異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
村雨の魂に対して、二度目の分霊を施す方針で固まりつつある。それがうまくいけば、人間の思考と深海棲艦の思考の板挟みにされている現状を打破出来るはずだ。
真っ黒に染まった魂を浄化し、太陽の姫への忠誠心が取り払われる、もしくは薄れさせれば、精神的なストレスは確実に小さくなり、頭痛の解決に繋がる。今のままでは、ストレスで村雨が壊れてしまうだろう。その解決策に繋がるというのなら、これはやるべきこと。
私、陽炎はその処置をすることにずっと抵抗があった。この処置に失敗した場合、むしろ成功したとしても、村雨自身をまた壊してしまう可能性があったからだ。それは本当に救われているとは言えないだろう。結局私が束縛しているのだから。
だが、呉内司令から、太陽の姫の対となる力ということは、侵食して束縛する力なのではなく、解放する力なのではないかと指摘を受けたことで、分霊を施す決意に繋がった。
「陽炎、悪いな。俺達ゃ焚き付けるだけ焚き付けて、処置をするのは全部任せなくちゃならねぇ」
「いいよ。呉内司令のおかげで、私も決心ついたから」
村雨の部屋に向かう途中、呉内司令に謝られる。周りがどれだけ言っても処置をするのは私だ。それについて申し訳なく思ったとのこと。
私がやろうと決意出来たのは、他ならぬ呉内司令のおかげだ。ずっと躊躇っていたが、私が太陽の姫とは違うということを気付かせてくれたのは嬉しいこと。
「これで村雨に何かあったら、俺を恨んでくれて構わねぇ」
「アタシも流されてるからね。同罪だよ」
そう言いながらも、私の失敗を一切恐れていない2人の司令。憶測なんて言いながらも確証があっての発言な呉内司令と、流されてると言いつつも近しい答えに辿り着いていたような空城司令である。
その期待はプレッシャーとなって私を襲うのだが、村雨を救いたいという気持ちは今まで以上に高まっている。これを成功させて、萩風との確執も少しは解消してもらいたいものだ。
「絶対成功させるから」
改めて決意し、私は陸の戦場へと赴く。
みんなで村雨の部屋の前に来たところ、その扉の前には夕立が立っていた。部屋の中で村雨の側にいてくれるという話だったはずだが、これは何かしらの理由がありそう。
「村雨、たった今寝たばっかりなの。オキとソナーがこっち来た後すぐに、即効性の薬持ってきてもらったっぽい」
「速吸に頼んだのかい」
「ぽい。頭が痛いってずっと言ってたし」
私達が部屋を離れてからそんなに時間は経っていないため、本当に即効性のある薬なのだろう。もう殆ど麻酔の類なのでは。だが、それくらいでないと、村雨は頭痛で眠ることすら出来なかったかもしれない。速吸さんの機転に感謝。
私達が戻ってくるのを外で待っていてくれた夕立だが、身体の至るところに生傷が見えた。暴れ狂う村雨を無理矢理押さえつけてくれたのだろう。少し疲れた顔をしている程だった。沖波とは勝手が違ったか、夕立でも動きを止めるのにはかなり苦労した模様。体型は確かに村雨の方が育っているが、夕立がそこまで手こずるとは思わなかった。
「速吸が処方した薬なら、グッスリ眠れるだろうね。頭痛は精神的なモノが起因のようだし、痛みで眠りを妨げられるようなことは無いはずだよ」
「でも、心配だからオキとソナーが横についてくれてるっぽい。夕立もしばらくは側にいるよ。一応おねーちゃんらしいし」
艤装姉妹という繋がりもあるからか、夕立は村雨のことを結構気にかけている。相変わらず割り切り方が普通ではない。
「治療も今のタイミングしか無いだろう。陽炎、準備はいいかい」
「大丈夫。ここで終わらせるよ。私が村雨を救うんだ」
眠っているというのなら何も心配いらない。だが、なんの物音で目を覚ましてしまうかわからないので、なるべく音を立てず静かに部屋の中に入った。呉内司令は部屋の外で待つとのこと。
今回は魂に直接指を突き刺して分霊を注入するような処置だ。おそらく魂の穢れを中和する処置の時よりも、村雨はあられもないことになってしまう。唯一の男性としては、ここにはいづらいとのこと。部屋の外で誰も来ないように見張っておいてくれるそうなので、集中して処置が出来る。
部屋の中では、速吸さんがベッドの側に座り、投薬の事後処理をしていた。村雨は頭痛から解き放たれたかのように安らかに眠っている。
「ここにある一番強い薬を使わせてもらいました。ストレスで眠れなくなる子も寝られるくらいのものなので、即効性も高いです」
「すまないね速吸」
速吸さんも怪我までは無いものの服がクシャクシャになっていたところから見て、村雨は睡眠薬の投薬の最中も痛みで暴れたのだろう。夕立はそれをジッとさせるために生傷を負う羽目になったのかもしれない。
「ただ、あくまでも睡眠導入剤なので、村雨ちゃんの場合はすぐに目を覚ましてしまうかもしれません」
「アンタから見てもそうなのかい」
「はい。激しい頭痛に苛まれるほどの錯乱ですから、普通のストレスではありません。この薬を使ったとしても悪夢か何かで嫌でも目を覚ますことになるかと。そうしたらまた頭痛が始まるでしょうね」
短時間なら眠ることが出来るかもしれないが、すぐに悪夢から目を覚ます羽目になり、そうしたら抑えられていた頭痛が再発して眠れなくなるという悪循環になると速吸さんは話す。
それがどれだけのスパンで行なわれるかもわからない。小一時間程で終わってしまうかもしれないし、ちゃんとグッスリ数時間行けるかもしれない。とにかく、分霊のタイミングは今しか無いと言える。
「今しか無いか」
前回に引き続き、村雨が眠っている状態での治療になる。村雨の意思を聞くことがなく処置を施すことがいいことなのかはわからない。あの時、村雨に余計なお世話だと言われてしまったことを思い出す。今からやることも、余計なことになってしまうのだろう。
村雨が目を覚ましていて、今から魂に分霊すると言ったら、まず間違いなくやめろと言ってくるだろう。しかし、そこでやめたら村雨は苦しみ続ける。
私は決意してここに来たのだ。エゴかもしれないが、村雨を苦痛から解放するためにも、躊躇っていてはいけない。
「ひーちゃん……分霊で穢れは中和したんじゃないの?」
「今度は魂そのものに注ぎ込んで、真っ黒な魂を綺麗にする」
「えっ、そ、それって、村雨ちゃんを
話の全容を知っているのは私も含めて僅かしかいない。こういう反応するのも無理はないだろう。夕立と磯波も目を丸くしていた。
時間もあまり無いので簡単に説明すると、あまり納得は行っていないようだが、理解はしてくれた。やってみなければ村雨は永遠に苦しみ続けることになるわけだし、これにより治療が完了する可能性が高いのならやってみる価値はある。
「また眠っている状態で治療することになるのは申し訳ないけどね。村雨の意思が聞けない」
「……拒むだけでしょう」
吐き捨てるように萩風が言う。この確執はやはり根深いものになってしまっている。
「村雨の意思、聞いてるっぽい」
だがここで、夕立が村雨から聞いたという言葉を教えてくれる。
「ハギィに引っ叩かれた後、少しの間は夕立と2人きりだったでしょ? その時にね、多分アレ本音だったと思うっぽい」
「何言ってた?」
「
萩風の怒りのビンタで、少しだけ正気に戻っていたらしい。頭痛を訴えず、ただただ一言、謝罪の言葉を口にした。その後、また頭痛が再発して蹲ったり暴れたりだったそうだが、その一瞬だけは
その時の言葉が村雨の本心だ。村雨だって、『雲』としてやらされていたことを悔やんでいないわけではなかった。
その言葉を聞いて、私は俄然やる気が出てきた。治療して錯乱が無くなれば、萩風の前でもその言葉を聞くことが出来るはずだ。忠誠心がその言葉を曇らせているだけならば、忠誠心を取り払えば本当の村雨が表に出てきてくれる。
「ゲロ様、村雨のことを救えるならやってあげて。村雨、痛いとかそういうの以外でもすごく苦しんでる。本音が言えないことが多分一番苦しい」
「当然。村雨は救われて然るべきだよ。ただ巻き込まれただけでこんな酷い目に遭ってるんだからね」
すぐに準備する。前回の処置の時と同じように、暴れないように夕立と空城司令に押さえつけてもらう。部屋のベッドの上なので、夕立はベッドに入って村雨を羽交い締めにし、空城司令は脚を押さえた。これなら何かあっても大丈夫だ。
「村雨ちゃんの気持ち、私わかっちゃうな……。ひーちゃんの前でだけ本音が言えなくなるっていうの体験してるから……」
「アイツの分霊ってのはそういうのなんだろうね。ホント気分が悪い」
沖波も後遺症により本心とは違うことをやることになってしまっていた。村雨はそれがさらに酷くなっていると言える。何もかもが太陽の姫の分霊のせいだ。人の関係を壊すことに特化している気がしないでもない。何の恨みがあればここまで出来るのだろうか。
「じゃあ、やるよ。集中する」
前回と同じように、村雨の胸元に指を突き入れ、魂に触れる。あの時とは変わっておらず、魂にへばりついた穢れは全て中和済みなのだが、魂そのものは侵食により真っ黒。まだ時間はそんなに経っていないが、また悪化しているようなことが無くて何より。
ここからはさらに先に進む。触れるだけでは無く、魂の方にも指を突き入れる。
「っあ」
当然ながら村雨は反応。魂の穢れを中和するのは、その外壁に触れるだけ。それだけでも過剰な反応が見られるのに、さらに内部となったらこうもなる。身体が強張るのも仕方ない。
実際、ここまでやるのは初めてだ。分霊はあくまでも魂に触るだけの注入。今回は内部への注入。快感だけではなく、痛みすら与えてしまっているかもしれない。
「侵食するんじゃない。解放するつもりで、注ぐ」
そして、分霊を注ぐ。イメージは、魂を真っ黒にする程に張り巡らされた太陽の姫の侵食を解き放っていくように、内側から消し飛ばすように、ゆっくりと確実に処置を施していく。蜘蛛の巣が張り巡らされた部屋を掃除していくような感覚。
「あっ、ああっ、はぅっ!?」
少し注ぐだけで村雨の身体は大きく跳ねた。それを押さえつけてくれている夕立も必死だった。そのおかげで、私の分霊には支障が無いくらいになっている。
しかし、眠っているのに声は抑えられない。むしろ、眠っているから我慢が出来ない状態。流石に夕立も、村雨の口を押さえることはしなかった。そんなことをしたら呼吸困難に陥ってしまう。
「慎重に……慎重に……」
村雨の反応を気にしている余裕は無い。魂なんていう一番敏感で守りようの無い場所に触れているのだから、これは仕方ない。
僅かにだが、魂の黒さが薄れた。私の分霊は効いている。真っ黒が、限りなく黒に近い灰色になったような感覚。時間をかければ確実に侵食を薄れさせることが出来る。
だが、ここで焦ったら台無しになるだろう。それだけは絶対に避けなければならない。
「ふぅ……ふぅ……」
長期戦の様相。そうなると、私にも疲労が見えてくる。
分霊を注ぐと簡単に言っているが、これだって有限のはずだ。無尽蔵に注ぎ続けるなんて出来やしない。私の何を注いでいるのかは私自身にもよくわかっていないが、体力やら精神力やらを使っているのなら最後は私も倒れることになる。
分霊していて疲れるなんてこと、今までに無かった。それだけ、村雨への処置には私の力を使っている。長年の蓄積をこの短い時間で取り払おうというのだから、それだけの負担がかかっても仕方あるまい。
「っああっ、あああっ!?」
村雨の反応はさらに激しく。その頃には、魂の色はかなり明るくなってきていた。侵食ではなく解放し、元の色に近付けているというのは感覚的にわかる。太陽の姫の分霊とは違うことが出来ていると実感出来る。
私はどちらの感覚も知っているのだ。
「っはぁ……はぁ……やばい、しんどい……」
まるで速吸さんの特訓で持久走やら遠泳やらをやらされていた時のような疲れ。これでは集中力が途切れてしまいかねない。だが、ここで中途半端に終わらせた場合、村雨がさらに苦しむ可能性だってあるのだ。
今回は中途半端では終わらない。出来ることを全てやって、村雨を救う。少なくともあの頭痛の種を取り払い、まともに会話が出来るようになってもらいたい。
「っはぁああっ!?」
一際大きく震えて、そのまま脱力した。その頃には、魂は真っ白とは言わないものの、白寄りの灰色にまで変色することが出来ていた。
真に真っ白とまではいけないかもしれない。もしかしたらこれが限界かもしれない。限界を超える分霊を施した場合、それがいくら解放する力をだったとしても、村雨に悪影響を与える可能性がある。それに私の体力も限界に近い。
「ここで……分霊を止めるよ」
村雨の胸から指を引き抜いた。途端に私も力が抜けて、倒れてしまいそうになる。
「姉さん!」
それはすぐに萩風が支えてくれた。ここまで私が消耗するのは初めてのこと。
「ありがと、萩風。ちょっと疲れちゃった」
「無茶しすぎです……」
呆れたような、安心したような、そんな萩風の声。傍から見れば、私は相当無茶をしていたらしい。だが、それで村雨が救われるのならば、私としては万々歳だ。
治療が終わったかどうかはわからないが、ひとまず魂への侵食の解放は終了。これでもダメならさらに施すしかないだろう。ここはまた経過観察をするしかない。
分霊後、みんなは部屋から出て、いろいろな理由でお着替えとベッドメイキングがなされたという。