異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
不安定な沖波の望みは私、陽炎に罰を与えてもらうことだと長門さんが言い出した。私から見た限り、沖波にそんな仕草は一切見受けられなかったのだが、ここ最近側に付き添うことが多い夕立の目から見てもそれらしき言動は見当たるらしい。そういう言動をしているにしても、嫌っている私にその姿は見せるわけが無いので、夕立の言葉は信じることにする。
私では手がつけられないので、夕立と長門さんに沖波の本心をそれとなく探ってもらうことにした。そして、時が来たら私が動く。沖波を救うためなら手段を選んでいられない。みんなの力を借りて、最善の道を掴み取る。
翌日、私は空城司令に休みを言い渡された。昨日の哨戒任務中に怪我をしたことで心配され、今日1日で一旦落ち着けと指示されたからである。
これに関しては私の落ち度だ。ある意味、まともに艦娘としての仕事が出来なかった罰として、反省しつつ休ませてもらおう。沖波のことを思うと気が気で無いのだが。
「陽炎、少しいいだろうか」
休息という
今は食堂のお手伝いもキリが良かったらしく、いつものエプロンもしていない。そういえば今日の朝から間宮さんと伊良湖さんも復帰していたし、長門さんも動きやすくなったのかもしれない。
「私も1枚噛ませてもらうわね」
「えっ、陸奥さん」
「あまり大きい声は出さないでね。沖ちゃんに聞こえちゃうかもしれないし」
長門さんを部屋に招き入れようとしたら、一緒にいた陸奥さんも私の言葉を遮るように部屋に雪崩れ込んできた。確か今日は陸奥さんもお休みの日。戦艦の艤装姉妹に詰め寄られるようになり圧倒される。
「鎮守府内の仲違いは、仲間全員の士気に繋がるもの。ちょっと今までとは重要性が違うわ。元に戻せるならすぐに戻したいのは私も同じってことね」
「あ、ありがとう陸奥さん。でも本音は」
「姉さんがこんなに躍起になってるんだから、私も側で見届けたいの。見てよこのイキイキとした姉さん。わかるでしょ?」
そんなことだと思った。長門さんも少し困ったような表情に。しかし、これはおそらく長門さんから陸奥さんに声をかけたんだと思う。協力者は多いに越したことは無い。
陸奥さんは自他共に認める鎮守府の最高戦力であり、ある意味鎮守府の中心人物みたいなもの。その人が後押ししてくれるというのなら、その流れで鎮守府の仲間全員が沖波のために動いてくれると思ってもいい。
仲違いが士気に繋がるというのも間違いではない。私と沖波のせいで空気が悪くなれば、本来出せるべき力も発揮出来なくなる。私だけがそれならいいが、そういう空気というのは伝染するもの。1人だけでは解決出来ない。
それに、単純にみんな沖波が心配なのだ。今回の件は今までに無いくらい深刻な事情だし、今まで以上にみんなが動いている。
「昨日の夕食、あと今日の朝食の時に、沖波と少し話をした。食事を運んだついでにな」
「……どうだった?」
「夕立の言っていた通りだ。君に対しての言動で酷く落ち込んでいた。今日も酷い夢を見たそうだ」
私以外になら普通に接することが出来るのは間違いないようで、それは関係が薄い長門さんにも当て嵌まった。むしろ、長門さんは沖波からしても話しやすい相手なのかもしれない。近しい境遇であり、おそらく沖波が長門さん自身がここまで動くようには思っていないから。下手をしたら夕立や磯波よりも話がしやすいかも。
なんというか、沖波の言動を全て探っているという状況が少し申し訳ない気分になる。いや、ここで躊躇っていては関係修復はどんどん難しくなるだろう。探っているとバレた場合、余計拗れそうな気がしないでもないが。
「私と話している間は罪悪感の方が大きいように見えた。陽炎に償いたいとも話していたよ。ただ、陽炎の顔を見ると嫌な感情が表に出てきてしまうのだそうだ」
「……そっか。じゃあ、叱ってやんないといけないかな。私が沖波にしてもらったみたいに」
長門さんの見立ては間違ってなかった。私に叱ってもらいたいというのは言い過ぎかもしれないが、償いの機会を求めているのは正解。それならば、私が叱咤してやらなければ、沖波の気持ちは晴れない。
やはり心の底から嫌悪感を抱いているわけでは無い。後遺症のせいで出てきてしまうだけだ。私に悪態をついてしまったことを悔やんでいるのだから、まだ私への元の感覚も残されている。
「私も少し裏で手を回してるから、任せてちょうだいね。まずは諜報部隊を懐柔しておいたから」
「言い方」
「まあまあ。簡単に言うと、今回の件は報告しないでほしいってことをね。要所はいいと思うけど、艦娘同士の喧嘩のことなんて上に報告されても困るだけだし、詳細は要らないような内容だもの。二つ返事でOK貰ったわ」
後遺症が残るということと、私が治療出来たという事実があれば、それまでの経緯は二の次でもいいだろうという考え。
正直そうしてもらえるとありがたい。ここから何があるかはわからないが、良くも悪くも一気に進展する可能性が高い。沖波のことを悪く言うような報告は勘弁してほしい。沖波だって被害者だ。
「もう鎮守府全体が協力者よ。沖ちゃんが部屋から出てこないことをいいことに、私も姉さんも動き回ってるもの。そこに諜報部隊も加えてるから、どんどん事が進んでるわ」
しかもこれ、司令が容認しているというのだから恐ろしい。沖波を治療するために、本当に一丸となって取り組んでいる。それだけ今回のことは重たいことという認識だ。こんなに大事になるとは思わなかった。
夕立はそもそも気にしていないし、磯波は太陽の姫への憎しみが強くなったくらいで殆ど開き直っている。萩風は私と共に戦うという目標を得たことで吹っ切れており、長門さんは食堂での交流で対人関係の治療が進んでいる。
しかし、沖波は回復の目処が一切ない。錯乱して暴れ、最終的に自傷行為にまで走ってしまうというのが初めての症例。復帰の目処が立たないという点では、深海棲艦から人間に戻れた者達の中でもトップクラスの問題である。だからみんながここまで動いているのだろう。
「とはいえ、沖波をうまく呼び出すための都合を作って、最終的には君と対面させる。そこからは君にどうにかしてもらわなくちゃいけない」
「……責任重大だなぁ」
「沖波の心に言葉が届くのは、陽炎、君だけだ」
そこまで言われたら、私がやるしかない。沖波を元に戻すためだ。何でもやると決意したところなのだから、こんなところで尻込みしているわけにはいかない。
午後もその時のために粛々と準備が進められていった。理想なのは、沖波の意思で部屋から出てきてくれること。私から突撃するよりは、まだ精神状態がマシになるはずだ。
「どうにか沖波を部屋から連れ出そうと思う」
ここいらで一度纏めようということで、執務室で司令も交えた作戦会議。長門さんが中心となって話が進んでいくのだが、補佐官のように寄り添う陸奥さんはニコニコだった。午前中も長門さんが奔走していたのは私も知っている。それが嬉しいのだろう。
参加者は私と長門さんに陸奥さん、そこにこの鎮守府の主である司令としーちゃん、そこに裏で手を回されているという諜報部隊の神州丸さん。なんでも、今は沖波のところに潜水艦姉妹を遣っているとのこと。情報は逐一最新に更新している。
「でもどうやって。口裏を合わせるのは出来ると思うけど」
「名目はいくらでも作れる。沖波には再検査を受けてもらう、とかな」
目を覚ました時に受けてもらったっきりで、同期値がどうなっているかはわからない。もしかしたら何かしらの悪影響があるかもしれないので、再検査は必須事項である。
さらに言えば、体調不良を繰り返しているようなものなので、普通に診察も必要。ストレスで身体の中はボロボロの可能性はあるため、薬の処方も考えなくてはいけないかもしれない。
「検査にも治療にも陽炎が必要だ。沖波の魂の穢れは、私達とは違ってあのお方から直に齎されたモノだ。
穢れの質が違うかもしれないと長門さんは言っているわけだ。私には10年間の蓄積があったからそこまででは無かったみたいだが、沖波はたった今喰らったばかりの状態。穢れが体調に影響してしまうかもしれない。
現に由良さんが分霊未遂を喰らって体調不良を起こしたのだし、近しいことが起きていてもおかしくはないのだ。
「伊13、伊14両名に監視させているでありますが、やはり体調不良は治らない様子。精神的なものもありましょう」
「ストレスとトラウマのダブルパンチだ。あの子はまだ子供っつっても過言じゃない。身体に影響は出るだろうさ。そこに魂の穢れなんて得体の知れないものが入っちまえば、余計にそうもなろうさ」
さらに言えば、沖波は前例のないM型からD型への転身。悪影響なんていくらでも考えられる。それこそ、もう一度深海棲艦化するなんてことだって。分霊未遂の状態で燻っているという可能性もある。
「私としては正直に話して私の前に連れ出してほしい。私が沖波の部屋に行っても拒絶されるだけだし。多分話にならない」
「部屋の外で、話をしなくちゃどうにもならない状況を作る。それこそ密室に2人を閉じ込めるくらいのな」
でもそれをやろうとすると沖波をハメることになるだろう。騙して連れてきて私と対面させるとか、余計に拗れそうな気がする。
「なら、アタシが再検査の指示をすりゃいい。沖波は鎮守府所属の艦娘だ。体調管理は提督であるアタシの責務でもある」
「嫌々でも連れ出すしか無くなっちゃうか……」
「いや、その前に全部話す。検査と治療には陽炎が必要だとな。それで拒否したら、悪いが職権濫用させてもらおう。なに、言いくるめてやるさね」
ここで司令が協力者であることが活かせる。上司の命令となれば、嫌でも従わざるを得ない。
「私も説得する。おそらく潜水艦姉妹も説得してくれているんだろう。皆と協力して、沖波は絶対に連れ出してみせる」
本当に長門さんはやる気満々だ。沖波に嫌われてもいいから、私との仲違いを終わらせたいと、今までに見たことがないくらいの真剣な表情を見せてくれる。
その姿に、陸奥さんだけではなく司令も機嫌が良さそうだった。今の姿だけ見れば、長門さんはもう復帰可能な艦娘の一員だ。仲間のことを思いやる、優しい戦艦だ。
そしてその日の夜、決行する時が来た。私は指示通り医務室に待機。沖波に再検査をするという形で医務室にやってくる。説得に応じたかどうかはさておき、どういう形でもここに沖波が来る。
ここで何が起きても、誰も騒がない。もし大喧嘩に発展しても、誰も止めない。私と沖波で決着がつくまで、全員が不干渉を貫く。それが裏で陸奥さんと神州丸さんが手を回してくれたこと。
「……大丈夫、私は私の本心を伝えるだけだ」
沖波に何を言われようと関係ない。私が今思うことを言うだけ。その結果として喧嘩になることも予想出来るが、もうそれは仕方ない。
私に危害を加えることが沖波の本心だというのなら甘んじて受け入れよう。そうなったとしたら、私だって手を出してしまうかもしれないが。沖波がそれを望んでいるのなら、望まれた通りにする。殴りたければ殴ればいい。その代わり、私は洗いざらいをぶちまける。
待っている内に、3人分の足音が聞こえてきた。司令と長門さんと沖波。検査という名目もあるのだから、司令はその場に必要だ。長門さんはこの計画を最後まで見届けるために便乗するのだろう。
説得に成功したのか、嫌々ながらここに来ているのかは未だ定かではない。しかし、ちゃんとここに来てくれた。私と顔を合わせたくないと駄々を捏ねるようなことはしていないようである。
『さっきも言ったが、アンタの身体は他の連中以上に深刻な可能性がある。遅かれ早かれ、陽炎による検査は必要だ。いいね』
『……わかっています。だから私はここに来たんですから』
部屋の外で会話が聞こえる。もう目の前にいる。心臓がバクバク言い出した。
またあの視線をされるかと思うと怖い。素っ気ない態度であしらわれるのが怖い。むしろ今回はさんざん罵られる可能性だってある。何もかもが怖い。
そして、扉は開かれた。
長門が裏でどれだけ手を尽くしたのか。