異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
激化する太陽の姫の巫女『雲』との戦闘の最中、その回避能力を完全に見切った菊月が分霊を受けてしまった。全方向からの砲撃を潜水で避けたと思ったら、いつの間にか菊月に近付いていたのだ。
幸いすぐに対応出来たため、菊月は分霊され切ってはいない。なっていたら装備している艤装がその場に剥がれ落ちているはずだ。それが無いのなら、まだ未遂で終わっている。以前の由良さんと同じ状態。
しかし、そのままにしていたら分霊は進んでしまうことも実証済みだ。由良さんの時は数日の猶予はあったが、菊月の場合はわからない。もう分霊完了ギリギリのところまで行っているというのなら、このままにしていたらそのまま深海棲艦化まであり得る。
「すぐに菊月を治療する!」
「お願いね。その間に、由良達が『雲』をどうにかしておくから」
分霊を中和出来るのは私、陽炎のみ。今は戦線離脱して、菊月の治療に専念する。『雲』自体は菊月がやられた瞬間にみんながどうにか引き剥がしてくれたので、安全に菊月に近寄れる。
仲間達は私が安全に治療出来るように周囲を囲ってくれた。それでも『雲』は当然目の前に現れることがあるので安心は出来ないのだが。
「菊月、大丈夫?」
「くそ……あんなに近付かれるだなんて思いも寄らなかった。古参が聞いて呆れる」
分霊で刺された胸を押さえながら、少し苦しそうな表情を浮かべている菊月。由良さんもそうだったが、高熱が出ているような感覚がしているらしい。魂に無理矢理何かを注がれ、穢されているのだ。そんな感覚を持ってしまっても仕方ないのかもしれない。
それに、分霊は気に入らないことに快楽を伴う。抵抗しないように、受け入れられるように、負の感情を取り払おうとしてくる。そのせいで菊月は今、身体が妙に昂揚させられているはずだ。
「すぐに治療する。我慢してて」
「すまない……」
菊月は異端児では無いため、分霊にはある程度時間がかかるはずだ。さっきは分霊中に引き剥がすまで、そこまで時間をかけていない。それこそ、私がやらかした時、夕立や磯波の分霊が完了した程度の時間。なら、まだ大丈夫だ。
ここは戦場のど真ん中。まだ戦闘中の危険地帯ど。だが、仲間達が私達を守ってくれる。落ち着いて治療に専念することにしよう。
「ふぅ……じゃあ、行くよ」
小さく深呼吸した後、指先を菊月の胸に突き入れ、魂に触れる。やはり酷い穢れだった。そして、量も凄まじいし、時間経過でジワジワと穢れが拡がっているのも感じ取れた。あと一歩遅かったら、菊月はあちら側にされていたかもしれないし、治療が遅れたら穢れで染まり切ってしまう。
ならば、すぐにこれを中和してやらなければならない。今、この場で。ここから鎮守府に戻る時間なんてない。
「っか……!?」
分霊を始めた途端に菊月の身体が跳ねる。私の分霊だってあちらの分霊と同じ。やってることは全く同じなのだ。快楽を与え、私の力が侵食していく。だが、今の菊月の魂には
周りに何も無いような海の真ん中で、すぐそこに敵がいる状況で、どうにか落ち着いて分霊を進める。菊月は声を抑えようとしてくれているが、嫌でも漏れているのはもう仕方ない。ビクンビクンと震えているのも、艤装の力を使って押さえつける。
慎重にやらなければ注ぎすぎてしまう。そうなったら今度は私自身の力が菊月を壊してしまいかねない。それだけは絶対にダメだ。だから、こんな環境でも慎重に慎重に進めていく。時間がかかるが、それはもう諦めた。
「耐えて。大丈夫だから。必ず救うから」
「たの、む……んくぅっ……!?」
夕立や磯波は抑えることすらしなかったが、菊月のこれはこれで嫌な背徳感があるものだ。一応この子同年代だし。
早く終わってくれと願いかけてそれもやめる。焦ってはいけない。それで注ぎすぎたら目も当てられない。どんな状況でも落ち着いて、落ち着いて。
私が菊月を治療している間に、みんなが『雲』を対処しようと動いてくれていた。特に菊月から引き剥がすために力を発揮した由良さんと萩風は、まだまだやる気満々である。
「残念、アノ子ガ分霊出来タラ、楽ニナッタンダケド」
「それは失策ね」
吐き捨てるように『雲』の言葉に返答する由良さん。由良さんのあんな表情を見たのは初めてだった。いつもやんわりと朗らかなイメージだったのが、今は『雲』のことを完全に冷え切った目で睨み付けていた。仲間なのに少し恐怖を感じてしまう程に。
菊月が離脱させられたことで、『雲』はまた以前の余裕を取り戻していた。自分の天敵がいる時には感情が揺れ動いていたようだが、再び冷静になってしまっている。海中に潜ったことで頭を冷やしたのかもしれない。
「マッタク、コンナニ抵抗サレルダナンテネ。ヤッパリ、貴女達ハ全員ココデ死ンデモライマショウカ」
分霊をしようとしたツケとして、由良さんの魚雷の爆風と、萩風の主砲による殴打と砲撃を喰らう羽目になっているのだ。もう分霊をしようとも思わないだろう。
萩風の一撃で引き剥がされるほど吹っ飛ばされていたものの、砲撃では傷を負っていなかった。腕の装甲に傷が付いていたので、咄嗟に止めたようである。アレも艤装の内だというのなら、腕はそう簡単には傷付かないということに。
「アノ子ガ退場シテクレタオカゲデ、私ハマタ全力ヲ出セル。モウ当タラナイ。ココデ全員、始末シテアゲル」
宣言通り、即座に姿がブレる。回避術の応用である高速移動。その狙いは私や菊月ではなく、現状たった1人の手負いである五月雨だった。
脇腹を掠めた程度の軽傷ではあるが、血が流れるくらいの傷でもあるため、まず先に叩き潰そうと判断したようだ。抵抗が一番甘いとでも思ったのだろうか。動けない私達を狙うと見せかけたその行動は、確かに虚を衝かれる。
「マズハ貴女。気ニ入ラナイト言ッタワヨネ」
先程と同じように、接近した瞬間に砲撃の姿勢。回避させる暇など与えない即殺の姿勢は変わらず、むしろ菊月が戦場からいなくなったことで、より顕著に殺意を沸き立たせていた。
だが、それは
「それはもう一度見せたでしょう!」
砲撃に重ね合わせるように、五月雨も回避しつつ砲撃。回避方向に合わせられることすらも考慮に入れて、砲撃は主砲に対して放たれていた。今までの戦況から、艤装や武装に撃ったところで、おそらく傷一つ付かない。だが、その衝撃で攻撃の向きを変えることくらいは出来る。
「ダメヨ。貴女ハココデ死ヌノ」
しかし、その場でまた『雲』の姿がブレた。緊急回避の連続使用でも一切負荷がかかっていないのは、艤装にそれをやらせているからか、深海棲艦のフィジカルが強すぎるからか。
次に現れた時はもう五月雨の真横。そして砲撃の準備も完了。この状態では五月雨は回避出来ない。
だが、当然五月雨は経験則で動く。目の前で回避して真横に立つというのは、『雲』対策の訓練で私が見せておいた。なら、もう戦闘経験として五月雨の中に蓄積されている。
故に、そちらを見るまでも無く、主砲を即座に両サイドに向けていた。どちらに来るかまでは予測出来なかったにしても、この状況から横に来ることは予測済み。
「誰も死なないから!」
さらに砲撃が重なる。『雲』の砲撃は辛うじて回避出来ているが、五月雨にはさらなるダメージに。対して五月雨の砲撃は当たる前にまた『雲』の姿がブレたことで空を切った。
そして、次に現れた時には私の側。五月雨を経由して、本命の私達を狙いに来た。私は太陽の姫の天敵であるため確実に始末したいだろうし、菊月は『雲』の天敵なのだから早いところ終わらせたいだろう。
「来ると思ってましたよ!」
それを遮るのは萩風である。私を護るという信念の中、人生を破壊した張本人に対しての怒りと憎しみに塗れながらも、艦娘としての使命を全うするために『雲』の眼前に立つ。
「姉さんは私が護ります!」
「ッフフ、姉サンネ。アレダケ執着シテイタンダモノ、ソウナッチャウノカシラネ」
主砲を振り回し、『雲』を追い返すかのように砲撃をばら撒く。それでも私や菊月には害が無いようにしてくれているのは流石。
「デモネ、裏切リ者ニハ容赦シナイワ」
「なら2人がかりです!」
そこにさらに沖波が追加。萩風がどれだけ無差別に撃ったとしても、沖波には当たらない。ならば、隣に立つことだって余裕で出来る。2人がかりで『雲』の逃げ道を潰していくことで、いくら酷すぎる回避性能だとしても追い付かなく出来るはずだ。
「貴女モ裏切リ者ネ、『空』」
「私は沖波! ひーちゃんに助けてもらったんだから、もうそんな名前は捨てた!」
萩風の砲撃からの逃げ道。塞ぐような砲撃。しかし、『雲』の回避性能は逃げ道を塞いだところで何も変わらなかった。擦り抜けにより姿が霧散した瞬間に、素知らぬ顔でそこに立っている。何なのだあの回避方法は。
「っあ、陽炎……奴の回避は……
分霊による中和を受けて絶え間ない快楽に苛まれながらも、菊月は近くにいる者にしか聞こえないくらいの声で『雲』の回避のタネを教えてくれた。下とは、つまり自分より下、海中に行くということ。
私の脱力回避は、あくまでも海上で全てが行われる。力を完全に抜き切って、艤装の思うがままに動くような状態にした瞬間、その時に最善な経路を瞬時に計算し、無意識下でその場所を選択して回避する技だ。『蜃気楼』も同じ原理。ここに行くと決めたところに高速移動する。
しかし『雲』はその移動経路に
「奴の艤装……腰掛けているアレが……っく、僅かにだが……
確かに『雲』の腰掛けている雲のようなクッションには顔がある。目や鼻は無いが、二チャッと笑っているように口角を上げた牙だらけの口が付いている。それが下を向いた瞬間に、奴はあの回避性能を発揮するようだ。
菊月はその瞬間を狙って艤装に砲撃を撃ち込み、回避をキャンセルさせていたわけだ。私の脱力回避をキャンセルさせるために膝を撃ち抜いたように。
海中を経由するとなると、私がアクィラさんに止められた時のように水柱で視界を塞ぐとかはおそらく効かない。あの艤装を破壊しない限り、あの回避を止める手立ては無いと見て間違いないだろう。
「この菊月……無念だがここではもう戦えない……んぅっ、だが……受け継いでくれる者は、いるだろう……」
治療が完了したとしても、菊月は十全の力で戦うのは厳しそうだ。鎮守府でゆっくり治療するわけではなく、この緊張感が支配する戦場での治療なのだ。ストレスが半端なく、ただでさえ疲れている現状がさらに悪化している。
「オシャベリ? 随分ト余裕ナノネ!」
萩風と沖波の猛攻を軽く回避しながらも、再び姿がブレた瞬間、真反対の場所から姿を現した。直線的な動きは私の『蜃気楼』と同じだが、海中経由での直進のせいで完全な擦り抜けになっていた。砲弾どころか、
こんなの深海棲艦でしか出来ない技だ。私達は海中に潜ることなんて出来ないのだから、そもそもそういうことが出来るという考えに至らない。
「貴女達ガ死ネバ、モウ怖イモノナンテ無イノヨ! ダカラ、大人シク散ッテチョウダイ!」
「させない!」
まだ仲間はいる。そこに立ち塞がるのは衣笠さん。狙いが私と菊月であることがわかっているのだから、盾になることだって出来るし、砲撃の射線もある程度の予測は出来る。前者は危険すぎるので後者で。
だが、もう何度目かわからない擦り抜け。砲撃ではなく直接接近してきた。気付けば衣笠さんの真横。
「モウ分霊モシテヤラナイ」
その爪が、衣笠さんの横っ腹に突き刺さっていた。分霊目的では無いため、鋭利な刃物で腹を貫かれたようなもの。深々では無いものの、五月雨の受けた傷よりは確実に深い。
「いぎっ!?」
「ソノママ死ンデチョウダイ……!?」
しかし、それが運の尽き。衣笠さんは腹に突き刺さった腕をしっかりと掴み、もう逃がさないと捕らえた。
「砲撃だったら、こうも行かなかったんだよね!」
そして、手に持つ主砲で顔面を思い切り殴り付けた。掴まれているのだから回避も碌に出来ず、その攻撃をモロに受けることになった。
「コノ、放セ……!」
顔面を殴られた怒りで衣笠さんを蹴り飛ばして強引に引き剥がすが、隙は確実に出来る。回避に至るまでの思考が動く前に、衣笠さんが身体を張って作ってくれたこのタイミングを狙って、由良さんと磯波が砲撃を放っていた。
避けられないと判断した『雲』は、自らを回転させて背中の入道雲で弾き飛ばす。新たに得たあの艤装の部分はそこまで強固なものなのか。見た目はあんななのに。
「ありがとう菊月ちゃん。『雲』の回避のタネ、由良達にも聞こえたよ」
「確かに言ってる通りでした……なら、もう回避させません」
「菊月ちゃんの力、由良達が受け継ぐ。だから、ゆっくり治療を受けて」
タネさえわかってしまえば大丈夫と、由良さんと磯波が私達の前に立つ。顔面を殴られて少し余裕を失った『雲』を睨みつけ、ふぅと息を吐いた。
「終わりにします。私がもう回避させません」
戦いは佳境へ。菊月の意志を継ぎ、次は由良さんと磯波が『雲』の天敵になろうとしていた。