異端児だらけの遊撃隊   作:緋寺

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刻まれた心の傷

 私、陽炎が長門さんに施した分霊により、魂の澱みを中和することに成功した。このおかげで測定不能となっていた同期値は測定可能な範囲にまで落ち込み、未だ異端児の値ながらも後顧の憂いは無くなったと言える。

 これが出来たことにより、鎮守府に所属する同期値測定不能の者達、つまり一度分霊され深海棲艦として活動させられた者達の治療が可能になった。考え方に影響を与えるわけではないが、澱みが無くなることは後々何かが起きる可能性が減るわけで、全員に施す必要はあるだろう。

 

「まだ時間はあるね。ある程度は早急にやっていこうか。中途半端で終わっている由良から始めて、萩風、夕立、磯波、あとは……沖波だね」

 

 果たして沖波が素直に私の前に現れてくれるかである。今のところ大きな事件を起こしているわけではないが、私はまだ顔すら合わせていないわけで、どんな状況かもわかっていない。

 最終的には顔を合わせなくてはいけないのは当然だ。そしてその時は容赦なく行くとも話してある。なら、これがその時なのではないだろうか。

 

「沖波は最後にする。それまでに、側にいた子から話は聞いておくかい。天城も確か行ってくれているんだったね」

「天城さん、沖波と仲良かったから、本を持っていってあげるって言ってたよ」

「ああ、申請は受けている。それであの子が心を開いてくれりゃいいが」

 

 天城さんも側にいてくれているが、沖波とはどういう形で接しているかはわからない。友人には話しにくいことも、やんわりと抱きしめるような雰囲気の天城さんを相手にすれば少しは弛緩するかもしれない。

 今は私がやれることをやっていくしかない。沖波は後回しになると思うが、必ず面と向かって話をしてやるのだ。

 

 

 

 その後、予定通り分霊を進めていく。ここまで来ると諜報部隊の2人も上に報告するための材料は揃ったということで撤収した。長門さんは耐えられたが、ここからは痴態のオンパレードになると思うので、そうしてもらえると助かる。

 ここからはまとめてやっていくということもあり、全員を呼んで1人ずつ処置を施す。沖波の側にはまだ天城さんがいてくれるということで、磯波も萩風も医務室に来ていた。

 

「沖波の様子は……?」

「……処置の後に話します。端的に言えば、状況が良くなったとは言えません」

「そっか……うん、とりあえず今はやれることをやろう」

 

 萩風からの言葉に少し不安を覚えつつ、全員の処置を開始する。

 

 由良さんは残り少ないため、処置自体はすぐに終わった。穢れを全て取り払えば全て元通り。穢れに埋め尽くされているわけでもないので、与えられる感覚もそこまでハードなものでは無かったようで安心。まぁ顔は赤くなっていたが。

 そして案の定、夕立と磯波は酷いものだった。私による分霊という部分も加味し、そこから得られる感覚を一切隠そうともせずにどったんばったん。夕立は声すらも抑えようとしないのが良くない。改二改装の時もそうだったが、夕立はそういうところの感覚が欠落しているような気がする。

 

「ゲロ様の分霊だから、すっごく昂っちゃったっぽい」

「同じく……」

 

 反省0である。この2人がこうなってしまったのは一部私のせいでもあるから強くは言えないのだが。

 その後の萩風は全力で声を抑えていたが、それでも耐えられずにビクンビクン震えていた。下手したら分霊よりも激しいのではと思う。でもそのおかげで澱みが無くなるので我慢してほしい。

 

 波乱の治療の結果、分霊を施した全員が穢れを取り除いたことで分霊の前の状態に戻った。夕立の同期値は見える範囲、8000に。磯波の同期値はM型の値まで戻ってきてどちらも1000辺り。萩風は長門さんと同様に長年の蓄積のせいで400という基準値を少し上回るD型異端児となった。長門さんよりも大きな値になっているのは、多分年月とかではなく相性の問題だと思う。

 

「戦う力が失われなかったのは幸いです。これで姉さんと一緒に戦い続けられます」

「だね。長門さんが前例作ってくれてたおかげで何とかなったよ」

 

 萩風は異端児のままでいられることが喜ばしいようだった。5年間もの間、魂が穢れに浸かっていたせいで同期値が異常値になったという事実には複雑な表情を浮かべたが。

 

「磯波のM型同期値が戻ってきたのは謎だが、陽炎、アンタとしてはどう思う」

「うーん……多分だけど、魂の穢れが計測の邪魔をしてたんじゃないかなぁ」

 

 磯波にしか無い、どちらの同期値も異常値という特性は、穢れを取り払うことでまた戻ってきてはいるが、その理由は正直なところ憶測でしか語れない。

 

 おそらくだが、磯波は先に世界に選ばれてM型異端児になっている。だが、大怪我を負ったことで深海の力も入り込んでしまった挙句にそちらとの相性も良く、D型異端児の素質まで生み出されてしまった。この2つは相反するものでは無いらしい。

 しかし、太陽の姫、並びにその巫女の分霊に関しては、それを上から塗り潰す形なのだと思う。こびりつく穢れが魂を包み込んでしまってM型の値を測定出来なくしているとしか思えない。

 

「じゃあ、私も……一応選ばれし者……?」

「だと思うよ。D型も混ざってるから効果的かどうかはわからないけど」

「でも……私も戦えるのは嬉しい、かな。恨み辛みも溜まってきてるし」

 

 M型異端児の要素も持っているのなら、磯波の攻撃も太陽の姫に通るかもしれない。それは今後のことも考えればいい情報である。穢れがあるままでは出来なかったことも、この治療のおかげで可能になるというのなら、私が力を発揮した甲斐があるというもの。

 

 

 

 さて、これで沖波以外の全員の治療が終わった。残すは今一番の被害者、沖波のみ。今のところ、治療するという内容も耳に入らないようにしており、ここに異端児駆逐艦を集める口実も別物。

 

「萩風、さっき保留にした沖波のこと、教えてよ」

 

 処置前に萩風が言い淀んだ、沖波の現状。それを聞いておきたい。少なくとも、私にのみ隠されていることが沢山ある。

 

「……わかりました。私から話します。司令は沖波さんのことは何処まで聞いていますか」

「アタシもあんまりだね。目を覚まして検査をする間は錯乱していたから、ゆっくり話す時間が無かった。今なら多少冷静というのなら直に聞きに行くが」

「司令なら顔を合わせられると思います。ですが、姉さんとは……おそらく難しいかと」

 

 やはり私に対して負い目を感じているのだろう。私と沖波の間には、少しだけの時間でも色々ありすぎた。

 

「姉さんは、後遺症は外見だけですよね」

「そうだね。髪の色が少し変わっちゃったけど、それだけかな。ありがたいことに心には何も」

「沖波さんは、私達のように心にも後遺症を残してしまっています」

 

 萩風なら私への執着心、長門さんなら太陽の姫への忠誠心、夕立と磯波なら小さいながらも私への忠誠心と、深海棲艦化していたときに一番強かった感情が後遺症として残ってしまっている。時間をかければ治るかもしれないが、少なくとも萩風はそれを受け入れてしまっている節があるので治る様子は無い。

 世界に選ばれし者であるおかげなのか、たまたまなのかは定かでは無いが、私は幸いにも心への後遺症が残っていない。素直に喜んでいるものの、実はまだ表に出ていないだけという不安もあるが。

 

「その後遺症って?」

「それは……」

 

 これだけ話しておいて言い淀む萩風。さらには事情を知っている磯波が顔を伏せた。夕立もいつもとは違い静か。余程酷い後遺症が残ってしまっているようである。少し緊張して、しっかりと身構えた。

 

 そして、意を決したように萩風が口にした。

 

 

 

「それは、()()()()()()()()()()

 

 

 

 耳を疑ってしまった。よりによって、それが一番強い感情だったというのか。

 

 確かに『空』と化した沖波は、普段からは考えられない暴力性を手に入れてしまい、太陽の姫に反発する私に対して全ての憎しみと嫌悪感をぶつけるかの如く攻撃してきた。ヒビの入った脚の骨を何度も踏みつけて折られ、沈めるために砲撃による追い討ちも喰らった。死の間際に心底毛嫌いしている表情もされた。

 その時の感情が、太陽の姫への信仰心よりも勝ってしまっているだなんて、思いも寄らなかった。今の沖波は太陽の姫への恨みや憎しみだってあるだろう。奴は敵だという認識も戻ってきている。長門さんとは違い、戦闘に参加することだって出来るはずだ。しかし、私に対しては言いようのない嫌悪感が残ってしまっているということなのだ。

 

「沖波さん本人から聞いています。元に戻ったことで敵対してしまった罪悪感もあるのに、それと同時に姉さんが気に入らないのだと」

「そんな……」

 

 私の名前を聞くだけで顔色が悪くなったのは、負い目を感じていたわけではなく嫌悪感の現れだった。私と顔を合わせられない、ではなく、()()()()()()()というのが正解。私の顔が見たくないのだ。

 何が私を殺したことへの負い目だ。私はどれだけ傲慢だったのか。沖波は全く違う感情に悩まされているじゃないか。巫女と化したことで、親友の心は私から完全に離れてしまっていた。

 

 私が沖波のことをまだ親友と思っていても、沖波から見れば私はもう友達でも何でもない、ただの顔を合わせるのも嫌な他人になってしまった。

 

「……私の分霊は、心は治せない。壊れた心は治せないんだ……」

 

 せっかく手に入れた心を護る力なのに、もう壊されてしまった心が治せないのが辛かった。分霊をしたらその影響すら消せるというのならいくらでもしよう。だが、注ぎ込み過ぎると、陽炎の巫女に変えてしまう可能性が非常に高い。世界を守る力で束縛するとか本末転倒。

 そもそもそんな心境で私と面と向かって分霊を受けてくれるのだろうか。眠っている間に無理矢理分霊とか、嫌がる沖波に無理矢理分霊とか、そういう案しか思い付かない。

 

「幸い、沖波さんはその感情が間違った感情であることは理解出来ているようです。長門さんと同じで、()()()()()()()()()()()()という複雑な心境のようで……」

「今は天城さんがゆっくりと慰めているところなの……時間はかかるかもしれないけど、必ずその嫌悪感を払拭してみせるって」

 

 さっきまで一緒にいた磯波も沖波の近況を教えてくれるのだが、最初は本当に危なかったそうだ。磯波が近くにいても、突然錯乱して暴れそうになったとか。

 沖波自身、今の感情が後遺症で引き起こされていることは自覚出来ている。しかし、いきなりそんな感情を持たされたら錯乱して当然だ。だから自傷行為にまで走ってしまった。おかしい自分がこの世から消えてしまいたいと望んでしまったから。

 間違った感情に振り回されているせいでそのまま体調を崩してしまった沖波は、今は天城さんに癒されているらしい。その天城さんも沖波に植え付けられた魂の匂いでやられかけているが、私よりは控えめだから耐えられているとのこと。

 

「そんなに酷かったんだ……」

「眠ったら悪夢も見ちゃうみたいで、目を覚ました直後にまた暴れたんだけど……その時はたまたまいてくれた夕立ちゃんがどうにか止めてくれて……」

「ぽい。落ち着くまで押さえ込んであげたっぽい」

 

 沖波だって太陽の姫直々の分霊を受けてしまっているのだ。普通よりも強めな後遺症が残ってしまっても仕方なかった。だが、私が外見にしか出なかったので、何処か甘くみていたのかもしれない。沖波もきっとそうだと。

 私は特別だったのだ。太陽の姫の対となる者として、そういうところにも微妙に耐性があった。一度は染まり切ってしまっても、死を経由して治った時に、また対となる者の加護が発動していた。

 

「……どうすればいいの。沖波を、私はどうすれば」

「分霊は必要だろう。同期値を元に戻してやる必要は確実にある」

「でも、絶対嫌がるよ。他ならぬ私が処置しないといけないんだもん」

 

 静まり返ってしまった。案が浮かばない。鎮守府の中で一方的な仲違いなんて初めてのことで、空城司令も困惑している。

 

 良くも悪くも、この鎮守府は仲間意識が強かった。少数での運営というのもあり、お互いに助け合うことで戦えていた。だからみんな仲がいいし、ちょっとした小競り合いはあっても喧嘩に発展すること自体が稀。強いて言えば先日の長門さんと陸奥さんの件だが、大きなものはそれくらいだったらしい。

 それがまた起きてしまった上に、今回はあまりにも根深い。罪悪感だけでなく嫌悪感まで残されてしまってはお手上げである。

 

「……今は天城さんに任せる。私が動いたら沖波が余計に傷付くから」

「すまない。アタシらが全力で動く。安心しろとは言えないが、絶対どうにかするさ」

 

 

 

 もう泣きそうだった。おそらく今までで一番辛かった。

 

 巫女にされたことよりも、辛かった。

 




第三者の干渉による仲違いとか、陰険にも程がある。
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