異端児だらけの遊撃隊   作:緋寺

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長年の蓄積

 強行偵察を終えた翌日。まだ入渠待ちが残っている状態であり、鎮守府としてはまともな運営が出来ない状況にあった。艦娘の治療もそうだが、艤装の整備が大変なことになっている。大量の敵を処理し続けていた別働隊と支援艦隊が特に酷く、全てが終わるまでには数日はかかるとのこと。

 とはいえ、生身の方は艤装よりも先に治せるため、そこは随時進めていく。それは今日いっぱいで終わるだろう。怪我が酷い順に進められているため、現状支援艦隊の方々がそろそろ終わるんじゃないかというくらい。情報を拾ってきた潜水艦隊も怪我はしているものの、入渠は大分後の方になるとのこと。情報共有はもう少し後になるそうだ。

 

 そして、一番の問題がそろそろ出てくる。それが、元『雲』の子の入渠完了である。

 

「陽炎、少しいいかい」

 

 朝食後、私、陽炎は空城司令に声をかけられた。後ろにしーちゃんがいることもあり、いろいろと察した。

 正直、ここでついに来たと感じ取ってしまった。このタイミングで呼ばれるとしたら、もう元『雲』のことしか考えられない。時間も時間だし。

 

「勘付いてるとは思うが」

「『雲』のこと、だよね」

 

 無言で首を縦に振られる。おそらくもうそろそろ入渠が終わるんだと思う。入渠による治療がどのように進んでいるかはわからないが、何がどうあっても、起きた直後に私が側にいた方がいいことはわかっていること。

 昨日、萩風に言われた通り、お風呂の後に分霊による治療の話はしている。入渠が終わったらすぐに分霊による治療をすることは、昨日のうちから決まっていた。そこで呼ばれたのだから、もう私の出番が近い。

 

「身体はもう治る。入渠待ちがいる状況だし、すぐに出てもらう必要があるからね。分霊はドックの外でやってもらうことになるがいいかい」

「その方が都合がいいよね。出来ることなら医務室がいい。あとは、ある程度人はいると思う」

「その辺りは大丈夫だ。諜報部隊が3人ともいるし、何より今回は呉内も参加だ。念のため男手があるのは頼れるだろう。それに、長門もまた手伝ってくれる」

 

 ここでも長門さんが率先して手伝ってくれるとのこと。沖波の時と同じように、境遇が近しいからどうしても気になるらしい。

『雲』は長門さんの人生を壊した張本人でもあるのだが、その辺りは割り切っているとのこと。『雲』に対しては恨みもあっただろうが、今は『雲』ではないのだと本人が言っていたそうだ。

 

「あとは検査のために速吸だね。予定ではこれで終わりだが……」

「私も、参加させてください」

 

 萩風が前に出てくる。私達の話を聞いている間に、いろいろと考えつつも決心したようである。

 萩風にとっても『雲』は因縁の相手。その行く末を、自分の目に焼き付けたいと。長門さんと同じように『雲』と同一視はしないように心がけているとも話してくれた。自分もそうなのだから、あちらもそう見ないと失礼とも。

 

「わかった。萩風は自分から来るんじゃないかと思っていたよ。じゃあ陽炎、早速頼めるかい」

「了解。これは私にしか出来ないことだからね」

 

 事態を進展させるためにも、これは必要な仕事だ。元『雲』をちゃんと人間へと戻すために、私は出来る限りのことをする。それが私、太陽の姫の対となる者の使命だと思うから。

 

「そうだ、やっぱりだけど、『雲』は名前が無いんだよね」

「ああ。今までの連中と同じように、戸籍すら無い()()()()()()だ。だから、運ばれてきた艤装のタイプから、仮の名前を持ってもらう」

 

 萩風や長門さんのように、これから進み出すための新たな名前を付けてもらう。今までの通例通り、艤装からそれを拝借することに。

 

「なんて呼べばいいのかな」

「あの子は今後、村雨と名乗ってもらう。艤装としては、夕立や五月雨の姉ってことになる」

 

 元『雲』、改めて、村雨。名前も得たことで、新しい人生を受け入れてくれればいいのだが。

 

 

 

 工廠。未だにフル稼働中のドックの内の1つの前には、村雨の治療のために人が集まっていた。入渠後はどうしても全裸になってしまうため、唯一の男性である呉内司令は少し離れたところで待機中。空城司令が気にするなとは言うものの、むしろこういう場だからこそ気にすると離れた。紳士的な態度である。

 結果、ここで突然暴れるようなことがあったらまず長門さんが止める。それでも難しいなら、相手がどうであれ呉内司令が動いてくれるとのこと。

 

「入渠完了。ドックを開ける」

 

 緊張感が溢れる中、村雨が入っている入渠ドックが開かれた。閉じている間は常に眠っている状態なのだが、開くことで目を覚ます段階に入る。身体自体は傷一つなく、本来なら体力も回復しているため、動こうと思えばすぐに動くことが出来る。

 

 ドックが開いたことで村雨は目覚めた。薄く目を開き、こちらに視線を向けた。

 やはり『雲』の面影を色濃く残している村雨。体型は違うものの、同じ格好は簡単に出来そうなくらいである。萩風も長門さんもそうだった。もしかしたら、深海棲艦でいた期間が長ければ長いほど肉体にもいろいろ影響が出てくるのかもしれない。

 

「気分はどうだい」

 

 最初に声をかけたのは空城司令。同時にしーちゃんが検査着を渡す。服を渡されたことで初めて自分が全裸であることに気付いたようだ。

 だが、そんなことはどうでもいい。村雨はまだ一言も発していないが、()()()()()()を持っていることがありありと感じ取れた。いつもなら錯乱とか、酷く落ち込んだりとか、人間なのに悪虐非道の限りを尽くしたことについて後悔する表情を見せるが、村雨にはそれが無い。

 

「……最悪」

 

 後遺症と考えてもいいだろう。長年の深海棲艦としての生活もあるが、太陽の姫から直々に分霊を受けた巫女なのだから、後遺症も計り知れない。

 あの目、私達を睨みつけるような目は、本当に短時間だったのに私に対しての嫌悪感が残ってしまった沖波の目と同じだった。10年間の蓄積により、人間に戻れたとしても思考回路は殆ど深海棲艦と同じものに変質してしまっているとしか思えなかった。

 

「今は着替えて外に出てくれるかい。入渠待ちがまだいるんでね」

「……」

 

 周囲に敵意を振りまきながらも、全裸は流石にと思ったか、そこは言うことを聞いて検査着に腕を通す。そういうところは人間としての感性が戻ってきているのか。もしくは深海棲艦の時からそういうことは気にするタイプなのか。

 本人にとっては、ここにいるのは捕虜にされているという感覚なのかもしれない。私達に敗北し鎮守府に連れてこられているというような。そうだとしたら、周りに嫌悪感を振り撒くのも無理はない。

 

「いろいろと検査をしたいが、構わないね?」

「断ると言っても、無理矢理するんでしょう。私に拒否権は無いのよね」

 

 もう敵意を隠してすらいなかった。寝起きでうまく頭が働かない状態でもこちらを睨みつけるくらいしてくるというのに、ハッキリしたらコレである。

 口調も刺々しく、こちらを突き放そうとするような態度。嫌味すら出てきているのだから、空気からして私はお前達が嫌いだと言っているようなもの。

 

「ああ、拒否されても困るね。ここから移動する。ついてきな」

「……」

「医務室に移動するよ。呉内、アンタも来てくれ」

「ああ」

 

 舌打ちこそしなかったが、明らかに嫌々ついていく。手はかからなかったが、この態度の者相手に分霊をしなくてはいけないのかと思うと、少しだけ気が滅入った。

 だが、もしかしたら分霊することでこの悪態も治るかもしれない。蓄積された魂の穢れが思考回路に影響を与えている可能性もあるのだし。

 沖波は分霊による治療もあって、今や私への嫌悪感は克服している。黒ずんだ魂を少し削り取るようなこともしているものの、巫女の穢れは明らかに質が違うものであることは、触れているからこそ理解している。

 

 だが、工廠から医務室に続く廊下に差し掛かったところで事件は起きる。

 

 工廠にいるときよりは狭い通路に入るため、医務室に向かう行列が詰まったところで、村雨が最も手近にいたしーちゃんをチラリと見た瞬間、その腕を掴んだかと思ったらそのまま引き寄せ首に腕を回した。

 

「ちょっ!?」

「動かないで。この子の首をへし折るわよ」

 

 艤装を装備しているわけではないので、一瞬で骨を折るようなことは無いが、完全に首が絞まっているため、そのままにしていてもしーちゃんが危険であることは間違いない。

 そもそもしーちゃんはこの中でも唯一のただの人間だ。日常の中で鍛えているわけでもない。事務職の人間に、人間に戻ったものの少し前まで深海棲艦として戦っていた者の拘束を抜ける術は無かった。

 

「……何のつもりだい」

「わかってるでしょ。私の身体は確かに人間に戻ったけど、()()()()()()()()()()()()。貴女達は私の敵だし、私には主様しかいないのよ。なら、あの場所に帰らなくちゃいけない」

 

 だから、しーちゃんを人質にして、自分をあの海域まで帰せと言うのか。やってることが強盗か何かと同じじゃないか。そういうのに限って、事が済んだら人質は殺すタイプ。命を天秤にかけさせた結果、自分にとっての利益を最大限に取るタイプの卑劣な手段。

 長年深海棲艦をやらされていたことで、倫理観も崩壊してしまっている。これではもう村雨自身が言う通り、()()()()()()()()()()()()とすら思えてしまうくらいだ。

 

「主様のお役に立たなくちゃいけないの。だから、最低限のことはやらせてもらう。せっかく鎮守府に拉致されたんだし、ここを滅茶苦茶に出来れば、主様はきっと喜ぶわ。『陽炎』が死んでくれれば尚いいわね」

 

 この期に及んでまだ私の命を狙うというのか。太陽の姫の天敵と言える私の存在を消すことが最優先事項であることはわかるが、こうまでしてまで任務を全うしようとするなんて。

 だが、ここでしーちゃんが死のうものなら、まず確実に村雨もやられるだろう。因果応報、命を奪えば命が奪われる。こうなってしまったら、自分の命も省みていない。一度死んだのだから、その辺りの考え方も狂ってしまっているのかもしれない。

 

「この子の命が惜しければ、私の艤装を持ってきなさい」

「持ってきたところでどうするんだい。まさか、海に戻ろうと言うのかい?」

「戻るけど、その前に『陽炎』を殺すわ」

 

 つまり、しーちゃんか私のどちらかを選べということだ。どちらを選んだところで、片方は死ぬ。そして、片方が死んだ瞬間、村雨もおそらく殺される。

 

「アタシらがしーを切る可能性は考えないのかい。しーを殺したら真っ先にアンタを殺すよ」

「出来ないでしょう? 貴女達は私のような巫女ですら救おうとしているんだもの。全ての命を救おうと考えてるはず。どちらを切っても後悔するじゃない。それに、この子を殺しても貴女達は私を殺すことはしないわね。お優しいもの。だから、私は貴女達の心にダメージを与える」

 

 よくもまぁここまで啖呵が切れるものである。だが、村雨の言っていることは嫌だが納得させられた。全員救うために頑張ってきたのに、私達自身に犠牲者を選択させるという行為自体が、心を折ることに充分だった。

 そうなってしまえば、もうガタガタだと思う。太陽の姫に勝つための力と情報を手に入れたとしても、心がそこに伴わない。十全の力を発揮することなんてまず出来なくなるだろう。村雨はそこを狙って決死の策に出てきた。

 

「そこの陸の人は一歩も動かないでもらえるかしら。そういう素振りを見せた時点で、この子の首を折る。陸上では勝てないんだものね」

 

 先んじて神州丸さんを封じてきた。一度やられた経験もしっかり覚えている。歯痒そうに拳を握りしめて、事の顛末を見せつけられる立場に置かれる羽目に。

 

「まったく……太陽の姫ってのは、余程精神が歪んじまってるらしい。それとも、アンタだけが最初から歪んでるのかどっちなんだい」

「主様は()()()()()()()()()()()()なんだもの。私からしてみれば、そちらの方が余程歪んでるわ。マッチポンプって言うんだっけ? 自分で作った敵を自分達で討伐だなんて、馬鹿馬鹿しいと思わないかしら」

 

 どういう意味でそう話しているかはまだわからないが、やはり何処かの誰かのせいで太陽の姫は生まれることになったようだ。そこにあの沈没船。何者かの怨念の塊とでも考えるのが妥当か。

 

「ほら、早く艤装を持ってきて。それとも、この子を切り捨てると決めたのかしら」

「アンタにくれてやる艤装は無いね」

「じゃあ貴女達はこの子を見殺しにすることを選択したのね。じゃあお望み通り」

 

 本当にしーちゃんを殺そうと、村雨が首を絞める腕に力を込めようとしたその時、

 

「それは良くないなお嬢さん」

 

 呉内司令が真っ直ぐ村雨に向かう。まるでしーちゃんのことなど考えないような振る舞いに、逆に村雨が目を見開いて驚いた。

 

「ちょ、貴方、私が今からやろうとしていることがわからないの!?」

「わかっているさ。だがな、人間の首をへし折るなんて一瞬では出来ん。特にお前さんは深海棲艦のままならともかく、華奢なガキだ」

 

 当然だがしーちゃんだって抵抗している。お互いの力が拮抗しているかどうかはさておき、窒息までにだって時間はかかるし、不意打ちでもないなら首を折るのも簡単にはいかない。

 

「そんなガキのワガママに付き合っていられるほど、俺達は暇じゃないんだ。さっさと放せ」

 

 村雨の腕を掴んだと思いきや、まるでプレゼントのリボンを解くかのように軽々と腕を引き剥がした。村雨だって全力でしーちゃんの首を折りに行こうとしていたはずだ。なのに、それ以上の力を簡単に発揮してその拘束を解いてしまった。

 これは男手とかそういう話ではない。呉内司令の膂力が凄まじいとしか思えない。

 

「っいっ!?」

「別にこのままお前さんの腕をへし折ってやっても構わないんだが、ようやっと人間に戻れたのにそれは酷ってもんだろう。ちょいと眠っててもらうぜ」

 

 しーちゃんがそこから離れてすぐに引き寄せたかと思うと、首筋を叩いてそのまま気絶させた。一瞬で意識を刈り取る手腕まで持ち合わせている。

 

「悪いね呉内。こういう事態はある程度想定していたが」

「構わねぇよ。これでアンタに貸しが作れたのは俺としちゃ万々歳だ」

「高くついちまったねぇ」

 

 呆気にとられてしまった。展開が早すぎる。

 

 

 

 とにかく、元『雲』である村雨は目を覚ましたものの、頭の中は深海棲艦のままであることは判明した。まだ私達に危害を加えようという気持ちも持ち合わせているところまで。

 これを治療するのは至難の技かもしれないが、やれることはやっていかなくてはいけない。

 




人間の皮を被った深海棲艦、村雨。後遺症はあまりにも酷く、本当に治療出来るのかも不明。
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