異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
村雨の治療を進めた私、陽炎だったが、穢れを中和しきっても魂が真っ黒に染められてしまっていることに気付き、一時中断することにした。
これを元に戻そうとした場合、今まで以上に分霊を注がなくてはならなくなる。そうしたら、村雨の心は元に戻るどころか、さらにおかしな方向に行ってしまいかねない。そうならないかもしれないが、万が一のことを考えると試すことも出来ないでいた。
「村雨の部屋は用意してある。今はそこで眠っていてもらうしかないね。当然監視はつけるよ」
目を覚ました直後に暴れ回ったら流石にまずい。それこそ、窓から外に飛び出すようなことだってあり得る。そうでなくても、何をするかわからない者を1人で放置はしていられない。
いつ目を覚ますかはわからないため、今からの時間をずっと監視に割り振る必要がある。幸い、現状は鎮守府そのものが休息状態。全員がフリーといえばフリーなので、誰がそこを担当しても問題ない、
しかしながら、突然暴れ出した時に制圧出来る人の方がいいだろう。そういう意味では、実際に暴れた沖波を押さえ込んだ夕立などが適任か。あとは話しやすい相手とか。そういう意味でも、同じ駆逐艦が側にいた方がいいだろう。
「陽炎、アンタがやるかい」
「いいよ。同じ境遇だし、治療の結果は先に知っておきたいし。あとは押さえ付けられる子を一緒に置いてくれれば嬉しい」
「夕立をつける。というか、異端児駆逐艦で面倒を見てもらえるかい。精神的な部分を刺激しちまうかもしれないが、気持ちがわかるのもアンタ達だ」
村雨と比べてしまうととても小さなものではあるが、私達も同じように深海棲艦にされ、人類の敵としての自分を持ってしまっている。特に私と沖波は、村雨と同じ太陽の姫の巫女。よりわかってあげられると思う。
とはいえ長年の蓄積がどれほどのものかは私達にもわからない。この年月で一体どれだけの悪行をやらされてきたのか。少なくとも萩風と長門さんの街を滅ぼしたのは紛れもなく『雲』だ。私達と大きく違うのは、
「治療はしてるけど、私が一番心を揺さぶるかもしれないけど」
「状況判断を頼む。適している者の選定をしてほしい」
「了解。私で大丈夫そうなら、そのまま面倒見てみる」
村雨も異端児駆逐艦。ならば、私達が気にかけるのも問題無いだろう。6人目の異端児駆逐艦として、私達の仲間に加わってもらえるかどうかは、私達で判断する。
午前中は全て村雨に使うことになった。どうせ今は訓練も哨戒も出来ない状態なので、時間は有り余っているようなもの。強いて言うなら、艤装を使わずにやれることくらい。海防艦の子供達が相変わらず遊び回っているのと、身体が鈍らないようにと陸奥さん達戦艦組が筋トレをしているくらい。あとは各々好きに休暇を楽しんでいる。
私達は村雨の部屋に
「村雨、だっけ。夕立のお姉ちゃんになるっぽい?」
「艤装的にはそうなるらしいよ」
「ふぅん、でもお姉ちゃんって感じじゃないっぽいね。あ、でも実際は夕立よりも年上だから、そういうことになるのかも」
萩風と同じ理論で言えば、村雨は深海棲艦でいた間は成長が止まっていたわけで、見た目よりも年齢は行っている計算になる。見た目は私達と同じくらいだし、おそらく15歳前後。なら、実年齢で言えば確実にお姉さんである。
とはいえ、萩風もそうだが年齢的なものは深海棲艦化する前で統一する。戸籍もそのように辻褄を合わせるとのこと。
村雨の眠るベッドの横には、私と夕立が陣取った。もし何かがあったときに一番動ける人材ということで選出されている。残った3人はサポートということで、いろいろと雑務をしてくれている。
そもそも部屋に入れる人数がギリギリであるため、1人2人は部屋の外で別事をこなすという感じに。基本的には私と夕立がどうにかするイメージ。今は萩風が部屋の中である。
「……萩風、やっぱり村雨に思うところある?」
「無いと言えば嘘になりますが……でも、村雨さんも被害者ですから。姉さんと一部始終見ていましたが、怒りや憎しみよりも、
村雨を見る目にどうしても複雑な感情が乗ってしまうのが萩風である。割り切ることは出来ないのは仕方ない。せめて反省してくれれば、多少は報われると思う。
さっきまでの村雨は頭の中が『雲』のままであり、おそらく街を滅ぼしたことに対しても何の感情も無かっただろう。むしろ、太陽の姫に貢献する働きなのだから、滅んで当然くらいに思っているかもしれない。
穢れを取る治療により、その辺りの感情が変わっていてくれれば。だがそうすると、罪悪感に押し潰されてしまう可能性も。
「……私の復讐は、『雲』を倒した時点で終わっています。村雨さんは『雲』じゃありません」
「すごいね萩風。ちゃんと割り切ろうとしてる」
「全然割り切れていないですよ。でも、割り切らないと私がここにいていい理由も自分で否定してしまうようなものですから。だから、割り切るんです。辛いですけど」
萩風と駆逐水鬼は別物と切り離しているのが私達の考えだ。だから、萩風も同じように村雨と『雲』を分けて考えている。人生の全てを破壊した相手に対して、そうやって考えなくてはいないのは、きっと苦痛が伴うだろう。それなら、私が慰めてあげた方がいいか。
「ん……」
そうこうしている内に、村雨が目を覚ます前兆。少しだけ身悶えてから、小さく息を漏らした。思ったよりは早かったか。
「ちょっと緊張してきた。あの時のままの可能性があるし」
「何かあったら夕立がゲロ様守るっぽい」
心強いものである。夕立なら力尽くで取り押さえてくれることだろう。
「んん……ここは……」
薄らと目を開いた村雨が周囲を見回すように首を振る。呉内司令に眠らされた場所とまるで違う場所であり、寝起きであることも相まって、記憶が混乱しているようにも見えた。
穢れが取り除かれたことで、明確な殺意は薄れていると思われる。だが、根本的な原因が取り払えたわけではない。あの時の記憶だって残っているだろうし、感情も全てが消えたわけではないだろう。
「……『陽炎』……っ」
私と目が合った瞬間、顔を背けた。先程は即座に敵意を露わにして悪態までついたが、今回は違う。背ける直前に、明らかに表情が歪んだのが見えた。あらゆる負の感情が混ざり合ったような表情だった。
治療は少しだけ成功と言えるか。見た感じ、心が完全に『雲』のままということは無さそうだ。もしそうだったとしたら、この態度ではない。それこそ入渠が終わった時の反応をここでも見せていただろう。嫌悪感や殺意以外の感情は顔に出さないはずだ。
「私を、助けたわけ……?」
「そりゃそうでしょ。人間に戻れたんだから。分霊で治療もしておいたよ」
苦虫を噛み潰したような表情で俯く。
「まだ私達に敵対心とかある?」
「……あるわよ。『陽炎』は主様のために殺さなくちゃいけないんだもの」
太陽の姫への忠誠心はしっかりと残ったまま。前と違うのは、目を合わせてその意思を伝えようとしないところか。それが間違った感情であると理解は出来ているのではないだろうか。
一時期の沖波と同じ状況かもしれない。私を見ると嫌悪感が爆発してしまうが、それは間違っているとわかっているから、私が見えなくなると正気に戻って後悔するみたいな。
村雨の場合は、ここにいるという状況そのものが嫌悪や敵意を沸き立たせている。だから、どんな状態でもあらゆる負の感情が付いて回ってくるわけだ。
「なんなのよコレ……。『陽炎』は殺さないとダメなの。でも、そんなことしちゃいけないって、誰かに言われてるみたいな感覚がする。頭が痛い……っ」
次第に混乱し始め、頭を押さえて顔を伏せる。歯を食いしばり、どんどん息が荒くなってきた。痛みを堪えるように震え、ギリッと歯軋りまで聞こえてきた。
矛盾する感情が頭の中でせめぎ合って、ついには物理的な痛みへと発展してしまっていた。人間としての村雨と、『雲』としての村雨が、頭の中でぶつかり合っていた。
治療した結果がこれを引き起こしてしまったというのなら、治療してはいけなかったのだろうか。
いや、それは無い。少なくともあのままにしていたら、誰も救われない。苦痛を味わわせるために治療したわけじゃない。村雨を正しく人間に戻ってもらうために治療したのだ。なのに、こんな事態になってしまうなんて。
「ちょっと、大丈夫?」
「大丈夫じゃないわよ!」
落ち着かせられるかはわからないが、私が少しだけ近付こうとしたところを、先んじて手を振るって動きを止められた。その時、明らかに私を睨み付けていた。
今の苦しみを生み出しているのはお前だと突き付けられるかのようだった。お前さえいなければこんなことにはならなかったと、目で訴えられるようだった。
「っ……うぅ……痛い、痛い……頭がおかしくなる……っ」
全て、あの真っ黒に染められた魂のせいなのだろう。深海棲艦に染まってしまった魂と、治療により少しだけ戻ってきた人間としての心が、思考をグチャグチャにしてしまっているのだ。
「なんで、なんでよ、なんで私がこんなに苦しまなくちゃいけないわけ!? 貴女の、『陽炎』のせいなんでしょ! 私は『雲』のまま死んでれば良かったのに、私をこんな形に戻すから!」
正直、何も言い返せなかった。治療と称して穢れを中和した結果がこれなら、今村雨が受けている苦痛の原因は私にあるのかもしれない。
少なくとも治療する前にはこんなことはなっていない。人の皮を被った深海棲艦だったのだから、あらゆる悪意を持っていたところで平然と出来ていた。しかし、今は違う。人の心を思い出してしまったことにより、苦痛を感じている。
「なんで治療なんてしたわけ? 私が人間だからあるべきものに戻そうってこと? 余計なお世話よ! 誰がそんなこと頼んだ!? そのせいで私はこんなに苦しんでるのに、貴女何様なの!?」
「っ……」
「後悔なんてしたくないのに、貴女のせいでこんな気持ち持たされて、いい迷惑なの! なんで殺さないのよ! 死んだらそれで終わりにしなさいよ! こんなに苦しいなら死んだ方がマシよ!」
今の発言はダメだった。だが、先に動いたのは私ではなかった。
「ふざけないで!」
私の前に立ち塞がり、村雨の胸倉を掴んだのは萩風だった。涙目で村雨を睨みつけた後、全力で引っ叩いた。
「っ……貴女は……」
「せっかく人間に戻ることが出来たのに、死んだ方がマシ? ふざけたこと言わないで!」
もう1発。今度は胸倉から手が放れたせいで、ベッドに叩き付けられるように倒れた。
「私や長門さんだって、貴女に分霊されたせいで人生が滅茶苦茶にされてるのに、みんなのおかげでここまで立ち直れた! 新しい人生を歩いていく自信も出てきた! でも、それを引き起こした張本人が苦しいから死にたい!? 私はそんなこと絶対に許さない!」
「萩風やめな!」
ベッドに乗り掛かり、馬乗りになろうとしたのを私が羽交い締めにして離れさせる。そのままにしていたら、村雨をボコボコにするまで止まらないだろう。萩風のそんなところ、私が見たくなかった。
本来考えていたことと逆になってしまった。村雨が暴れるかもしれないから夕立に待機してもらっていたのに、萩風が暴れ出して私が取り押さえる羽目に。夕立はこの修羅場を前に動けずにいたくらいである。
「私が許そうとしてるのに、貴女だって被害者なんだって割り切ろうとしているのに、貴女がそんなんじゃ、みんなが……兄さんが浮かばれない! 反省もせずに、苦しいからただ死にたいとか、みんなが許しても私が絶対に許さないから!」
さっき萩風自身が割り切れていないと話していたが、今の村雨の言動でそこが爆発してしまっていた。人生を壊した本人が、巻き込まれたもののことを考えずに死にたいだなんて言い出したら、さすがにキレて然るべきかもしれない。
私ももしかしたらそうかもしれない。太陽の姫が私の前で死にたいとか言い出したらどういう感情を持つだろうか。同じようにブチギレる可能性を否定できない。
「萩風、一度部屋を出よう。夕立、お願いできる?」
「ぽい。何かしそうになったらぶん殴ってでも止める」
「そうして。ほら、萩風行くよ」
これだけしても、萩風は村雨のことをずっと睨みつけていた。村雨は目も合わせず、引っ叩かれた頬を撫でているのみ。
萩風の割り切ろうとする努力は簡単に打ち砕かれ、最悪な確執からスタートすることになってしまった。これで村雨が変われるかどうかはまだわからず。
ずっと苦しみから逃れるために死を望むというのなら、本格的に何か考えなくてはいけない。
深海思考が少し薄れたせいで、余計に苦しむことになった村雨。それを見て感情を逆撫された萩風。この2人が仲良くなれる日が来るのだろうか。