異端児だらけの遊撃隊   作:緋寺

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第二次実験

 午後、宣言通り新たな実験用のインナーが完成。朝食の場で立候補したヒトミの分も、結構ギリギリのタイミングだったが出来上がっていた。

 今回の立候補者(被験者)は、前回の菊月と初月に加え、D型異端児代表の由良さんと、潜水艦隊代表のヒトミ。初月は脚についた破損を修復された前と同じ物。由良さんは初月と同じ、全身を覆うタイプ。そして菊月とヒトミは、布面積を減らした水着型となっている。ヒトミに至っては、潜水艦の艤装と同じものに改造された、インナーと艤装が一体化したものである。

 

 私、陽炎はその実験部隊としての出撃のために工廠に来ていた。私が到着したのはメンバー的には大分後の方だったようで、立候補者は既にインナーを身につけるために奥で準備中。もう少しでそちらも終わるようである。

 

「試験型装備02、対深海日棲姫用インナー改です。布面積を減らし、胸を覆っておけば対策可能かどうかを確認するため、最初に話に出た通り水着型としました」

 

 しーちゃんが空城司令に説明しつつ表に出てくる。それと同時にやってきたのは菊月とヒトミ。

 

「ふむ、着心地はあまり変わらないな。悪くない」

 

 新たなインナーを着込んだ菊月が部隊の前に。制服の下に着ているので前回と差があまり無いように見えたが、前と違って腕が包まれていないので見えている手は素手である。

 水着型にしてもマスク部分は残したままにしたようで、首から下がしっかりと包まれていた。なるべく胸を晒さないようにするためなのだから、水着と言っても少し違うか。

 

「どう……でしょうか……」

 

 次はヒトミ。菊月と同じものを着ているので、その全容がよくわかった。いわゆるハイネックレオタードというヤツ。見た感じは水着に近く、ヒトミはその上にセーラー服のようなよくわからない上着も着ているので、思ったより違和感は無かった。

 菊月の物と違ってヒトミの方は艤装としての調整すらされているので、このまま海中に潜っても何ら問題ない。

 

「おー、姉貴似合ってんじゃん。スク水よかいいんじゃない?」

「そう……かな」

「うんうん、イヨもコレ欲しいなぁ。あ、実験上手く行ったら貰えるんだっけ。姉貴期待してっからね!」

 

 イヨには結構好評。毎日スクール水着よりは新鮮な気持ちでいられるから嬉しいようである。ヒトミも少し恥ずかしげではあるが気に入った様子。

 

「なんだか新鮮。ここまで肌を隠すことなんて冬服の時くらいだものね」

 

 そして初月と共に現れた由良さん。由良さんは菊月と違って半袖で生脚なので、インナーを着ることで随分と印象が変わって見えた。

 

「うん、いいじゃない。由良、ピッタリピッタリ」

「ピッタリというか、フィットしすぎというか……」

「それはみんな同じだから。上から下まで肌に貼りつくようにしてんの。胸とかで張らないようにしたりで結構大変なんだから」

 

 夕張さんが調整していたようで、由良さんにベタベタ触りながら最終調整というかチェックをしていた。この2人は同じ軽巡洋艦という枠組みの中でも結構仲がいいように思える。別に幼馴染みとかそういうのではなく、ここで知り合った仲ではあるらしいが。

 

「隙間があったらそこから瘴気が入ってくるかもしれないんだからね。別にキツいわけじゃないでしょ?」

「その辺りは大丈夫。食い込むとかはないし、ブカブカなところもない、かな」

「なら上々。それが目的だから。この実験が上手くいけば、全員がこれか菊月が着てる水着タイプになるからね」

 

 どっちがいいかと言えば、多分水着タイプ。製作時間の短縮とかもあるし、全身タイツ状だと違和感がある者も出てくるかもしれない。そこは選択制にしておけばいいと思う。

 まぁどこまで行っても私達M型異端児には関係ないのだが。

 

「じゃあ、第二次実験だ。上手く行けばこれでおしまい。最後の戦いに向けて準備を整えるだけになる。よろしく頼むよ」

「了解。前回と同じように実験に向かいますね」

 

 護衛艦隊も実験部隊も前回と全く同じ。そこに由良さんとヒトミが加わっただけだ。やることは何ら変わらない。赤い海まで出向き、防衛線があるのならそれを処理しながら中で待機し続ける。それだけだ。

 前回と違って、赤い海の範囲もまた拡張されていることだろう。防衛線がさらに前進している可能性もある。そこはしっかりと警戒して向かいたい。

 

 

 

 以前と同じように、南方棲戦姫の巣だった場所にまで到着。ついにはこの段階から、赤い海が遠目に確認出来るくらいにまで拡がっていた。防衛線の姿がここから見えない辺り、おそらく前回の場所から動いていない。

 これはこれでありがたいことだった。防衛線と交戦することなく赤い海に待機出来る可能性がある。

 

「防衛線自体はあるけれど、前より奥に配置されてるわね〜」

 

 アクィラさんの鷲の目で、防衛線付近の状況を確認してもらった。そもそも防衛線が少し後ろに下がっているらしく、代わりに密度が大分上がっているらしい。

 昨日の突撃から何かを警戒したか、沈没船の守りをさらに固めているようだ。実験のために来たということに気付いているかはわからないが、少なくとも威力偵察と思われている可能性はある。

 そういう意味では、昨日の実験は効果的だった。防衛線が強くなっているのは仕方ないが、それはいくらでも予測出来ること。後ろに下がってくれたのは想定外に良い方向性。

 

「姫も全方向に配置されてるみたい。やっぱり突っ込んでいったのは警戒されるわよねぇ」

「じゃあ薄いところは無いってことかな」

「そうなるわね。でも、防衛線とぶつからずに赤い海に入れそうかな?」

 

 それはありがたい。突入が難しいのなら、突入せずに実験をしてしまえばいいのだ。赤い海は拡がり、防衛線は下がっているとなれば、あちら側に気付かれないように事を成すことも出来るだろう。

 余計な消耗はしたくないのは誰だって思っていること。疲れれば疲れるほど、やりたいことが上手くいかなくなるなんて、艦娘とかそういうの関係無しに起こり得ること。

 

「じゃあ、ゆっくりと近付こう。変に暴れ回って防衛線に気付かれても厄介だし」

「そうね〜。それが妥当かしらね」

 

 ここからは護衛艦隊とは別行動。インナー組は念のため首下から布地を引き上げ、マスク状にする。菊月と初月は前にも見たが、由良さんのそれは普通なら見られないような新鮮さがあった。

 そして、実験部隊だけで移動し赤い海に近付く。前回はここからまず特大な空爆をぶちかまし、それと同時に一気に最大戦速まで加速して突き抜け、防衛線のど真ん中で耐久する方針だったが、今回は真逆。空爆すらせず、静かに忍び寄る。

 

「ヒトミ、近付くよ」

 

 海中のヒトミと話せるのは、現状では旗艦の衣笠さんのみ。こんな状況なので、意思疎通を欠かさずに前へ前へと進む。

 海上の防衛線は下がっているかもしれないが、海中はどうなっているかわからない。それはヒトミと、常に海中に意識を向けている松輪に任せるしかない。

 

「オッケー。ヒトミもこっちと同じ速度で赤い海に向かってる。海の中の防衛線も下がってるみたい」

 

 それなら実験だけして帰るということも出来そうだ。わざわざ危険を冒す必要もない。

 

「赤い海の端に来ても、防衛線の姿は見えず。これはラッキーだね」

 

 足下が赤く染まった海の上に。これで瘴気の中に入ったと言える状態になった。M型異端児であるが故にその感覚はわからないが、入ったかどうかを確かめるためには、インナーを脱いで侵食を受けてもらわなくてはいけない。それはよろしくないので、少しずつ赤い海の奥へと向かう。

 

「すごいな、これでも侵食を受けている感覚は無いぞ」

 

 海上では1人だけ、布面積を減らしたバージョンのインナーを身につけている菊月が、今の自分の状況を語る。

 しーちゃんの憶測は間違っていなかったようだ。魂に触れられる胸さえしっかりと覆っておけば、他の部分に生地は要らない。それが実証されたかどうかは、この後私が魂を確認しなければわからないのだが、少なくとも体感では大丈夫と語ってくれているため今は安心している。

 

「ヒトミ、そっちは大丈夫?」

 

 衣笠さんが海中のヒトミに状況を確認。海上でこれなら、海中も似たような感じになっていてくれるはず。

 

「ん、菊月と同じだって。沈没船に近付いたときと感覚が違うみたい」

「なら、インナーは海の中でも効果的って思えばいいのかもね」

 

 沈没船に近いから影響度は強いかもしれないが、海上と海中では条件が同じと見て間違いなさそうだ。()()が違うだけと考えればいいか。

 

「由良さん、どんな感じ?」

「最初がどうかを知らないから何とも言えないけれど、由良も何も感じないかな。これが瘴気を受けてないってことでいいのかな」

「うん、多分オッケー。後から私がチェックするよ」

 

 D型異端児にもインナーが効果的であることは証明出来そうだ。無症状で何かしらの効果があるとなったら困るが、由良さんは分霊を一度受けたことがあるので、その感覚は多少なりわかるはず。それで大丈夫なら、ひとまずは安心。

 

「じゃあ、ここでしばらく待機」

「了解」

 

 周辺警戒を怠らず、この場所で瘴気を受けながら待機。M型異端児はさておき、他の者は長時間こうしているだけで悪い影響を受けてしまう。この場でしばらくいられるのなら、安心して全員を出撃させられるだろう。

 とはいえ、防衛線は目と鼻の先。勘付かれたら攻め込まれる可能性もあるため、慎重に行かなくてはいけない。

 

「あ、アレはアクィラさんの鷲の目かな」

 

 待機中に空を見上げると、護衛艦隊の方向からキラリと光るものが飛んでいくのが見えた。高高度から高速で駆け抜け、敵陣を調査する鷲の目。私達がここにいることを見越して、より強めにあちらの動向を確認してくれているらしい。動きがあれば、空爆とともに撤退となるだろう。

 

「そういえば……今太陽の姫ってどうしてるんだろう」

 

 ボソッと沖波が呟く。ここまで本拠地に近い位置で私達が留まっていることを、奴が気付いていないわけがない。この場所から鎮守府に視線を飛ばしてくるくらいなのだから、今沈没船の中に篭っているとしても、こちらの動向を監視している可能性が無いとは言えないのだ。

 

「この赤い海を拡げるために、沈没船の中で何かやっているというのが妥当だろう。それこそ、儀式なり何なり考えられる」

 

 菊月がそれに返す。厨二的思考がこういう時は割と的を射た発言の場合もあるので、スルーする理由は無い。オカルト系と考えるなら、ある意味菊月が一番精通しているとも言える。

 

「瘴気が分霊と同じ効果があるというのなら、この瘴気()()()()が、奴の感知出来る範囲と考えてもいいんじゃないか?」

「かもしれないね。ここでこうしていることも、太陽の姫には筒抜けなのかも」

 

 少なくとも今、視線を感じるようなことはない。だが、瘴気に満たされた海域にいるのだから、私達は太陽の姫の手のひらの上なのかもしれない。

 そもそも前回の実験の後に防衛線を下げたというのなら、こちらがやっていることも理解した上でそうしていると考えるのが妥当。その場にいないのにそこまで把握しているというのなら、やはりこの空間全てが太陽の姫の領域であるというのが正しそうだ。

 その赤い海が拡がっているということは、この海全てを手中に収めて、何もかもを滅ぼそうとしている。最後の戦いに相応しい状況と言える。

 

「なら、この実験も妨害される可能性も」

 

 と口走った瞬間、強烈な視線を感じた。全員同じように感じたようで、一斉に同じ方向を向く。

 その視線は太陽の姫の視線とは少し違った、やけに刺々しく、殺意がこれでもかと篭った視線。海の中からではなく、海の上からそれを感じ取った。

 

「見られてる。アクィラさんからの連絡は?」

「今来た! まずい、すぐに撤退するよ!」

 

 衣笠さんの指示の下、実験はここで切り上げてすぐに撤退を選択。何事が起きたかを聞いている余裕なんて無かった。

 即座に(きびす)を返し、その場から立ち去ろうとする。しかし、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ()()()()()()()1()()()()()()()()()()

 

 

 

 視線を感じた瞬間に撤退を考えたのに、それすら間に合わなかった。速いとかそういう次元では無い。海中を潜ってきたのかもわからない。とにかく、気付いたらここにいたようなもの。

 

「なっ……!?」

「オ前達、ココニ何シニ来タ」

 

 攻撃もせず、普通にこちらに問うてくる。あまりにも冷静だったため、逆に緊張感が高まる。

 何せ、()()()はこんな言動をするような奴ではないからだ。()()()は私達でも知っている深海棲艦。何度も苦しめられ、そして何度も倒してきた、最悪のイロハ級。

 

 

 

 戦艦レ級である。

 




今回で異端児200話目となります。長く続いていますが、最終決戦は間近。今後もよろしくお願いします。

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