異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
入渠が必要だった沖波は夕食前には戻ってきた。戦艦の姫2体に加え、レ級まで現れたという戦場では、何処も彼処も砲撃の嵐に巻き込まれることになる。沖波はまさにそれで、直撃はおろか擦りもしていなかったのだが、攻撃が妙に自分に集中したタイミングがあったらしく、その時の爆風で怪我を負ったのだそうだ。
今回怪我を負った青葉さんや衣笠さんもその類。嫌なタイミングが重なると、狙われてもいないのに自分が集中砲火を受けているように感じるとのこと。わからなくもない。あちらも本能的に一番狙いやすいところを狙っているのだろうし、それがたまたま自分に集中したというのも無くは無い。
「酷い目に遭ったよ……。衝撃で腕の骨にヒビが入ってたらしいし」
「災難だったね」
夕食の時に愚痴る沖波の話を聞く私、陽炎。ちゃんと回避出来ていたのに怪我をするとか、誰でも嫌な気分になるというもの。
それにしても骨にヒビとなると結構な重傷だ。それが数時間で治療されたところが入渠のすごいところ。今はヒビが入ったという腕をグルグルと回して完治していることを実感している。
「やっぱりあそこが本拠地なのかな。守りがすごい厚かったし」
「だろうね。ヒトミとイヨが沈没船みたいなの見つけたんでしょ?」
「うん、私は腕が痛くてそれどころじゃなかったけど、そんなこと話してたの聞こえた」
南方棲戦姫の巣からさらに離れたところで見つけたという、10年以上前からありそうな船の残骸。近付けたわけではないが、遠目にその姿が見えた時点で、それを守るかのように敵がワンサカ湧いたということだと思う。それだけ見られたくない、近付かれたくない理由があるというのなら、そこが本陣であることはほぼ確定だろう。
それがダミーの可能性が無いとは言えないが、見つかっている唯一の手掛かりなのだから、そこを全力で攻めるのが今後の作戦になるだろう。
「夕立達は出られるっぽい? 出られるっぽい?」
「どうだろうね。D型異端児には『雲』は天敵だし」
一度深海棲艦化して戻ってきたとはいえ、D型異端児であることには変わりない。しかも、夕立と磯波は深海棲艦化の影響で同期値が測定不可になってしまったのだ。磯波に至っては、そちらも異常値だったM型同期値の値が激減するほど。
そんな状態で再び『雲』に分霊されてしまった場合、おそらくあっという間に深海棲艦化してしまうだろう。一度なっていることで耐性が出来ているとかならいいのだが、そんなこと実験すら出来ないのだから避けるに越したことはない。
「そこは司令の指示待ちだよ。私達の手で決着をつけさせてくれるのかもしれないけど……そうでないかもしれないし」
「うん……私もこの手でやりたいけど……命令違反は出来ないもんね」
磯波も自分を奮い立たせているのだが、独断でやることは出来ないのだ。これは指示を待つしかない。
それに、磯波はまだ少し砲撃に躊躇いが出てしまっているので、まずはそこを治さなくちゃいけない。大変だとは思うが、私達で支えていきたいと思う。
「……私も……出来れば『雲』との戦いには参加したいです」
「萩風は……そうだよね。私達よりも因縁あるもんね」
萩風も静かに闘志を燃やしている感じ。萩風は太陽の姫ではなく『雲』に分霊されたことで5年間という年月を潰されている。それにより、私達以上に『雲』への憎しみは強い。
今の私達は負の感情が強くなってきている。恨み、怒り、憎しみ、いろいろと感じてしまうのだ。
だからこそ、艦娘の心得を忘れてはいけない。私達は破壊者ではなく守護者なのだと。そんな資格があるかはわからないが、前向きに進むためには何度もその心構えを反芻する。罪悪感は残っているが、もう一度艦娘として戦うことを選んだのだから。
翌日、調査任務は少しメンバーを替えて再出撃。昨日の襲撃を鑑みて、戦艦3体を同時に相手取ることが出来るように重めのメンバーにしている。調査も昨日とは少し違った方向から向かい、最終的に例の沈没船を違う角度で確認するとのこと。沖波は今回もその部隊に駆り出されている。
私達D型異端児は昨日と同じように『雲』対策の訓練を実施。少しでも『雲』への勝率を上げるために鍛錬を欠かさない。私も昨日1日で下半身の強化が程よくされており、昨日よりも動きは良くなっているように思えた。
「大分動けるようになってきたかな」
「お前が動けるようになるたびに、俺らは苦戦させられるっていうな」
脱力回避の発展系、超高速移動によるフェイントなども、昨日よりは出来るようになってきていると思う。一度の移動で1回のフェイントくらいなら、脚に負荷を感じることが無かった。速吸さんに怒られることもあったが。
だが、私が上手く出来るようになればなるほど、仲間達はそれに追いつくためにまた頭を捻ることになる。追いついては引き離しを繰り返して、今に至った。
「で、一番陽炎に当てられたのが……」
「五月雨と菊月……かな」
そんな中でもしっかりついてこられたのがこの2人。最古参の五月雨と、同じくらいの古株である菊月である。
五月雨は昨日の段階から一気に伸びた。初めて見るものには驚きもあってかすぐに対応出来なかったようだが、昨日1日と今日の午前で私の行動の傾向を経験したことで、フェイントを1回入れるくらいでは対応されるくらいにまでになっている。
昨日は調査任務に出ていたため、『雲』対策の演習は本日が初めてだった菊月だが、誰よりも早く私に順応してきた。おそらく私の行動を先読みしているのだと思うが、それが思った以上に的確。そういえば菊月と初めて演習した時、心の眼で見ろなんて言っていたが、菊月はそれを実現しているに過ぎないのだろう。真似出来ない。
「流石だなぁ古参勢」
「
少しドヤ顔の菊月。本人曰く『心眼』である。脱力しているために次に向かう位置というのは読みづらいようだが、私の脚の動きとかを一瞬で判断して、次にいるであろう場所を予測しているのだとか。
つまり、菊月は長年にわたり動体視力を鍛え続けてきたわけだ。見えないところからの不意打ちには弱いが、見えてるところからなら対応してしまうと。
「私もそれに近いかなぁ。今まで見てきた動きに合わせて対応してるっていうか」
五月雨は経験からの選択。長くこの業界にいるのなら、少なからず該当する動きというのがあるのだろう。それが普通ではない速度で繰り出されるだけであって、それが何倍速でもやってることは変わらない。
経験からの行動が身体に染み込んでいるレベルの五月雨だからこそ、そんな対応力を持っている。私と少し似ているかもしれないが、こう来るかもと考えたときにはそれに対応する動きを始めているみたいな。
「まだまだ私は『雲』に追い付けてないかもしれないけど、役に立ててるなら良かった」
「すごく役に立ってるよ。この経験は絶対に活かせるもん」
「ああ、五月雨の言う通りだ。この菊月が保証する」
五月雨は満面の笑みで、菊月は不敵な笑みで、私の存在を保証してくれた。この2人のお墨付きなら、これからも訓練に精が出せるというものである。
「サミー、お菊ちゃん、夕立にも教えてほしいっぽい!」
「わ、私も……」
夕立と磯波が2人に私の攻略法を教わりに行ったところ、どうにもお手上げ状態だったのか、訓練参加者のほぼ全員が一度2人からの教えを請おうと殺到。ちょうど休憩時間だし、私もここぞとばかりに身体を休めることにした。
今はまだ午前。午後からはみんなが途端に手強くなるかもしれない。その方がいいということはわかっているのだが、私も早く成長しなくては。全員からボコボコにされるのは、それが目的とはいえ癪だし。
そしてその午後だが、話で聞くだけではわからないということで、実演させられることになった。昼食前にお風呂で身体を休めているので、午後イチならほぼ十全の動きが出来る。
相手は菊月。五月雨の扱う経験則からの対応は、五月雨以外がやるには時間が足りな過ぎるため、菊月の動体視力の方を参考にするとのこと。経験ではなく技術なら、誰もがそれを参考にすることが出来そうだ。
「実を言うとな、この菊月、伊良湖さんに1つだけ助言を貰っていたのだ」
「伊良湖さんに?」
「ああ。あの場で陽炎を止められたのはあの人だけだ。しかも、接近戦でだからな」
私が深海棲艦化しているとき、脱力回避を寸前で止めた挙句に攻撃にまで転じてきたのは伊良湖さんだ。夕立も助言を求めようとしたが、あれの再現は出来ないだろうと思い、結果的に今は実力だけで乗り越えようとしている。
その伊良湖さんに何かを聞いたらしい。それのおかげで、午前中から私に対応出来たようだ。
「聞いたのは、脱力回避をする瞬間のお前の挙動だ」
確かに伊良湖さんは私の脱力回避を
菊月の動体視力ならその瞬間が判断出来ると。だが、午前中はそれを明確にするために使っていたのだろう。訓練だからそういうことが出来るわけで、そのチャンスをしっかり使っていった結果。
「そんなにわかりやすい?」
「午前中を使って確認した。確かにわかりやすい。この菊月の『心眼』の前ではな」
脱力回避はどちらかと言えば弱点が私への負荷だけという万能技だったりした。それを出す前に潰すということが出来るというのなら、私にも有用な情報ではある。
そういう意味では私も伊良湖さんに聞いておくべきだった。やはりあの時の引け目がある。あの時の話題を出して会話するのを、無意識のうちに避けていたのかもしれない。そういう意味では夕立にも悪いことをしたかも。
「これは陽炎の成長にも繋がるはずだ。この菊月、心を鬼にして陽炎をコテンパンにしてやろう」
「本当にされそうだから普通に怖いんだけどさ」
演習開始。最初は緩やかな立ち上がりで、単発の砲撃を繰り返しつつ距離を詰める。これは今までの演習でもずっとやり続けていることだ。遠くであればあるほど私は回避がしやすくなるのだから、出来る限り接近してから確実に当てる。
五月雨と同じく、菊月も結構嫌らしい位置を狙ってくる。足りない火力を技術で補っているのがよくわかるもの。どんな小さな火力でも一撃でやれる急所や、進行方向を狙って脚を止める牽制を織り交ぜていた。
「それだって何度も見てるんだから……!」
私だって一筋縄では行かせない。脱力回避を使わずともそれくらいなら回避出来る。
「ならば、嫌でも使ってもらう」
以前の五月雨と同じく、私の脱力回避を誘発させるように、逃げ道を潰しつつの本体狙いの砲撃を放ってきた。脱力回避でしかまともに躱せないようなタイミングで。夕立なら飛んだり跳ねたりで回避するのだろうが、私にはそんなことは簡単には出来ない。艤装を盾にするのも控えたいところ。
故に、望み通り脱力回避を選択。全身の力を抜き、その砲撃を潜り抜けるように回避する。
はずだった。
「やはりな」
脱力回避出来ず。私が力を抜いた瞬間に、菊月の4回目の砲撃が私の膝の上を撃ち抜いていた。そのせいで動くことが出来なくなり、その場に縫い付けられることになる。
「あ、ああ、なるほど」
「自分でもわかったみたいだな」
理解した瞬間、菊月の砲撃をまともに喰らうことになった。この演習を開始して、初めてモロに受けた。ギャラリー達の感嘆の声が聞こえるのもわかってしまった。
「お前は脱力するときに必ず膝から力が抜ける。それが判断出来れば撃ち抜くことくらい造作も無い」
「人間ってそういうものじゃないかな……身体を支えてるわけだし」
「故の弱点だろう。この菊月にはもう効かないと思えばいい」
菊月は『雲』対策がこれで完了したとも言えるだろう。『雲』の回避の瞬間さえ判断出来れば、あの回避は確実に止められるということになるのだから。
その戦闘は青葉さんの動画にしっかり残っている。回避の瞬間もだ。菊月はそれを研究するだけで一番有用な存在になるだろう。
逆に、私はまだまだ改良の余地があるということがわかった。その瞬間がわからないように出来れば、より強力な回避方法に昇華されるはずだ。私の訓練にもなっている。
『雲』対策、一番最初に乗り越えたのは菊月でした。