異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
私、陽炎の分霊により、由良さんの魂を蝕む『雲』の分霊が中和されることが判明した。時間を追うごとに上昇し続けていたD型同期値が格段に落ちたことで、由良さんの不安定だった体調も少し良くなっている。
「陽炎ちゃんのおかげで、由良は最悪な目に遭わなくて済みそうだね。ありがとう」
「私も役に立ててよかった」
「ひとまずは予定通り毎日検査だけはする。何か変動があったらまた頼むよ」
「うん、了解。これは私にしか出来ない仕事だもんね」
この分霊に悪影響が無いことを調査するため、この回では一旦終了。夜にまた検査するらしいので、その時にD型同期値が上昇しているのならまた分霊を施すことになるだろう。魂の蝕みが鎮静化するまではこれが続く。何度もやっていいことかもわからないので手探り状態ではあるが。
由良さんの同期値は、元々の数値から数倍に跳ね上がってしまったものの、現状はそこで落ち着いている。これ以上増えないのならこれで維持でもいい。触れる回数は少なければ少ない方がいいし。何度も分霊するとか、違う意味で由良さんが壊れてしまいかねない。
「秋雲さんも体調悪くなってるようなこたぁ無いねぇ。ただズップリ行かれただけだし」
「何も注いでないから安心して」
「その感覚もちょっと知っておきたかったけど、どうにかなっちゃったらいろんなところで困りそうだからやめとく。入れたり出したり出来たらいいのにね」
秋雲も私の指が入った胸元をちょいちょい触れながら話す。私が指を入れた部分は全く違和感が無いらしい。確かに私も太陽の姫に分霊された時は痛みなどは無かった。何かを注がれる時にのみ、その感覚があっただけ。ただ刺すだけなら、相手側には何も影響は無いのかもしれない。
「ちょーっと気になったことがあるんですけど」
ここで青葉さんがおずおずと挙手。
「もしかしてこれ……陽炎さんがいたら
言われてみれば確かに。今回は中和、由良さんの治療という形で力を使ったが、私のこの力は、同期値が一切ない一般人に同期値を与えることが出来る力だ。それこそ、太陽の姫やその巫女が深海棲艦を増やしていくように、対となる者として艦娘を増やしていくことが出来るだろう。そして、太陽の姫と同じ立ち位置にいるのなら、
程よく注いで異端児にしないなんてことも出来るかと思ったが、おそらく今回の由良さんのようなことになる。結果的に私の分霊が魂を侵食し、最終的には巫女となってしまうだろう。巫女からの分霊でアレなのだ。姫からの分霊は余計強力に決まっている。
それは絶対にダメだ。いくらそれが太陽の姫に対する一番有効な方法であっても、私が分霊を施した結果、それがもし私を嫌っている相手であろうともお構いなしに私に従順になってしまうかもしれないのだ。やってることがあちらと一緒というのは本当に良くない。
「やれと言われてもやらない。治療以外に使うつもりは無いよ」
「でも、この特別な力を上に報告した結果、大本営がやれと言う可能性も無くは無く……」
だんだん声が小さくなっていく青葉さん。
「だろうね。今でこそ同期値持ちの子にゃ選択肢を与えるようにはなってるが、なれる時点で拒否権無しにしようなんて言ってる輩もいる。戦力増強に躍起になってる鎮守府もあるだろうしね」
深海棲艦による侵略を防ぐためには手段を選んでいられないのはわかる。艦娘の素質がある人間だって有限。考えたくないが、その命を散らしてしまう場合だってある。それに対してあちらは、どういう理屈かわからないが無尽蔵に現れる。こちらの方が分が悪いのはわかっていることだ。長引けば長引くほど、不利になる状況をもう数年続けているのだ。
私の分霊はそれを打開出来る力である。言ってしまえば、この世にいる人間を全員艦娘に出来るのだから。大本営にどれだけの理性が残っているかわからないが、これを好機と考える輩はまず確実にいるだろう。実行するかはさておき。
「陽炎、アタシゃ断固反対するから安心しな。アンタにそんなことは絶対にさせないさね」
「司令……」
「太陽の姫と同じことをするってことだろう。そいつはダメだ。倫理的に間違ってる。アンタがやると言ってもアタシが許さん」
きっぱりと言い放った。私のことを思って。
「報告はすりゃいい。むしろこれを隠し続けることの方が問題だ。言っちまえば、今の陽炎は
「ですねぇ。戦力を
すごい言われ方である。決戦兵器という異名を素直に喜んでいいものかどうか。おそらく青葉さんも今回の調査内容を報告するにあたって、私のことをそうやって書くのだと思う。
「だが、この鎮守府での在り方に文句を言われる筋合いは無い。誰でも艦娘になれるかもしれないと言っても、意思を潰すってのは尊厳をぶっ壊すことだろう。んなことに片棒を担がせるわけにはいかないね」
本当にこの司令の下に来ることが出来て良かったと思う。正直な話、今の私は普通に手に負えない状況になっているだろう。それでも私のことを見捨てず、最後まで守ってくれるこの人には、私は一生ついていきたいとまで思えてしまった。
「とにかく、陽炎の力は悪いことにゃ使わせない。あくまでも治療だ。試したいことはあるんだがね」
「試したいこと?」
「ああ、一度深海棲艦化しちまった子達の同期値をある程度戻せるかね。測定不能ってのは、まだ太陽の姫だか『雲』だかの力が入ったままって可能性もあるだろう。ああ、磯波と夕立の場合は『陽炎』か」
これは別にやってもやらなくてもどちらでもいいが、と司令は続ける。
同期値が精神的な部分に影響を与えているかはわからないが、測定不能という同期値は後々どうなるかわからない危険性があるし、そんなことになっている理由が今までの由良さんと同じ症状である可能性もある。侵食は未だに続いていて、何かのタイミングで急に体調が悪化したりとか。
少なくとも、指を入れることで魂の状態を調査する価値はあるかもしれない。そして何かしらの悪い部分が見つかった場合は、分霊により中和していくイメージ。
むしろ思ったのは、沖波に植え付けられてしまった魂の匂いが消せるのではないかという考え。あれもおそらく魂への侵食の影響だ。私はそれ自体を対となる者としてのモノに昇華してしまっているが、沖波のは違う。未だに太陽の姫の力を刻まれてしまっている。
「測定不能ってやっぱり怖いよね。私みたいに理由が明確ならともかく」
「ああ。だから、診察だけでも陽炎にやってもらいたいんだ。由良が大丈夫ならやれるんじゃないかい?」
「やってみるよ。見えないところに
これは可能ならばやっておいた方がいいと私が判断した。由良さんの中で感じた澱みみたいなものを感じ取れたら、それを私の力によって中和していくという方向で。
というわけで、由良さんは医務室から退場し、入れ替わりに入ってきたのは萩風である。
同期値が測定不能になっていることで困っている者は今のところ誰もいないため、念のための検査ということを伝えたところ、萩風が率先して来たらしい。夕立も挙手していたが、萩風がこの座を掴み取ったのだとか。
ちなみにこのことは沖波の耳には入らないようにしてくれている。私が何をするかまで伝えているため、何もかもが沖波のトラウマを抉ることになりそうだし。
「姉さんに診断してもらえるということで、ちょっと楽しみです」
「楽しいことでも何でもないよ。見てみ。周りにお医者さんとマスコミがいるっていう状況だからね」
今回は一応速吸さんが検査をしながらの診察になる。結果次第ではそのまま処置を施し、同期値がどうなるかも見ておきたいとのこと。何もしない可能性だって当然あるが、やらないよりはやっておいた方がいい。
同期値は相変わらず測定不能。由良さんより深刻な状態なのは見てわかるようなものである。
「じゃあやるよ。痛みとかそういうのは無いからね」
「はい。『雲』にやられているので、その辺りの感覚は覚えています。思い切りどうぞ」
それなら話は早い。早速だが、分霊のために指先を萩風の胸元へ持っていき、そのままツプリと入れていく。これももう3人目。私としても熟れてきた。
「……本当にあちら側のようですね。変な感覚です」
「分霊はしないから安心して」
「姉さんにならいくらでもしていただいて構いませんけどね」
ここに来て後遺症の執着心が増大しているような気がするのだが気のせいだろうか。自分の感情を全く抑えない夕立や、最近抑えようとしない磯波と一緒にいるからか。
これは魂への侵食ではなく、単純に心の問題。分霊して中和したところで治らないモノだと思う。萩風もここでの生活でいろいろ受け入れてしまっているし。
で、指先の反応だが、やはり澱みのようなものは見つかった。由良さんのそれとは比べ物にならない程の量であり、深海棲艦化した時点で滞留してしまっているのではないだろうか。深海棲艦として死に人間に戻ったとしても、その証として魂が穢されているとなると、分霊はあまりにも業が深い。
「司令、やっぱりとんでもなく澱んでる。多分『雲』の力が残っちゃってるんだと思う」
「そうかい……中和はどうした方がいい」
「どうだろう……萩風は艦娘だったわけじゃないから、中和したら戦う力を失っちゃうかもしれない」
ここは何とも言えないところ。中和して澱む前の状態にまで持っていけたとしたら、萩風はおそらく艦娘でもない状態になるだろう。そうなったらもう戦うことは出来ない。この澱みのおかげで戦えている可能性が非常に高い。
萩風からそこまで奪うのは気が引けた。襲撃で親族を失い、自分も死んだ扱いにされて5年間も深海棲艦として活動させられ、ようやく手に入れたこの生活も中和したら無くなるなんてなったら気の毒すぎる。
「さらに注げば戦う力が手に入るのでは?」
「それもダメ。今の艤装が使えなくなるし、萩風が萩風じゃなくなる。私の巫女になったら意味が無いでしょ」
「残念です」
萩風ならその方がいいと言い出しそうだが、私がそれを許さない。萩風は今の萩風のままがちょうど良い。ひょんなことから出来てしまった妹という立ち位置の方が受け入れられる。萩風からも陽炎様なんて呼ばれたら、まず折れる。勘弁してほしい。
「一旦保留にしたいかな。何が起こるかさっぱりわからないのはやっぱり良くないよ」
「私は別に構わないのに……」
「アンタが構わなくても私が構うんだよ。私は今の萩風と一緒に戦っていきたいんだから」
それなら、と渋々了解した。渋々な割には少し嬉しそうにしていたが。
検査はこれで終了。機材は接続したが、結局何もせず。未知の力を使うというのはそれだけでも怖い。
これは自衛でもある。おかしなことをしたら私が耐えられないし、私が分霊出来ることを上に報告するというのなら尚更だ。貴重な戦力を奪った罪人とすら思われてしまう可能性がある。
「でもこれ、多分沖波の魂の匂いは取り除けると思う。出来ればM型に戻してあげたいところだけど……」
「危険だね。澱みを取り払った結果が分霊をされる前と決まっているのならまだしも、それを試したら力を失う可能性があるとなれば、アタシゃ容認は出来ない」
「だよねぇ……もう戦えなくてもいいっていう分霊された人がいるのなら試してみることは出来そうだけど……」
なんて口走った瞬間に、全員が同じ顔を思い浮かべた。分霊により深海棲艦化しており、それを死という形で元に戻され、しかし今は戦闘に参加しておらず、今後も戦闘が難しい者。分霊前の状態に同期値が無くても全く問題がない者。その人は、
「長門さん……」
そう、長門さんである。同期値は測定不能だが、一切戦場に出るつもりが無い者だ。
「心の問題で戦闘要員じゃあ無いね。艤装はあっても艦娘としての登録もまだしていない。あくまでも救出された一般人……いや、戸籍も消えている
一応艤装はある。だが、本人が太陽の姫に対して攻撃が出来ないと公言しているくらいなので、今回は最後まで戦場に出ることは無いだろう。ようやく対人関係は回復してきたものの、戦闘に関しては全く触れてもいない。
長門さんに戦うつもりがあるのなら試すことはしない。だがそうでなければ、分霊される前の、同期値の異常も何もない綺麗な人間に戻すことが出来るかもしれない。
「試しに打診してみようか。だが、あくまで長門の意思で決める」
「うん、それでいいと思う。強制もしない」
私の分霊の試験は次の段階へ向かう。これが上手くいったら、誰もを治療出来る万能の力となるだろう。それこそ深海棲艦ですら。
世界に選ばれた者の力が救済の力であることを祈ろう。
萩風は内心、陽炎の巫女とか美味しいポジションすぎるので是非是非と思っていたと思われます。