異端児だらけの遊撃隊   作:緋寺

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女神の加護

 沖波を救う戦い。他の仲間達が戦場からの撤退に成功し、残るは私、陽炎だけとなる。私がここでギリギリまで耐えて、援軍を待つ算段だったのだが、その前に私の脚に限界が来てしまった。

 そこに追い討ちをかけるように沖波からの攻撃を受けたことで、本格的に行動不能にまで追い込まれた。艤装も半壊し、海上に立つことが出来る浮力すら発生しなくなっており、主砲も全て破壊された丸腰状態。

 そんな状態で捕まえられ、身動きすら取れない状況で太陽の姫の眼前まで運ばれてしまった。何をされるかなんて考えるまでもない。私にとっては二度目の分霊である。

 

「貴様ハ再ビ、我ガ熱ニテ現レル、陽炎トナレ」

 

 太陽の姫の長い爪が伸びてきて、そして、

 

「分霊ノ儀、執リ行ワン」

 

 私、陽炎の胸へと突き刺さった。耳元で沖波の舌打ちが聞こえたような気がしたが、私はそれどころではない。

 しかし、まだ諦めない。沖波を救うために、私はこんな分霊なんかに屈するわけにはいかないのだ。私まで屈して、それでも元に戻してもらえたとしても、壊れかねない程の最悪なトラウマが残ってしまう。それだけはダメだ。必要最低限で抑え込まなければ。

 

 だが、ここで私すら想定外なことが起きた。

 

 

 

 注がれようとした瞬間、私の胸から太陽の姫の指が弾き飛ばされ、分霊が強制的に終了させられたのだ。

 

 

 

「……ナニ?」

 

 これはM型異端児である沖波に、巫女だった私が分霊しようとした時と同じ状況。太陽の姫ですら、この状況は予想していなかったようで、能面の顔が少し歪んだ。

 

 私の中の鼓動が、私にも気付くことが出来るくらいにまで大きくなっていた。私の中に何かが目覚めようとしているような、不思議な感覚だった。それが何かはわからないが、少なくとも悪いものではない。太陽の姫の侵食すらも跳ね飛ばすその何かは、着実に私の中で大きくなっているのがわかるのだ。

 ほんの少しでも私の中を知った太陽の姫は、すぐに考えを切り替えたようだった。分霊が出来ないというのなら、ここですぐに始末してしまえという考えに。

 

「我ガ巫女、空ヨ。陽炎ヲ沈メヨ」

「カシコマリマシタ」

 

 掴んでいるのは沖波だ。そして、掴まれていない限り私はもう立ち上がらない。手を離されたら沈んでいくしかない。

 

「終ワリダヨ陽炎。セイゼイ苦シンデ死ネ」

 

 掴んでいたのを離すだけでは飽き足らず、顔面から水没するように海中に投げつけられた。機能しない艤装は錘となってしまって浮かび上がることは出来ない。泳ごうにも脚は折られているため無理。腕だけで自分の身体を浮かび上がらせるのは不可能だ。

 さらにはそこに砲撃まで重ねられた。力を振り絞ってそれを艤装で受けるが、半壊だった艤装はさらに破壊されてしまい、私本体にも大きなダメージになる。背中の骨にまで負荷がかかり、浮上は絶望的となった。

 

 私は為す術無く海中へと沈んでいく。ここまで消耗しているのだから息も続かない。艦娘が溺死だなんて笑えないが、実際こういう死に方もあるのだと思う。艤装が破壊されたことにより、浮くことが出来なくなってそのまま、なんてことが。

 

「っ……」

 

 私が沈んでいく姿を、海上から忌々しげに見つめる沖波。その顔は、心底毛嫌いする表情。あの表情を私の手で元に戻せなかったのが一番の後悔だった。

 こんな状況でも、諦めきれなかった。私はどうなってもいい。だが、沖波はダメだ。あんな哀れな姿で仲間達を攻撃するだなんて、私は許さない。沖波が救われたところを見なければ、死んでも死に切れない。

 

「がぼっ!?」

 

 肺から抜ける息。遠のく海面。見えなくなる沖波の足。暗くなる視界。失われていく感覚。薄れていく意識。死を実感する要素で埋め尽くされるが、死の恐怖よりも沖波が心配で仕方なかった。

 私がここでいなくなった後、ちゃんと救われるだろうか。元に戻った後、酷いトラウマに苛まれないだろうか。私が死んだことを自分のせいにしないだろうか。そんなことばかりが頭を過ぎる。

 

 瞼が重い。とてもとても眠い。そして、私は意識を失う。二度と目覚めることのない、暗い暗い眠りへ。

 

 

 

「まだ、諦めていないでしょう?」

 

 

 

 何者かの声により、失われた意識が覚醒した。そんなギリギリな意識の中でもハッキリと聞こえた。聞いたことがあるような無いような声。

 重たい瞼を必死に開く。そうだ、私はまだ諦めちゃいない。諦めてはいけない。沖波を助けるまでは、私は死ねない。無様でも、私はもがき続ける。

 

 私の眼前には見知らぬ妖精さんがいた。鎮守府では見たことのないタイプだった。工廠妖精さんのような作業員とも、空母のみんなが使っている艦載機妖精さんのような戦闘員とも違う、特殊なタイプの妖精さん。

 先程の声がこの妖精さんの声だったとしたら、それこそ本当に特殊なタイプだろう。何せ、妖精さんと言語による意思疎通は出来ないのだから。しかも今は沈んでいる真っ只中。尚更声が出せるわけでもない。

 

「大丈夫。私が貴女を治してあげる。戦えるように、護れるように、救えるように。でも一応聞きたい。貴女は諦めていないでしょう?」

 

 体力は消耗しているが、出来る限りの力で深く頷いた。心だけでは無く、態度で示した。貴女の言う通り、私は諦めていない。沖波を救いたい。

 

「うん、なら治すよ。それが今の私の使命だもの」

 

 その小さな存在は私にふわりと近付くと、額に手を当てた。普通の人間の指先にも満たない、小さな小さな手のひらから、じわりと滲み出るように力を感じた。そのおかげか、海中なのに全く苦しくなかった。呼吸せずとも生きていられる状態に。

 同時に、私の中で目覚めた()()の鼓動が、より激しく、より力強く脈打ち始めた。温かく、優しい力の奔流だ。侵食による暴力的な快楽とは正反対の、私を包み込む慈しみを感じる力。

 

 私を治療するには少しだけ時間がかかるということで、この妖精さんは知っていることを全て話してくれると言う。私としてもそれは聞きたい。話す前にこれは他から聞いた話だと前置きもされた上で、つらつらと話してくれる。

 

「貴女は選ばれし者。()()()()()()()()。大きなマイナスの力が生まれる時、世界の均衡を保つため、対等なプラスの力が同時に生まれる。それに選ばれたのが、貴女だった」

 

 私が元々M型異端児であったことは、太陽の姫の発言から予想が出来た。世界に選ばれた者を配下にするために分霊し、その存在を生かしながら消している。それでも、既に消えていた私に執着し、改めて分霊を施そうと思っている時点で、私は何処か違うのだとは思っていた。

 この妖精さんが言うには、私はこの世界に現れた初めての選ばれし者なのだという。だから、太陽の姫は私の街を壊滅させ、艦娘という存在が出来上がる前から私に対策を取ったのだ。

 

「なんで自分が選ばれたんだって思うかもしれない。太陽の姫に一番近い位置にいた、一番()()()()()()だったんだよ」

 

 正直な話、許可も得ずに選ばれたのは迷惑この上無いと思ってしまった。そもそも選ばれなければ、街は滅ぼされなかったし家族も死ななかったのでは。

 とはいえ、元はと言えば何もかも太陽の姫のせいではあるのだが。奴が生まれなければ巻き込まれることは無かったわけだし。私が選ばれていなかったとしても、街が滅んでいた可能性はかなり高いし。

 

 だが、もし自分がそういうの関係無しに艦娘として活動出来るとしたら、やはり志願していただろうと思う。恨み辛みなど無くても、世界の平和を守るためならこの道を選んでいた。

 

「故に、太陽の姫(大きなマイナス)貴女(対等なプラス)を潰しに来て、実際に貴女からその力は消えた」

 

 そうだ。私はつい最近までM型の同期値が0。太陽の姫の分霊のせいで完全に消え去っていた。D型の同期値がマイナスだったのも、D型の艤装が扱えるのも、もしかしたらそれがあったからなのかもしれない。

 実際に巫女としても目覚めさせられ、今でも身体に後遺症が残るほどになっている。M型異端児としての私がいなくなっていたのだから、あちらの思惑通りだろう。

 

「だけど、貴女は終わっていなかったんだ。本来の力が太陽の姫に抑え込まれていたけど、失われていたわけじゃない。貴女の強く正しい想いによって、その力を取り戻そうとしている。いや、その時よりも強い力が目覚めようとしている。自分でもわかるんじゃないかな」

 

 私の中を駆け巡る、優しい力の奔流のことだろうか。これがM型異端児の、選ばれし者の力というのなら、そうかもしれない。太陽の姫の侵食とは正反対の感覚なのだから。

 太陽の姫の分霊を跳ね返したのも、その力のおかげなのだろう。一度は屈したが、同じことを二度も受けるわけにはいかない。みんなを救うためにも、屈するわけにはいかない。その想いが、それを実現させた。

 

「貴女は世界が定めた太陽の姫の抑止力だからね。だから、私がここに来ることが出来た。さぁ、どうかな。身体、痛くないんじゃない?」

 

 治療が終わったようで、妖精さんは私から離れる。痛くない。脚も曲がる。恐ろしいことに艤装すらも完璧な修復されている。こうなる前の状態に戻っていると思える。制服だけはボロボロのままだが。

 だが、力が全く違う。優しい力が私を包み込み、今までにない力を感じる。身体そのものも何か別のモノに変化しているような錯覚をする程だ。もしかしたら、この力のおかげで脱力回避がやりやすくなっているかもしれない。

 

「力を取り戻した、今の貴女の望みは何かな」

 

 勿論決まっている。沖波を救うことだ。太陽の姫を倒すのはもう二の次。私の親友、幼馴染みの沖奈を、太陽の姫の魔の手から救い出すのだ。一度殺さざるを得ないかもしれないが、その業は私が背負う。元に戻った後は、私が側にいてあげるんだ。

 この力はそのための力とさえ思う。みんなを護るために、みんなを救うために戦う力だ。それを思うことで、より強い力を感じた。

 

 艦娘の心得そのものじゃないか。私は破壊者ではない、守護者だ。護るためにこの力を振るう。

 

「うん、やっぱり貴女は選ばれるべくして選ばれてる。無意識にその選択が出来るんだから。それなら私も安心した。託して()()()()

 

 その妖精さんの姿が薄くなっているのがわかった。私の治療を終えたことで力を使い切り、存在そのものが消えようとしている。

 

「最後に名乗っておく。私は『女神』と呼ばれている妖精。艦娘の命を、自身の存在を使って治療する妖精だ」

 

 じゃあ、この妖精は私のために命を散らしたということになるじゃないか。せっかく救ってくれたのに、そんなの死ぬために生きていたようなものじゃないか。そんなの良くない。

 

「優しい子だね。でも、いいんだ。女神は未練ある魂が世界に選ばれ、自分の意思でこの姿に転生した結果だからさ。私は元々死んでいて、自分の意思でこの姿になってる。そんな私の存在は、今を生きる艦娘の命を救うために使われた方がいい」

 

 ニコッと笑う女神。それは未練も何も感じない、清々しい表情。私の死を回避させたことを心の底から喜んでいる、眩しいくらいの笑顔だった。

 

 あれ、この笑顔、何処かで……。

 

「それに……私の存在が貴女に使えてよかった。私は()()()()()この姿への転生を望んだんだからね」

 

 本格的にその姿が薄らいだ。もう言葉を紡ぐのも限界が近いだろう。妖精さんは高らかに指を上に掲げる。

 

「行って、幼馴染みを救ってくるんだ。みんなを護るんだ。それが貴女の意思ならね」

 

 その言葉を最後に、もう目を凝らしても妖精さんの姿が見えなくなってしまった。でも、最後の声だけはハッキリと聞こえた。

 

「行きな、『陽向(ヒナタ)』……私はずっと見守ってるからね」

 

 これで本当に消えてしまった。姿も声も何も無い。使命を全うし、この世界から消えた。さっきの発言から考えれば、成仏したと言うのが正しいか。未練も何も無くなったことで、この世界に留まる必要が無くなったわけだ。

 

 あの妖精さんは、()()()()()()()()()()。なら、正体はもうわかったも同然だった。あの笑顔だって知っているに決まっている。声だって、聞き覚えがあって当然だ。

 助けてもらった恩と、こんな少しだけの時間再会出来た喜びを胸に、私は海面を見つめる。私が行くべき場所、やらなくてはいけない事を成し遂げるために。

 

 

 

「行ってくるよ、()()()。私がみんなを救うから見ててよね!」

 

 この漲る力で海面を目指す。世界に選ばれし者として生まれ変わった私は、もう誰にも負けやしない。この力を使って、沖波を救うんだ。

 

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