異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
太陽の姫直々の襲撃は、あちら側の撤退という形で幕を閉じた。私、陽炎の覚醒によりこちらに流れが来ていたため、それを危惧して強引に流れを断ち切る方向だったようだ。あの邪神はそういうところは妙に人間臭かったのは気になるところ。
「夕立ちゃんを応急処置します! すぐに連れてきて!」
「了解!」
戦いが終わった直後、消耗しすぎた夕立はその場で倒れてしまった。今は入渠ドックも空いていないため、その場で出来ることをするしかない。
今鎮守府にいる中で、怪我人の治療をすることが出来るのは速吸さんだけだ。誰もが速吸さんの指示を聞く。戦いが終わったことで状況整理をするために工廠に来た司令ですら、今は速吸さんの指示に従って行動するレベルだった。
「この鎮守府も長くやってるが、ドックが足りなくなったのは初めてだ。あの能面、滅茶苦茶すぎやしないかい」
的確に処置をしながらボヤく司令。戦えない代わりに全ての責任を持つ司令であっても、この惨状は予期せぬものだったらしい。
ボロボロな艤装が剥がされた夕立を司令が抱きかかえると、ゆっくりと寝かせる。ドックの床のため、あまり良い環境では無いものの、緊急事態であるのでやむを得ない。
「すまないね。アタシゃ戦えない上にこれくらいしか出来やしない。指揮が取り柄の提督がこのザマだ」
「あんなの誰も予想出来ないよ。よくわかんない力持ってるラスボスが鎮守府に突っ込んでくるなんて」
「正直、自信無くしちまうよ」
そんなことを言いながらも、賢明な処置を続けてくれる。軍服が血で汚れるのも厭わず、速吸さんと一緒に夕立の傷を確実に治療していく。最終的に夕立は、全身包帯が巻かれた状態で眠らされることに。応急処置をしている間に、整備班の人達が簡易ベッドを作ってくれたので、今はそこに寝かされた。
ひとまず安心とも言えない状態ではあるので、速吸さんが夕立につく。ドックが空いたと同時に次の入渠が出来るように、念のため艤装まで装備して待機。
「他に誰か治療が必要な子はいるかい!」
司令が声を上げると、おずおずと向かってくるのは由良さんだった。夕張さんに肩を借り、未だに胸を押さえながら、高熱を出しているかのように息が荒い。消耗しているのは確かなのだが、それとは別に様子がおかしい。
やはり中途半端な分霊を施されたのがこれを引き起こしている。深海棲艦化もしていないし、思考変化も起きていないようだが、分霊の反動で極端に消耗しているようだった。
「由良は分霊されかけてるの。途中で私達が食い止めたからどうにかなったけど……」
「何だって!? 由良、何かおかしいことは無いかい」
「今のところは……高熱が出てるみたいな辛さがあるくらい……かな」
これは入渠で治るものかもわからないが、ドックが空いたところで入渠してもらうしかない。緊急事態を考慮すると、それが終わった後は診察した後に一旦待機となるか。
時間経過で分霊が進んでいき、最終的に深海棲艦化してしまうというのなら、待機どころか拘束が必要かもしれないが、どういう状態なのかもわからない。
と、ここで閃いた。もしかしたら、今の私なら何か出来るかもしれない。役に立てるかもしれないと。
「そうだ、由良さん、今の私なら何かわかるかも!」
「どういうことだい」
「後から詳しく話すけど、私は太陽の姫の抑止力なんだって。対となる者って、太陽の姫も言ってた。今の私はその力に目覚めてるって」
太陽の姫の対となる者だというのなら、私にも奴と同じ、もしくは近い力が備わっていてもおかしくないはずだ。それこそ、奴とは逆にD型をひっくり返してM型に変えてしまう分霊とか。
しかし、それをやってしまったら太陽の姫と同じになってしまう。魂を凌辱し、私の思うがままになる部下、いわば
それでも、検査になるのなら試す価値はある。勿論、分霊はしない。触れて、現状を把握するだけ。
「やれることは全部やってみりゃいい。由良、それでいいかい」
「うん、大丈夫。陽炎ちゃん、お願い……出来るかな」
「任せて。まだ自分の力だって全然わからないけど、試す価値はあるよね」
何も出来ない可能性だってあるが、やってみなければ始まらない。やってみて出来たら御の字。出来ないならそりゃそうだでおしまい。
困ったことに、私は分霊のやり方は知っている。一度ならず二度までもやっているのだから、感覚的にもしっかり覚えている。今の私は太陽の姫の巫女なんかでは無いが、それと同じようにしたら由良さんの身体に何かしらが出来るはずだ。
少し精神を集中して、由良さんの胸に指を押し当てる。あの時のようにグッサリと刺すようなことは出来ないため、ただ触れるだけ。
「えっ」
だが、
由良さん自身は痛みを感じていないようで、まさに分霊と同じ状態。このまま
「は、入った!? 由良、痛みとかは」
「ぜ、全然無い。『雲』にやられてる時と一緒……」
奴らは長い爪のような装甲を腕に纏っているため、突き刺さってもそれらしく見えるが、私の場合は生身の指がダイレクトに入ってしまっているため、違和感がとんでもない。まるで経絡秘孔である。
グリグリと掻き回すわけにも行かず、注ぐのも躊躇われる。由良さんの中で『雲』の分霊がどうなっているかくらいは調べられないだろうか。指先に集中して調査。
「うー……出来ちゃったのはいいけど、よくわからない……」
まだ覚醒したばかりだからか、指が突っ込めたところで中がどうなってるかとかはわからない。分霊は出来そうなのが直感的にわかってしまうのだが、それをやったら意味がないし。ちょっと注ぐとかも由良さんがどうなるかわからない以上、やりようがない。
これに関しては試してみようが出来ないのだ。取り返しのつかないことになりかねないことなのだから、慎重に動かなくては。
「ゆ、由良は、陽炎ちゃんになら……分霊されてもいいよ」
「ダメ。絶対ダメ。私と由良さんは仲間なんだから、元に戻せるかもわからない上下関係が出来ちゃうようなことはしたくない」
「でも……何もしなかったら由良も深海棲艦になっちゃうかもしれないし……由良的にはそっちの方が嫌だから」
「かもしれないけど、分霊だけはダメ。それは最後の手段だよ」
結局何もせずに指を抜く。もう少し使いこなせれば、こう言ったことをされた者を治療出来るかもしれないのだが。例えば、『雲』に対して私が分霊することで、太陽の姫の呪縛から解き放つことが出来たり。代わりに私の呪縛に絡め取られる可能性があるのだから目も当てられないが。
そう考えると、分霊という行為をされた時点で、今のところ死しか解放される手段が無い。あまりにもよろしくない力だ。
「もう少し使いこなせるように頑張るから、由良さんも耐えてほしい。なるべく早く自分の力を知るから」
「……わかった。でも、陽炎ちゃんに頼らせてもらうからね。ねっ」
「うん、絶対由良さんを治すから」
どうにかして自分の力を知らなくてはいけない。対となる者としての私は一体何が出来る。太陽の姫としては私は天敵であることは確かなのだが。
「陽炎ちゃん……本当に
「そうだね」
「その匂いがね……前と違うの」
そういえば今は制服がボロボロになってしまっているから、魂の匂いは抑えられていない。由良さんには私の匂いが毒になりかねなかったが、今は大丈夫なようだ。
私に植え付けられた魂の匂いは、太陽の姫の巫女としての深海棲艦を従わせる匂いだ。だから深海棲艦の要素が強めなD型異端児にはそれが感知出来てしまい、さらには従わせるように思考を狂わせることがあった。
由良さんが言うには、それが今は違う匂いに感じるという。対となる者として覚醒したときに、私のD型同期値はM型に反転したと思っていた。そうなれば、魂の匂いそのものが失われてもおかしくはないだろう。それがまだ感じるというのは何故だ。D型異端児でもあるのだろうか。これは調査してもらうしかない。
「あまり思い出したくないけど、陽炎ちゃんの匂いに狂わされた時があったよね。あの時とは違って、強制してこないというか……
「そうなんだ……無くなってるかと思ってたけど、染み付いちゃってるのかな」
「かもしれないね。由良はこの匂い、前より好きだよ」
一度狂わされたのだから、対となる者に覚醒したとしてもその辺りの体質はそのまま残ったままなのかもしれない。髪のメッシュもそのままだし。それを考えれば、匂いがそのままというのも頷けるか。
M型の同期値がもう消せない匂いを変質させて、当たり障りのないものにしてくれているというのなら安心だ。初月インナーからは卒業の可能性が出てきた。
この身体になったのは、死にかけの私を治療してくれた
「ひとまずはこのままにしておくしかないんだね」
「うん、悔しいけど」
司令も一部始終を見ていたことで、私が何かおかしなことになっていることは理解してくれた。そもそも人の指が当たり前のように胸に入っていくとか普通ではないし。
入り口には立てたが根本解決にまで至れなかったのは悔しい。由良さんはしばらく苦しむ可能性すらあるのだから、なるべく早いうちに解決策を編み出したいところだ。
「アンタ達は今は休むんだ。調査部隊もまだ戻ってきていないからね。早く終われる方は終わっておいた方がいい」
「了解。みんなが起きるまで、私は休むよ。心配だし、速吸さんと一緒にいることにする」
「ああ、全員、くれぐれも無理するんじゃないよ」
ここで一旦、お風呂で休息。体調万全な状態でなければ、みんなが目覚めたときに迎えることが出来ない。私は私でちゃんと回復して、次に向かおう。
匂いの件が少し変化したため、一時的に初月インナーはやめ、本来のスタイルにした。あちらも良かったが、私としてはこちらの方がしっくり来る。
「速吸さんも休憩行ってきて。今は私が夕立のこと見ておくから」
「ではお言葉に甘えて。すぐに戻ってきますから」
速吸さんだってあの戦闘中は航空戦に参加したり応急処置に走り回ったりと疲れているはずだ。今すぐにでも休んでもらいたい。いくら大人だといっても、体力には限界がある。
速吸さんが離れたので、私は工廠の隅で眠っている夕立と2人きりに。整備班の人達は常にバタバタしており、作業音が絶えず鳴り響いているのだが、消耗しすぎた夕立はそれでも目覚める兆しが無い。このままもう目覚めないのではとまで思ってしまう程に静かだった。
あのいつも騒がしい夕立がこんなにも静かなのはあまり無い。眠っていても抱きついてきたら匂いを嗅がれたりとやんちゃをしてくるような子なのに、今はピクリとも動かない。少し心配になって口元に手をやると、ちゃんと息をしていることは確認出来たから安心。しかし、そのままスッと息を引き取るなんてことも無いとは言えないので、細心の注意を払う。
「異端児駆逐艦が全滅するなんてね……酷い目に遭ったね」
反応が返ってこないことを知りながらも独りごちる。ピンピンしているのは私だけだが、一度死にかけたところを治療してもらったからだ。結果的には全滅。沖波は少し違うが、入渠しているのだから同じようなもの。
「でも、誰も死ななくて良かったよ。アンタも目を覚ますだろうしね」
死ななければ回復は出来る。今だけ耐えてくれれば、みんな元通りだ。心の問題は今は二の次にしてしまっているが、きっと大丈夫。
「アンタも手伝ってよね。沖波は……すごく落ち込むだろうから」
心に深刻なダメージを受けるであろう沖波は、私達が支えて行こう。夕立の明るさは、絶対に役に立つ。だから、しっかり身体を治してから、みんなで出迎えよう。
対太陽の姫1回戦は、殆ど敗北に近い状態で幕を閉じました。一番の心配事は沖波。