異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
分霊による治療の結果、人間の思考と深海棲艦の思考の板挟みになってしまい、余計苦しむことになった村雨。死んだ方がマシとまで言う程にまで精神状態が悪化してしまい、さらにはその言葉を聞いて怒り狂ってしまった萩風と大きな確執を持つことになってしまった。
そのままだと萩風が無抵抗な村雨をさらに痛めつけてしまいかねなかったため、私、陽炎が無理矢理部屋の外へと引きずり出す。村雨には夕立が付いていてくれるので安心しているが、萩風には誰かがついていてあげなくてはいけない。
村雨の部屋から少し離れて、私の部屋に連れ込んだ。ここでならある程度声を上げても村雨に聞こえることはないだろうし、私と2人でいれば多少落ち着けるだろう。頭に血が上っている状態ではまともに話なんて出来ない。
「萩風、落ち着いて」
すぐに落ち着かせることが出来るのは何かと考えたところ、一番手っ取り早いのは抱きしめることと判断。今にも泣き出しそうな顔の萩風を抱きしめ、今はこれで我慢してもらう。萩風もD型異端児であるため、私に残ってしまった魂の匂いは感じ取れるのだから、これで落ち着いてくれれば御の字。
一度大きく震えた後、少しずつ落ち着きを取り戻していった。鼻を啜るような音と、しゃくり上げて震える感覚。萩風自身も村雨にあんなことを言いたいわけでは無かったのだと思う。
「私は……私は間違ったことを言ったのでしょうか……。せっかく元に戻れたのに、助かったのに……死にたいとか……」
これは本当に難しい問題なのだと思う。私には答えが出せない。
萩風の言い分だってわかる。自分の家族を殺し、人生を壊した張本人に、反省の色が見えないと感じたのだろう。その罪から逃げるような発言がよりによって死にたいという自暴自棄のような言葉なら尚更である。
しかし、街を滅ぼした根本的な原因は太陽の姫だ。『雲』はその命令に従ったに過ぎない。だからといって『雲』が悪くないとは言えないが、村雨は意思をねじ曲げられてやらされたという考えも出来る。
「ごめん萩風。私はアンタが正しいとか間違ってるとか言えない。多分、お互いに正しい部分もあるし正しくない部分もあるんだと思う。村雨の言い分も、間違ってないところはあるから」
私が治療しなければ苦しまなくて済んだというのは間違っていないだろう。中途半端の治療になってしまったからこそ、異常なストレスが溜まって頭痛に悩まされる羽目になっているのだから。それこそ死にたくなるほどの苦痛になってしまっているかもしれない。
しかし、治療せずにそのままにしていれば私達はまた害を被る可能性がある。あの時はしーちゃんが無事だったからまだ良かったものの、次はもっと悪どいことをしてくる可能性だってあった。村雨の苦痛と引き換えに、鎮守府が滅びる可能性すらあったのだ。
「私が村雨をちゃんと治療していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。あの真っ黒な魂に分霊していれば……」
「姉さんに罪はありません。絶対に。それだけは無いです」
より強い分霊を施すということは、村雨を私の巫女に変えてしまうことに他ならない。いや、実際どうなるかはわからないのだが、どうにかなってしまった後では遅いのだ。だから私は躊躇した。
だが、そのせいで村雨は慢性的な頭痛に悩まされてしまっているというのなら、覚悟を決めなくてはならない。当たり前だが、私は村雨を私のモノにしたいわけではない。純粋に救いたいだけだ。その力を私しか持っていないのだから、私が覚悟を決めてやるしかない。
「あのままだと村雨は物理的に苦しみ続ける。精神的なストレスだけならどうにか支えてあげられるけど、頭痛にまでなるとどうにも出来ないよ。薬で抑えられるものかもわからない。なら私が」
「でも、姉さんがそれをどうにか出来るかもわからないんですよね。リスクが高過ぎます。姉さんが村雨さんのことまで背負う必要は無いです」
確執のせいか、萩風の口調は少し刺々しい。あの一件で、萩風の中では村雨は敵というほどでは無いにしろ、嫌いという位置付けになってしまっている気がする。
仲良くしろとは口が裂けても言えない。ただ、村雨が何とかなったなら、その仲違いを少し抑えてもらいたい。せめて太陽の姫を倒すまではいざこざを起こさない方向で。
「……一度様子を見よう。司令にこのことは伝えないといけないし」
「わかりました……」
今は誰も答えが出せない。何が正しいのかわからない。なので、やれることをやっておこうと思う。
まずは最低限、村雨が目を覚ましたことを空城司令に伝えておかなくてはいけない。あとは席を外していた沖波と磯波に、私達の代わりに村雨の部屋に行ってほしいということも伝えておかなくては。
空城司令は呉内司令と執務室にいた。今後の方針の打ち合わせ中だったようだが、私達が来たということでそれを中断して話を聞いてくれるとのこと。呉内司令も村雨の動向は知っておきたいらしい。
「今は夕立がついてくれてる。あと、ここに来る前に沖波と磯波にも声をかけておいた。3人いるから、いざという時は大丈夫だと思う」
「そうかい。それなら多少は長話が出来るわけだ」
ということで、今起きたことをありのままに話す。浮かない表情の萩風からいろいろ察していたようだが、私が詳細を伝えたことで、より空気が重くなっていった。
「後遺症が酷くなってると考えればいいんだね」
「私としてはそう思う。治療する前は頭痛なんて言わなかったし」
人間に戻れたのに頭の中が深海棲艦のままというのは最悪な後遺症だとは思うが、その時に物理的な痛みは伴っていない。それに、死にたいなんて言葉は以ての外だ。それが治療の成果だとしたら、悪化と考えてもいい。
「あんなに魂が真っ黒だから、今も太陽の姫への忠誠心が消えていないんだと思う。でも穢れを中和したことで、人間としての感情も少し戻ってきてて、そのせいで2つのストレスが溜まって頭痛になってるんじゃないかな」
「あり得るね。それだったとしたら、その頭痛は治らないだろう。村雨自身が開き直れるならまだしも、生きている限り一生付き纏うストレスだからね」
記憶と感情、
罪悪感を消すことはまず無理。私達異端児駆逐艦が今でも持っている感情なのだから、これこそ一生付き纏うもの。だが、忠誠心は消せるはずだ。長門さんだって、まだ全てを捨てることは出来ていないが、鎮守府の仲間として活動してくれているのだから。
しかし、忠誠心が消えるまでの時間がかかりすぎる。その間はずっと頭痛を感じ続けるとなると、忠誠心が消える前に気が狂ってしまいそうだった。まず眠れるかもわからない。最悪、村雨のためにドックを使うなんてことすらあり得る。
「魂が浄化出来れば……村雨を元のM型異端児に戻すことが出来れば、忠誠心は薄れるはず。沖波がそうだったんだから」
M型異端児とまでは言わない。あの黒ずみが無くなればいいのだ。忠誠心が薄れてさえくれれば、あの板挟み状態から少しは脱却出来る。
魂の黒ずみを削って分霊で修復したことで、沖波に巣食っていた私への嫌悪感は薄まった。村雨にもそれは有効なはずだ。村雨の魂には削るところが無いというのが一番の問題なのだが。
「で、それをするためには追加の分霊ってことになるのかい」
「うん。魂に直接分霊して、中から浄化する。それで全部良くなるかはわからないけど、影響だけは与えられると思う」
実際、分霊を追加でやるとしたら、村雨の魂に直接指を突き入れて、内側から一気に染め上げるなんてことをすることになる。黒が白に戻るかはわからないが、オセロのようにひっくり返すことが出来れば、村雨は確実に元に戻るだろう。
罪悪感だけなら私達が慰められる。同じ苦痛を知る者同士、仲良くだって出来るはず。とにかく、無理矢理植え付けられた忠誠心さえ取り払えれば、村雨の体調は良くなるはずだ。
「それが簡単に出来りゃ苦労はしないね」
「うん……村雨を壊しかねないから、迂闊に動けない」
ただ浄化するだけならそれこそ躊躇なくあの場でやっていた。だが、この力は太陽の姫と同じ相手を侵食する力であり、その理性を全て私のモノにしてしまいかねない諸刃の剣。
「俺にゃ何を躊躇うのかわからねぇ。村雨を救うためなら、躊躇なく分霊だろ」
呉内司令がとんでもないことを言い出した。全部聞いているのなら、分霊がどれほど危険なものかわかっているはずだ。しかし、それだけ理解していて、呉内司令の見解は私とは真逆のものだった。
「深海日棲姫と対となるなら、お前さんの分霊ってのは縛り付ける力じゃなく
「……どういうこと?」
「俺の勝手な解釈だけどな。奴の分霊ってのは、他人を自分のモノにする支配の力だ。魂を穢し、染め上げ、悪意を植え付けるいわば『呪い』だろ。だがお前さんは村雨を呪いたいのか? 縛り付けたいのか? 支配したいのか?」
そんなわけがない。私は、村雨を救いたいだけだ。私のモノにしたいわけではない。1人の人間として、この呪縛から解き放たれてほしい。ただそれだけ。
「私は村雨を救いたいだけだよ」
「なら、お前さんの力は
そもそも、支配の力と対になるように
言われてみればそうかもしれない。分霊という同じ力だからこそ、私の力は太陽の姫と同じことが出来てしまうと思い込んでいた。実際、相手の魂に触れ、私の力を注ぎ込むという感覚は、巫女にされたときの分霊と寸分違わない行為だった。相手に快楽を与えてしまうというところも同じ。
だが、実際は対となる力なのだから、同じように働くことは無い。魂を穢すわけでもなく、支配なんて以ての外の、ただただ癒したいという気持ちの下で行われる行為だ。穢れで侵食するのではなく、清さで包み込むイメージ。なんか自分で考えていて恥ずかしい表現。
「やれると思ったらやれるんだよ。それが選ばれし者ってヤツなんじゃないのか」
「……そうかもしれない。怖がってたら進めないかも」
私なら救える。そういう自信を持つことで、それを実現させる。私が手に入れた力は、そういうものなのかもしれない。
「リスクが大き過ぎます。万が一があったら……姉さんが押し潰されてしまいます」
当然不安だってある。だから萩風がここまで食い下がってくるのだ。私の分霊のせいで村雨が私に跪くようなことがあったら、人生が二度壊れるようなことがあったら、私だって立ち直れるかわからない。
磯波と夕立に分霊を施したことは今でも覚えている。あの時は私も太陽の姫に支配されていたため、上から下まで悪意しかない分霊だった。同じ感覚で分霊を施すのだから、今回もそうなってしまうのではないかという不安がどうしてもついて回ってくる。
「陽炎、アタシの見解としてはだ。呉内の言うことに一理あると思う。他人の意見に流されるようで申し訳ないが、上官としては、処置を施すことを指示したい」
今の話を聞いて、空城司令も分霊を施す方へと舵を切ろうとしていた。村雨がこれ以上苦しむ姿は見たくない。ただでさえ長い年月呪縛に囚われていたのだから、もう解放されるべきだ。そう考えて。
正直、長々と考えている時間はない。今でも村雨は板挟みの感情により頭痛に悩まされている。その痛みは私達にはわからないが、相当苦しそうに見えた。ずっと鈍器で殴り続けられているような、そんな苦しみが延々と続く。
そんなの、誰だっておかしくなる。常に痛みがある生活だなんて考えたくもない。
「私も処置をしたい。もうあんな苦しみ方をしているのは見たくない」
私が自信を持って施せば、全てが丸く収まる可能性が高いのだ。なら、やらない理由は無いはず。リスクはあるが、それを恐れていては先に進めない。
「姉さん……」
「萩風、わかって。あの状態を無くせば、村雨だってアンタとまともに話が出来ると思う。死にたいなんて言わなくなるだろうし、アンタの家族にしたことにも向き合えるはずなんだ」
物凄く調子の良いことを言っているのは理解している。割り切れとも納得しろとも言えない。萩風は家族を失い、それが戻ってくることも無いのだから。だが、まともな状態で話だけはしてもらいたいのだ。
「……わかりました。姉さんを縛り付けたせいで失敗したら、私も嫌な気分になるので」
「無理言ってごめんね。でも、私を信じて」
村雨に追加の分霊を施す方針で固まりつつある。それが村雨にとって良い方向に向かうかは、まだわからない。だが、やるべきことだ。
村雨、二度目の分霊へ。果たしてどうなるか。