異端児だらけの遊撃隊   作:緋寺

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赤い海の侵食

 午後の部も終わり、村雨の訓練も今日の分は終了。結局海上で移動することは出来なかった。

 何度も横転してビショビショになってしまっているものの、夕立の誠意のこもった指導のおかげで、村雨は全く挫けることもなく訓練を続けることが出来た。

 

「明日には出来るっぽい! そしたら今度は砲撃訓練だね」

「先が思いやられるわ……でも、後ろは向かないから」

「その調子その調子!」

 

 ビショ濡れにもかかわらず、夕立が村雨に抱きつく。どうせそのままお風呂に行くからいいとしても、よくもまぁ躊躇わずに行けるものだ。

 

「姉さんは明日から砲撃訓練ね。私と間宮さんが教えることになるわ」

「ああ、頼んだ。スタート地点に立てたからな。なるべく早く、陸奥と並んで一斉射を撃ちたいものだ」

「ふふ、そうね。私もその日が来るのを待ってるわ」

 

 あちらも意気込みは衰えず、まだまだやる気満々である。時間が来てしまったからここでやめるが、そうで無かったらすぐにでも砲撃訓練に行っていただろう。南方棲戦姫時代の感覚が残っているのなら、砲撃訓練もかなり早い段階でクリアしてしまいそうだ。

 

 2人の訓練初日は、それぞれ良い方向でスタート出来ている。短期間で成長しなくてはいけないというプレッシャーはあるものの、それを物ともせずに訓練を続けられているのは良かった。

 目標はなるべく早くの改二。身体を酷使することになるだろうが、その都度ケアしていきたい。少しの間は、速吸さんもこの2人が占有することになるかもしれない。

 

 

 

 村雨と長門さんの訓練が終わった直後くらいに哨戒任務の午後の部も終了し、午前と同じメンバーが疲れた顔で戻ってきた。午前中と同じコースを回り、赤い海について詳細に調査することが午後の部の目的。

 訓練に挑んだ村雨と長門さん、それを見ていた夕立と陸奥さんはお風呂へ直行。私、陽炎はちょうど良かったのでそのまま出迎えることに。もしかしたら赤い海に足を踏み入れているかもしれないので、治療が必要ならすぐにやるためである。

 その時には空城司令が工廠に来ていた。物部司令としーちゃんは別件で動いているらしいので欠席。

 

「赤い海に入った奴はいるかい」

「そこまでは近付いてないよー。だから、今回も被害者は無しね」

 

 旗艦の加古さんが言うには、自分の目で赤い海を見たわけではないらしい。それは良かった。猛スピードで赤い海が拡がっているわけでもなさそう。

 

「細かく確認してみたけれど、やっぱり拡がってるわ。今行ったら、大体この前の戦いの敵防衛線から見られる辺りまで来ていたわね」

 

 あの戦いの時、防衛線を抜けて『雲』と戦っている時でも、赤い海は見えなかった。そこから少し行って初めて海が染まっていることに気付いたくらいだ。アクィラさんは空からそれを確認出来たから先んじて忠告してくれたが、そう考えると結構な速さで侵食が進んでいることに他ならない。

 

「あの場所からこのスピードで赤い海が拡がっているとなると、青葉の計算的には、陸に辿り着くまで2週間前後と考えますねぇ。勿論、速度が上がったり下がったりする可能性もあるので何とも言えませんけども」

 

 あの時は戦闘中だったため、私としては細かい位置関係は把握出来ていなかった。そういうところはさすが諜報部隊。防衛線を潜り抜けるときでも、『雲』を振り切って本拠地に近付いたときでも、しっかり距離なども計測していたようだ。

 そこから考えて、タイムリミットは2週間とされた。それを超えると、浜辺すらも赤く染まると。前後というのだから、短めに見積もって10日くらいと考えるのが良さそう。早まる可能性も加味しなくてはいけない。

 

「2週間か……なら、対策は1週間以内に考えたいところだね」

「ですねぇ。M型異端児以外が入ってもよくなる装備がベストですねぇ」

「それについては現在開発中だ。沖波が意見をくれてね、実験は必要ではあるが、やってみる価値はあるだろう」

 

 沖波の意見ということは、私の使っていた初月インナーを裏表ひっくり返して使ってみるというヤツのことか。それなら私の件で加工のノウハウは出来上がっているようなものなので、作ろうと思えばすぐに出来るのかも。

 だが、それが上手く行っているかを知るには、()()()()しか無いというのが辛い現状。誰かのサイズに合わせて実際に赤い海に入ってもらうしか、確かめる手段がない。私の時みたいに、ただ着ればそこでわかるというわけではないというのは残念である。

 

「実験っつっても、そもそも赤い海に入りに行くのも結構しんどいもんだよ。防衛線はまた復活してたからねぇ」

「突き抜ける必要は無いかもだけど、またあそこに行くのはキツいかも」

 

 加古さんとプリンツさんが若干苦言を呈する。アクィラさんもあまり乗り気では無いようだった。

 

「拡がるのを待つわけにもいかないし、拡がったら防衛線自体が前進してくる可能性もあるのか……そもそも実験ってのもねぇ」

 

 これには空城司令と頭を悩ませる。今回の件はこれはこれでまた面倒臭い事態である。

 

 赤い海が防衛線の近くまで来てしまっているということは、あの防衛線が赤い海の影響で昂揚しているということにもなる。あの時よりも強化されているようなもの。

 ただ装備の実験をするためだけに突撃するというのは、それだけでもリスクが高い。そもそも、人体実験という倫理的に大丈夫かもわからない手段を扱うのも難色。

 

「司令官、この菊月が実験台になろう。陽炎から一度治療を受けた者が引き受けるべきだと思うからな」

「なら僕も立候補しておこう。午前中に治療を受けているのだから、候補に入ってもおかしくは無い」

 

 ここで菊月と初月が挙手。瘴気を弾く装備を身につけ、赤い海に突撃すると言い出した。

 確かにこの2人は私が一度治療したことがある。菊月は『雲』との戦闘中で、初月はついさっきみたいなもの。この治療は何人も受ける必要がないと思えるくらいにキツいもの。なるべく被害者を増やしたくないというのはわかる。二度三度と受けるのもどうかと思う内容だが。

 

「元に戻る保証がないM型異端児の増産より、治療出来ることが確定している侵食の方が幾分かマシだと思うのだがどうだろうか。確かに侵食されきってしまったら元も子もないだろうが」

「足を踏み入れた瞬間に一気に持っていかれるということも無いだろうしな。それでも、まだ治療の道があるのならこちらの方がマシだ」

「少し考えさせておくれよ。まだ完成すらしてないんだからね」

 

 ここは難しいところだろう。いくら自分からやってくれると言っていても、その実験自体が相当に危険を伴うものだ。

 しかし、菊月の言うことも一理ある。M型異端児増産は、その処置を受けた者の人生が壊れる可能性が非常に高い。それに対して侵食を受ける()()なら、すぐに治療すれば支障が無いのだ。私がいればすぐに元通り。

 立候補が2人出ているのなら、2人のための装備としてまずは作っておけばいいかもしれない。あのインナーにするのならば、サイズピッタリで無ければならないので、使うなら全員専用装備にしなくてはならないし。

 

「ここで頭捻らせても仕方ないね。アンタ達は身体を休めな。今後のことはこっちで考える」

「うーい、哨戒部隊は上がるよー。もうあたしゃ眠いからね」

 

 今この場で考えていても仕方ない。哨戒部隊はそれなりに疲れているだろうから休んでもらわなくては。加古さんは相変わらず大欠伸をしていたし、みんな疲れた顔をしていた。赤い海の調査ということで神経も使ったことだろう。そろそろ限界が近いのかも。

 

「陽炎、アンタにゃ負担をかけるかもしれない」

 

 全員が撤収したところで、改めて私に向き直られた。頭を掻きながら小さく溜息を漏らしている空城司令は、少し精神的に疲れているようにも思える。

 艦娘を取り纏めている司令官というのは、それだけでも大きなストレスを感じるだろう。自分の娘、下手したら孫くらいの艦娘を一手に引き受けて、その生活を全て管理しているわけだし。それこそ、私達にはわからない気苦労も絶えない。それがここ最近でどっと増えている。

 

「赤い海への突入実験、アタシの中では8割方やるつもりで考えているんだ」

「万が一の時は、私が治療しなくちゃいけないってことね」

「ああ。だが、そのためには被験者を決めなくちゃならなかった。それをずっと悩んでいたんだ。あんな顔をして話していたが、菊月と初月が立候補してくれたとき、内心ホッとしたよ。アタシで決めなくて済んだとね」

 

 初めて聞く空城司令の弱音だった。やはり、今回のことはいろいろと決めかねていたのだと思う。

 

 あの赤い海の効果が、想定より格段に大きくなっていた場合、例えば足を踏み入れた瞬間にとんでもない勢いで侵食されてしまうとかなった場合、取り返しのつかないことになる。そんなところに実験と称して艦娘を突っ込ませるなんて、空城司令には苦渋の決断だったのだろう。

 やるにしても、誰を送り込むかなんてもっと迷うところ。結果的に、()()()()()()()()を決めるようなものだ。万全を期しても、想定外というのはいつだってチラつく。それが起きた場合、今回はその艦娘の精神を破壊し、人生に後腐れを残す結果になる。そんなの誰だって抵抗があるに決まってる。特に私とかは実際にそれが起きてしまったパターンだ。

 そういう意味では、自ら行きたいと名乗り出た菊月と初月の言葉に、空城司令は相当安心しただろう。()()()を自分で決めなくていい。

 

「勿論、菊月も初月も失うわけにはいかない。治せるにしても、一度死を体験させるなんていう荒治療だからね。それはダメだ。実験は成功率を極限にまで上げた状態でやる」

「だね。勝ち戦しかやりたくないよ」

「そいつは誰だってそうさね。アタシだってアンタ達を敗けに行かせようなんて1mmも考えちゃいないよ。だが、本当に万が一、億が一の状況が起きちまった場合、アンタに治療なり何なりをやってもらわなくちゃいけない」

 

 絶対に成功するのなら実験なんていらない。だから、常に最悪は想定している。そちら側に傾いてしまった場合、そこから仕事をするのは私だ。治療出来るのは私だけ。だから、今この場で私にこんな話をしているのだと思う。

 信用されていると考えればいいのだろうか。そうなら、私としては結構嬉しかったりする。頼られるというのはどんな状況でも少し昂揚するもの。

 

「任せてよ。私にしか出来ないことだからさ、喜んで手伝う」

「そう言ってもらえるとありがたいね。踏ん切りがつくってもんだ」

 

 ほんの少しだけ見せた弱気だったが、ここでしっかり決意したようだ。8割方が10割になったのだろう。

 

「赤い海の突入実験をする。しーの方には、菊月と初月のサイズで装備を作るように指示しておこう」

「なら、その実験は私も便乗するよ。出来ることなら、すぐ見れる方がいいでしょ」

「ああ。だが、あの海域に行くのにも苦労するだろう。そのために侵食を受ける可能性は高い」

 

 防衛線を抜けなくてはいけない可能性があるのだから、その時点で足を踏み入れてしまうかもしれないのだ。なら、そこに行く者は全員M型異端児でないといけないだろうし、そうでなくてもその分を被験者にする必要がある。

 出来ることなら前者がベスト。出撃出来るM型異端児を全員配備し、赤い海を突き抜けてすぐに撤収するというのがいいだろう。軽量艦隊での一撃離脱。これが一番適している。

 

「近日中に実行する。その時は頼んだよ、陽炎」

「了解。任せて」

 

 その実験には全力で当たりたい。勝ち筋を作る一番シンプルな方法なのだから。

 

 

 

 タイムリミットが判明したことで、ここからは少しずつ追い詰められていく。だが、誰も焦りはしない。勝利を掴むため、私達は着実に出来ることをやっていく。

 




残り2週間前後と判明したことで、鎮守府は少しずつ慌ただしくなっていきます。横槍が入らなければいいんですがね。余計なことをしそうな輩がいそうですし。
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