異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
太陽の姫による分霊で巫女『空』と化していた沖波は、私、陽炎の手で命を奪った。これにより深海棲艦化は失われ、私達の知る沖波が戻ってきてくれた。短時間でもここまでやらされているので、心が壊れていないか心配である。もしそうなっていたとしても、私がきっと救う。元の沖波に戻ることが出来るように、私が力を尽くそう。
艤装をも失ってしまったので、今の沖波には私の支えが必要。私が抱きかかえて一旦鎮守府に戻ることにした。今の沖波は亡骸から生まれ出たばかりの無防備すぎる状態。多少は身を守ってくれる制服などすらもない全裸だ。放置するわけにはいかないし、起きてもらうわけにもいかない。そもそも入渠が必要なくらいに消耗している。
「……我ノ対トナリシ者、陽炎。貴様ハ我ガ始末セネバ。野放シニハ、決シテ出来ヌ」
「アンタの相手は後からしてやる。黙ってそこで見てろ」
太陽の姫としてはすぐにでも私を始末したいだろう。だが、私としては構っている余裕はない。後ろから何をしてこようと関係なしに、私は大急ぎで鎮守府へと駆け出す。鎮守府のみんなの方が大事だ。
ただでさえ、今は何人も怪我人が運び込まれている上、戦闘出来る者の数が大分限られてしまっている。1人でも増援があった方がいいだろう。最悪な場合、『雲』が誰かを分霊してしまっている可能性すらあるわけだし。
このまま鎮守府に向かったら、太陽の姫を接近させてしまうことになるだろう。現状戦えるメンバーが非常に少ない上に、今の私は眠る沖波を抱きかかえながらである。せめて工廠で誰かに預けてからでないと、まともに戦うことも出来やしない。
「我ガ巫女、空モロトモ、貴様ヲ葬ルシカアルマイ」
「んなことやらせるわけないだろ!」
せっかく呪縛から解き放たれたのに、目覚めることなくもう一度死ぬだなんて私が許さない。だから、どうにか逃げるしか無かった。奴の猛攻を背にして、一目散に。どうも奴はそこまで速く追ってこれないように見えるため、私は出来る限りの最大戦速で駆ける。
砲撃は絶えず放たれ、足下から水柱がバカスカ立ち昇るが、もう何度も見た攻撃方法なのだから流石に回避方法くらいわかる。沖波を抱えながらの脱力回避は殆ど無理であるため、ここは由良さんの戦法を使わせてもらう。
「アンタの思い通りになんてなって堪るかぁ!」
備え付けの主砲による超精密射撃なら、奴の砲撃にこちらの砲撃を当てることだって出来る。掠らせるようにぶつけて方向を僅かにズラし、私達への致命傷を回避する。
水柱は先に魚雷を放っておけば掻き消すことが出来る。
「沖奈、もうちょい待ってて。すぐに入渠出来るかはわからないけど、絶対に救うからさ!」
声をかけても目を覚ますことが無い沖波。やはり死を越えた先にいる状態は入渠しなくてはどうにもならないようである。
もう工廠付近で何が行われているかもわかるくらいに近付いている。『雲』による猛攻を、由良さんと衣笠さん、整備を放棄した夕張さん、そして応急処置だけされた夕立が何とか耐えている状態。幸いにも工廠の中ではなく付近で止まってくれているおかげで、外見には多少傷が出来ていても中が破壊されているようなことは無かった。
太陽の姫の艦載機に悪戦苦闘していた速吸さんと大鷹は、今は工廠内に引っ込んで怪我人の応急処置に徹している。リミットが来てしまった間宮さんと伊良湖さんの介抱は最優先事項。沖波の件で太陽の姫が艦載機を使わなくなったため、そちらに移ったようだ。正直、その方がありがたい。
「アイツ、工廠に直に撃ち込んでくるよなぁ……でも、沖波をどうにかしなくっちゃ」
私がやれることは、沖波を誰かに預けてすぐに『雲』との戦いに参戦すること。夕立がかなり無茶をしているというのもあって、早いところ救援が必要だと思う。
そもそも『雲』はそれなりの時間があったというのに無傷である。3人がかりの猛攻を全て避けながら、さらには砲撃まで繰り出しているのだから手が付けられない。
「ごめん! 沖波引き取って!」
由良さん達の戦闘を尻目に工廠に飛び込んだ私は、すぐに目についた大鷹に沖波を引き渡した。身体は無傷ではあるものの、消耗が非常に激しいこと、さらには全裸であることからいろいろと察してくれた。おそらく、先に戻ってきていた夕立から全て聞いているはず。
「ドックは1つ空いてますから、すぐに入れておきます!」
「よろしく!」
沖波を運び込む前に怪我を負っていたのは4人。磯波、萩風、阿賀野さん、それに夕立。そして鎮守府の入渠ドックは4つ。本来なら埋まってしまっていたのだが、その内の1人である夕立が、怪我を押してでも『雲』との戦いに参加しているおかげでドックが空いている。
夕立がわざわざドックを空けておいてくれたのだ。沖波を私が助け、元に戻してここに運んでくると信じて。
そうこうしている間に、太陽の姫はもう工廠内でも目視確認出来る程の距離にいる。すぐにでも追い返さなくては、あの砲撃を工廠内で放たれてしまうだろう。私や『雲』が砲撃をばら撒くのとは訳が違う。今度こそ倒壊しかねない。
しかし、『雲』と合流されても厄介極まりない。1人にここまで苦戦させられているのに、それを遥かに凌駕する2人目が入られたら勝ち目が一気に薄くなる。ならば、私の選択肢は1つ。
「援護を優先する……!」
私は守護者だ。誰も死なずに戦いを終わらせることを優先したい。鎮守府を護り、仲間を護り、世界を護るために最善だと思った行動は、4人がかりでも倒せない『雲』をこの場で終わらせること。
特に夕立が危ない。入渠ドックもこれで埋まってしまったのだから、これ以上夕立に傷を負わせるのは本当に危険信号である。応急処置とはいえ、艤装を外したら倒れるレベルの怪我なのは間違いない。
「っし、行くぞぉ!」
もう沖波も心配は無い。これにより、身体も心も軽くなった。すぐにでもあの戦場に出向くことが出来る。
全身から力を抜き、流れに身を委ねるように海へ跳んだ。着水と同時に蜃気楼の動きが発揮され、仲間達を潜り抜けて『雲』の眼前へ。
「サッキヨリ速イ……!?」
「初めて驚いた顔を見せてくれたね」
そのスピードをそのままに蹴り込む。普通なら回避出来ずにその蹴りが直撃するはずなのだが、そこは『雲』、この超高速な蹴りですら擦り抜けた。しかし、ほんの少しだけだが、
何かしら法則があると思うのだが、私と同じなのか、それともまるで違うのか。確か陸でも同じ動きをしたものの、神州丸さんにはそれが効かなかったというくらいか。とにかく、『雲』自身が追いつけないくらい速ければ、掠めるくらいは出来そうである。
「夕立、大丈夫!?」
「まだまだ行けるっぽい。ちょっと血が出すぎちゃってるけど」
それは大丈夫とは言わない。だが、退けと言っても退かないだろう。本当に限界が近かったら引きずってでも撤退させるが、見立てだけならば本当にまだ行けそう。応急処置様々である。
だが、心配なところもあった。由良さんが少し息を荒くしている。消耗のしすぎかとは思ったが、様子がおかしい。胸を押さえているところを見ると、まさか。
「陽炎、由良が刺されてる! 分霊は途中で止められたけど、これヤバイんじゃないの!?」
「げっ、マジ!? 途中で止めるとかはよくわかんない!」
夕張さんの少し切羽詰まった声。由良さんもD型異端児であるが故に、分霊の完了が普通より早い。刺されてすぐに全員で『雲』を引き剥がしたことで、最悪なことにはなっていないようだった。
だが、由良さんの様子からしてあまり芳しくない。反動で消耗させられているだけかもしれないが、時間経過で分霊が完了してしまうかもしれない。ゆっくりと回る毒のようなものの可能性もあるのだ。
「由良は大丈夫だから……今は撃退を優先して」
「ダメだと思ったらぶん殴ってでも止めるから」
今はまだ大丈夫として戦闘は続けてくれるようだが、また刺されたらアウトになる可能性は非常に高い。それだけは避けなければ。沖波を取り返したのに、今度は由良さんが奪われたら堪ったものではない。
「我ガ巫女、雲ヨ。下ガレ」
「カシコマリマシタ、主様」
太陽の姫の言葉と同時に、『雲』は戦闘をやめて即座に移動。これだけやっても、『雲』に明確なダメージは与えられておらず、こちらが消耗させられたのみ。最後に私が掠らせただけ。
「貴様ハマダ使イ道ガアル故、失ウワケニハイカヌ」
「主様ノ御慈悲ニ感謝イタシマス」
太陽の姫としては、最初から使い続けている『雲』には何かしらの愛着があるのかもしれない。使い道というのが何かは知らないが、少なくともここで失ったら後々不都合なことがあるようだ。
私の覚醒は、『雲』にとってもまずいものなのか。確かにさっき、スピードだけで擦り抜けに追いついた。分霊もされない私は、おそらく『雲』では止められない。正直、このままの流れで『雲』も救いたいくらいだ。
「対トナル者ノ覚醒ヲ止メラレヌ我ノ落チ度デアル」
能面の表情に悔しさが滲み出ているように思えた。あの邪神としては、私が対等なモノにまで上り詰めてしまったことが余程堪えているようである。
一強だったものの牙城を崩されるのはさぞ気に入らないだろう。正直私もいろいろと予想外なことはあったが。
「我ガ巫女、雲ヨ。撤退ダ」
「ア、主様、ソレデハ陽炎ガ」
「構ワヌ。ココデ始末シタイガ、
要は、このままやってもノッてる私達には苦戦しそうだから、一度撤退して態勢を整えたいと言っているのだ。確かに気の流れというか、勝ちの目は私に向いているように感じる。
さっきもそうだが、あの邪神はここぞというところで堅実な策を選択する。手が届かないほどの力を持っていても慎重に事を進めようとするのだ。それこそ、まるで
いや、今はそんなことを考えている余裕は無い。正直なところ、これ以上戦うのは辛い。私だけがピンピンしている状態では意味がないのだ。
何も考えずに戦うのなら、このまま流れで太陽の姫にも致命的なダメージを与えることは出来ると思う。しかし、それはこの鎮守府の存在まで脅かすことに繋がるだろう。非戦闘員も数多くいるここで、私以外の全員が被害を受ける可能性がある戦いは極力避けたい。
「コレホドマデニ足掻クトハ思ワナンダ。ヒトトハ、ナカナカドウシテ、ヤルデハナイカ」
微かにだが、能面の奥で微笑んだようにも思えた。この戦いが面白くなってきたとでも言うのか。
こっちは何も面白くない。仲間達は傷付き、沖波は心を抉られたのだ。私にはむしろ怒りしかない。だが、ここで怒り狂っては流れがまたあちらに行ってしまいかねないので、グッと堪える。帰ってくれるならもうそれでいい。
「コノ戦イ、貴様ニ預ケヨウ、陽炎」
直後、水柱がいくつも立ち昇り、太陽の姫と『雲』の姿を隠し、それが晴れた時には2人の姿は無くなっていた。
「……終わったっぽい……?」
「今は……ね」
「……ごめん、もう無理」
気が抜けたのか、夕立はそこで白眼を剥いて倒れてしまった。限界に限界を重ねて戦い続けた結果がこれだ。ドックが空いていないのが辛い。
太陽の姫との初戦闘は、ここで一度終わりを迎えた。強大すぎる力の前に圧倒されたが、まだ負けたわけではない。私は覚醒し、対等かもわからないが力を得た。
次に戦うときは必ず倒す。それがみんなを、世界を護ることに繋がるのだから。