異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
沖波を治療するために、鎮守府が一丸となって行動する現状。最後の時が今から訪れようとしている。私、陽炎にしか沖波の治療が出来ないことを沖波に伝えてもらい、みんなの協力を得て対面する機会を作ってもらったのだ。私は医務室で待機し、司令と長門さんが沖波を連れてきてくれる。
前回の対面では嫌悪感を強く出され、睨み付けるような視線を投げかけられた後、会話もほぼ無く逃げるように離れられた。本当に辛かった。そしてまた、そうされる可能性がある。
『さっきも言ったが、アンタの身体は他の連中以上に深刻な可能性がある。遅かれ早かれ、陽炎による検査は必要だ。いいね』
『……わかっています。だから私はここに来たんですから』
部屋の外で会話が聞こえる。もう目の前にいる。心臓がバクバク言い出した。またあの視線をされるかと思うと怖い。素っ気ない態度であしらわれるのが怖い。むしろ今回はさんざん罵られる可能性だってある。何もかもが怖い。
そして、扉は開かれた。
「……沖波」
部屋の中に入ってきた沖波は、私の姿を見るなり顔を顰めた。やはり嫌悪感を露わにし、それを隠そうともしない。心底嫌そうな表情で椅子に腰掛ける。
「私が出来るのはここまでだ。陽炎、後は任せる」
「うん、ありがとう長門さん」
医務室の出入口は1つ。そこを司令と長門さんが押さえる。これで沖波はどうやっても逃げることは出来ない。せっかくの対面だ。みんながくれた時間は有意義に使わなくてはいけない。
「顔色が悪いね」
「そんなことはいいから早く治療なり何なりして」
対話拒否。だがそんなことでは挫けない。話をしたいという意思表示のために、私は沖波を見据える。対する沖波は視線を合わせたくないからか、すぐに目を背けた。
「話くらいさせてよ。最近全然顔を合わせてなかったんだからさ」
「時間の無駄」
「そうかな。多少話をして気分を落ち着けた方が分霊しやすいと思うんだけど」
「ここにいることで落ち着かない。さっさとやって」
意固地なものである。性格そのものに影響を与えているというのは大きい。嫌悪感ってこんなものなのか。
「じゃあ独り言。聞きたくなかったらスルーしてくれればいいよ」
「……はぁ……好きにしたら」
私が折れそうに無いから、沖波も諦めたようだ。大きく溜息を吐いてから俯く。
こんな態度の沖波は孤児院の時でも見たことがない。敵意剥き出し、一刻も早くここから離れたい気持ちがありありと伝わってくる。最初は睨み付けてきたが、もう視線すら合わせてくれない。
なら、こちらから本心を伝えるしかない。こんな態度の沖波も、前と同じなら事が済んだ後に部屋で錯乱する。そうするのなら、まだ私の言葉が心に届くはずだ。だから真摯に真っ直ぐに、私の心を、想いを伝える。
「私を殺したことに負い目を感じてるなら、そんなこと感じなくていいよ。今の私は生きてる。沖波に罪はないから」
ピクリと反応した。私には伝わらないように償いたいと溢していた沖波に対して、罪に対しての言葉だ。何かしらの反応があるとは思っていた。沖波がそうしていたことを知らない前提で、当たり障りのない言葉を選んだ。
「あれは全部、太陽の姫のせいだから。沖波は何も悪いことしてない。それに、私はあの時の沖波を殺してるんだ。じゃあ、おあいこでしょ。アンタが私を殺した業を背負って、私がアンタを殺した業を背負った。それで終わり」
プルプルと震え出した。拳も握りしめ、私の言葉を黙って聞いているようで耐えているのもわかる。
「とりあえず、最低限それだけは言っておきたかった。そういう態度取ってても、沖波は優しい子だからそういうの気にしてそうだし。もう気にしなくていいよ」
これは私の本心だ。私を殺したことは気にしないでほしい。今生きているのだからそれでいいじゃないか。それに私だって沖波を元に戻すために殺している。お互い様なのだ。私の悪行も、沖波の悪行も、似たようなもの。
私の言いたいことは言えた。本当ならここで沖波から何かしらの反応があれば良かったのだが、やはり嫌悪感が勝ってしまい、私とは一言も言葉を交わしたくないようだった。これは残念である。今は先に分霊をして澱みを中和してあげた方がいい。
もしかしたら中和によって精神的な部分に影響が出るかもしれない。何よりも沖波に施されたのは太陽の姫直々の分霊なのだから。それに元々は沖波だってM型異端児、つまり世界に選ばれた者。澱みが無くなれば心も綺麗になるかもしれない。
「じゃあ、治療を始めるから」
分霊のために手を伸ばすが、その手を突然払われた。少し痛かったが、なるべく顔に出さないように。
こういう反応が来ることも多少は想定していた。私の言葉は、今の沖波には癇に障るものばかりだと思う。嫌いな奴からの同情なわけだし。
「気にするに決まってんでしょ!」
そして、声を荒げた。泣きそうな、歯を食いしばるような表情で震えていたかと思えば、先程以上の嫌悪感を露わにして睨み付けてきた。ここからようやく今の本心を見せてくれそうだった。
「なんで、なんで私を責めないの!? 奇跡が起きなければ本当に死んでたのに、何でそんなに楽観的にいられるわけ!?」
言葉だけでは足りなくなったか、胸ぐらを掴んで訴えてくる。そして、嫌悪感を晴らすように、私に一方的に詰め寄ってきた。そのせいで私も押され、医務室のベッドに押し倒されかける。
それを誰も止めない。司令も長門さんも、あえてこれを傍観してくれている。これは私と沖波の問題だ。それを解決するために、今この時間を作ってくれたのだ。
「こんな感情に苛まれて、嫌いじゃないのに嫌いに思わされて、ひーちゃんのやることなすこと全部気に入らなくなってるのに、なんでそんな私を責めないわけ!? それが一番気に入らない! 私はひーちゃんを殺してるんだよ!?」
罪悪感と嫌悪感が綯交ぜになった結果、自分を責めない私が嫌だという結論に達しているようである。これはあまり良くない傾向だ。嫌悪感を正当化しつつある。本当に戻ってこれなくなる。
なら、ここからは説教をしないといけない。さっきまでは沖波のことを責めない本心をさらけ出したが、ここからは少し攻撃的な本心。叱ってほしいのなら叱ってやる。
ただし、私の出来る説教は、一度私自身が受けた説教だ。同じ境遇の者に対しては響くはず。それが、
「それはアンタが教えてくれたんでしょうが!」
力任せに沖波を押し、掴まれていた胸ぐらを解放する。やはり体調不良は完治していないらしく、沖波はそれだけでもフラついてしまった。掴んでいた割には拘束が甘い。力もあまり入っていなかったのだろう。
だがこれだけでは終わらない。逆に私が沖波の胸ぐらを掴み、そのまま壁まで押し込む。私の力を支えきれず、沖波は壁に激突。叩きつけるような形になってしまった。
「私が罪の意識に押し潰されている時に、無罪だって教えてくれたのは沖波でしょ! 全員が無罪と言ってるんだから、アンタは無罪だ! 一番酷い目に遭った私が無罪だっつってんだから、開き直れ!」
「簡単に出来たら苦労しないでしょ! ひーちゃんを殺した感覚がずっと残ってるんだ! ひーちゃんは誰も殺してないからそんなこと言えるんだ!」
「私を殺したのは太陽の姫の巫女である『空』だ! アンタじゃない! んなことくらい理解出来るでしょ! 私にそうやって言ったのはアンタだよ! 自分の言葉に責任くらい持ちなよ!」
沖波は一度私を叱ってくれているのだ。なのに、その時のことを完全に忘れ去ってしまっている。だからそれを思い出させてやる。
私が気に入らないのはそこなのだ。私に対して無罪だの責めないだの言っておきながら、自分が当事者になった途端に正反対になっている。罪がある、責めろは間違っているのではないのか。他人に言うのならまず自分だろう。
沖波の言葉は私の心の支えでもあるのだ。割り切ることは出来ずとも、罪の意識は多少は薄れた。同じことを沖波にも知ってもらいたい。それ自体がそもそも沖波の言葉なのだから。
「太陽の姫の巫女である『空』はもう死んでる。私が殺した。この手で殺したんだ。ここにいるのは『空』じゃない、艦娘沖波でしょ!」
私が沖波に言われたことをそのままお返しする。私にそれで説教してきたんだから、沖波だってその意図を理解出来るはずだ。
私を殺したのは沖波ではない。太陽の姫によって作り出された巫女、『空』だ。それは沖波ではない。その記憶を持っているにしても、それは沖波では無いのだ。
「割り切れるわけ、ないでしょ!」
しかし、沖波はまだ折れない。私もそうだったからわかる。巫女と自分は別物と言われても、簡単に納得はいかない。悪い方向に意固地になっている。
嫌悪感を持つ私からの言葉だからそうなってしまっているのかもしれない。なら、沖波の意思に問いかける。
「じゃあ割り切らなくてもいい。その気持ちは私もわかるから百歩譲ってやる。なら、それについてアンタはどうしたいんだ」
「そんな、のっ……」
「ほら、どうしたい。その罪を償いたいのか、私を殺した事実から逃げたいのか、言いなよ。今のアンタの気持ちを、ほら、ほら!」
これが問題なのだ。沖波は今どうしたい。私を殺したことに対して罪の意識を持っているにしても、それをどう解消するつもりだ。
解消すらせずに毎日を過ごしていくつもりなら、お話にならない。嫌悪感から罪を償うつもりすらないのなら、ぶん殴ってでも更生する。償うつもりがあるのなら、嫌悪感を晴らせるように力になる。沖波の気持ちを、今の気持ちを口にして欲しかった。
「私は……」
「何度でも言うよ。私はアンタに罪があるなんて思っちゃいない。あれはやらされたことだ。それでも割り切れないって気持ちも理解してる。じゃあそれをどうしたい」
初めて沖波が言葉に詰まった。そこに私は捲し立てる。
「先に私の思いを伝えるよ。逃げるな。私と向き合え。嫌悪感とか知ったことか。罪が償いたいのなら、アンタから積極的に来い」
沖波が震え出した。また相反する感情に振り回されている。
罪悪感に苛まれている本来の沖波は、償うために私と向き合いたいのだろう。嫌悪感を抱いている『空』は、一刻も早く私から離れたいのだろう。その正反対の思考が、沖波を錯乱させる。
自分の力で勝ってほしかった。それを乗り越えたら、沖波は太陽の姫に勝利したと言えるはずだ。沖波自身の力で振り払ってほしい。
それはどんな小さな力でもいい。少しだけでも前向きな意思を見せてくれれば、私はそれを全力でサポートする。それが親友というものだ。
「私は……私は逃げたくない」
ボソリと、沖波が自分の意思を示す。
「逃げたくないに決まってるでしょ! ひーちゃんのこと嫌いなままでいたくない! でも、でも、こうしてる間も、ひーちゃんが嫌で嫌で仕方ないんだ! 自分でももうよくわからない! なんなのこの気持ち!?」
やっと、沖波としての言葉が聞けた気がする。私の前では見せなかった本心を、ついに私の前でも見せるようになった。
「私だってこんなの嫌だ! ひーちゃんと前の関係に戻りたい! でも、それも嫌になってる! 一緒にいたいし一緒にいたくない! 頭がおかしくなりそう!」
これが私の知らない沖波の錯乱。本来の思考と植え付けられた思考がぶつかり合い、沖波を苦しめている。私が本来の思考を刺激したから、嫌悪感に塗り潰されているところに本来の思考が引き出されている。
このまま行ったら壊れてしまうかもしれない。それはダメだ。沖波は沖波として元に戻ってもらわなくてはいけない。私も実感している心のヒビが、このままでは拡がっていく一方だ。
だから、ここで私が処置をする。心に影響を与えるかはわからないが、やらない理由がない。
「なら、私がアンタの魂に手を差し伸べる。耐えてよね!」
沖波の思いがまだ前を向いているうちに、治療を始めることにした。錯乱する沖波を押さえ付け、かなり強引だが胸元に指を入れる。その瞬間、ビクンと身体が大きく跳ねた。
「っああっ!?」
「声を上げるのは構わないから、受け入れて!」
沖波の魂に触れる。そこは、今まで視てきた澱みとは段違いの
私はやはり対となる者だからある程度の耐性があったのだ。何となく理解した。最初のマイナス同期値も、対となる者としての抵抗だ。塗り潰されたわけではないと、同期値からして表現されていたのだ。
「絶対に救うから!」
そこに分霊を施し、淀みを中和していく。改二改装とも深海棲艦化とも違う叫びが沖波から発せられるが、正直聞いている余裕などない。魂から削り取るように、洗浄するように、真っ黒な心を浄化していく。
元の綺麗な魂に戻るかはわからない。それでもやらなくては、沖波は救われない。だから、私は私で思いを込めて、ただひたすらに分霊を続ける、
「っはぁああっ!?」
一際大きな声が上がる。そのときには、魂にこびり付いた澱みは中和されきっていた。本来の、世界に選ばれた沖波の、綺麗な綺麗な魂に戻っていた。
ほんの少しのシミすら許さない。黒ずんだ部分は削って分霊で埋めるかのように処置を施し、輝かんばかりに真っ白な魂となる。触れていて私も嬉しくなるような、沖波の綺麗な心を象徴するような形だった。
「……処置完了。沖波、お疲れ様」
指を引き抜く。今までで一番激しい分霊だったからか、沖波はもうフラフラだった。
「ひーちゃん……ごめん、ごめんね……私……」
「いいんだって。私は今生きてるんだから。一緒に生きていこう。ね?」
「……うん……」
まだ心はどうなっているかわからない。だが、最後に出た謝罪の言葉は、今までと心境が違うことを表していた。
分霊が精神的な部分に影響を与えていると思えた。ならきっと、沖波は立ち直れる。
沖波だって、世界に選ばれし者。