異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
戦いは佳境へ。太陽の姫の巫女『雲』の異常過ぎる回避性能の正体を菊月が明かしたことで、由良さんと磯波がその意志を継いで『雲』の天敵になろうとしていた。
私、陽炎は未だ分霊未遂を受けた菊月を治療中。戦場のど真ん中での分霊であり、慎重に執り行っているため、どうしても時間がかかってしまう。その分、菊月を長い時間苦しめることになってしまうのが申し訳ない。しかし、失敗したら菊月が壊れてしまうのだから我慢してもらうしかない。
「衣笠さん大丈夫!?」
「あんまり大丈夫じゃないかな……そこそこ深くやられた」
私達を守るために『雲』の前に立ち塞がってくれた衣笠さんは、その際に爪で脇腹を刺されてしまっている。内臓まで行っているかは定かではないが、五月雨以上に血が流れているため、応急処置が必要である。
だが、私は菊月から手を離せず、そもそも傷を治すような力は持っていない。分霊で巫女にしてしまえば傷が完治することは知っているが、その後のことを考えたら得策どころか失策だ。それこそ耐えてもらうしかない。
衣笠さんの傷を見たことで少し動揺してしまいそうになったが、菊月の治療はまだ終わっていない。気持ちを落ち着けて、慎重に。注ぎすぎたらそれで終わりだ。だがギリギリまでは持って行かなくては。
多少は粗めに終わらせて、鎮守府に戻ったら改めて綺麗さっぱりにするのもいいとは思うが、何が起きるかわからないのがこの力だ、なるべくならここで終わらせたいところ。
「ヤッテクレルワネ……」
顔面に主砲を叩き付けられた『雲』だが、殴られた場所を押さえているものの、そこすらも頑丈なのか血を流すようなことは無かった。
私達があんなものを喰らったら何かしら表に見えるくらいの怪我を負っている。少なくとも鞭打ち状態になるか、鼻の骨が折れて鼻血を滴らせるのどちらかのはずだ。胸元とか抉れて中身が見えかけているような状態なのに、普通の硬さでは無い。身体や艤装が少し溶けている理由に繋がる何かだろうか。
しかし、明確なダメージを受けたことで奴の精神状態に揺さぶりをかけられたのは間違いない。回避特化の性能を持ち、今までの戦闘でも一度たりともダメージを受けてこなかった『雲』だからこそ、触れられるというだけでプライドが傷付くようなものなのだと思う、
「もう回避させません」
そこにさらに磯波が突きつける。いつもとは違って前向きに、自信満々に。由良さんと共に、静かに『雲』を見据えた。
「何ガ出来ルトイウノカシラ!」
回避させないという磯波の言葉を無視するかの如く、まずは砲撃を放ってきた。後ろに治療中の私と菊月がいることがわかっていて、盾にならざるを得ない状況を作り上げている。
衣笠さんは1人だったから、より確実に決めることが出来そうな爪による接近戦を仕掛けたが、由良さんと磯波が2人で立ち塞がったことで、纏めて蹴散らそうと主砲に頼ったようである。それが由良さん相手では無かったら正解だった。
「回避はとんでもないけど、砲撃自体は普通なんだよね。それ、前にも見てるから」
あくまでも冷静に、その砲撃に砲撃をぶつけて全て弾き飛ばした。太陽の姫相手にも繰り出した、致命傷を避けるために砲撃による砲撃逸らし。
あの時は威力が半端無かったため強引に逸らしてギリギリだったが、『雲』の砲撃はそれよりは威力が低かった。そのおかげで、全ての砲撃が私の『屈折』とは真逆の動きで逸れていく。致命傷は確実に回避し、爆風によるダメージも軽微。
「ここからは全部弾く。貴女の砲撃は今日で3回目だし、解析も出来てる。回避性能のせいで苦戦したけど、それももう無いから」
どれだけ撃っても全てを弾いていく。あの技だって、相当神経を集中させないと出来ないことだ。なのに、それを何度も何度も決めていく。
治療しながら見てもわかる。あの由良さん、確実に
「……ソウ、ナラコノ手デ」
このままの砲撃は効かないと判断したか、接近戦に移ろうとしたのが見て取れた。ここで近付かれたらまた誰かが傷付く。
しかし、磯波はもう回避させないとちゃんと忠告している。菊月からあの回避のタネも聞いているため、もう対応出来る。
「させないと言いましたよね」
おそらく高速潜航からの急接近をしようとしたのだと思う。しかし、姿がブレるまでもなく、磯波の放った砲撃が『雲』の腰掛ける雲型のクッションを撃ち抜いた。よって、移動はキャンセル。
磯波も菊月と同じことをやってのけたのだ。動体視力は菊月に及ばないにしても、異端児駆逐艦屈指の観察力と、徹底したサポートのための努力が、今ここに実を結んでいた。こと後衛としてのサポート能力は、他の追随を許さない。
高速移動からの接近戦は磯波が封じ、砲撃は由良さんが封じた。今まで私達を圧倒していたのは、あくまでもあの回避性能が根幹にあったからだ。
避けて避けて避けて、隙を見て攻撃する。消極的とも思えるが、自分は無傷でこちらを殲滅する方法となれば、その方が確実かもしれない。
「マタ……次ハ貴女ガ」
「そうですよ。菊月ちゃんの意志を継いで、今度は私が貴女を止め続けます。二度と回避はさせません」
淡々と話す磯波も、由良さんの感情が伝染したか、珍しく上から目線で『雲』を威圧する。ここにいる私の仲間が、もう勝利を確信しているような雰囲気を出し始めている。
そうされたら『雲』は気に入らないだろう。回避を潰され、攻撃も当たらず、そして雰囲気的に敗北濃厚となってきていたら、ただでさえ苛立ちが見えているのだから嫌でも怒りが沸いてくるはずだ。先程から揺さぶられ続けているのだから、その傾向はより顕著に。
「私ハマダ負ケテナイ」
ならばと、また『雲』を中心とした大きな水柱が立ち昇った。先程は8方向からの同時砲撃を避けるために同じことをし、潜水によりその全ての攻撃を回避してしまったが、今回は回避でも何でもなく、先んじて潜ってきた。
一度知られた手段は奥の手でも無いわけだし、使えるタイミングになったらバリバリ使っていくということだろう。コレに関しては回避方法もまだわかっていないし。
私達海上艦の艦娘では絶対に出来ない潜水による移動。浮上も音もなくやってくるので、いつも以上に警戒が必要になる。いや、警戒だけで済むのだろうか。先程は無警戒では無かったにしても、簡単に突破されて菊月がやられてしまった。
案の定、水柱を由良さんが撃ち抜いて消し飛ばしたところ、『雲』の姿はそこには無かった。海面を見ても、『雲』が何処にいるかなんてわかりやしなかった。見えないものが感じ取れるように、匂いが嗅ぎ取れたり出来ればいいのに。
「危ないのは磯波ちゃん。充分に警戒して」
「了解です」
先程もそうだったが、自分を敗北に近付ける者を最初に処理しようとするのが奴のやり方だ。だからいの一番に菊月を狙った。そのあとは倒しやすい者や手近な者を狙うが、最初は脅威を退ける。
それを理解しているからか、磯波は徐に魚雷を自分の真下に放った。無駄になるかもしれないが、こうしておけばいきなり近付かれる心配がある程度は抑えられるだろう。
「菊月、私達も警戒する。動けないから狙われるかもしれない」
「ぁ、ああ……」
倒しやすい者という括りなら私達も含まれるだろう。現状全く抵抗出来ないのは私達だけ。そのため、私も同じように治療しつつも真下に魚雷を放っておいた。こうしている間に狙われるのが一番まずい。衝撃で分霊が増えたり減ったりしたら厄介だ。
菊月に施している分霊ももう少しで終わる。魂の穢れは大分取り払われた。以前よりも頑固な汚れに思えたのは気のせいだと信じたい。本来よりは長い時間の分霊というのもあり、菊月自身が言っていた通り、これが完了しても菊月は戦闘に参加することは難しいだろう。それくらい消耗している。嬌声を我慢し続けているため、身体も力みっぱなし。
「……っ! そこっ!」
この緊張感溢れる海上、突然動き出したのは沖波だった。音もなく波紋も立てずに現れる『雲』の動きを予測して動いた先は、私の真横。魚雷を潜らせたのに、そんなことお構いなしに私を狙ってきた。
沖波の予測は見事に的中していた。これだけ近くにいてもやはり気付くことが出来なかった。あたかもそこに
ここは磯波からは真裏の位置。回避の瞬間を止められることも無いタイミングであるため、ここぞとばかりに『雲』は回避しつつ私を狙ってきた。
「隙ダラケヨ『陽炎』。貴女ハ絶対ニ始末シナクチャイケナイノ」
沖波の咄嗟の砲撃は擦り抜け。そして、奴の主砲は私と菊月に向けられていた。撃たれたら死ぬ。本当にまずい状態。私も咄嗟に主砲を『雲』に向けるが、これは間に合わないと悟った。ならせめて艤装で受けて、最低限のダメージに抑えるしかない。
即座に分霊をやめて、『蜃気楼』で回避すれば無傷で事が済むだろう。だが、ここには菊月もいる。私が回避したらまともに動くことの出来ない菊月にその砲撃が直撃することになるだろう。それだけはダメだ。まだ私が艤装で受ける方が、お互いの命は助かる。
だが、『雲』の思惑は外れることになる。
「
萩風の渾身の一撃を、『雲』は回避する事が出来なかった。もう殆ど駆逐水鬼の時と同じ動きで、『雲』の擦り抜けが終わる瞬間を狙って主砲による殴り付けをやってのけた。ある意味、沖波との連携が成功した。
この一撃を喰らったことで『雲』は私を撃つことも出来ず、体勢を崩して倒れ伏すことになった。何が起きたのかわからないという表情。砲撃ではなく近接戦闘のダメージを受けるというのは、回避に絶対の自信があった『雲』の心を折るには充分だったと思う。
「ナ、ナンデ……」
「姉さんの邪魔はさせません。こんな状況、私が狙われる可能性が薄いのなら、姉さんを守ることを優先します。だから、ずっと見てました」
急速潜航と急速浮上を目にも留まらぬ速さで繰り出す『雲』の回避の弱点は2つあったのだ。1つ目は菊月が看破した発動する瞬間の艤装の動き。そしてもう1つは、擦り抜けが終わった瞬間。潜航から浮上はタイムラグ無しで繰り出せるようだが、逆はすぐには無理であった。
その隙はあるかないかのタイミング。その瞬間が狙えたのは、萩風がずっと私の方を見ていたことにある。それでも狙って繰り出せるというのは無理があるとは思うが、この時は萩風の心がそれを引き出したのだと感じた。
萩風だけは、最初から私が狙われると確信していたかのような動きだった。違う、この時だけは萩風は私だけを見ていた。自分が狙われる可能性が極端に低いことを理解し、一番狙われるであろう磯波がまだピンピンしているところから見て、私だろうと。
いや、多分違う。萩風に残された私への執着心がそれをさせたのだと思う。さっきの言葉からしても、今だけは駆逐水鬼であった萩風が思った以上に表に出てしまっている。
「もう逃がさない。3回目の潜水もやらせない」
そこにすかさず由良さんが魚雷を放ち、クッションの艤装を粉々に粉砕した。砲撃によるダメージは与えられなくとも、その数倍の威力がある魚雷ならちゃんとしたダメージが入る。
あの艤装が無くても、『雲』が沈むことはない。しっかり足を海面に着けることで立ち上がっていた。だが、これでもう潜水による擦り抜けの可能性は無くなった。陸に上げたようなものだ。
「海上艦なんだから、ちゃんと海の上で戦いましょうね。ねっ?」
威圧まで含まれた由良さんの言葉に、『雲』が動揺したのを見逃さなかった。一番自信があるものを破壊されたことで、戦う手段の半分以上が奪われたも同然。
由良さんが言った通り、回避性能が異常なだけで砲撃は普通なため、最後の抵抗で砲撃を繰り出しても、それは全て由良さんが弾いてしまった。
「ソンナ……コンナコト、アリエナイ……!」
「あり得るでしょ。私だって沖波だって、アンタと同じくらいの力が使えるようになったのに負けてきたんだ。アンタが負けない道理は無いよ」
この時には、もう萩風が跳んでいた。最後の一撃を喰らわせるために、『雲』に接近していた。
「これで終わりです! これで……!」
そして、主砲による渾身の一撃とともに、ゼロ距離での砲撃を生身の部分、抉れて剥き出しになった胸に撃ち込んだ。
打撃のダメージと砲撃のダメージが同時に叩き込まれ、『雲』の命は潰えることになる。
「……終わったよ……兄さん」
萩風が最後にボソリと呟いたように聞こえたが、それは爆風と潮風に乗って流された。