異端児だらけの遊撃隊   作:緋寺

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矛盾した感情

 沖波を除く、同期値が測定不能になっている仲間達の治療が完了した。私の分霊により魂の穢れを中和し、深海棲艦化する前の同期値に戻すことが出来たのだ。私、陽炎が太陽の姫の対となる者であるために出来た、最高最善の治療法。

 しかし、すでに歪んでしまった思考の治療は出来ず、長門さんからは太陽の姫への忠誠心は取り除けず、夕立と磯波は未だに私のことを様付けで呼んできてしまう。こればっかりは、時間が解決してくれるのを祈るしかなかった。

 

 そして、その弊害が沖波にもあった。太陽の姫の巫女として変えられてしまった時の後遺症が残っていたのだ。それもとびきり大きな問題、『私への嫌悪感』である。これを治療することが出来ない。

 時間が解決してくれるかもしれないが、その間、私は沖波と顔を合わせることが出来ず、最悪部屋から出ることすら出来ない。私の存在そのものが沖波にストレスを与え、戦力外にし続ける。それが一番辛い。

 

「陽炎、今は待っていておくれ」

「……うん、お願い。今の私には何も出来ないよ」

 

 私が害を与えてしまうのなら、ジッとしておくしかない。空城司令も少し辛そうな表情を浮かべていたが、沖波を真に救うために尽力してくれると言ってくれた。

 

「魂の穢れの治療は絶対やるから。沖波だけそのままってのはまずいでしょ。その穢れのせいでまた深海棲艦化したら、今度こそ戻ってこれなくなると思うし」

「ああ、何が起こるかわからないのが穢れだろうからね。どうにかしてでも治療は受けさせる。すぐは難しいかもしれないがね」

 

 最終的にはどうであれ、沖波にも治療を受けてもらわなくてはいけない。魂の穢れをそのままにしていていいわけがないのだ。最悪の場合、大喧嘩をしてでも無理矢理治療をする必要がある。拒絶されても、容赦なく行く。

 私は沖波を救いたい。沖波が私を否定しても、私はただ救う。放置していたらもっと悪くなる可能性があるのだから。

 

 

 

 翌日、久しぶりに1人での起床。私の部屋に誰もいないのは本当に久しぶり。いつも私の部屋で眠っていた者達は、今は全員沖波の側で眠っている。その輪の中に入れないのが悲しい。少し疎外感を覚える。

 今の存在になったおかげか、もうあの時の悪夢に苛まれることもなかった。だが、沖波のことが心配で少し眠りが浅い。体調不良は治ったか、部屋から出てきてくれるのか、私以外の仲間達とは普通に接することが出来るのか、などなど、考え出したらキリがない。

 

「はぁ……どうしたもんかな」

 

 着替えながらボヤく。今日からはもう初月インナーは使わない。私の匂いがD型異端児を狂わさないことがわかったので、あれは卒業することにした。本当に役に立ったので、たまには着るのもアリかなと思う。高速移動で膝が痛くなるようなら、またお世話になろう。

 これは今度は沖波に使ってもらうつもりだ。サイズが合わないため、一から仕立て直しだとは思うが。だが、私の治療により魂の匂いが払拭出来たらそれはそれで必要無くなる。現状は保留といったところ。

 

「私が動けることなんて、一つも無いんだろうなぁ……」

 

 私から沖波に対して積極的に近寄るのはダメだ。あちらが落ち着いてもいないのに顔を合わせたら、錯乱するに決まっている。自傷行為までしている沖波なのだから、私のせいでそれを引き起こすのは良くない。

 だからといって無視し続けるわけにはいかない。触れないというのはそれはそれで関係が進展しないのだから。タイミングの見極めも重要だ。

 

「はぁ……今はみんなに任せよ。まだ私の出る幕じゃあ無いんだよね」

 

 そこに落ち着くしか無かった。不甲斐無いが、今の私に出来ることは1つも無い。自分の力不足が恨めしい。せめて心も元に戻せたら、どれほど良かったか。

 

 着替え終わって部屋の外へ。沖波の部屋は近いので、少し慎重に。こんなところで顔を合わせて台無しにしたくない。幸いにも沖波の部屋の前は静か。もう誰もいないのか、それともまだ眠っているのか。沖波が部屋から出てくることは無いと思うので、なるべく音を立てずに部屋の前を通過。だがその前に、扉の前で立ち止まる。

 

「沖波……絶対救うから」

 

 聞こえるか聞こえないかくらいの声で宣言した。沖波が私のことをどう思おうが、これだけは揺るがない。お互いのせいでいがみ合っているわけではないのだ。なら、きっと私達の関係は修復出来る。

 こんなことで疎外感なんかに苛まれてる暇はない。それならいい打開策を考えることに頭を使っていきたいものだ。

 

 

 

 午前中は哨戒任務。メンバーは旗艦加古さんに、随伴艦が由良さん、五月雨、菊月、初月、そして私。太陽の姫の陣地調査は現在休止中のため、領海内をぐるっと回るだけの通常の哨戒なのだが、正直身が入らなかった。哨戒中に野良の深海棲艦が現れなくて良かったと思う。

 鎮守府にいなくても、沖波のことはずっと心配。今この時間も誰かしらが沖波の側にいて、急な錯乱を止めてくれたりしているはずなので、心配はいらないはずではある。

 私が哨戒に出ていることがわかっているのだから、今だけは部屋の外に出ているのかもしれない。ずっと部屋に閉じこもっているのも治療の妨げになるだろうし。そのためにも私は毎日哨戒に出た方がいいような気もする。沖波のためなら、私がそれくらいしてもいい。

 

「やっぱり心配?」

 

 ぐるっと回って帰投中、話しかけてくれたのは五月雨。任務中ずっとぼんやりしている私を見兼ねたか。

 

「そりゃあね。沖波は幼馴染みの親友だし、ああなっちゃってるのは心配だよ」

「治るのに時間がかかる心の病気……だっけ」

 

 沖波の現状は、既に鎮守府内に知れ渡っている。そうでなければ、うっかり私と沖波が顔を合わせてしまった時に周りに迷惑をかけてしまうからだ。万が一大喧嘩に発展してしまったとき、事情を知っていれば必要以上の混乱は避けられるだろう。

 みんなが沖波のことを心配している。長門さんと陸奥さんの喧嘩ですら騒然としたのだから、私と沖波の喧嘩はもっと酷いものになりかねない。何事もないことを祈るが。

 

「一度顔を合わせてみるのはどうかな」

「それだと沖波が苦しむよ。後付けで嫌悪感持つ羽目になったとはいえ、嫌いな奴の顔見たい?」

「あ、あぁー……うーん……自分からは行かないかなぁ。来られても嫌かも」

 

 そう、そこだ。もし私が同じ立場にいたら、顔を合わせたくない相手に自分から会いに行くことなんて嫌だし、向こうから来られるのはもっと嫌だ。だから現状維持を望む。

 沖波からの嫌われ方がどの程度かはわからないが、話題に出ただけで顔色が変わるほどなのだから、想像すらしたくないレベルということ。そんな相手に会いに行くのは、それが嘘の感情であっても躊躇われる。

 

「沖波がどれだけ私を嫌っちゃってるのかは聞いてないんだ。ただ、想像するだけで顔に出るくらいみたいだし、結構重いのかなって」

「うわぁ、そんなに。じゃあ……確かに付かず離れずがいいかもしれないね」

「でしょ?」

 

 私の勝手な気持ちで沖波を傷付けるのは良くない。だから、今はこの距離を保ち続ける。それでも沖波がどうにかなってしまいそうなら、その時は強行手段に出るだけだ。

 

 そうこうしている内に鎮守府が見え始める。まだお昼前であり、中でいろいろやっている間にちょっど昼食時というくらいの時間。工廠ではまだ少し作業をしている者がいるくらい。今日の訓練の後片付けか何かだと思う。

 艤装を片付けている中には、夕立や磯波の姿も見える。2人は艤装を装備していないようだが、ここにいるということは沖波から離れてもいい状況になったのだろうか。萩風の姿が見えないし、何かあったのか。

 

「あ……陽炎ちゃん、ちょっと隠れた方がいいかも」

 

 五月雨が何かに気付いた。この何も無い海の上で隠れろというのは無理があるが、五月雨の言葉と同時に菊月と初月が私の前に出て工廠への視界を塞いできた。

 というか、そう言われたら察したし、隠し切れる前にチラリと見えてしまった。

 

 ()()()()()()()()()

 

 おそらく、サルベージされた艤装が本当に装備出来ないかを調査したりしていたのだと思う。M型からD型に変えられてしまったのだから、装備出来ないのは考えるまでも無かったのだが、念のため実験したのだろう。浮かない顔なのは、一瞬だけでも遠目でわかったくらいだ。

 夕立と磯波がここにいたのは、沖波に何かあったら困るからだ。ああなってから部屋の外に出るのは初めてのことだろうし、しっかりとサポートしなくては行動もうまく行かない可能性がある。

 

「沖波……」

「ど、どうしよう、どうしても面と向かっちゃうよ」

「だからってアレが終わるまで待ってる方が不審だろうに」

 

 五月雨が慌てるが、加古さんの言う通りここで留まる方がおかしい。ここはもう素知らぬ顔で工廠に戻り、当たり前のように艤装を置いて、何事もなくお風呂へ直行するのがいいだろう。

 とはいえ、これはある意味いい機会だ。もしなんだかんだで面と向かうことになった場合、沖波が私のことをどれほど嫌っているかがわかる。ぎこちなくも話くらいは出来るか、いないかのように無視されるか、理不尽な怒りで突っ掛かられるか。

 

「お、ラッキー。提督いんじゃん。哨戒任務終わったよー」

「ああ、お疲れさん。何事も無かったようだね」

 

 さも当然のように入っていけば違和感も無い。五月雨筆頭に駆逐艦3人が、さりげなく私の盾になってくれていること以外は。

 夕立と磯波はここに私がいることにしっかり気付いているが、あえて声を出さないでくれた。さも五月雨達に向けたように、こちらに手を振ってくれる。私も小さく手を振り返しておいた。

 

「太陽の姫が引っ込んだことで海が荒れるかと思ったけど、静かなもんだよ。野良も出てこないもんねぇ」

「奴らが動き出したから逆に出づらくなってんじゃないかい。こちらとしちゃ好都合だがね。嵐の前の静けさの可能性もあるんだから、気ぃ抜くんじゃないよ」

「わぁってるって。んじゃ、艤装下ろして休ませてもらうよ」

 

 哨戒の結果もそこそこに、さらりとその場から撤収していく。今のところ沖波とは目も合わせていない。私の存在に気付いているかもわからないが、神経を逆撫でするようなことはしていないはずだ。

 

 しかし、そうは問屋が卸さない。ここ最近忘れていた五月雨の特性が、こんなところで発揮してしまう。

 戦闘中や任務中はまともなのに、それが終わった途端に始まる()()()()()()である。

 

「あっ、わぁあっ!?」

「さ、五月雨!?」

 

 私を隠さなくてはいけないという緊張感で脚がもつれたようで、私を巻き込んですっ転んでしまった。海から離れたところだから良かったものの、3人が組んでくれていた盾はこれで崩壊。私の姿は沖波の目に留まることになる。そうでなくてもこれだけ大きな音を立てれば、見ていなくても目がこちらを向くもの。

 誰もがあちゃあと顔を手で覆っていた。こんな時にドジをやらかさなくてもいいのにと。

 

「あっ……」

「っ……」

 

 完全に目が合った。顔色はそこまで悪くないが。長門さんが言っていた通りやつれているように見えた。

 

 だが、五月雨に巻き込まれた私を見下ろす視線に、嫌悪感が混ざっていることはすぐにわかった。『空』にされていた時よりはまだマシではあるが、それは確実に()()()()()()()()()だ。睨み付けるような、害虫を見下ろすような、そんな目。

 だが、すぐにその視線をやめて目を逸らす。ギリッと歯軋りまで聞こえたが、その時には嫌悪感よりは罪悪感が表に出てきていた。嫌悪感が間違った感情であることを理解しているため、今の感情に対して罪悪感を覚えたようだった。

 

「沖波……」

「……」

 

 無視、ではなく、私に対して何も言えないという感覚。嫌悪感に対する罪悪感と、罪悪感に対する嫌悪感が無限ループを起こしている。矛盾した2つの感情が綯交ぜになっていることにより、沖波の顔色はどんどん悪くなっていく。

 

「お、沖波、大丈夫?」

「大丈夫じゃないから」

 

 絞り出された言葉は、明らかな拒絶。そして、その言葉の後にハッとしたような顔をしてさらに歪む。吐き気がするのか口元を手で押さえていた。

 言いたくない言葉を紡いでしまったことで、精神的に余計に追い詰められてしまった。感情が間違っていることが理解出来ていなければ、罪悪感などなく徹底的に私を嫌うことが出来れば、こんな苦しみを味わわなくてもいいのだろう。だが、沖波は両立してしまっている。

 

「……司令官、もう検査は終わりですよね」

「ああ、予想通り艤装が装備出来なくなってるからね。今のアンタは戦力外ってことになる」

「そうですか。それでは」

 

 一刻も早くこの場から立ち去りたいようで、司令に対しても端的な言葉しか使わず、逃げるようにそこから立ち去った。その時にはもう、私の姿なんて目に入っていなかった。

 

 あんな沖波は見たことが無かった。後遺症のせいとはいえ、あんな沖波を見たくなかった。

 

「夕立、磯波、沖波を追ってあげて」

「ゲロ様……うん、任せるっぽい。オキの面倒はちゃんと見るから」

「陽炎様も……気にしないでね……」

 

 夕立と磯波がいれば、沖波は気を取り直すことが出来るはずだ。私だけがその場にいなければいい。今の沖波の世界に私はいらない。だから、すぐに追ってもらった。1人にするのも良くないと思う。

 

 

 

 泣きそうだった。今まであんなに仲が良かった相手と、全く関係ない要因で仲違いしてしまったことが悔しい。

 




全部太陽の姫のせい。やっぱりあちらが陰の姫。
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