異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
昼食の時間。現在、間宮さんと伊良湖さんがリミッター解除の代償として倒れているため、私、陽炎が台所に立っている。当然1人でここの人数を捌くことは出来ないため、他にも陸奥さんと天城さんが同じように料理に勤しんでいた。
大人のお姉さん方に囲まれて料理をすることなんてあまり無いのでちょっと緊張する。2人ともやたらと上手だし。私も孤児院でお手伝いをしていたので多少は自信があったりするが、この2人には流石に敵わない。
「あ……陽炎様、沖波ちゃんの分をお願いしていいかな」
「はいよー。体調とかどう? お粥とかの方がいい?」
「そう……だね。顔色が悪いし、食欲もあまり無いみたいだけど、食べておかないと余計ダメになっちゃうし」
磯波が食堂に来て第一声がそれ。やはり沖波はここに出向くことは出来ない。憔悴しておりベッドの上から出てくることも出来ず、ずっと震えている程になっているらしい。側で見続けている磯波も心配そうだった。
もしかしたら私が作ったものと聞いたら食べられなくなるかもしれないため、その辺りは内密にしてもらおう。食べられなかったら衰弱していく一方だし、もし拒んでも無理矢理食べさせるくらいしてもらわなくては。
「栄養があって消化のいいものにしておくよ。そういうのは得意だから」
「うん……よろしくね」
沖波に引っ張られて、磯波も少しテンションが低い。側にいてもあまり会話が無いようで、正直何もしないことを見守っているに過ぎない。磯波側から話しかけると少しだけ会話になるようだが、すぐに終わる。たまに自分からポツリと言葉を溢せば、自責の念ばかりだという。
私を叱ってくれた沖波は何処かに行ってしまっていた。私のことを無罪だと断じ、誰も責めていないと叱咤してくれたというのに、いざ自分のことになってしまったらここまで落ち込んでしまう。
全て自分がやらかしてしまったと思ってしまうのは、私も実際に感じているので気持ちはわかる。どれだけそれまで強がっていても、あの経験だけは心が壊れてしまう程に強烈。私と同じで、沖波の心には大きなヒビが入ってしまっていると思う。
「磯波はどうする? ここで食べてくか、持ってくか」
「そうだね……持っていくよ。一緒に食べた方がいいと思うし。それで少しずつでも心を開いてくれると嬉しいかな」
「オッケー。1人で2人分持っていくのは難しいと思うから、誰かに手伝いを……」
食堂内を見回すが、基本的には食事中。手が空いている者なんているわけがない。強いて言うなら、
「長門さん、ちょっとお願い聞いてもらっていいかな」
長門さんが空いた席を片付けている程度である。その場所が終われば、少しだけ手が空きそう。なら、お願いしてみてもいいのではなかろうか。
あの頃から時間も少し経ち、他人と話すことも増えてきた。今なら出前的なことも出来ると思う。自分から積極的に関係を持つことは出来なくとも、義務的なことなら対人関係もまだマシ。
「話の内容は聞こえていた。沖波に昼食を運べばいいのか」
「うん、大丈夫かな」
「ああ、それくらいなら私も手伝おう」
これについては快く応じてくれた。長門さんも時間経過で随分と丸くなっている。
それを喜んでいるのは、私の隣で調理中の陸奥さんである。この食堂の真ん中で大喧嘩したのが懐かしくさえ思えた。
「あの姉さんがここまで成長してくれて、妹として嬉しいわ」
「……買いかぶらないでくれ。食堂の仕事としてならやれるというだけだ」
少し恥ずかしそうな顔をしたのが、その仕草はさらに陸奥さんを喜ばせていた。長門さんも日々精進している。
全員の昼食を片付け、残された私達が遅めの昼食。その時には沖波の食器も返却されていた。
少し量は少なめにしておいたが、磯波や萩風の手助けで完食だけは出来ていたようで、空の食器が届けられた時には少し安心した。本当に食事も喉を通らないというくらいにまで憔悴していたとしたら、私も全部投げ出して対面したくなるくらいに心配になる。そんな状態で対面したらトドメを刺しかねないが。
「姉さん、あの子の様子見たのよね。どうだった?」
陸奥さんが長門さんに話を振る。私の一番知りたい情報なのも察して、且つ、長門さんと自然に話が出来るような話題作り。
妹として、1日に数回は話をしているようだ。確実に陸奥さんから話しかけるようだが、長門さんもここ最近は嫌がらずに対話に応じるようになってきている。心を開いている証拠だ。
「……そうだな……随分とやつれていた。体調を悪くしているのだろうが、それ以上にな」
まだ入渠から目を覚まして半日しか経っていないのだが、それでそう感じるということは相当である。検査を受けていたときはどうだったかはわからないが、磯波も顔色が悪いと言っていたくらいだし、重い病にかかってしまったような状態なのだろう。
事実、重い心の病だ。自傷行為に走るほどにストレスを常に感じ続けているのだから、やつれるのも無理はない。
「私も沖波の悩みはわかる方だ。あれは仕方ないと思う」
「あら、姉さんは体調不良まではしなかったでしょ」
「たまたま頑丈なだけだ。私だって今でも気にしている」
小さく溜息をついた。まるで嫌なことを思い出したかのように少しだけ俯いたが、軽く咳払いをしてから気を取り直す。
長門さんは愛する者、添い遂げるはずだった彼を自分の手で殺させられている。沖波で言えば、私を殺したという事実と同じ。深海棲艦でいた時間はあまりにも違うが、共感出来るところはいくつもある。
「ずっと手に残っている感覚なんだ。人を殺すという感覚はな」
「……すごくわかる。私も父さんを手にかけてるから……」
私もあの時の感覚を完全に思い出してしまっている。主砲を使って、生身の人間である父さんを撃った感覚は、もう忘れられない。記憶が戻ったことで一番辛いのはそこだった。
その感覚がふとした弾みで蘇ってくることだってある。あの時、私はとんでもないことをさせられたのだと。私は5歳という幼児だった頃だからまだマシかもしれない。長門さんは成人してからやらされたことだ。責任感がしっかり出来上がった状態で、倫理観もへったくれもない行為をやらされたのだから、トラウマになっていて当然なのだ。
「沖波もその感覚が残っているんだろう。一応話は私も聞いている。陽炎は
「……だね。女神の加護が無かったら死んでた」
「嫌でもな、その感覚は反芻してしまうんだ。目を瞑ればその時の光景が目の前に現れる。眠れば悪夢として見る羽目になる。あのお方に見初められた時点で、それはもう逃れられない呪縛だ」
ここ最近、私は悪夢を見る機会が少なくなってくれている。海防艦の部屋で眠ってみたり、みんなが周りにいてくれたりで、なんだかんだ充実しているのだろう。しかし、長門さんは今でも苛まれている。萩風も悪夢を見ていることはよくある。
沖波は、起きたまま悪夢を見続けているようなもの。下手をしたら、あの時の自分が幻覚のように見えているのかもしれない。殆どの者は知らない、深海棲艦化したことで暴力的になった沖波を。
「すまない、食事時の話では無かったな」
「ううん、私が振ったんだもの。辛いこと思い出させてごめんなさいね」
「いや……あの時のことが自分から口に出せるようになったのは、私としても前に進めている証拠なんだと実感出来る。辛いが、まだ耐えられる範囲だ」
当時自分が何をしたかなんて、例え相手が仲間でも話したくない。司令相手でも、
それがこうやって話せるというのは、それだけでも凄いことだと思う。自分からトラウマを抉っているようなものなのだから。
「沖波ちゃんの様子は私も見に行ってみます」
ここで天城さんも口を開いた。今までの話をジッと聞いていたが、やはり思うところはあるようである。元保育士としての血が騒いでいるような、そんな感じ。
「私も異端児の端くれですから、何か力になれるのではないかと」
「天城さん、沖波と仲良かったよね」
「はい。資料室でよく一緒に読書をしていましたから」
この鎮守府の中では、沖波と接することも多いであろう天城さんなら、今の私よりは関係を持ちやすいか。その柔らかい雰囲気のおかげで話もしやすい。そして包容力は屈指の力。私もいいこいいこと撫でられたことがあるが、あれは短時間で物凄く落ち着ける魔法の力だ。
「一度お話をしてみましょう。相談でも、愚痴でも、世間話でも構いませんから」
「そうね。あの子も溜め込むタイプだし、今はそれが強くなっちゃってるんでしょ。天城ならその辺りは解きほぐせる気がするわ」
私達のような同世代には話せないことでも、大人相手なら話せることもあるだろう。沖波の中にある感情がどんなものかは私にもわからない。少なくとも負の感情であることは確かだが。
天城さんはそういうことを話しやすい相手でもある。親身になって聞いてくれるし、絶対に否定してこない。
「何か本を持っていってあげましょう。お休みの間にやるようなことを今やれば、少しは心も落ち着くでしょうし」
「だね。沖波ってば結構乱読家だし、読んでいれば落ち着けるっていうのはあるかも」
いろいろな手段で沖波には癒されてもらいたい。本人が嫌がることをするつもりはないが、まずは心を落ち着けて、まともに話が出来るようになってほしい。
昼食も終わり、一旦自室に戻る前、沖波の部屋の前を通る。通路的にこれは仕方なく、なるべく物音を立てずに通過した。と、その時突然扉が開いたので声を上げそうになってしまう。
中から出てきたのは夕立。部屋から出た瞬間に私が目の前にいたので驚きから叫びそうになったものの、口を手で押さえて強引に言葉を封じていた。
「あ、危なかったっぽい……オキ、今やっと寝たの」
「そっか……精神的に疲れてるもんね。寝られる時に寝た方がいいよ」
部屋の中にはまだ磯波と萩風がいる。そしてベッドには疲れ果てて眠っているような沖波。起きていたら危なかった。目を合わせていたらどうなっていたか。
部屋の中に入ってまで様子を見るようなことはしないが、遠目で見ても長門さんが言っていた通りやつれているのが見て取れた。悩みに悩んで疲弊しているのだから仕方ない。
部屋の中に小さく手を振って、夕立と共に沖波の部屋から離れた後、私の部屋に入った。静かにしなくてはいけないという息苦しさから解放されたか、大きく息を吐いた夕立は間髪入れずに私に抱きついてくる。
「ちょっと、夕立」
「癒してほしいっぽい」
そして思い切りクンカクンカ。鼻息が大きく聞こえる程に力強く、私の匂いを嗅いできた。
今の私は食堂の手伝いのためもあり初月インナーを着込んでいないため、匂いはモロに出ている状態だ。こうされれば100%の純度の魂の匂いを嗅ぐことになるはず。
「ああ〜、落ち着くっぽい〜。オキの匂いと比べると、やっぱりゲロ様の匂いの方が
「優しい?」
今までとは少し違う表現。落ち着くとは何度も言われたが、優しい匂いと言われるのは初めてのこと。
「2人いるから比べられるようになったの。オキの匂いは、なんていうか、夕立達を
話しながらも、戯れてくる犬のように顔を押し付けてくる。それほど安心出来るのだろうし、沖波に植え付けられた魂の匂いにやられた後だから尚更
「私の初月インナー、沖波に渡した方がいいかな」
「うん、その方がいいと思う。ゲロ様の匂いがダメなら、オキの匂いはもっとダメっぽい。前のゲロ様よりは緩いけど」
そういうところまで、本当に立場が入れ替わってしまった。沖波が落ち着いたら、初月インナーのことは打診した方がいいかもしれない。
まだまだ予断を許さない沖波の状態。今は何も出来ないことが悔しいが、最善を尽くすなら今は関わりを持たないことが一番。心配だけは常にして、沖波が少しでも前を向けるようになったら積極的に行きたいところである。
陽炎は初月インナー卒業の頃合い。またスパッツが戻ってきそう。