異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
午後からも哨戒任務だったのだが、午前以上に身が入らなかった。午前の哨戒任務終わりに工廠で沖波と対面した時のことが頭から離れないからだ。
あの時の沖波の目は、私、陽炎を完全に嫌っている目だった。そして、それが間違っていることも理解した、錯乱した目。私を拒絶していたが、そんなことをするつもりは無かったとも見える態度。そして、私と同じ空間にいたくないとでも言わんばかりに、その場から立ち去られた。
沖波が深海棲艦化していた時はこんなことを感じなかった。あれは
正直、昼食もあまり喉を通らなかった。いつも側にいた夕立や磯波は今、沖波の側についてくれている。萩風は私の隣にいてくれたが、私が浮かない顔をしていたため、その雰囲気に呑み込まれてしまっていた。会話も出来ず、黙々と食事をするのみだった。
あんな寂しい昼食は、この鎮守府に来て初めてだったかもしれない。私が巫女から解放された直後でもあそこまででは無かった。その時には、私を叱咤する沖波がいてくれたから。
「陽炎、ボーッとすんなっての! 野良の攻撃来てんぞ!」
そんな心境だったからだろう、この哨戒任務ではここ最近見ていなかった野良の深海棲艦が現れた。こんな時に限って。
軽巡洋艦1体に駆逐艦3体という簡単に処理が出来るくらいの部隊だったのだが、全く調子が出ない私は大苦戦。加古さんに叫ばれて初めて敵の砲撃が自分に飛んできていることがわかった程だった。
「いっ……ああもう!」
被弾し、艤装が少し凹む程度のダメージ。私の腕もその爆発により大きく火傷を負う。これは入渠が必要かもしれない。
こういう時は無意識に動くとかそういうことも出来なかった。敵の攻撃を私の不注意で認識出来ていなかったし、ボーッとしていたくせに妙に力も入ってしまっていたため艤装に動かしてもらうことも出来なかった。散々である。
その後、何とか野良の部隊を撃破し、私が傷付いたため少し早めの帰投となってしまった。怪我人は私だけ。不意打ちというわけでもなく、全部私のせい。
「ごめんなさい……」
「まぁあんなことがあった後じゃあ仕方ないかもしんないけど、一応出撃してんだから、もうちょい気ぃ引き締めた方がいいんじゃないかな」
加古さんにまでやんわりと叱られてしまい、余計に凹む。
「うー……あの時私が転んでなかったら……」
「五月雨は悪くないよ。遅かれ早かれああなってたと思うし。早かっただけ対策しやすいと思うから」
盾をしていてくれた五月雨が沖波の前で転んだことで私の姿が露見したわけだが、いつかは対面しなくてはいけなかったのだ。早いうちにあの沖波をみんなの前で見ることが出来たのは今後のためになる。私が哨戒任務に出ている間も、あの沖波をどうにかするためにいろいろと手を打たれていると思うし。
「陽炎、今はシャンとしておいた方がいい。お前は選ばれし者だろう」
菊月に火傷を負っていない方の肩を叩かれる。
「沖波のためにも、落ち込んでいるわけにはいかないだろう。今回の痛みで自覚出来たんじゃないか」
「……そうだね。痛い目見ないとわからないとか、私も重症かも」
「選ばれし者の苦悩というヤツだ。まだやり直せる」
相変わらず何処か厨二病が入っている感じだが、心強い言葉でもあった。そうだ、まだ完全に終わったわけではない。私は今の沖波のことをちゃんと理解していないのかもしれないのだから。
帰投後、すぐに入渠。二の腕の殆どを焼かれるような火傷だったが、入渠自体はそこまで長い時間を使わずに済み、夕食前には終了。そのまま食堂へ向かう。
今回の怪我は完全に私の落ち度だったため、空城司令から気もそぞろなら休めばいいと言われてしまった。確かにその通りなのだが、そんなことすらも思い浮かばないくらいに私はテンパってしまっていたようである。
むしろ、沖波のためなら鎮守府の中にいない方がいいかと思って哨戒任務に向かったというのもあった。私がいるから部屋の外に出られないのなら、私が出ていくことで伸び伸びと過ごしてほしいと。それで私が死んでしまったら元も子もないのだが。
「どうしたもんかな……」
夕食を食べながらも頭を抱えてしまう。正直、食事も全く味を感じなかった。私がこんなでどうする。沖波はもっと苦しんでいるはずなのに。
加古さんや菊月に励まされたのに、少し寝たらもうこれだった。今の私は精神的に追い詰められている気がする。こんなではいけないのに。
「ゲロ様、ちょっと悩みすぎっぽい」
沖波の側には磯波と萩風がついているので、私の方には夕立。流石に落ち込みすぎたか、心配そうに覗き込んでくる。
「そりゃ悩むよ。どうすれば沖波を救えるのか」
「それでゲロ様が壊れたら意味ないよ。哨戒で入渠とかするくらいなんだからダメな方行ってるっぽい。壊れられたら、少なくとも夕立が困るから」
「アンタは私の匂いが目当てでしょうに」
こういうおちゃらけも、今の私にはありがたい。重く受け止めすぎていて、上を向くことが出来なくなっているのは確かだ。午後はずっと俯いていた気がする。だから被弾なんてするのだ。
「オキ、あの時のことすっごく後悔してたっぽい」
「後悔?」
「うん。やっぱりオキ、正気でもあるんだと思う。ゲロ様が前にいると爆発しちゃうっぽい」
あの工廠での一件の後、その足で部屋に戻った沖波は、夕立と磯波の前でとても悔やんでいたそうだ。本人曰く、私が視界に入った途端に嫌悪感が爆発してしまったとのことらしい。姿を想像するだけでもモヤモヤと嫌悪感が湧いてくる程なのだから、実物を見たらそうなってもおかしくないだろう。
間違った感情だとわかっている分、沖波の苦痛は大きい。本心からの悪態ではないとわかったのは私としてはありがたいが、沖波からしてみれば最悪な精神病だ。私がここにいる限り起こり得る負の感情のループはそれだけでもキツい。おそらく今も苦しんでいる。
「ゲロ様が怪我して帰ってきたってのも伝えたっぽい」
「……なんて言ってた」
「錯乱して暴れたから押さえ付けたっぽい。多分だけど、自分のせいでっていうのと、嫌いなヤツが怪我してザマァ見ろっていうのが重なっちゃったんじゃないかな。物凄く取り乱してたし」
自分で考えたくないような感情が現れてしまって、とにかく錯乱したわけだ。自己嫌悪で暴れ、結果的に自傷行為に発展しかける。誰かが側にいないと、最悪な事態になってもおかしくない。
沖波は優しい子だ。人の怪我を喜ぶようなことなんて、今まで考えたこともないだろう。そんな強い負の感情に耐えられる心ではない。
「このままだとオキ、鎮守府からいなくなっちゃうかもしれない。戦力外通告受けちゃったし、事あるごとに暴れるなんて」
「それはダメだよ。きっと救えるはず。救えるはずなんだ」
「……どうやって?」
それがすぐに思い付けば苦労しない。分霊をしたとしても、心はそのままだ。それでも艤装は装備出来るようになる可能性は高いから施してはおきたい。今のままで魂の穢れもそのままにしておくのはよろしくないと思うし。
だがどうやって。顔を突き合わせた瞬間に拒絶される相手に、どうやって分霊を施す。暴れる沖波をとっ捕まえて無理矢理とか、太陽の姫と同じじゃないか。沖波の意思を無視して、私のやりたいことを貫くだなんて。
「おそらくだが……」
そんな話をしていると、長門さんが気になることがあるのか話に加わってくる。
未だ後遺症などで対人関係に難がある長門さんが、自分からこちらの会話に交ざってくることはかなり稀。夕立も少し驚いていた。
「ながもんさん、オキが気にかかるっぽい?」
「……ああ。沖波はどちらかと言えば私に近い」
長門さんは残された忠誠心のせいで、太陽の姫に対抗している私達全員が敵に見えてしまうという後遺症がある。とはいえ、太陽の姫のことを敵と認識出来るようになってからは、私達への敵意は薄れているようだ。敵の敵は味方理論だろうか。
沖波も嫌悪感という名の敵意を仲間に持ってしまうという後遺症だ。その向きは私に一点集中してしまっているものの、広義的には長門さんと似たような後遺症。沖波の現状に感じるものはあるようである。
「おそらくだが、それなりに無理矢理やった方が落ち着くと思う」
長門さんの意見は、かなり突飛なものだった。嫌悪感を抱いているものに対して強引に詰め寄るとか、普通ならもっと拒絶されるようなことだろう。私が沖波の立場なら、絶対に嫌だ。
だが、沖波に近い境遇の長門さんはそこから続ける。
「今の沖波は陽炎への罪悪感の塊でもある。昨日も聞いたが、沖波は陽炎を殺しているんだろう。その業が重すぎる」
「……それは、そうかもしれないけど」
「それなのに、陽炎に対しての嫌悪感が残ってしまっているんだ。悪循環にも程がある。それなら……一度陽炎に思い切り叱られた方がいい」
そんなことしたら嫌悪感が勝り、最悪逆ギレしてこないだろうか。今の一方的な仲違いがより悪化してしまわないか。
私の時とは違うのだ。ただ罪悪感に苛まれ、償いを求めているのとはあまりにも違いすぎる。叱って何とかなるような問題では無いのではないか。
今以上に関係が壊れることの方が私は怖い。だから現状維持をして様子を見て、最善の策を探しているのだ。見つからないから困っているのだが。
「陽炎、君は自分でも思わなかったか。もっと怒ってほしい。もっと責めてほしい。罰を受けたいと」
みんなに対してそれを口にした。罪を償うために、何をされても構わないと。
「今の沖波はそれだ。
そんな馬鹿な。そんな仕草、何処からも感じ取れなかった。言いたくないことが口から出てしまっているのは私から見てもわかった。罪悪感を抱き続けているのも。だが、それは流石に。
「……そうかもしれない。暴れるだけ暴れて、落ち着いたらゲロ様の名前呟くの。ひーちゃんひーちゃんって」
暴れている沖波を見たことなんて無いし、今の沖波が私の前でそんなことをするわけがないから、側にいる夕立の言葉を信じるしかない。そして、夕立は嘘を吐かないような性格だ。これは本当のこと。
沖波自身の本心はまだ誰にもわからない。現状を打破したいのか、もう何もかも諦めてしまっているのか。どうせなら、私と同じで打開策を考えていてくれると嬉しいのだが、
「夕立がそれとなく探ってみるっぽい。オキ、夕立達にならそこそこ話してくれるから」
「私も手伝おう。どうせ食事を持っていくのは私の仕事だ。その時に少しくらい話しても構わないだろう」
夕立はともかく、長門さんまでここまで親身になってくれるのは意外だった。今まであれだけ人との関わり合いを避けてきたのに。
「私としても、あまり放っておけないんだ。近しい境遇の子供が苦しんでいるところを見ると……な」
少しだけ顔を伏せる。罪悪感が取り払えないからこそ、同じように苦しんでいる仲間が見過ごせないようである。食事を運ぶことも毎回やってくれて、今からも夕食を運んでくれるようだし。沖波のことは特に気にかけているようにも見える。
「私も別に快復したわけでは無いが、それよりも君達の仲違いは見ていられない。こんな私だが……力になりたいと思った。私でどうにか出来る問題かはわからないが」
戦場に出られない分をここで使いたいと、今までで一番力強い瞳をしていた。
当初は一歩どころか十歩くらい引いたところから見ているだけだったが、この食堂で働き始めたことで大分治療されている。空城司令が償うためと言ってここに配置したが、それは大正解だったようだ。
「……お願い。私も、沖波と元の関係に戻りたい。それだったら、私は何だってするよ」
「了解だ。君がそう言うのなら、みんなが手を貸してくれる」
みんなの力を借りて沖波を元に戻す。私が落ち込んでいてどうする。もう俯かない。気もそぞろなんて言われないように、菊月に言われた通りシャンとしよう。加古さんに言われた通り気を引き締めよう。
大親友の危機は、仲間達と共に解決する。大丈夫、絶対にあの時の関係に戻れる。そのためなら、私はこの命を懸けたっていい。
長門、動きます。