異端児だらけの遊撃隊   作:緋寺

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今はただ休息を

 強行偵察任務は終了。太陽の姫は結局姿を見せなかったものの、その巫女である『雲』は撃破することが出来た。さらには、海上からの調査は難航したものの、潜水艦隊が謎の沈没船に接近することが出来たため、調査は大きく進んだと言える。

 事が済んだということで、絶え間なく現れ続けた深海棲艦を蹴散らし、出撃した部隊全員が撤退のために動き出す。海上で邪魔が入らないように耐え続けてくれた別働隊と支援艦隊は、私達が戻ってくることをアクィラさんから伝えられていたのだろう、撤退準備は万全だった。

 

Retreat(撤退)だな! 各艦、準備は出来ているか!」

「退路はこっちで作るから、本隊全員早く抜けて!」

 

 ネルソンさんと陸奥さんがこのタイミングでさらに激しい砲撃をぶちまけ、行きの時と同じように敵陣のど真ん中に大きな道を拓いてくれた。こちらも消耗しているが、それでも多少急げば通過出来るくらいの隙間にはなってくれている。

 

 こちらの重量部隊ですら、数人は怪我を負っていた。戦闘で蹴散らし続けていた戦艦4人は全員血を流しており、ネルソンタッチに参加するプリンツさんもかなり厳しそう。空母4人すら無傷と言えない状況。ずっと対空砲火をし続けていたアトランタさんも、空爆の余波を受ける程に傷ついていた。そして、暴れ回っていたであろう夕立の消耗は半端ではなく、木曾さんも軍刀を使ってまで戦っていた。

 話に聞いていた通り、戦艦の姫やレ級が複数体存在している海域で、私達の方に流れてこないように耐えていてくれたのだ。凄まじい激戦だったことは間違いない。とんでもない1人を相手するのと、危険な敵を大量に相手するの、どっちが辛いかと言われれば、どちらも辛いが回答になるか。

 

「全員抜けたわね。では、撤退でーす! Ritiro(撤退)!」

 

 全員が抜けたところをアクィラさんが確認したところで、全員に声をかけて一斉に撤退開始。空母による空爆で目眩しを仕掛けつつも近場の敵を殲滅し、その隙を見て一気に海域を離れた。

 戦闘海域から完全に離脱した後も常に空母の艦載機が後ろを警戒しているが、ある程度離れてしまえば追手も来ることは無かった。これで戦闘自体は終了と言える状態になった。

 ようやく息が吐ける状態になった途端、どっと疲れが押し寄せてくる。まだ鎮守府までは遠いというのに、一気に身体が重くなったような感覚。

 

「潜水艦の追手も無くなったよー」

 

 ここまで来たらもう安全と、潜水艦隊の4人も浮上してくる。敵潜水艦隊と激しい交戦をしていたことで、4人が4人多かれ少なかれ傷を負っていた。

 おそらく一番激しい戦いを繰り広げたのは、私達の見えないところで行なわれていた潜水艦同士の戦いだ。それをこの程度の傷で済んでいるだけマシだと思わなくてはいけない。

 

「近付けたのはイヨちゃんだけだけど……今回は任務を全う出来ました……」

「もうホントすんごいんだよ海の中は」

「すごく多かったです……無限に思えました……」

 

 全員が疲れた顔。海の上だろうが中だろうが、今回の戦いで疲労がピークなのは変わりない。こんな状況でもピンピンしているのは、強いて言うのなら対潜部隊の子供達くらい。スタミナが段違い過ぎる。

 

 結局、鎮守府に戻るまで全員がグダグダだった。その間も、余裕が比較的ある者は運ばれている元『雲』を眺めていた。『雲』を撃破出来たことを喜び、救出に成功出来たことをさらに喜ぶ。

 そういう意味では、今回の任務は大勝利と言えた。太陽の姫の姿を見ていないにしても、確実に前に進めているのだから問題無い。

 

 

 

 鎮守府に辿り着いたのは殆ど夕暮れ時。そこからがまた大変だった。当たり前だがドックが足りず、入渠待ちが発生する始末。1つの鎮守府にドック4つというのは少なく感じてしまう。ここまでの戦いが他の鎮守府で行われているかは知らないが。

 真っ先に入渠が必要なのは、深海棲艦から人間に戻る事が出来た元『雲』と、何とか戻ってくる事が出来た衣笠さん。残り2枠は、ずっと戦い続けて消耗している夕立と陸奥さんが優先されることになった。残りは順次入渠することになり、それまでは応急処置で耐えてもらう。

 

「凄まじいな。これほどの戦闘はなかなか見ない」

「だねぇ。アタシは正直こんなの初めてだよ」

 

 戻ってきた艦娘達の応急処置を手伝いながら、呉内司令が呟いた。大将という役職を持つくらいに経験のある呉内司令がここまで言うのだから、今回の戦いは屈指の激戦だったのだろう。空城司令もこの大惨事には溜息が漏れている。

 

「傷が小さい奴はまず風呂に行きな! 薬湯を用意してある!」

 

 私はそちら側に属するため、そのままお風呂へ。疲れだけが大きい萩風や菊月もこちら側。怪我人はお風呂も後回しにして、入渠をひたすら待つ羽目になっている。

 

 おそらく全員が回復するのは明日以降になるだろう。それまでは艦隊運営も休止。全員が休息ということで、朝も規定の時間は設けられないとのこと。目覚まし時計すらかけずにグッスリ眠れとのお達しである。

 呉内司令の予定として、明日に一度自分の鎮守府に戻ることになっているが、一応全員の回復は見届けていくらしい。入渠待ちのメンツの中には、呉内司令の艦娘も含まれている。最低限、自分の部下が回復したところは見ていきたいだろう。

 

「ぬぁぁ……薬湯がキくなぁ……」

「ひーちゃんも頑張ったもんね」

「それを言うなら一番頑張ったのは萩風だよ」

「私は最後だけですから……菊月さんがいなかったら勝てませんでした」

 

 強行偵察本隊の面々でお風呂に浸かる。話題はどうしても今日の戦いのことになる。

 今回のMVPは、『雲』の弱点をその場で看破した菊月を措いて他にいない。菊月があそこで『雲』が海中を使った回避をしていることと、艤装が一瞬下を向くことを教えてくれなかったら、あの時にまだ翻弄され続けていただろう。最悪、誰かがやられていたかもしれない。

 

「この菊月の『心眼』が役に立ったようで何よりだ。だが、奴が分霊では無く爪で貫こうとしていたら、菊月はあの場で散っていただろう。生き残れたのは、奴の慢心もある」

 

 それは確かにそうかもしれない。菊月をあえて引き込もうとしたから、結果的に弱点を知られることになった。どの行動が正しいかなんて瞬時に判断することは難しいし、今話しているのもたらればである。

 菊月への分霊が終わる前に、3人がかりで引き剥がせたから良かっただけ。少しでも遅れていたら、動体視力トップの菊月が敵に回り、勝ちが一気に遠退くところだった。そういう意味では、あの時の『雲』の選択もあながち間違っていなかったのかもしれない。

 

 私だったら……分霊を選んでいたかもしれない。菊月が脅威であることはわかっていたし、味方に引き込みたい能力だ。

 

「だが、生きているのだから良しとしよう。気にしていても先には進めぬ。今回の経験を糧にし、我が『心眼』をより高めていきたい」

「充分だと思うけどなぁ」

「まだまだだ。全てを見透かす程で無ければ、真なる心眼とは言えぬ」

 

 言いながらもクスリと笑みを浮かべた。今回は自分の成長が実感出来たことで大満足だったと見て取れる。それでもまだ成長の余地を残し、さらに先を見ているのだから、菊月はただの厨二気質だけではない。

 

「……『雲』は人間に戻りましたが……後遺症は残ってるんですよねおそらく」

 

 萩風がボソリと呟いた。トドメを刺した後も複雑な表情を浮かべていたが、今この時でも少し心配しているようだった。

 仇討ちが達成されたことで『雲』に対しての感情はある程度払拭されたため、人間に戻った元『雲』に対しては同情の気持ちが強くなっているようだ。

 

「太陽の姫からダイレクトの分霊だからね……しかも10年近く巫女をやり続けてきたわけだし」

「相当重いよね……私がほんの少しの間だったのに心に後遺症を待たせられたし」

 

 少し忌々しそうに沖波が言う。時間にして1時間もなっていなかったのだが、嫌悪感を残されるという地獄を味わっているのだから、沖波としても元『雲』には同情の気持ちは持っていそう。

 私は例外中の例外のおかげで後遺症は残っていないが、分霊を受けた者は例外なく後遺症を残した。今でこそ普通に暮らしている沖波や萩風だって、重い後遺症に悩まされた。萩風はもう受け入れてしまっているため、後遺症とも言えないかもしれないが。

 

「我々は全てを理解しているのだから、素直に受け入れてやればいいだろう。『雲』には恨みがあっても、元『雲』の彼女を恨む理由は一切無い。菊月は仲良くしたいと思っているぞ」

「私もその口かな。今まで見てきてるし、自分も同じ立場になってるから、仲良くなれるならなりたいよ」

 

 こうなったらもう仲間として受け入れたい。その苦しみも理解しているのだから、気持ちもわかってあげられる。年月の違いはあれど、立場は同じだ。他者を陥れる気持ちも知っている私なら、より話を聞いてあげられる。

 問題はどんな後遺症が残るかだ。長門さんと同じ忠誠心だった場合は酷いことになり得る。それこそ蓄積されてきたものが多すぎるため、人間に戻れた今でも、頭の中は深海棲艦そのままの可能性はある。

 

「姉さん、分霊の治療をしてあげた方がいいんじゃないですか?」

「あー……そうだね。今は入渠中だけど、終わったらすぐにやってあげた方がいいよね」

 

 そう考えれば、入渠を後回しにして先に分霊による治療をする方が良かったかもしれない。死の淵を乗り越えて人間として戻ってきたのだから、通例通りすぐに入渠させたわけだが、起きた後のことをあまり考えていなかったのはまずかったか。

 これに関しては、お風呂から出たら空城司令に進言しておこう。今までの傾向からして、あの子の入渠完了は明日の朝くらいになると思われる。それまでには話をしておいた方が良さそうだ。

 

 

 

 そこからは次々と休息が続く。大分消耗していたが、夕立の入渠は大分早く終わったようで、夕食後くらいには戻ってきた。その頃には私達も全てを終え、明日に備えて眠る直前というくらいだった。入渠時間はおおよそ5時間ほど。

 

「ゲロ様癒してー!」

「おふっ」

 

 部屋に入ってくるなり私に飛び込んでくる夕立。癒しの匂いを求めて顔面を私の胸にグリグリと押し付けてきた。こうやってみると人懐っこい大型犬である。その衝撃で肺の空気が持っていかれそうになったが。

 

「はいはい、夕立もよく頑張ったね」

「頑張ったっぽい。レ級も戦艦の姫もむっちゃんさんや親分と一緒にぶっ殺したっぽい!」

 

 言い方が物騒。私達が『雲』と激戦を繰り広げている間、夕立はあの場所で暴れ回っていたのだ。あの激戦区の中で駆逐艦は夕立1人だけ。その腕を買われて選ばれたわけだが、想定以上の働きを見せたのだと思う。

 それだけ頑張ったのだから、労ってあげるべきだ。クンカクンカと匂いを嗅いでくる夕立の頭を撫でてやる。

 

「まだまだ工廠はフル稼働っぽい。夕立が終わった後は親分が入渠してたし」

「ホント大惨事だったね……えっぐい戦いだった」

 

 まだまだ入渠待ちはいるようで、司令2人としーちゃんは徹夜作業になりそうとのこと。そういう意味では、明日は全員がお休みの日になるのではなかろうか。調査結果の報告とかもまだ終わっていないのだが、身体を壊しては意味が無いし。

 

「そっちはどうだったっぽい? 『雲』を倒したのは知ってるけど」

 

 事の経緯を知らない夕立のために、『雲』との戦いのことを掻い摘んで説明してあげる。菊月の弱点看破のことや、萩風がトドメを刺したことまで端的に話すと、夕立は目を爛々とさせて萩風を見た。

 

「ハギィ、超強くなったっぽいね。じゃあまた演習しようね!」

「お、お手柔らかに……」

 

 夕立にターゲットにされてしまっては、萩風もタジタジである。これは逃げられなさそう。

 

「そういえば……気になることがあったの」

 

 そんな中、磯波が小さく挙手をして発言。

 

「萩風ちゃん……最後に『私の姉さん』って言ってたよね」

 

 その言葉を聞き、ビクンと震えた後に硬直する萩風。私もそれはちょっと気になった。ニュアンスはあまり考えないようにしていたが、その発言だけはちょっと駆逐水鬼を思い出させるそれだった。

 駆逐水鬼も頻繁に『私の陽炎』と言っていた。戦い方を駆逐水鬼に寄せたことで、あの瞬間だけは心の中にまで駆逐水鬼が戻ってきたのかと心配になる。元々執着心は残ったままなので、そうなる可能性はいくらでもあるというのも怖い。

 

「あ、あれは勢い余っただけで、その、他意は無いです。無いですけど……でも、やっぱり姉さんがやられそうになったから、いつも以上の力は出たような気はするわけで……」

「気持ち、わかるよ、うん。私もひーちゃんがやられそうになったからすぐに反応出来たし」

 

 沖波が共感している。これ、盛大なカミングアウトなのではなかろうか。

 

「私は姉さんを守るために頑張ってきましたから、あそこで守ることが出来たのはとても嬉しいです」

「うん、ありがとね萩風。沖波もだよ。2人のおかげで私は死なずに済んだんだからさ」

 

 夕立をちょっと退かして、2人を抱きしめた。途端に萩風は大きく震えたが、まぁそこは知ったことで無い。沖波も少しうっとりしたような表情を見せた気がしたが、そこは気にしないことにした。

 

 

 

 戦いは一旦ここで終わり。今は充分に休息し、明日に備えよう。戦いでは無いところで忙しくなりそうだ。

 




戦艦勢の入渠時間を考えると、気が遠くなりそう。
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