異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
『雲』対策をしようとしていたのも束の間、まさかのご本人登場。現在演習用の装備しかしていない私達には、正直手も足も出ないかもしれない。どうにかして鎮守府に戻って戦闘出来るようにしたかった。
しかし、それすらも出来ない状況に追い込まれた。『雲』だけならまだしも、私達の仇敵、太陽の姫までこの場に現れてしまったのだ。まだ遠いとはいえ、その威圧感はとんでもなかった。認めたくは無いが、まさに神と言える存在感。
諜報部隊を護衛する目的で調査任務に出撃している部隊には、鎮守府の中でも最大の戦力が用意されている。言ってしまえば、今鎮守府に残されている者は、最低限鎮守府を防衛するメンバー。火力でどうにかすることは難しそうである。
「選バレシ者ヨ、貴様ハ、ココデ失ワレル」
太陽の姫の興味は沖波にある。M型異端児であり、同期値も相当大きく、分霊を弾き返すという特性まで見せているのだ。目の敵にされてもおかしくはない。
今しなくてはいけないのは、沖波の防衛。威圧感により動けないでいた私、陽炎は、どうにか魂を奮い立たせる。そうしないと、誰も何も出来ずに沖波がやられる。それだけは嫌だ。
「アンタが、アンタが私達の人生を滅茶苦茶に……!」
何とか言葉を紡げた。私の声が聞こえたことで太陽の姫は反応し、私の方を向く。能面のような顔だが、私の姿を見て目元が笑ったように見えた。
「我ガ巫女、陽炎。貴様ノ意思一ツデ、再ビ此方へト招キ入レヨウ。貴様ハ、我ガ寵愛ヲ受ケルニ値スル存在。貴様コソ、
「またアンタのところになんて、誰が行くか!」
太陽の姫に選ばれたって嬉しくも何ともない。ただただ憎しみしかない。あちらが常に余裕を持っていることが気に入らない。
私達に負けるはずが無いと慢心しているのだが、こちらは訓練用の装備であるため、勝ち目が無いのは確かなのが悔しい。まずはどうにかして鎮守府に戻り、ダミーの弾を実弾に替えなくては。
「主様、如何イタシマスカ」
『雲』が恭しく問う。あの『雲』でも、太陽の姫を前にすればこの態度。前回私を迎えに来た時に失敗に終わっているのだが、奴の立ち位置は何も変わっていないようだ。
私に向けてきた言葉、寵愛を受けるに値する存在。巫女というのは全てがそういう存在なのだと思う。太陽の姫が直々に分霊を行い、それにより人の殻を捨てさせられて直属の配下になった者。太陽の姫としても、それは愛おしい存在なのかもしれない。
分霊をしたことのある私だからわかる心境である。あの時は磯波と夕立がとても愛おしかった。私が直々に分霊したのだから、可愛くて仕方なくなる。
「目的ヲ果タス。貴様ハ害スル者ヲ始末セヨ」
「カシコマリマシタ」
太陽の姫の言葉に微笑みながらこちらを向く『雲』。私も含め、ここにいるものは全て太陽の姫の目的を邪魔するもの。太陽の姫自身で沖波を葬りたいのか、沖波の方しか見ていなかった。私にも意識が向いているが、一番の目的は沖波。
「他ニモイルカ」
M型異端児の存在を感じ取れるのか、衣笠さんにも視線を向ける。とにかくM型異端児が気に入らないらしい。
「貴様モ、我ガ手ニヨリ此処デ消エテモラウ」
「そんなわけにはいかないね」
この状況でもジリジリと撤退戦の方向へ持っていこうとしている。『雲』もこちらを狙っているのはわかるが、だからといって動かないわけにはいかない。私達もゆっくりと工廠へと向かうように動き出した。
ここは鎮守府近海、さすがに鎮守府に残っている仲間達も、太陽の姫がここに現れてしまったのも確認しているはずだ。最大戦力が出払っているとしても、必要最低限は残っている。撃破は出来ずとも、追い返すくらいはしたい。
「いい? 合図したら一斉に戻るよ」
衣笠さんが小声で伝えてくる。工廠に戻らなくてはどうにもならないのは誰もがわかっていることだ。どうあれ、私達はそこにいかなくては戦う力も手に入らない。
別に工廠が水平線の向こう側というわけではないのだ。最大戦速で駆け抜ければ数分もかからずに飛び込める。そこまで逃がしてくれるならの話ではあるが。
それまでに動けるように自身を奮い立たせる。冷や汗を止めろ。震えを止めろ。恐怖に打ち勝て。私ならやれる。私達ならやれる。
「3……2……1……GO!」
あちらが慢心してくれているため、その合図まで何も受けることが無かった。誰もが自身を奮い立たせ、最善のスタートを切った。私達の逃走が開戦の合図になりそうではあるが、そんなこと関係ない。今は逃げなければどうにもならない。
牽制のためにダミーの弾だって撃つが、『雲』は相変わらず回避し、太陽の姫に至っては手に持つ棒を払った瞬間に水柱が立ち昇り、その砲撃が届かずに止められてしまった。
「何アレ!?」
「砲撃が効かないっぽい!?」
ダミーの弾は弾速こそ通常と同じであっても威力がまるで違う。水柱で食い止められるのもおかしくはないのかもしれない。
しかし、手を振っただけで突然爆発したかのように水飛沫が上がったのは何故だ。それも砲撃を止められるレベルのものが。
「歯向カウカ。好キニシタラヨイ。イズレニセヨ、ココデ始末スル」
水柱が晴れた後に、私達は一気に工廠に近付くことは出来た。しかし、あちらはそこから動くことなく、こちらを指差していた。
その瞬間、何処からともなく意味がわからない威力の砲撃が私達に向けて放たれていた。細かいことを言うと、私以外を狙った砲撃。私にはまだ自分の意思で太陽の姫に屈する道を示しているらしい。神らしく私にだけは慈悲があるようである。
「ああもう、回避回避!」
「あいつ何処に主砲付いてんの〜!?」
私以外のD型異端児も完全に無視で殺意の篭った砲撃が飛び交う。必死に回避しながら撤退するが、その砲撃を掻い潜りながら今度は『雲』がこちらに突撃してきた。
この中で一番砲撃が得意なのは阿賀野さん。無反動による砲撃でバックしながら狙い撃つが、砲撃と水飛沫による防御で、太陽の姫はどうにもならない。『雲』も当たり前のように回避してくる。
「主様ニ害ナス者ニハ、ココデ死ンデモラウワネェ」
敵味方全ての砲撃を回避しながらの突撃のため、非常に厄介。太陽の姫の砲撃は何処から飛んできているかもわからないというのに、一切お構い無しにこちらに向かってくる。
狙いはおそらく最後尾に近いところにある阿賀野さんだ。撃ちながら、しかもバックで逃げている時点で、誰よりも遅くなるのは仕方ない。
「航空隊発艦! 早く工廠へ!」
「航空隊、発艦始め! 皆さんを護って!」
そこへ、この様子を見ていた待機組が出撃。速吸さんと大鷹が艦載機を飛ばしていた。それによりどれだけの牽制が出来るかはわからないが、私達が工廠に飛び込む時間だけは稼いでくれる。
少数ながらも空襲を仕掛けることで、『雲』の動きは一時的にストップ。回避に専念しつつも徐々に前進してくるのが恐ろしかった。
そして太陽の姫はというと
「小賢シイ」
手に持つ棒を少し上に掲げクルリと回した瞬間、禍々しい形状の艦載機が爆発的に現れた。天城さんの発艦システムを大分簡略化したような発艦方法だったが、たったそれだけの動作で速吸さんと大鷹の発艦させた艦載機を一網打尽にしていく。
あれは母さんを殺した艦載機だ。悪夢から全て思い出しているのだから、それは確実に覚えている。その艦載機にも憎しみが滾るが、今はそんなこと言っている場合ではない。
「全く止まらない! 誰か援護を!」
「5分だけならば」
「私達が稼ぎます!」
ここで来てくれたのが、間宮さんと伊良湖さんである。たった5分のオーバースペック。勝てるかどうかはさておき、少なくとも私達が工廠に辿り着けるまでの時間は稼いでくれるとのこと。今のスピードならあと数秒で行ける。
そんなことに2人を使わなくてはいけない状況が本当に辛いが、その5分で全員が実弾に換装することが出来れば、まだ戦える状況が作れるはずだ。その場で倒れたら終わりなので、結果的には5分よりも早く、もっと早く。
「主様、奴ラデス」
「ワカッテイル」
『雲』は2人の存在を知っており、私が巫女を辞めるきっかけを作ってくれた恩人であることも理解している。少なくとも巫女だった私は手も足も出なかった。それならば『雲』だって抑え込むことが出来るはずだ。陸ならば神州丸さんでも行けたのだが、流石にそこまで来てくれるとは思えないし、そもそも神州丸さんがこの場にいないので、無い物ねだりはやめておく。
問題は全て太陽の姫だ。大量すぎる艦載機、何処から出しているかわからない砲撃、そして突如現れる水飛沫による障壁。攻撃も防御も異常なスペックを発揮しているのは確か。給糧艦の2人でもどうなるかわからない。
「あの子達のためにも、そこから動かないでもらえるかしら」
何も言わせず全主砲による連射。あちらの砲撃すらも弾き飛ばす猛烈な砲撃を繰り出すが、案の定足元が数回爆発したかのような水柱が立ち昇った瞬間にその砲撃が弾き飛ばされた。まるで強大な壁にでもなったかのように全てを食い止めてしまった。
いくらなんでもアレはおかしい。ダミーの弾でもない実弾なのに、あんな簡単に弾き飛ばせるわけがない。なのに、間宮さんの砲撃は1回も水柱を貫くことが出来なかった。深海棲艦だからといえばそうかもしれないが、それでも酷い。
「ならば私が行きます!」
「貴女達はすぐに換装を!」
今度は伊良湖さんが突撃。リミッターを外した超高速戦闘により、水柱が立ち昇る前に蹴り込みに行くが、例の棒により軽く打ち払ったかと思いきや、伊良湖さんの真下から水柱が立ち昇ったことで逆に弾き飛ばされてしまう。そしてその内側からの強烈な砲撃により、自らの水柱を破り間宮さんを狙うほどに。
タイミングがあまりにも完璧で、こちらの行動を全て予測しているのではないかというくらい。見ていなくても命中させるくらいの精度まで兼ね備えている。
「急いで!」
私達はそれを見ることも出来ず、整備班のもとへと飛び込む。そこでは夕張さん含む整備班の人達が万全な準備で待っていてくれた。
「すぐに切り替える! 1分でいい!」
整備長の号令と同時に、一斉に整備員の人達が動き出す。主砲の弾を切り替えるだけでも、どうしても手間がかかるのが艤装の欠点だ。訓練中に敵が現れるとこういう面倒事が起きてしまう。
さらにいえば、今でこそ間宮さんと伊良湖さんが食い止めてくれているが、この換装作業は戦場の真ん前で行われているのだ。流れ弾が来てしまったら一巻の終わり。
「嬢ちゃん、任せとけ。すぐに終わらせて、俺らは中に引っ込ませてもらうからなぁ!」
「本当に助かるよ整備長!」
私の武装を換装してくれているのは整備長。一番歳が行っているものの、一番手早く作業を終わらせてくれる。私には主砲が2基あるため、整備長がついてくれたようだ。
他も恐ろしく手早い作業。全員が洗練されているからこそ、この危険な環境下でも焦らず丁寧な仕事をこなしてくれるのだ。
「ダメヨォ。ココノ人達ニハ、コノママ死ンデモラワナクチャイケナインダカラ」
しかし、整備もゆっくりやらせてくれない。太陽の姫は間宮さんと伊良湖さんが食い止めてくれていても、『雲』はフリーだ。速吸さんと大鷹は、太陽の姫の艦載機と拮抗させるために航空戦で必死。あちらの進攻を止めるものが残されていない。
そんな状態なら、武装換装中の私達を狙ってくるのも当然のこと。全て破壊するつもりでここにいるというのなら、そういう狡賢いことだって簡単に選択出来るだろう。
などと思っていたのも束の間、今度はこの戦場には最も似つかわしくない声が響く。
「時間稼ぎなら、占守達でも出来るっしゅ!」
「あたいらみたいなガキでも、束になれば戦えるんだぜぇ!」
『雲』の進攻を止めるのは、なんと海防艦の子供達。『雲』の行動に合わせて、爆雷を投射しながら主砲まで放っていた。
正直なところ、子供達が主砲を使うところなんて見たことが無かった。訓練をしているところすら知らない。扱えるのだから訓練していないわけがないのだ。隠れてやっていたとしてもなかなかの精度。
「アラアラ、可愛ラシイ攻撃ダコト。デモ、当タラナケレバ意味ハ無イノ」
しかし、『雲』には効かない。爆雷の爆発も砲撃も、何もかもをすり抜けるように回避して突き進んでくる。やはり回避性能だけが異常すぎた。
工廠には入ってこれないが、ジリジリと子供達に近付いているのは確かだ。砲撃まで繰り出して、子供達すら皆殺しにするために動いている。
それを見過ごせるわけ無いだろう。艦娘の心得以前に、私達の仲間をやらせるわけにはいかない。
「っし、嬢ちゃん、換装完了だ。行けぇ!」
「ありがとう整備長!」
ここで私の主砲の換装が完了。まともに戦える状態になった。時間にして5分も経っておらず、間宮さんと伊良湖さんもまだ限界に来ていない。
だが、先に向かうべきは子供達の方だ。いくら3人がかりとはいえ、『雲』相手は荷が重すぎる。だから、まずは助けることを優先するべき。
陸でやると負担は割増だが、今は時間が無い。すぐにでも『雲』を止めるため、整備長に離れてもらって脱力し、回避のその先へ。子供達を護るため、私は戦場を駆け抜ける。
この一歩には、怒りも憎しみも無かった。だからだろう、いつも以上の力が発揮された。目まぐるしく移り変わる風景の中、私は瞬時に『雲』の眼前にまで移動していた。
「ありがとう子供達! お待たせ!」
すかさず『雲』に砲撃し、子供達から引き剥がす。回避出来るかもしれないが、あちらの特性は理解しているのだ。当たらなくても、厄介な存在を離すことが出来れば戦いはまだ続けられる。
戦いはここからが本番だ。わざわざラスボスが攻め込んできたのだから、返り討ちにしてやる。