうが、時間を使ってそういうところも見えなくなっていたし、友情をしっかりと深めたのだろう。
「姉さん、今日は許してあげてください。磯波さん、本当に溜まっているので」
萩風すらコレである。磯波がよっぽどストレスを溜め込んでいたということだ。2人が同じことを言うくらいだし、この1日で愚痴やら鬱憤やらが止め処なく出続けたか何かか。
「はぁ……そういうことなら、いいよ」
そのまま頭を撫でてあげた。私も以前にあったストレス性の体調不良なのだろうから、こういう形でストレス解消出来るなら万々歳だろう。何も手間は必要なく、私の身体1つで労えるなら安いものだ。
沖波と萩風は、磯波を一切止めない代わりに今にも飛び付いてこようとウズウズしていた夕立を羽交い締めにする。夕立が提案したことなのに、自分が邪魔してどうするのだ。
しばらくそうしている内に、磯波は安心したのか眠ってしまった。これ知ってる。萩風の時と同じ。全力で掴んだ状態で抱き枕にされているため、引き剥がすことも出来ないヤツ。
以前夕立が私の匂いを嗅ぎながら寝るとすごく落ち着けると言っていたし、おそらく一番重い後遺症になってしまっている磯波には、今晩は落ち着いて眠ってもらいたい。これはちょうど良かったかも。
「そんなに溜め込んでたんだ……」
「うん、1日話をしてたけど、磯波ちゃんも相当いろいろなことがあったみたいで」
なんでも、磯波も子供の頃に深海棲艦の襲撃を受けて大怪我を負っていたらしい。親族を失うようなことは無かったようだが、今でも後遺症が残るほどの怪我をしているらしく、そもそも深海棲艦に対して怒りや憎しみを持っていたそうだ。
それが今回の件でさらに膨れ上がり、爆発したようなもの。物静かな磯波が溜め込んでいた鬱憤は私達の比では無かったのかもしれない。感じ方は人それぞれ。
「そういうのを相談する相手もいなかったみたいだし、今日初めて全部吐き出したって感じだったんだ」
「なるほどね……磯波、全部自分で抱え込んじゃいそうな子だもんね……」
吐き出せるときに吐き出した方がいい典型的なパターンである。
「夕立とは真逆っぽい。言いたいことあったら言った方がいいっぽい」
「アンタは隠し事出来ない質だもんね」
「ぽい。ストレス溜めたくないもん」
境遇を多少聞いているため、夕立のこの言葉には少し闇が含んでいることが理解出来る。両親の件でいろいろあったみたいだし。
「姉さんは後遺症はどうなんですか? 外見はわかりましたけど、内面は……」
「ありがたいことに今は無いみたい。そのうち出てくるんじゃないかなって思ってるけど……」
「その時は……私達を頼ってくださいね。力になりますから」
萩風の視線が磯波を羨ましそうに見ているのはすぐにわかった。萩風にも後遺症はあるのだし、その欲求はまた今度晴らしてあげたいと思う。
「じゃあ、もう寝よう。磯波も寝ちゃったしさ」
「ぽい。夕立はゲロ様の後ろからー!」
「ダメだよ夕立ちゃん。今日の陽炎ちゃんは磯波ちゃんに全部渡すの」
私の後ろから来そうな夕立は、沖波がしっかりとガード。今日の私は磯波の抱き枕。安心して気持ちよく眠れるようにしてあげなくては。あんまり強く抱きしめたら息が出来なくなりそうだが。
そして翌朝。今回も悪夢を見ることなく、気持ちよく目覚めることが出来た。
「ありがとう陽炎様……昨日は何だかいい夢が見られたよ」
「そっか、良かった」
私を抱き枕にしていた磯波も随分とスッキリした表情。私の匂いを使ったことで、嫌な夢も見なかったようだ。そのせいで余計に私への忠誠心が強くなってしまいそうだったが、そこは自重してもらう。
「体調も良くなったから……今日からは外に出るね」
「うん、それがいいよ。私も頑張るからさ……一緒に進んでいこうね」
少しだけでも前向きになれたのはいいことだ。誰かが側にいないと安定しないということもあるかもしれないが、それだけで人前に出られるのなら安いもの。今は私だってそうなんだし、お互いサポートしあうのもいいと思う。
「で、ちょっと気になってたんだけど……夕立それ何で穿くようになったの」
話しながらも朝の準備。着替えているわけだが、やはり気になったのは夕立。昨日から制服の下にスパッツを穿いている。これも後遺症としか思えないのだが。
「んー、何だかこうしないと落ち着かなくて。
「……そっか」
「ゲロ様のせいじゃないからね? 夕立が勝手に選んだだけだから」
スカートをピラピラして見せてくるのはやめた方がいいと思う。わかった、わかったから。
その話をしていると、磯波が少しだけ俯いた。
「どうかした?」
「……私もね、夕立ちゃんみたいに……落ち着かなくなっちゃって……妖精さんに用意してもらったの」
そう言って身につけているのは、ああなる前には持っていなかったニーハイソックス。これも深海棲艦化したときに纏わり付いた装甲と殆ど同じものである。
夕立に続いて磯波も、
「前はこんなこと無かったのに、今はすごくしっくり来るというか……」
「ぽい。夕立もおんなじ」
後遺症を受け入れてしまっている危険な思考な気がしないでもないが、それで落ち着くなら否定するわけにもいかない。
「これだけだから。これがあれば前を向けるから」
「わかった。それに何やかんや言うのはナンセンスだよね。うん、いいと思う。似合ってるしね」
「ありがとう……陽炎様」
昨日よりも前向きな笑顔を見せてくれる磯波。夕立はここぞとばかりに抱き着いてくる。着替えてる途中だからやめてくれ。
「ハギィもいいんだよ? 今だから夕立にもわかるもん。あの時と同じ格好したくなるんだよね?」
「は、はいっ!?」
ここで夕立からのキラーパスである。他人事のように着替えを進めていた萩風だが、突然振られて顔を真っ赤に染めた。
あの時と同じとなると、駆逐水鬼の姿、つまりスカート無しの下丸出し状態。萩風からはそんな感じはしないのだが、振られた時の反応が図星っぽく見えてしまった。
「ハギィ、自分隠すのやめよ? 大丈夫大丈夫、ここまで来たら誰も何も言わないっぽい」
「萩風ちゃん……カミングアウト……してもいいんだよ……?」
磯波まで詰め寄る。これはあまりよろしくない方向なのでは。磯波もそういう方向で吹っ切れるのは良くないと思うぞ。
「はいはいそこまでそこまで。萩風も何も言わなくてもいいから」
「は、はい……助かりました……」
忠誠心ではなく執着心が後遺症として残っている萩風なのだから、間違った方向で吹っ切れると、中身が駆逐水鬼のようになってしまいかねない。萩風は今のままでいいから。そのままの君でいて。
「……確かに私も姉さんのスパッツは欲しいなって思ったことはありますけど……」
「萩風!?」
「な、何でも無いです。何でも無いですから!」
危ない。引っ張られかけてる。
こうして磯波も少しだけ前向きになれた。今までと同じように接するのは簡単にはいかないかもしれないが、鎮守府の仲間達は優しいのですぐ受け入れてくれる。
だから私も前向きになろう。きっと元通りになれるはずだ。
磯波の後遺症がかなり重めですが、陽炎と一緒にいたら前向きになれるというのなら、今はそれでいいんじゃないかなと。とはいえ天使は少しだけ堕天使要素も取り入れてしまいました。