異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
私、陽炎の分霊の力が、あちら側の姫の力を中和させることはわかったのだが、D型同期値が測定不能になってしまっている者達への治療が出来るかどうかは現在保留とされている。もし治療した場合、戦う力を奪ってしまう可能性があるからだ。
そこで、万が一のことを考えて、分霊して力を失っても問題があまり無いであろう長門さんに打診することになった。精神的な問題で長門さんは戦場に出ることは出来ないが、れっきとしたD型異端児であり、同期値も測定不能。艤装だって存在している。
「……確かに、私が適任だな」
「ああ、アンタには申し訳無いんだが、アタシらの見解が一致した」
呼び出すわけではなく、食堂に赴いて経緯を長門さんに話し、その意思を問う。同期値があっても艦娘になるかを判断してもらうのと同じで、力を失う可能性がある検査に参加するかは全て長門さんの意思だ。
話を聞いた後に少し悩んでいる。これはすぐに答えが出せないものであることだって理解している。
「嫌なら嫌と言ってくれて構わない。アタシらにアンタの思いを踏みにじる権利は無いからね。アンタの意思を尊重する。遠慮なく言ってくれ」
司令直々にこの言葉。強制ではない。自由意思だ。嫌なら嫌だとハッキリ言ってもらいたい。何となく嫌というのでも全く問題はないのだ。得体の知れないことをするわけだし、生理的に無理と言われたってそうですねとしか返せない。
少し時間を置いた後、拳をギュッと握りしめて、搾り出すように言葉を紡ぐ。
「……私は戦えない。これだけのことをされておきながら、戦場に出ようと思えないんだ」
やはり後遺症は根深い。7年もの年月を深海棲艦として生活し、さらにはその間ずっと太陽の姫に心酔していたのだ。根深く残ってしまった心の傷でもあるし、もしかしたら魂に刻まれてしまっている可能性がある。
とはいえ、萩風の魂を見た時は穢れだけだった。傷のようなものは感じなかった。ということは、穢れを払って魂を中和したとしても、太陽の姫への忠誠心は消えないということだ。これは本当に時間をかけて治していくしかない問題。
「正直なところ、私としても歯痒い。敵だとは認識出来ている。彼を手にかけさせられた恨みは、私の中でも渦巻いている。あのお方は敵だ。そんなことはわかっていることなんだ。だが……」
「長い年月心酔し続けたせいで、まだ忠誠心が払拭されないんだね」
「ああ……跪くことは無いだろうが、拳を振り上げることは出来ない。自分でも嫌なんだが、その行為そのものが
これは本当に重症である。ようやく私達との対人関係は改善されてきたのだが、根本的な部分はまだまだ遠い。太陽の姫のことを『あのお方』と呼んでしまうのはまだ改善されていない。奴を相手に戦うことはもう無理と自分でも思っているのだろう。
他の深海棲艦と戦うことはまだ可能かもしれないが、今の鎮守府の目下の目標は奴だ。その時点で、長門さんの中に闘争本能というか、戦うための意思は生まれないようである。それがまた悔しそう。
「この戦いが終われば、私は苦も無く艦娘として戦えるようになるかもしれない。だが……今はおそらく無理だ。すまない……救ってもらったのに、役に立たなくて」
「そんなことはないさ。よく話してくれた。心内を明かしてくれるだけでも、アンタは充分に前に進めている」
食堂でも分霊された当時のことや今の心内を話してくれたが、太陽の姫に対する考え方をここまで話すのは初めて。意思を示すことが出来ているだけでも成長。この場に陸奥さんがいたら、確実に何か言っている。
「今は戦えないが……私だって一矢報いたい。そう思えるようにはなっているんだ。だから……だから、私も協力をしたい」
話しながらも震えていた。残ってしまっている忠誠心に叛逆するために力を振り絞っている。握りしめた拳は、今にも血を流してしまいそうなくらいになっていた。それくらいしなければ、今の気持ちを振り払うことは出来ないのかもしれない。
「戦えないのなら、
「いいんだね? 何度も言うが、アタシらはアンタに強要することは絶対に無いよ」
「……いいんだ。これで思いが成就されるのなら、私は皆に託す。私を使えば、あの沖波が回復する可能性もあるのだろう」
こんな状況でも自分のことより仲間のことを思えるのだ。分霊をされる前の長門さんは、優しく強い人だったのだろう。それをぶち壊されてしまったことは、部外者に近い私でも少し苛立ちを感じる程。
「こんな私でも役に立てるのなら……喜んでこの身を差し出そう」
今回の検査、治療を了承してくれた。殆ど実験みたいになってしまいかねないのだが、ここは私が慎重に事を成すしかない。
医務室、長門さんに機材が接続されていき、先程までの由良さんや萩風と同じ状態にされた。私と司令以外の追加参加者は、由良さんや萩風の時と変わらず機材担当の速吸さんと諜報部隊の2人。
今回は話が早いので、同期値が計測出来る状態になった時点ですぐに私の出番となる。今までとは少し違って、そのまま処置まで行くのだ。緊張もしてしまうものである。だが、それでは長門さんのためにならない。振り絞ってくれたのだから、私だって勇気を出さなくては。
「じゃあ行くよ。痛くは無いから」
「ああ、好きにしてくれ。録られるとは思わなんだが」
「すみません。諜報部隊として記録が必要でして」
長門さんの胸元に指を入れる。相変わらずスムーズに入っていく様は無茶苦茶だが、もう何回目って感じなので、秋雲も青葉さんは驚きもしない。静かにこの状況を録画中。
「……さっきの萩風と同じだね。物凄い澱み」
長門さんの魂に触れると、やはり真っ黒に澱んでいる。同じ『雲』に分霊された萩風と殆ど同じ。強いて言うなら、萩風よりも2年長い分、魂の
由良さんは蝕んでいる途中というイメージだったが、萩風や長門さんは
「分霊の残滓かい。じゃあ、今回は」
「うん、これを中和していく。長門さん、分霊していくから、ちょっと我慢してね」
「あ、ああ」
ここからが本番。あくまでも私がやりたいことは中和だ。長門さんの魂に纏わり付く澱みを、私の分霊で取り払うイメージ。これは一種の大掃除だ。由良さんの時と同じように、直感的に。
「っ……」
明らかに我慢する息の詰まり方。由良さんの時もそうだったが、分霊と同じ感覚を味わわせている。屈服させるための快楽が基本的なモノになるだろう。
だが、今回は屈服させるつもりなど毛頭ない。苦痛を与えるつもりも無い。せめて気持ちよく浄化されてもらいたい。
由良さんの時と違うのは、長門さんの中にある穢れが全て取り除かれる、もしくはある程度の効果が得られた段階まで流し込むことだ。少しだけで止めることはしない。
「くっ……う……『雲』の分霊と殆ど同じだ……いや、それ以上か……!」
分霊を知っている私としては、ゆっくりとはいえ流し込んでいるのに小さい反応で止まっていられるのが凄いと思えた。嫌でも身体が反応してしまうのが分霊なのだから、それをこの程度で済ませてしまっていることが恐ろしい。
「澱みが減ってきてる……速吸さん、数値は」
「まだ測定不能ですね」
そう簡単には影響は与えないか。やはり、もう少し中和しなくては。
だが焦らずに、速度を上げるようなことはしない。勢い余って過剰に流し込んでしまったら、長門さんがどうなるかもわからないのだから。
「……来た! 測定不能状態から変化しました!」
慎重に分霊を続けていくうちに速吸さんが声を上げる。指先の感覚からして、長門さんの魂の澱みは半分近くは中和したように感じた。長門さんも息が荒くなってきており、少しだけモジモジしだしているくらい。
「数値は」
「現在30000ちょっとです。突然この値が出ました」
「この設備で計測出来る限界ギリギリがその値なんだろう。陽炎がマイナス叩き出した時のことを考えりゃ予想が付く」
「また下がりました。処置が進むたびに数値がしっかり下がっています」
やはり中和は効果的だった。確実に澱みを無くしつつ、同期値も正常に戻していっている。
私が感じる限り、長門さんの魂は綺麗になってきているのは確かだ。根幹の部分が黒ずんでしまっているのは、長年やらされてきたのが問題なのだと思う。穢れが取れない程に染み付いてしまっているのが、長門さんの身体に残された本当の後遺症。
「もう少し……もう少し……!」
まだ焦っちゃいけない。ゆっくりゆっくりと分霊を施し、穢れを中和していく。穢れを魂から削ぎ落とすように、だが魂を傷つけないように、慎重に。少しでも傷を付けたら長門さんがどうなるかわからないのだから、時間をかけていい。その分長門さんが悶えることになってしまうのは申し訳ないのだが。
残り2割、1割と減っていき、そして最終的に私の指先に穢れを感じなくなった。その瞬間に分霊を止め、僅かにも余分な量が入らないように注意する。これ以上注いだら逆効果になるだろう。
「終わった! 同期値は!?」
「D型同期値……320。異端児ではありますが、問題ない値です!」
残った同期値が本当の後遺症だろう。長門さんが元々D型だったとしても異常値を出すこと自体が稀なのだし、これは長年の穢れのせいと見て間違いない。
だとしても計測出来る値にまで落ちてくれたのは大きい。私が見ている限り、魂の穢れは全て取り除くことが出来ているわけだし。
「指、抜くね」
「ああ……頼む」
もう息も絶え絶えな長門さん。分霊に集中していたため途中から長門さんの様子はわからなかったが、私達も知っているあの感覚を本来とは違う長々とした時間受け続けていたのだから、こうもなろう。時計を見たら本来の分霊の数倍の時間がかかっていた。
「……これはキツい。だが、『雲』の分霊よりは暴力的ではないな」
息を整えてから立ち上がるが、余程疲れているのか直後にフラつく程だった。これでは食堂での手伝いはお休みした方がいいかもしれない。
「長門の場合は長年の侵食の結果で同期値が大きくなっちまってるようだね。なら、ここ最近で分霊を受けた奴らも受ける前の状態に戻ると見て良さそうじゃないかい?」
「多分そうだよ。元々D型異端児ならその値に戻ると思う。うまく計測出来ないのは、全部この穢れのせいと考えればいいんじゃないかな」
空城司令も私と同じ憶測が立ったようだ。長門さんの場合はこうなっても仕方ないくらいに魂が浸けられていたようなものなのだから仕方がない、萩風もおそらくこのパターンだが、他のメンバーなら穢れを取り払えば前の同期値に戻るだろう。
もしかしてこれは良いことしか無いのではなかろうか。萩風は戦う力を失わない。他の者は分霊前に戻る。心の問題はあるかもしれないが、全て元の鞘に収まるのでは。
ならば、これを施すことで、沖波をまたM型異端児に戻せる可能性が出てきた。まだ分霊を受けて時間が経ったわけでは無い。太陽の姫直々という大きな違いがあるものの、早いうちに処置をすれば何もかも元通りに出来るかもしれない。
「いいことがわかったじゃないか。治療の功績が大きく見えたことはいい。後腐れを無くすためにも、全員に施してもらいたいな」
「うん、私には何も影響無いみたいだし、全員にやった方が良さそうだね。全部元に戻そう」
俄然やる気が出てきた。私の力がみんなの役に立っているのは嬉しい。
「……少し残念だが、やはりあのお方への攻撃の意思は湧かない。その穢れとやらが心にまで影響しているわけではなさそうだ」
心への影響はやはり取り払えなかったようだ。夕立と磯波に分霊を施しても、様付けは治らない。それは少し辛いところではある。
「それは仕方ないさね。長いこと頭ん中を弄られていたようなモンだ。簡単にゃ払拭は出来やしない。だが、穢れが無くなったのなら時間が解決してくれるだろうさ。ゆっくり行こう」
「その前に太陽の姫を倒しちゃうつもりだけどね」
「ああ……そうしよう。今後もよろしく頼む」
だが、長門さんの表情は明るくなったように思えた。文字通り、憑物が落ちたかのような、そんな表情だった。
私の力がみんなのために使える。これが世界に選ばれた力なのだと思うと嬉しかった。これはみんなの心を護る力だ。
最高の結果が出ることになりました。穢れは払われ、同期値は持ったまま。艦娘として活動も可能。しかし、思考は殆ど変わらず。