異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
「あ、陽炎、探したよ」
ヒトミとイヨの案内も終えて、そろそろ夕食というところで夕張さんから声をかけられた私、陽炎。夕張さんからお呼びがかかるというのはあまり無いことなので、ちょっと驚く。
案内が終わったことでヒトミとイヨとは別れていたが、磯波は一緒にいるまま。一緒にいても問題ないということで、その用事を共に聞く。
「提督に話を聞いて、工廠の片付けの合間を縫って作っておいたよ。御要望の品」
「えっと……何のことだっけ」
「
首をトンと指差して一言。それで察した。夕張さんが作ってくれたのは、いざという時のために私自身を止めてくれる
私の魂の匂いがそのままであるということは、今でもいつ深海棲艦に変化してしまってもおかしくない状態である可能性がある。分霊された状態で死を迎えたことにより、今の私は人間の状態に落ち着いているに過ぎないかもしれないのだ。
何がきっかけかわからないのだから、戦闘中に突然
「ああ……自爆装置」
私が呟いたことで、磯波が目を見開いて驚いていた。私がそんなものに手を出しているなんて思っていなかったのだろう。
自爆なんて一番命を粗末にする行為。結果はどうであれ、自ら死を選ぶ装置に他ならない。
「か、陽炎様、なんでそんなもの!?」
「夕張さんも今言ったでしょ。精神安定剤だよ」
磯波に私の考えと空城司令の提案を伝える。そもそも自爆装置のことを考えたのは空城司令だ。それを私が心の安寧のために所望したに過ぎない。それがあればさらに前向きになれるのだから、私としては万々歳だ。
さらに言えば、それを使うときは本当にまずい時。私が深海棲艦になるようなことが無ければいいだけである。それが自分でもわからないのが不安なのであり、最悪な時を考えたらこれが一番妥当だと思っただけ。
「で、でも……」
「使うつもりは無いよ。でもね、本当にまずいことが起きたときは、そういうのを使うのが一番手っ取り早いんだよ」
別に私は死にたいわけでは無い。馬鹿な選択かもしれないが、万が一の時のための対策をしておきたいだけだ。それはわかってもらいたい。
「あー、一応ね、デザインとかも考えてあるから。まず間違いなく自爆装置なんて思われないようなものだよ。事情知らない人には、またああならないようにするための制御装置とでも言っておけばいいからさ」
そういうところを配慮してくれたのはありがたい。モロに『これは爆弾です』というデザインだと、みんなが不安になるだろう。だから、この件は極少人数しか知らないことにするようだ。
じゃあ磯波は知らない方がいいのではと思ったのだが、こういう秘密を共有する相手というのは少なからずいた方がいいというのも司令の考えらしい。なので、その案が出た時にそこにいた速吸さん以外だと、私と縁が大分深くなった異端児駆逐艦には伝えられるとのこと。深海棲艦と化したことがある者には尚更知っておいてもらいたい。
「そう……そっか、わかった。陽炎様がそれで安定するなら、私は止めない。前を向けるなら、手段は選んでいられないもんね」
「ごめん、わかってもらえたのは助かるよ」
また後から他の異端児達には説明することになるだろうが、ひとまず今はこれで。
夕張さんに連れられて工廠へ。整備班の業務時間も終了し、工廠の修復も全て完了していた。明日からは通常運転となるのも頷ける。たった3日で元通り。これで私達の悪行の痕跡は消えた。
とはいえ私には髪の変色というわかりやすい証拠が残ってくれている。そのおかげで、私がやってしまったことは忘れることはない。それに加えて自爆装置だ。私の罪はちゃんと見える。
「これが例のブツね」
夕張さんが持ってきてくれたのは、喉に小さな宝石のようなものが埋め込まれたチョーカー。耐水性もあるらしく、このままお風呂に入ってもいいとのこと。
「艤装の素材を使ってるから、簡単には壊れないよ」
「ありがとう。このまま普通に付ければいいのかな」
「うん、それでオッケー。基本的には一般的なチョーカーと変わりないよ」
言われた通り、首に着けてみる。妖精さんも手を加えたものであるため、私の首回りにピッタリのサイズ。苦しくもなく、ブカブカでもない。だからといって首に密着していても違和感がない。あまりにもフィットしていて怖いくらいだった。
初月インナーは首の方まで埋め尽くす長さだが、このチョーカーはその上にセットされる。自分で付け外し出来るのだから、それでも苦ではない。
「すごいねコレ」
「でしょ。で、わかってると思うけど、ココが
ちょうど喉の部分に置かれることになる、宝石のようなものが埋め込まれた部分。これが自爆の決め手。どういう仕様かわからないが、文字通り私の息の根を止める一撃を喰らわせる爆発物である。
首が飛んだらおそらく人間に戻る事もできない。だからといって火力が低いと一撃で死なない。程よく私の
「スイッチは何処に?」
「ここにあるけど、まだ電源は入れてない。何でかは、わかるよね?」
「うっかりで私が死なないように」
「御名答」
遊びでも、押したら今すぐ私は死ぬ。たった一度のスイッチオンで、私はこの世からいなくなる。それが自爆装置なわけだし、そのリスクを背負うからこそ私の心はさらに安寧を得られるのだ。そしてそのスイッチは、私が持っていてはいけない。
とはいえ、これは
「私としてはね、これは提督に渡しておくべきだと思う」
「……私もそう思ってた」
仲間を信用していないわけじゃない。私が部隊に加わり出撃するときは、その時の旗艦に預けるとかしたらいいとも思った。
だが、今は仲間達誰でもが分霊の危険性がある。そこから考えるに、もし本当に最悪な事が起きて、私ではなくその部隊の旗艦が分霊され敵に回ってしまった場合、私は艦娘のまま爆破される可能性が出てきてしまう。
ならば、基本戦場にいないものに持っておいてもらった方がいい。戦場でおかしくなった場合は、その時の別の仲間に私をどうにかするように連絡するようにしてくれれば、いろいろな心配もいらない。
「陽炎が渡してきなよ。まだ執務室にいると思うから」
「うん、ありがとう」
夕張さんに私の命のスイッチを手渡された。電源は入っていないが、これを押せば私は死ぬ。そう考えると少し怖い。しかし、これがあることで、次の最悪を食い止めることが出来るのだ。そちらの安心感の方が強い。
執務室。私の申し出に対して、空城司令は受け入れてくれた。
「これでアンタの命はアタシが握ったことになる。一応聞いておくが、本当にいいんだね?」
スイッチを手の上で転がしながら、私に問いただす。引き返すなら今だぞと暗に忠告してくれているのだろう。
生殺与奪の権利を他人に渡すということは、私の意思とは関係ないタイミングで死ぬ可能性があるということだ。命乞いをしてももう遅い。私の命は司令の掌の上に置かれることになる。
「うん、構わないよ。必要無いと思えるようになるまではお願い。私の心の安寧のために」
「そうかい。なら、コイツはアタシが預かっておく。押させないでおくれよ」
「それは太陽の姫に言ってほしいかな。あちらも私の意思に関係無く、また変えてこようとしてくるかもだし」
私の意思であちらの軍門に降ることは絶対にあり得ない。私の人生を滅茶苦茶にした者に従うなんて、冗談でもしない。太陽の姫に対しては怒りと憎しみしか浮かばないのだから。
だが、私の変化のスイッチをあちらが持っている可能性だってあるのだ。あちらの思い通りになって堪るか。
「私は死ぬ気なんて無いよ。でも、本当に奥の手ってのは必要だと思うんだ。だからコレ。司令なら、最悪な状況でそのスイッチを躊躇いなく押してくれると信じてるから」
「必要なら、アンタの命を奪う選択だってしてやるさ。それがアンタのためになることがわかってるんだからね」
「うん、ありがと」
分霊には死が救済となることは私達が嫌というほど証明している。なら、司令も容赦なくこのスイッチを押してくれるだろう。私の命を奪うことに躊躇しないはずだ。
重たい選択をさせていると自分でもわかっている。理由はどうであれ、他人の命を奪うことに正当性を感じ始めることは良くない。
「私だって一度死んでる身だから、あんな思いは二度も三度もしたくないよ」
沖波に撃たれたことで私は命を落としている。激痛が薄れていき、力が入らなくなり、何も感じなくなるあの感覚は、今までで最大の恐怖だった。深海棲艦としての思考を持っていたあの時ですら、私は泣き叫びたくなる程の恐怖を感じていたのだ。
あれは二度と感じたくない感覚。私だけではない、他の者にもあんな思いをさせたくない。
「ならいい。これは厳重に管理する。安心してくれていい」
「うん、了解。ごめんね司令」
「まったくだ。他のヤツにこんな重荷は背負わせられないよ」
その重荷を沖波が背負ってしまっている。そこは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
私と同い年の女の子に、命を奪ってもらうという今後の生活に支障が出そうな程の経験をさせてしまった。元に戻って蘇ったようなものだからダメージは小さいかもしれないが、それでも殺したという事実は変わらない。沖波は割り切れているのだろうか。その辺りも聞いておきたいところ。
「ついでだから聞いておきたいんだが、悪夢はどうなった」
「入渠させられたときに見たけど、今のところはそれっきり。充実してると見ないみたいだから、まだまだみんなの助けは必要かも。今日は海防艦の子供達のところにお邪魔しようかなって思ってるし」
「そうかい。ケアが必要なら仲間を頼るんだよ。この鎮守府はそういう場所だ」
あんなことをやらかした私を誰も嫌っていないことが、一番の救済だ。速吸さんにも言われたが、みんな喜んでお手伝いしてくれる。ここぞとばかりに全員使えなんて言ってきたが、本当に遠慮なく使わせてもらう可能性は高い。
「罪悪感はあるけど……それに囚われてたら仲間に失礼かなって思えたからさ。光明が差した感じ」
「ならいいさ。アタシも相談くらいにゃ乗れる。いつでも頼んな」
本当にみんな頼りになる仲間だ。司令がこういう人だから、みんなをそういう形で引っ張っているのかもしれない。環境が心に影響を与えるという典型的な例。
私もそういう人間になれるだろうか。いや、なるんだ。
夜、海防艦の部屋に行く前に、異端児駆逐艦のみんなに自爆装置について話しておいた。磯波は先んじて話を聞いてくれていたので冷静ではあったが、他の者はどうしても驚きを隠せない。特に沖波は声を荒げる程に狼狽えた。
だが、心の安寧のためには必要なのだと訴えたら、みんな納得してくれる。使わないために頑張る気持ちは当然あるし、また死ぬというのは怖い。
「大丈夫、私はもう俯かないよ。これのおかげで最悪の最悪まで行っちゃっても止めてもらえることが確定したんだから」
「それでも、やりすぎだよそれ」
納得はしているが不満は漏らす沖波。親友が死を選ぶという行為は気に入らないのだろう。
だが、安心してほしい。これは使うつもりは無いものだ。あるというだけで効果を持つ抑止力みたいなもの。夕張さんの言葉を借りるなら、精神安定剤だ。
「オキ、ゲロ様の気持ち、夕立達はわかるんだ。だからこれは許してあげて」
「私達もまたああなってしまったらって思ったら、その場で殺してもらった方がマシだと思います」
同じように深海棲艦化の経験がある夕立と萩風も、そういう形で納得してくれた。その感情が正しくないことも理解して。
「わかってる。陽炎ちゃんが前を向くためには必要なんだよね。補助輪みたいなものなんだよね」
「そう……だね。真っ直ぐは進めないかもしれないけど、これがあれば後ろを向くことは無くなると思う」
「じゃあ、私も許す。それがそういうものってことを私達に話してくれたのも嬉しいし」
異端児駆逐艦は運命共同体だ。隠し事は無し。他のみんなには申し訳ないが、この5人は何もかもを共有していく。仲間意識は特に強いだろう。
この自爆装置は絶対に使わない。使ってなるものか。何かあっても絶対抗ってやる。
スイッチの電源はまだ入れられていません。もしちゃんと管理されていたとしても、地震でうっかり落ちてスイッチがポチッとなされてしまった場合、意味がわからないタイミングで陽炎が死ぬ羽目になりますので。